第796話 密室で凶器を握ったのは誰か?
ここまでの情報を整理してみよう。ハルはセフィの協力で得られたデータを顧みる。
まず本来の目的であったアイリスの望みだが、これは彼女の普段の守銭奴じみた言動を裏切らずに、お金に関わる事らしい。
お金といっても、ただ課金を促し資金を貯めこむといった目的ではなく、金銭データの流れを追っているようだ。
恐らく、目的はゲームの外である日本。エーテルネットの内部にあると推測される。
そして、そのアイリスは何かを警戒しているようだ。ハルが相手であっても、その目的を口にしてはくれない。
まあ、今のハルは彼女らにとって他のユーザーと変わらない一プレイヤーの立場なので当然といえば当然なのだが、それでも様子が違うようにハルは思う。
自らの目的は攻略情報とは扱いが違うようで、他の神様たちは案外すんなり喋ってくれたからだ。機密情報扱いではない。
「……では、アイリスが警戒しているのは誰か。という話になるね」
《少なくとも、他の五柱ではないことは確実だね》
「そうだね。彼女ら六人は、結成時にそれぞれの目的を共有している。そういう意味ではジェードも対象から外れる」
《彼女たちからは煙たがられてるみたいだけどね。あはは》
「笑ってやるなセフィ……」
ジェードが蛇蝎の如く、といった扱いを受けがちなのは、圧倒的に出資者有利な契約を結んだからだろう。
自分は特に何もしていないのに、売り上げの半分を持っていく。膨大なデータを日々休みなく処理している本神たちにとっては、実に忌まわしき存在である。
「本来なら、その役目は僕が負うべきなのに。責任者として。ジェードには、貧乏くじを引かせちゃったな」
《え、違うと思うよ? 普通に人徳の差でしょ? そもそも王様はハルだけど、計画立案はほぼジェードじゃない》
「そうなんだけどね。僕の必死のフォローを無にするなセフィ。あと、王様ではない」
七色の国の神様たちを統括するのはハルであるが、今回の計画はハルの立案ではない。ハルは、ジェードから話を聞いて、ゴーサインを出しただけ。
ジェードはハルたち皆で管理している魔力をアイリスたち六人に貸し与え、『投資計画』の利益として上前をはねている。
その契約の際に六人の目的は聞いており、それゆえ怪しい立場と扱いながらも容疑者からは外れていた。最近ハルが直接『面接』もした。
「では、マリーゴールドか? あの子もこの計画に大きく関わっている」
《うんうん。彼女も怪しいね。技術提供を行う際に、こっそり裏コードを内部に潜ませていたことは十分考えられる》
「……セフィ、君、うちの子たちに当たりがきついね」
《いいや、そんなことはないさ。僕はただ、ハルを困らせて楽しんでいるだけ》
「それもタチ悪いわ!」
実に悪趣味である。容疑者の洗い出しと、仲間への信頼の間で揺らぐハルの様子を見て、セフィは実に楽しそうに笑い顔を形作っていた。
声を出さないまでも、その表情は無邪気で見る者の顔をもほころばせるだろう。
ただし、その意地悪の対象であるハルだけは除く。
「確かに、マリーゴールド本人なら可能だろう。彼女は二者間の契約の外に居るからね。ただ、ジェードがそんな穴のある契約はしないし、マリーもそんなあからさまなおイタはしないだろう」
彼女は今、完全なるハルの支配下にある存在だ。例え善意であっても、人類に害を成す行動を起こすことが出来ないようハルが縛り付けている。
無理矢理でなければマリーに言うことを聞かせられない自分をハルは歯がゆく思うが、それ故その効力は絶対。
マリーが自分に隠して、何らかの計画を企てることは無いとハルは断じる。
「もちろん、僕の支配に絶対に穴がないとは言い切れないけど、疑い出したらキリがない。ここは、他の可能性を探っていこうと思う」
《疑うべきだと思うけれどね、キリなく、何度も何度も。億にひとつの見落としすらあってはならない。それが、僕らのお仕事だったはずだよハル》
「……元、ね。引退した身だろ、君も、僕も」
《あはは、引退というよりも職場倒産だけどね実情は。あっ、僕は労災死亡か。あははは》
「だから笑えないってセフィ!?」
あっけらかんと、この世界に精神だけが飛ばされた際のことをセフィは笑い飛ばす。そこには、一切の悲観は含まれていない。
彼の為に(ハルの為でもあるのだが)、『同類』を作り出そうと頑張っているミントにはお見せ出来ない光景だ。いや、むしろ見せて、計画を諦めて貰った方が良いのか?
