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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第3章 アルベルト編

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第79話 物質としての体

「じゃあハル君が『はあぁぁ!』って気合入れると魔力が出てくるの?」

「出ないよ……、たぶん。それに、そのイメージに合ってるのはユキかなあ、どっちかと言えば」


 対抗戦も終わり、屋敷は日常へと戻っていた。日本ではひと晩、こちらでは既にふた晩が経ち、ぐっすりと寝たアイリはもう元気いっぱいだ。

 学園も放課後の時間となり、全員が集まっていつものようにお茶をしている。

 そこでハルは、対抗戦で得た結論について皆に話している所であった。


「あはは、私は魔法とは遠いってば。ルナちゃんじゃない? 魔女っこだし」

「……魔女っ子ではないわ? それに私は何かを生み出すというイメージではないわね。やはりハルではないの?」

「はいはい! わたくし! わたくしはどうでしょうか!」

「アイリちゃんは、色々と湧き出してきそうね?」

「ハル君と一緒に居ると、色々生み出せそうだよね」

「やりました!」


 話題は、魔力が生み出される現象について。皆思い思いに語っている。

 魔力の流れについて視覚的に判別出来るのはハルだけなので、実感がわき難いようであった。


「変な話だけど、僕らの体から沸いて出ている訳じゃなさそうなんだよね。僕らが居る事によって生まれてるのは確かそうなんだけど」

「良く分からないわ?」

「人が、プレイヤーが集まっていると、その周囲の魔力エーテルが増殖するというか、濃くなるみたい」

「ナノマシンが増えるみたいにかな?」

「そんなイメージだね」


 その増加量は、プレイヤーの数が増えれば増えるほど多くなる。多くの人間が集まっている本拠地周辺が、最も魔力を生み出しているようだった。

 またややこしい事に、魔力の無い空白地帯であっても、その中からも新しく魔力が発生するようだ。隙を見て、人口密集地のエーテルを爆破して消し、実験してみたりもした。


 まるで、向こうの世界の、ナノマシンのエーテルのようであった。向こうのエーテルは人口で増える訳ではないが、人が集まる事によって何故か通信効果が増す。

 それと、何か関係のある事なのだろうか。

 しかし少なくとも神々が、ここの運営が、プレイヤーの人数を増やす事に価値を見出している事と関係しているのは、間違いなさそうである。


「じゃあハル君、ここでも今この瞬間に、増えてるのかな?」

「ごめん、この神域は流れが早くてわかんないや。人少ないし」

「なら、この国の首都などは、大量の魔力が生み出されているのかしら?」

「それは、わたくしから否定させていただきます。わたくし共の認識では、魔力がどこから来るのか不明なままなのです」

「そうなのね?」

「はい、『ただそこに有るもの』『神々がお与え下さったもの』という考えでして」

「僕もそう思ってたよ」


 あるいは他のゲームでよく見るように、自然が生み出すもの、といったイメージだった。


「でもこれが全てじゃないよね。僕らが来る前から、この世界には魔力があったんだし」

「確かにそうだよねー」

「しかし、ハルさんの世界の皆様の力は歴然です! この神域の魔力が一気に増えましたし!」


 そうなのだ。アイリの言うように、試合終了後にこの神域、ひいてはこの梔子くちなしの国の魔力は著しい増加を見せた。

 試合内容の反映だろう。あの対抗戦、プレイヤーにとっては順位は関係の無いお祭りだった。経験値が増加し、大人数で楽しめるお遊び。

 しかしそれは、神々にとっては違ったようだ。きっちりと順位が、侵食した魔力が、この下界に反映されている。


「またカナリーちゃんの一人勝ちだね。他の神様、黙ってないんじゃないの?」

「そうしたら、また黙らせますよー」

「ヤル気だねカナりん。その意気だ!」

「どちらかと言えば、またハルの一人勝ちだったのではなくて? 第二回が楽しみね?」

「僕もうやりたくないんだけどアレ……」


 もし第二回があれば、今回と同じようには行くまい。

 次は侵食力を貯めるいとまを与えることなく、最初から全勢力が黄色チームを潰しに来るだろう。

