第790話 王権の神授
「……ちょっと待ってアイリス」
「なんよー?」
「ステータスがゼロになった人なら、僕の他にも居るはずだ。それこそ、デスペナでさ」
「そりゃそーなんだけどさぁ。そこまで含めたら収拾つかねーのよ。条件は他にもあってぇ。まあ“一気に”ゼロになった人限定なんよさ」
「ふむ?」
このゲーム、ステータスを下げる方法というものは限られる。というよりも、ほぼゲームオーバーによるステータスダウン、『デスペナルティ』が全てだろう。
死を覚悟で、いや死を前提として強敵に自爆のように突っ込み続ける。死んでも復活し続けざまに攻略する。
そうした強引な攻略を抑制するため、そしてプレイヤー同士の泥沼の戦争を抑制するため。死亡するとせっかく集めたステータスの一部を喪失するシステムがある。
近年はほとんど見なくなったが、このゲームが競技であるためにあえて設定された仕様だ。
だが、そのデスペナルティで失うのはあくまで『一部』。このアイリスの世界に来るための条件は、一度に『全部』失わなければならないようだった。
「……まあ、それは分かったけど。でもそれの何処が偉業なの?」
「別に、『偉いから呼ぶのがここです』なんて私らは一言も言ってないんよ?」
「それでも、傾向があるだろ。これまでの」
「そうなぁ」
《ただの隠し条件だと違和感だね》
《理不尽まである》
《だれも気付かず終わりそう》
《というか、<契約書>抜きで無理じゃね?》
《これまでの出資者は?》
《詐欺事件の?》
《全ベットした人居なかったんじゃない》
《中には居るだろ。ギャンブラーが》
《絶対居る。馬鹿な人が》
《その人が先に対象にならなかったのかな》
《ある意味良かったけど》
《展開として微妙すぎる》
「あー、もー。いーじゃんかよぅ。お姉ちゃんが複雑な条件を特に満たしたってことでよぅ」
「それでも、疑念は残るよ。公平な選出じゃなくて、僕だけを依怙贔屓で選んだんじゃないか、ってね」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
まあ、詐欺事件を解決したハルが特別に選ばれることに文句を言う者はほとんど居なかろう。ハルを差し置いて、ただ被害にあっていた自分こそ相応しいと言うのは面の皮が厚すぎる。
しかし、それでもしこりは残るだろう。ハルは少々目立ち過ぎている。
基準を捻じ曲げて、特別にハルの為に用意したイベントだと妄想する勢力が出るのは想像に難くない。
「わーった! わーったのさ! うぬぬ、これは言ーたくなかったのだが……」
「やっぱり、なんか不測の事態だったんだ」
あまりにも、転移するタイミングに唐突感が強すぎた。重要なイベントだというのに、特別感の欠片もない。
まあ、唐突なのは他の例でも同じだが、それでも原因を推測することは出来た。『賢者の石』の作成に成功した瞬間、であるとか。
今回は本当にそれがない。ハルが執務室に居たからまだ良かったものの、場合によっては他のイベント中に偶然条件を満たしてしまうことだってあっただろう。
いかに子供っぽいアイリスとて中身は神様。そんな杜撰な設定をするとは思えない。
「いいかー? おめーらー。覚悟して聞くんだぞー。今からネタバレしちゃうからなぁ!」
ハルに、そしてその後ろに居る視聴者たちに向けて、びしぃっ、と指を突き付けてアイリスは宣言する。
どうやら、この条件が発生するべき本来のイベントが、他にあるようなのだった。
◇
「まずぶっちゃけ、ハルお姉ちゃんの件は想定外です!」
「まあ、だろうね。原因になった<契約書>が、そもそも正規のスキルじゃない」
「そうなんよ。発生するかどーかも分からんユニークスキルを前提に、重要イベントなんか組まねーんよ」
この神様に呼ばれるイベントを何度かこなしてきて分かった傾向がある。それは、攻略上必ず起こるべくして組まれたイベントだということだ。
最初の<賢者>からどうやら、世界にとって重要な<役割>であることは分かっていた。
忘れがちだが、ミナミがハルの領地に攻め入ってきた大義名分の一つが<賢者>になるのを断ったことでもあったのだ。
予想だが、六つの国の六つのレア職を集めてパーティを組み、『勇者パーティ』のような目玉コンテンツとして機能させるつもりだったのだろう。
まあ、そのうちの三つ、これで四つ目をハルが潰しているのでもうパーティは無理なのだが。
どう頑張っても二人組が限度である。
「そんな重要イベントを発生させる過程で、ステータスを下げる必要があった?」
「うん。本来は、特殊イベントのコストとして、私に供物としてステータスを捧げさせるイベントがあったんさ」