そんなセフィに振り回されつつ、ハルは謎の指輪を作り出した主について再度その考えを進めて行くのだった。
◇
《まあ、ここまでからかってはみたものの、今出た名前には犯人は居ないだろうね》
「そもそもまず、からかわないで? そうでなくとも、君は“嘘がつける”んだから」
《人間ならそれが普通だよ? 最近のハルは、神様相手の交流に慣れすぎ》
ごもっともである。決して嘘をつかない、しかし真実を言うとも限らないという神様相手の駆け引きが、最近は多すぎた。
当たり前だが人間は嘘をつく生き物だ。この感覚を引きずり過ぎていては、日本に戻った時にヘマをしてもおかしくない。
《本当に気を付けてね? でも、他の神だとすれば誰か。やはりここは、ジェードに聞くのが得策では?》
「いや、彼も知らないはずだ。計画は全てジェードを通して行われているけど、不要に外部の協力者を募る彼じゃあない」
《ならば運営の六柱のうちの誰かかな? これも、違いそうだね》
「だね。他に情報を漏らさないことも含めて契約は成立している。技術協力は、マリーを始めとしたうちの子たちだけに限られるはず」
《じゃあやっぱりマリーゴールドだ。うそうそ、そんな顔しないでハル》
三度四度とハルの心をかき回そうとするセフィに、あからさまに渋い呆れ顔を作って抗議するハル。
その顔はセフィの好みではなかったようで、そこで意地悪は止めてくれる。変顔の甲斐あった。
「こっそりと、システムにハッキングが掛けられた可能性は?」
《そこは、僕を信頼してくれるなら『ない』と僕が保証しようか。この世界の魔力の流れは、七色の国の外も含めて全て僕が統括管理している。神界ネットを通してあそこに介入しようとする動きがあれば、僕の眼を逃れるのは不可能だ》
「だよね」
《物理的に接触したなら別だけどね》
「そこは逆に、僕が保証できる。衛星軌道上からの監視、メタちゃんによる現地地上での監視。ここには誰も引っかかっていない」
このゲームの『サーバー』を担っている魔力の集合体は、異世界の地上にむき出しで配置されている。
その上空に浮かび常時監視するハルたちの戦闘艦。そして猫のメタによる多数の分身たち。それらが常時、サーバーへの物理的接触を警戒していた。
《まるで密室殺人だ。容疑者は少数に絞られるのに、その誰もにアリバイがある。どうする、名探偵ハル?》
「名探偵やめて? ……それと、物語の登場人物はまだ一人残っているよ」
《じゃあそれが犯人だ……、ともならないんだよね、モブだし……》
「モブ言うな。確かに、魔法は一切扱えないから対象外になっちゃうんだけど」
犯人としてあまりに戦力外、それ故、今まで候補から除外していた。だが情報を整理すると、もう彼女以外に候補が居なくなる。
その彼女とは奥様、ルナの母その人だ。集客担当として、計画立案の段階からこのゲームに関わった最後の一人だった。
今のこの、全ユーザーにほぼ強制で生放送を行いながらプレイさせて、一人一人に『ロールプレイング』させドラマを作ろうという仕様を立案したのも彼女である。
その立場の都合上、詳細なシステムの設計にも関わった人物の数少ない一人となっていた。
「でも、奥様は人間だ。魔法を使ったプログラムを、しかもこっそりと忍び込ませるなんて高等技術はまず不可能だ」
《でも、もうその人間しか容疑者は居ない。それとも他にも現地の協力者が?》
「そりゃ、大きなプロジェクトだから居るには居るけど、でも異世界と魔法について知ってるのは奥様だけだよ。まだ大々的には秘密だ」
言うなればルナの母は仕様書を提出した程度の関りに過ぎない。ノリノリでゲームの方針を考える彼女を思い描き、ハルは苦笑する。
人前では非常に厳しい彼女だが、案外子供っぽい中身の人だ、そうして楽しんで作っていたのかも知れない。
しかし一方で、その冷徹な面も決して忘れてはならない。表面上のものとはいえ、間違いなくそれも奥様の一部。
こと仕事上の判断となると、目的の為には一切の妥協も容赦もない人でもある。
「……奥様が『必要だ』と思ったのなら、何かしら秘密裏に仕込んでいてもおかしくはない。ないのだけど」
《問題は『どうやって』、だね。やっぱりここは、もう一度ジェードに詳細を確認すべきじゃないハル?》
「そうかもね。っと、アイリスとの雑談も、本来の内容に入って来ちゃったね」
《相変わらずハルは器用だねぇ》
セフィと姿の見えない容疑者についての会話を巡らせながらも、ゲーム内では『ローズ』としてアイリスとの会話も並行して行っているハルだ。
その内容が進行に関わる本題に戻って来てしまったので、二人は話を一時中断してそちらのモニターに目を向ける。
「《んでよぅ、結局おにーちゃんは、<王>になるの? ならねーの? その返答いかんによって、私も態度を決めさせてもらうんさ!》」
「《態度って、具体的には?》」
「《えっ? えっとー、補償金を要求する! とか!》」
「《結局またお金の話か!》」
こちらとは違って終始ゆかいなノリで進行するアイリスとの会話に、ハルはまた意識の主観を移していくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/29)




