第788話 債権回収のお時間
「僕が<契約書>にサインする直前を全盛期とするならば、今はまだ当時のスペックに及んでいない。これでも、ソロモンくんのステを取り込んで飛躍的に上昇したんだよ?」
《黒幕のソロモンくんを吸収したのに?》
《確かにちょっと疑問だった》
《大元を吸い取ったんだから全部じゃないの》
《彼は慎重だったからね》
《全部ソロモンに流れてたら信用が得られない》
《詐欺が成立しないのか》
《なるほどなー》
《結構ちまちまとやってたのね》
《割に合わなくね》
《合わないよ。そういう仕組みだ》
《でもハマった時にはデカい》
クラン、『レメゲトン』を使った一連の『ステータス投資詐欺事件』。まあ、このゲームでは<盗賊>のような犯罪者プレイが許容されているので、事件というのは違うかも知れないが。
ともあれ、その詐欺の広まりにより、かのクランは莫大なステータスをプレイヤーたちから集めていた。
その総量は、ハルのステータス全て合わせた数値を超えるほど。
ただし、その全てがソロモンの総取りとなっていた訳ではない。
彼が得ていたのは、そのステータスを預ける際に出資者から掠め取る『手数料』だ。
「<契約書>にサインした際に、預けたステータスの一部は契約の手数料としてソロモンに渡る。それが、あの詐欺の終着点だった」
「いずれは破綻する詐欺グループには大量のステータスを残したまま切り捨ててー、『上前』をはねて退避した分だけまんまと持ち逃げするんですねー」
「大胆なやり方ね? 普通なら、資金の全てを持ち逃げしたくなるところだわ?」
だが、そこまで大胆なことをすればさすがに足が付く。
ソロモンはそれを理解しており、『レメゲトン』に敵意を集中させたまま崩壊させて、自分は影に潜んだまま何の追及もなくステータスを持ち逃げする気だったのだ。
「切り分けたステータスは一部とはいえ、元がハル一人分以上になるわ? 相当な量ね?」
「そうですねルナさん! それに、更にそこにハルお姉さまの分も加わります! 二倍です、二倍!」
そう、アイリの言うように、『レメゲトン』には追加でハルのステータスの全てが投入された。
これは、回収不可能となっていた出資者のステータスを救済する為、ハルがその身をなげうって投資をしたものだ。
もちろん、自己犠牲ではない。その際に交わした<契約書>の効果で、ハルは彼のクランの生殺与奪を、全て意のままに出来るようになったのだ。
ある意味で、真の詐欺師はこの時のハル自身であった。
《保険金詐欺だ(笑)》
《保険金言うな!》
《だがそれ以外言いようがない》
《運命の一手》
《奇跡の巡り合わせだったな》
《保険屋に感謝》
《でも都合よすぎない?》
《的確にピースを嵌めただけだろ?》
《そうそう》
《ローズ様の頭脳の勝利よ》
《普通、保険見たところであんなの思いつかない》
いや、『保険屋』の出現の都合の良さはハルも感じているところだ。
ソロモン攻略のカギとなるユニークスキルが、あんなにタイミングよく配置されていることは奇跡だったと言わざるを得ない。
保険屋が居なければ、ハルはもっと面倒な手順を踏んで、慎重にソロモンとの駆け引きをしなくてはならなかっただろう。
まあ、巡り合わせ全てを疑っていてもキリがない。時に、天啓としか思えないような奇跡的な出会いというのはあるものだ。
「その『生命保険』を使って、僕はこうして悠々とステータスの回収が出来る訳だ」
「ん-、全然、『悠々』って感じじゃないぜハルちゃん? むしろ手の動きが、俊敏すぎてキモい」
「まるで敏腕の、事務員さんなのです! 流れるように、書類にハンコを押すのです!」
「……今度は何を見たんだいアイリ。まあいいや、なんにせよ手早くやらないと何時まで立っても終わらないものね、素早くもなる」
ハルは<契約書>の特殊効果を通して、『レメゲトン』のメンバーに強制的にアイテムを送り付けることが出来る。
それは送付と同時に即座に使用され、その効果を発揮する。この『生命保険』であれば保険効果がすぐに発動し、続いて送る『毒薬』であっても、それは同様だ。
これが、『保険金詐欺』などと言われる所以であった。
「毒薬で殺し、生命保険でその際のデスペナを軽減する。軽減されたステータスはこうして、<契約書>の内容通りに僕の元へと戻って来る」
「自作自演で片付けるには恐ろしすぎっすね。死のうが、ログアウトしようが逃げられない。無限に、ステータスをハル様に提供し続ける装置の完成っす! ……ただ問題があるとすれば、この作業が死ぬほど面倒ってくらいですが」
「そこがね」
エメの言う通り、この作業は一枚一枚丁寧に、生命保険を送付する必要がある。
今まで回収が滞っていたのもその為だ。最近は、立て続けに慌ただしかった。
更に、簡単に全てのステータスを回収出来る訳でもない。保険で軽減できるデスペナルティによる喪失は一部のみ。残りは、そのまま喪失してしまうのだ。
それを『生命の果実』などで補いつつ、また回収する。
死んでも逃げられないどころか、ステータスが初期化されても逃げられない。ハルのやることながら酷い話だ。地獄だろうか?