 負ける気は無いが、流石にそんな中にアイリを連れて行きたくは無い。第二回があれば、何か考えなくてはならなそうであった。





「しかしハル君。魔力の量が有限なら、あまり無駄遣い出来ないね」

「まあ、有限と言っても僕一人で使いきれる量じゃないけどね」

「でもハルは気にするでしょう? そういうのは」

「そうだけどさ」


 資源の収支の話だ。ハルは収入より支出が多い状態でゲームを回す事を嫌う。

 特に終わりが設定されておらず、無制限に遊べるタイプのゲームであれば尚の事だ。

 勝利条件、終了条件が設定されているゲームであれば、資源がゼロになる前にその条件を満たせれさえすれば、後は構わないのだが。

 例えば街作りゲームだと、街の完成時には税収がプラスになっていないと、完成とは見なせない感性なのだ、ハルは。


「今後は節約を考えないとね」

「収入を増やせば良いんじゃない? プレイヤーを捕まえてきて監禁しよう!」

「発想……」

「思えばステータスの自動回復スキルは、魔力の発生にあたるのかも知れないわね」

「ハル君、MP無駄遣いしないように徹底しすぎて気づかなかったんじゃない?」

「誤算だったね。溢れさせておけば、もしかしたら気づいたかもね」


 結果論だが、ユキの言う通りだ。ハルは最初、<MP回復>を鍛えるために、常にMPを消費していた。

 それを無視して溢れさせておけば、体から漏れ出る微量の魔力に気づく、などというという展開もあったかも知れない。

 なお今は、カナリーが常に<降臨>でハルのHPMPを吸い取っているので、溢れる事は起こりえなかった。


「でも<物質化>を使って無限に金を生み出す計画は企画倒れになっちゃったね!」

「企画してないから! それに今の状態でも実質無限だよ。使い切れない量を生み出せる」


 元々、この神域の魔力だけでも有り余っていたのだ。そこに対抗戦の報酬で更に大量の魔力が追加された。実は、神域の範囲そのものが今までよりも広くなっている。

 王国の法には影響しないので、アイリの領地が広がった訳ではないが、カナリーの支配する領地としての見方をすれば、領土が広がった事になる。

 到底、<物質化>で使いきれる量ではなかった。


「使い切れないって、どのくらい?」

「正確な把握は難しいけど、半分を金に変換しただけでも国が傾く」

「重みで?」

「うん、物理的に」

「うわ、冗談で言ったのに!」

「面白い事を言うわねハル。もはや実弾を通り越して質量兵器ね?」


 お金をバラ撒く事を実弾と例える事があるが、本当に金を撒くだけで国を滅ぼせる。そんな量だった。


「良かったです。わたくしも、お水の量を抑えなくてはいけないかと思っちゃいました!」

「アイリは自由にお風呂に入っていいからね」

「はい! ハルさんもご自由に!」

「いや僕の体は汚れないから……、ああ、あれを試してみようかね」

「あれですね!」

「二人で通じ合っているのは微笑ましいけど。説明なさい、ハル?」


 以前、お風呂場でアイリと話していた内容だ。ハルの体を<物質化>する。

 それにより、この世界を文字通り肌で感じる事が可能になる。

 当時は情報不足であり、対抗戦の開催でうやむやになってしまったが、ここの所は<物質化>についての法則も判明してきており、今ならば可能でありそうだった。


「そうしたら僕もお風呂に入る必要が出てくるかなって、そういう話さ」

「……結構恐ろしい事を考えるのね、あなた達は。怖くはないのかしら、自分が増えることが」

「分身する以前なら怖かったかもだけど、今はもう慣れちゃってさ。同期しちゃえば、同じ僕じゃない?」

「ハル君ならではの考え方だねぇ。十二個が二十四個になるだけ、って感じかな?」

「そんな感じ」


 分身体を多数操るハルであるからか、一般的に不安がられるように、“もう一人の自分が生み出されてしまう”という感覚が掴めなくなっていた。

 もう一人いようが、それも自分には変わらないのではないだろうか。

 元々、エーテルに順応し、それに依存した意識だ。エーテルネットに接続しての意識の拡張。それにより破損した脳細胞の一時的なエーテルへの置き換え。

 そうした行為が日常化し、自らの体への絶対性は薄れている。

 向こうの世界でも、体のコピーが可能ならばやっているかも知れなかった。スペアがあれば便利だ。


「不安かな、ルナは」

「それはね。……アイリちゃんは、不安ではないの?」