「……根こそぎ?」
「そーよ? 根こそぎ。神様だもん」
アイリスはさも当然のように、首から下げた『運営』と書かれた証明証を指で弄びながら言い放つ。
……確かに神の如き傲慢さだが、それはゲームとしてどうなのだろうか。
《神の試練、ってこと?》
《なんのイベが知らんが、キチー》
《他と比べて厳しすぎない?》
《いや、他も大概じゃね》
《むしろステだけで済む分優しい?》
《金もコネも、技術も要らないからな》
《騙されてるぞ》
《それだけのステ持ってる人は大抵持ってる》
《人気配信者なこと確定だからな》
《ステを、捨てる。ふふっ》
《ダジャレ言って許されるのはローズ様だけだぞ》
まあ、確かに他の国の条件も相応におかしいと言えるのは確かだ。どれも、ハルほどの力があって初めて達成可能なもの。
そう考えると、これらイベントが起こるのは通常もう少し後、とそのように想定されていたのだろう。
「そのイベントは、本来ならお姉ちゃんがこの後、<公爵>になってそっから発生するはずだったんさ。それがなぁ~」
「ソロモンの<契約書>があったせいで、偶然その条件を満たしてしまったと」
「おかげで順序が逆になっちゃったんよ? どーしてくれるん?」
「いや、どうもしないけど……」
そもそも、同じ条件を満たしたとて対象のイベント内でなければ発生しないように設定しておけばいいだけだ。ただのアイリスの怠慢である。
もしくは口ではこう言いつつも、最初から裏口でも達成可能に準備をしていたか、恐らくは後者だろう。
犯罪者プレイが許容されているゲームだ。条件が分かれば、搦め手で横からレア職を奪い去るような戦略も可能。
そういったハプニングもまた、時には盛り上がるだろう。
「まあいっか。別に。今回はどーせ、どっちにしろおねーちゃんが来ることになっただろーし」
「……<公爵>になった後のイベントって言ったねアイリス。つまりそれって」
「そーよ? <王>様。このイベントはなー、このアイリスの国の新王を決めるイベントだったんよー」
何でもないことのように、普段通りの口調で語るアイリス。
だがその内容は、とんでもない爆弾発言が飛び出しているのであった。
◇
「……待って、アイリスちゃん? <王>だって?」
「だからそーだってばよぉ。当然じゃね? 貴族の成り上がりストーリーの最後は、王様になってめでたしめでたしなんよ」
「まあ、それは僕も想定してたけど。でも国主を決めるのは人の法では?」
「神なんだよなぁ。この国ではさぁ」
「そういえばそうだったね……、とりあえずほっぺた引っ張っていい……?」
「なんでさぁ!?」
自信満々な得意顔に腹が立ったからである。いつものカナリーのようにほっぺたを引っ張ってやりたい。
《確かに<貴族>を神が選ぶなら》
《<王>も神が選ぶのが道理?》
《言われてみればね》
《こうきたかぁ、って感じ》
《でもこの場合まずくない(笑)》
《突然の何でもないタイミングで<王>誕生》
《前触れとか何も無し(笑)》
《国政大混乱(笑)》
《流石はアイリス様だ! やることが派手だぜ!》
《これはクーデターも起こりますわ》
《こ、今回は事故だから……》
《普段から<貴族>で同じことやってるんだよなぁ》
まあ一応、<王>に関しては特別なイベントを用意していたようなので、そこはアイリスの名誉の為にも擁護したいところだが、こうして裏口を想定している時点でやはり駄目だった。
情状酌量の余地なしである。
「……しかし、それは置いておくとしても、アイリスだけ国政に絡みすぎてない? ここだけ自国民優遇すぎるっていうか」
「なに言ってんのさおねーちゃん。他の国だって、“基本は”その国の所属じゃないとこなせねーイベントばかりなのよ? お姉ちゃんが、異常なんよ?」
「あっ、はい……」
確かにカゲツの最上層に居を構えるなど、その非常に分かりやすい例だ。本来ならあの国で<商人>として大成して初めて、その地位につくことができるのだろう。
そこをハルは、今まで全て『裏口』でこなしてきたことになる。本来の所属プレイヤーには、実に申し訳ない。
「そんで、どーすん? 今まで裏ジョブは全部断ってきたおねーちゃんだけどさぁ。これは受け取るんよね? なんたって、お姉ちゃんはアイリス所属だもんなー」
「そうだねえ……」
さて、どうしたものだろうか? 確かに場合によっては<王>となる可能性もハルは考慮していたが、こうした裏イベントとなると少し話は変わってくる。
今後の計画も踏まえて、慎重に考えなくてはならなかった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/29)