「ただ、手間が掛かる。本当に手間が掛かる。果実系アイテムで上げられるのは精々数十ポイント。どうしても効率が悪いよね」
「でも好きでしょハルちゃん、こーゆー作業。久々に、のんびりやろー」
「そうだね。何時もみたいに、雑談しながら作業しようかユキ」
「おー」
ただただ、無意味に数字が増えて行くのを見守るだけの作業も楽しいものだ。
手段が目的化している不毛なものだが、気の合う仲間とおしゃべりしながらであればその不毛さもまた肴になる。
ハルは今回は視聴者も交えて、そんな作業をしつつの雑談に興じることにするのだった。
◇
「そんでさ? どんだけステ上げるんハルちゃん? やろうと思えば、無限に上げられるんっしょ?」
「まあ、そうだけどね。『追加投資』は禁じられてない。戻ったステータスを再び全額投入すれば、それがまた107%になって戻って来る」
ソロモンたちが客寄せに提示した投資リターンは7%。仮にステータスを全額投入すれば、その者は完済後には今の7%強くなる。
ハルが無限にその輪廻を強制すれば、ハルはそこで生じる複利の力により指数関数的に強化されるだろう。
「でも、それはやらない」
「なして?」
「再投資すると、またソロモンに『手数料』が流れるから」
「あはは、そかそか。そっちも回収したもんで、忘れてたよ」
「忘れちゃダメだよユキ。あっちは本来、回収不可能だった物なんだから」
《プライドバトルの報酬》
《次は乗らないだろうなぁ》
《そのステ使って逃げるだろうな(笑)》
《逃げられないにしても、悪だくみする》
《不用意にステを与えてはいけない》
《『エサをあたえないでください!』》
《ちょっと希望を見せて反応を見たいかも》
《あえてステを分けてみるというのは……?》
《なら直接ポイント割り振ればいいだろ(笑)》
《だって配信してないんだもん彼!》
通常、プレイヤーは視聴者の応援により成長する。これこそ、真っ当な形の『投資』といえよう。
この人を応援したい、という気持ちが、『ステータスを投票する』という形で表せる。
プレイヤーもそれに応えるため、その力を原資に更なる難関に挑むのだ。
「ほんで、何処まで上げるん? そもそもハルちゃん、今の状態でもさいきょーだよね?」
「……まあ実際、この状態で誰かと戦っても、それこそリコリスで開催する闘技大会に出たとしても、負ける気はしないよ」
「じゃあ、なんでなん?」
「それはねユキ、強いて言うなら舐められない為かな。逆にこれまで積極的に回収を進めなかったのは、舐めさせる為だ」
「ぺろぺろ」
「ペロペロやめて?」
最強プレイヤーの名を欲しいままにしていたハルが弱体化したとあれば、その機会をこれ幸いと狙うプレイヤーは多く居るだろう。
実際、あの慎重なソロモンを直接動かせたのも、罠に嵌めてそのステータスを奪い取れたのもその為だ。しかし、ここから先は事情が違った。
「ここから向かう先は政争の場だ。そこで、相手に付け入る隙を与える訳にはいかない」
「そうね? 本来勝てる要素がまるでなくても、『アイツ前より弱くなってね?』、なんて思われたら面倒だわ?」
「ですね! 特にお姉さまは、その力を示威行為に使われます。隙を見せる訳には、いかないのです!」
《ひれ伏せ愚民ども! ぴかー!》
《我が家紋の前に跪け!》
《確かに、家紋で一発じゃね?》
《今回は相手も家紋持ってるからな》
《確かに!!》
《家紋バトル勃発じゃ》
《なにすんだよ家紋バトル》
《家紋デッキを組んで戦う》
《お気に入りの家紋から最強のモンスターを呼び出せ》
《お気に入りの家紋ってなんだよ》
《考えるな感じろ》
「ははっ。そもそもなんだい、『家紋デッキ』って? 家紋は一家に一つだろうに」
「それはー、あれじゃないですかー? 倒した相手の家紋を、奪えるんですよー」
「恐ろしいこと言うねカナリーちゃん。道場かな?」
「互いの家紋を、カットアンドシャッフルするのです!」
「シャッフルした時に家紋が傷つかないように、保護プロテクター付けないとね!」
「いいっすねユキ様! そのプロテクト販売、が、バトルするより儲かるかも知れませんよ! これは商機っす!」
「……そもそも、そのバトル家紋は何処が発行しているのかしら? ハルは家紋を作れるのだから、それを直接売ればよくないの?」
話の内容が意味不明になってきた。着地点などない。そもそもが、ただの雑談放送である。
ハルはそんな馬鹿な『バトル家紋』の話などしつつ、裏で着々とステータスを回復してゆく。
やっていることは面白みもなにもない、特定の手順を繰り返すただの作業だ。
まず『生命保険』を送り付け、続けざまに『毒薬』を送ってデスペナルティに追い込む。
デスペナでステータスがゼロになったら、果実アイテムから精製した『生命の秘薬』などを使って回復する。回復したらまた殺す。賽の河原である。
これからハルは再び王城に参じる予定であり、その際にステータスの高さが必要になるとハルは考えている。
まあ、まずはそれよりも表向きの外遊の目的、捕らえたソロモンとリメルダの処遇が先だろう。
彼らは引き渡すことなく、ハルが手元に置いておきたい。その為にはどう話を進めればいいか、それを考えつつハルは皆と雑談に興じるのであった。
◇
「……よし、そろそろだ。当時のステータスの水準に戻るよ」
「おー、やっとですかー」
「楽しくて、時間を忘れてしまいました!」
何度か休憩を挟みつつ、ついにハルはそのステータスを弱体化以前の値にまで回復する。
何事もなく、単に閾値を越えるだけの確認の儀式。そう思っていたハルの目の前を、唐突に再び、見覚えのある光が包み込むのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。「だただた」→「ただただ」。こういうの気付かない作者、本当駄目ですね。自分の中では、何故か普通に読めてしまうのです……! (2023/5/29)