「不安、ですか? 使徒の体から、人の体になるのですよね? ハルさんが増えるのも、いつもの事ですし」

「あ、そりゃ分からないか。アイリちゃんSF慣れしてないもんね。ハル君、説明しておやりんさい」

「……説明って言ってもね。そうだね、この体をそのまま<物質化>しても、肉の体は得られないって事だね」

「そうなのですか?」

「試してみようか」


 ハルは新しく分身を一体作り出すと、それに対して<物質化>をかけていく。

 問題なく変換は成功し、物質としての実体を持ったハルが生成される。しかし、その体はぴくりとも動かなかった。

 すぐにバランスを失い。それを予想していたもう一人のハルが支えに入る。


「こんな風に、操作系が意味消失しちゃうんだ。感覚も無い。ただの等身大ハル人形にしかならないんだよ、これじゃ」

「!!」

「あ、アイリちゃん欲しそう」

「欲しいですー……」


 何に使うのだろうか。残念ながらプレゼントしてあげる訳にはいかない。ルナも隣で欲しそうな目をしている。


「意識はあるの?」

「あるね、驚いた事に。コアはこの状態でも機能してるみたいだ。すごい設計だね」

「すごいでしょうー?」

「うん、すごいすごい。ついでに設計図も教えてカナリーちゃん」

「それは駄目ですー」


 そう言うとカナリーはまた黙ってしまった。

 ハルは苦笑して人形と化した体に<魔力化>をかけて消して行く。一度意味を失った操作系統の魔力式は、再度魔力へ変換しても元には戻らず、人形のままだ。

 装備品の判定が消失する事から、これは予想されていた事だった。


「他のプレイヤーに<物質化>をかければ瞬殺だねハル君」

「発想……」

「意識が残るのなら、ログアウトするまで足止めも出来るわ?」

「ルナまでそういうこと言い出さないの。確実に怒られるよ、神様に」


 どう考えても迷惑行為であった。もし体がログアウトしても消えずに残るなら、ハラスメント通報もセットで付いてくる。


「話を戻すと、僕らの世界の体を、ここに再現してやらないといけない。って事だね」

「そうなのですね? いえ、わたくしよく理解していないのですが」

「やっぱり不安ね。それにハル、目的は水着だったでしょう? それはどうなったの?」

「いや、あの素材複雑すぎて……、どうやってこの世界で再現すればいいか分からない……」

「……迂闊だったわ。つい最先端の物を選んでしまったものね」

「ルナちー気合入れすぎたねー」


 最先端の分子工学を駆使して作られた布は、その構造を読み解くだけでも一苦労だった。再現となれば、更に難易度が上がる。

 それに比べ生物の体であれば、資料も豊富であり、この世界においての情報収集も容易だった。


「一番の理由だけど、カナリーちゃんが止めないし」

「…………」

「まあ、こんな風に、おススメしてもくれないんだけどね」

「確かに危険ならカナちゃん止めるもんね」

「……分かったわ。もうハルの中ではやる方向で決まっているようだし。ただ、確実に同期が取れる保障を持ってやりなさい?」

「じゃあ、分身を改造する形でやろうかね」


 最初からレシピにアレンジを加えるようで気が引けるが、ルナの安心の方が優先される。コアを残す形にすれば良いだろう。

 カナリーに確認を取り、否定されない事を見て取る。


 ポッドに満たされた大量のナノマシンが、黒曜を通して詳細なハルの体のデータを送ってくる。それを分身の体に置き換えていった。

 もともと全く同じ形のものだ。作業量は多いが、やっている事は単純なデータの移動だ。


「向こうでもこれが出来ればね」

「ハル君、現実でも分身する気? 何する気なのかな」

「そういう映画あったわよね。モンスター扱い待ったなしね」

「別に僕自身が増えたい訳じゃないんだけど……」


 完全なコピーが可能になれば、解決する問題は多い。

 ナノマシンによる微細技術が発達した向こう側だが、完全な物質のコピーは苦手としていた。

 読み取った情報をサイズ1とするなら、サイズそのままを再現するための大きさが足りないのだ。

 様々な物質を混ぜる事も考えると、更に最小単位は下がる。混じり気の無い物を一から生成する事の方が得意であった。


 そうしてハルの体が、この世界に再現されようとしていた。

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