第791話 小さな社長さんのお望みは?
ここでハルがアイリスの提案を了承すれば、その<役割>は<王>となる。
なんとなく、<貴族>ルートの先、その到達地点にそれがあるのではないかと察してはいた。
この国の政治体制には色々と分かりやすい課題が多く、中でも王権に関しては顕著だろう。少年王ラインは権力の座から外され、彼の父がまだ実権を握っている。
いずれ、この歪みがイベントとして顕在化し、大きな問題になるだろうとハルは踏んでいた。
その過程で、新たな王を選出するという展開が生じることも。
「……ただ、それは今じゃないよなあ」
「なんでさ? どのみち結果は同じなんよさ。ここでおねーちゃんが<王>になろうと、後でなろうと、大差ないんよ?」
「大ありでしょ。過程を踏むか踏まないか、大事だよ、それは」
「でも言い換えれば、何の事件も起こらずに政権交代できるとも言えねー?」
「そうだけど……」
ああ言えばこう言う神である。一理あるのが厄介だ。
ただそれも、アイリスの準備した事件であるだろうことが少し自作自演臭を醸し出してしまっている。一理しかない、とも言える。
予想されるイベントの流れとしては、事実上の実権を握っている父王と、正当な権利を有する少年王ライン、この両者に確執が広がっていくはずだ。
そして、どちらがアイリスの<王>に相応しいかの争いに、第三勢力としてプレイヤーが参入する。ここの該当者がハルになるのだろう。
もしかしたら、イベントが発生すれば全員参加が可能になるのかも知れない。ただアイリスの発言から見るに、実質は<公爵>になった者限定である可能性が高い。
そうしたイベントの果てに<王>となる展開であれば、ハルも想定はしていた。
個人的な好みとして、『王様』や『最高権力者』といった立場を好まないハルであるが、このゲームは期間限定だ。
競技の開催期間の間であれば、<王>様の<役割>につくのもやぶさかでない。そう考えていたのだが。
「……やっぱり順序があるよ、物事には。ぽっと出の<王>なんて、余計に混乱を生む元だろう」
「ん? だいじょぶなんよ? 私が任命したんだから、問題なしらのさ」
「らのさ、ではない。問題大ありだ。現に<貴族>だって、君が決めた奴とそうでない奴で、問題でまくってるじゃないか」
「あー、あれなー。だいじょぶ、あいつら口だけだから!」
「まあ、確かにそうだけど」
《そこは認めるんだ(笑)》
《ローズ『貴族は口だけ』》
《実際弱いしね》
《実務は真の貴族だし》
《神官貴族だっけ》
《まあ彼らは政治が苦手みたいだけど》
《政治は得意だろ?》
《なんていうの? 駆け引き?》
《実直すぎるんだよな》
《無能よりマシじゃね》
まあ、色々と意見はあると思うが、有能で真面目なだけでは足りないとハルも思う。
これが、『全人類が誠実な世界』であればそれで十分なのだが、残念ながらここを含めて世界はそうは出来ていない。
狡猾さが足りない。真面目過ぎることによる弊害が出ているのだ。
別に、もっとずる賢く生きろとは言わないが、ずる賢い相手への対処法がお粗末過ぎる。故に高い実力を持ちながら、城の隅へと追いやられているのである。
「アイリスちゃんが適当な選出するからだよ? 政治に介入するからには、もっと面倒見なきゃ」
「別に、私もこの状態がベストだと望んで作り出した訳じゃないんよ? 本当はなー、もっと真の貴族どもは勢力を増す予定だったんよ?」
「そうなの?」
「そうなんさ。でもなーんか、思ったように動かなくって」
「へえ。今の状態で納得してるのかと思ってた」
「んなわけないじゃんさ! お姉ちゃんは私をなんだとおもってたのか!」
人の心が分からない神様が、適当すぎる介入をして結果に首をかしげているのかと思っていた。とは言わない方が良いだろう。
どうやら今の話を聞くと、アイリスの想定するNPCの挙動と、実際の結果には微妙に乖離があったようだ。
このことは、心に留めておいた方が良いだろう。何かあると、ハルの勘が告げている。
それと、アイリスに対する『無能人事』の悪評も撤回しておいた方がいいのかも知れない。
「まあ、いっかぁー。どーせあと何百年かシミュレートを続ければ、予想通りの結果に収束するだろーし」
……前言撤回。やはりアイリスは、人の心がの機微に疎い。無理解が過ぎる。
とはいえ実際、今の状態も有りといえば有りなのも確かだ。
少し玄人好みが過ぎる気もするが、この捻じれた人間模様の織りなすドラマを楽しんでいるプレイヤーも居るだろう。
まあ、どちらにせよ今はその部分は良いだろう。
考えるべきは、ハルがこの隠しイベントを受け入れて<王>となるか否か。そして何より、この空間を作り出したアイリスの目的。今はそこを、考えなくてはいけないのだった。
◇
現代的なオフィスの室内、アイリスが言うには『社長室』で二人は向かい合う。
自分の性別とそのドレス姿がなければ、ファンタジー世界観のゲームだと忘れそうになるハルだ。
この空間の見た目が示す通り、ここは通常のゲーム進行とは完全に切り離されている。
ここはアイリス個人の為の空間。ゲーム運営全体としての目的とは異なる、彼女自身の望みを叶えるための何かがあるはずだった。
「そういえば、呼ばれたのは僕一人だね。他のみんなも、近くに居たはずだけど」
「ん? そだよー。<王>はただ一人。ここに呼ばれた時点で『選定』は済んでっからね」
「選定」
「そ。せんてー。もうバレちゃったから言うけどさー、コストは自身のステータス全て。その試練の中で、少しずつそれを取り戻していくんよ」
「それで全てを取り戻せたらここに呼ばれるのか」
「ざっつらいと! やだろぉ? 試練こなした後で、更に王冠を巡ってのバトルロイヤルやんのなんてよー?」
アイリスは“誰か”を皮肉るように、唇を嫌味にひん曲げる。可愛い顔が台無しなので、ハルは丁寧にその位置を元に戻した。
「なんだよぅ。顔くらい自由にさせろよなぁ。お姉ちゃんは私のお母さんかよぅ……」
「いや、お姉ちゃんなんだから母親ではないだろ。いやそもそも、姉でもないけど」
「細かいこと気にすんな。なっ!」
仕返しとばかりに、ばしばしと体を叩かれるハル。そんなころころと変わる彼女の表情の変化に、視聴者も楽しそうだ。
彼らの意識がそのハルたちのじゃれ合いに向いている裏で、ハルはアイリスへと繋がるリンクに意識を向けた。
《……で、<王>に関してのイベントはともかく。君の望みはなんなのさアイリス? 最初から君とは一緒に居るけど、まだそこを聞いたことはなかったね》
《えー、今その話すんの? 私、内緒話とか、苦手なのだがぁ……》
言いつつアイリスは特に表情には出さずに、ハルとじゃれ合いつつ表では別の会話を繰り広げる。
苦手とはいえ彼女は神様、元AIだ。並列思考はお手の物だろう。
《とりあえず、多くのプレイヤーが必要ないことは分かった。コスモスやカゲツとは違ってね》
《そだねー》
《じゃあつまりミントのように、特定のプレイヤーをどうこうすることか……》
《あのヤベー女と一緒にすんじゃねー! 私はこう見えて、マトモ枠なのよ!?》
そう願いたい。仮想世界にプレイヤーの意識を閉じ込めて、そこでずっと生活させようとしているミント。
彼女のような望みを持つ神様が二人も居ては、ハルの心労が加速するばかりだ。
今のところ、その個人的な望みが判明している神様はそのミントの他には、ガザニアとカゲツの二人だ。
話に出たコスモスだが、多くの人間の意識の流れをデータとして収集しているだろうことは分かっているが、具体的な内容は定かではない。
全てに共通しているのは、その誰もが人間の意識に関わる目的を持っているということだ。
恐らくは、その共通した目的を持った神様でチームを組み、このゲーム世界を立ち上げたと見て間違いないだろう。
そろそろ、ゲーム攻略もそうだがこの部分、本腰を入れて『攻略』していかなくてはいけない段階かも知れない。
ハルたちの本来の目的はそこにあり、何か問題が表面化する前にそこを解き明かさなくてはならなかった。
「……んー、やっぱり、急すぎて決められないね。アイリス、『保留』って出来る?」
ハルはその為の時間稼ぎもかねて、アイリスに<王>となる決断の保留を提案する。元々深く考えたいのも確かだ。もし受け入れられずとも、一先ず放送は切っておきたい。
しばしの沈黙が流れる間、ハルは目の前の彼女の様子を注意深く観察しつつ、その答えを待つのであった。
少々難航しております。少し短いですが、今日はここまで。また明日頑張ります!




