第784話 船に成果を積んで凱旋へ
「さしあたっては移動制限に行動制限、更には課金の際も僕の許可を必要とする制限を掛けようか。ああ、発言も許可を得てからするように」
「悪魔かっ!!」
「なに、安心するんだ。僕のレスポンスは早い。君の申請の可否は即時で判断しよう。ほぼ違和感なく行動できるはずさ」
「神かお前。それに、仮に出来たとして、お前が居る時だけだろう。二十四時間ログインしているつもりか?」
まあ、それも不可能ではない。というかカナリーのゲームでは、普通に常時ログインしっぱなしだった。
それこそ二十四時間どころか、何日も何か月も。
「……発言制限はオレの<契約書>でもどうやら無理のようだな」
「なんだい、とりあえず試しちゃうあたり、乗り気なのかな?」
「チッ、そんな訳がないだろう。<契約書>でどこまで出来るか、気になっただけだ」
システムに干渉し、通常のプレイではあり得ない挙動も可能とする<契約書>のスキル。
しかし、その力をもってしても、どんな内容でも取り決められるという訳ではない。その上に真の制限が存在し、そこはどうあっても動かないのだろう。
「恐らく、それは行動の自由を侵害するからだろうね。基本的に、運営だろうと僕らが言葉を発することを強制的に封じることは出来ない」
《法律の問題ね》
《そのせいで不自由なんだよなぁ》
《ゲーム設計がめちゃ制限される》
《そうなの?》
《そうだよ》
《たとえば『沈黙』の状態異常が出来ない》
《あー……》
《別にいいじゃんね》
《無理矢理に反論を封じることになるから?》
《いや、『強制的に口を塞ぐのは暴力だから』》
《窮屈だなぁ》
まあ、それによって未然に防がれた犯罪もきっとあるのだろう。
このフルダイブゲームという電脳世界の性質上、個人の権利は現実の空間と同様に保証されることになっている。
要は演出だろうと密室に閉じ込めるのは監禁に当たりかねないし、発言を封じるのは口を手で無理矢理に塞いでいる事と等しい。
マップ一つ作るにも、非常に神経質な対応が開発者には求められるのだった。
例えて語るなら、『テーマパークのアトラクション内ではお静かに』、とお願いすることは出来ても、お客さんの口を塞いで入出させる対応は不可能、ということだ。
「……チッ、オレは監禁されているがな。今まさに。不満を訴えればなんとかなるか?」
「無理そうだね。カゲツも何も言ってなかったし」
「法的に、これはアリなのか?」
「まあ、窓が開いてるし。それに禁止されてるのは、脱出不可能の空間だ。知略を尽くせば脱出できるのでも駄目なら、パズルゲームも作れなくなってしまう」
「確かに……」
まあ、それでも現状は多少怪しい気もしないではない。
恐らくはこのゲームが、他人と競い合う内容であり、この状況を引き起こしたのがハルによる妨害だからこそ許されているのだろう。
ライバルの邪魔が出来ないというのも、それはそれで問題になるからだ。
「そんな詰みの状況から、救ってあげようじゃあないか。まあ現実的な話としては、<契約書>は許可制にさせてもらう。出来るんだったね?」
「ああ、テストだ、やってみろ」
「ふむ?」
ハルは実験としてソロモンから渡された<契約書>に目を通しサインする。
普段使わないスキルを試しに封じてみることで、どうなるのかテストしてみるようだ。
契約が完了すると、すぐに次の瞬間にはハルの手元に見慣れぬウィンドウパネルが表示された。
《プレイヤー『ソロモン』が<料理>を実行しようとしています。許可しますか?》
「なるほど、こうなるのか」
「らしいな。オレの方は、スキル実行直前で固まって待機状態になっている」
互いに、自分のウィンドウを相手に見せあう。
ソロモンの方は、素材とスキルコストを支払った状態で待機され、<料理>の実行ゲージは満タンから動かない。
ハルが『許可』して初めて、時間経過がカウントされ始めるのだろう。
「……ねえ、ソロモンくん。これさ?」
「……嫌な予感しかしないが、なんだ?」
「悪用できない?」
「だと思った……」
《お姉さま……(笑)》
《特殊なスキル見ると悪用したがる(笑)》
《出会っちゃいけない組み合わせだったな》
《割と最強コンビ》
《ただし負の方向で(笑)》
《ゲームバランス壊れる》
《あーあ、壊れちゃった》
《でもどうするの?》
《わからん》
《『謎の空間』にコストをストックしておける》
《確かに悪用できそう》
この『実行待機中』のスキルは、通常の挙動のどれにも当てはまらない特殊な状態だ。コストは支払い済みだが、スキル実行枠は消費されず宙に浮いた状態。
ハルが『拒否』してみても、払ったコストは消滅したりはせずにソロモンに戻った。
これは、視点を変えれば無敵の保管庫を作り出せたとも言える。通常システム外の仕様である以上、そこに干渉するスキルなどは存在しない。
簡単な使い方としては、ソロモンが大ダメージを受けた瞬間にハルが否認するとその瞬間に全回復、といった使い方も出来る。
二人は、まあ主にハルがだが、そんな悪用法なども悪だくみしつつ、改めて彼に掛ける制限を決めていった。
*
「しかし、スキルの使用権を奪うのは権利の侵害行為にはならないんだな」
「まあ、それはね。スキルは運営の用意したアタッチメントだ。僕らが、元々持っている技能ではないだろう?」
「ほるほどな」
「それ以前に君は、『アイテム禁止』の状態異常を扱っていたじゃないか」
「あれは一時的だったからな……」
歩く、見る、喋る。そうした体の動きを封じることは厳しく制限されているのだが、スキルを取り上げることは特に法的に咎められない。
それは、スキルが人間本来の機能ではなく、『運営から借りている』扱いであるためだ。
そんなことを話しながら二人は、伯爵邸を後にして飛空艇のあるシルヴァの屋敷へ、最上層から上層へとエレベータにて降りてきた。
玄関と言う名の厳重すぎる気密扉を見て、ソロモンが渋い顔をするのが何だか印象深かった。
「あの家には人は置かないのか?」
「うん、どうしようねそれ。クラン出入り自由にするには重要度が高すぎるし、身内を配置するには自由度が低すぎる」
「……そこで何故オレを見る」
「いや、君があの家に残ってくれれば、全て解決なのになあ、と」
「だから幽閉しようとするのはやめろ!」
《別荘に美少年を囲うお姉さま》
《趣味が良いですわ、お姉さま》
《取引の引継ぎで、契約書を書くだけの日々》
《毎日毎日、書類を何十枚も……》
《刑務作業かな?》
《そうしてたまに戻るローズ様に次第に……》
《依存させると。なんて策士だ……》
《これが調教ってやつか》
「さすがにやめようね君たち」
「だが、オレを最も有効活用するなら良い手だろう。そうしなかったのは何故だ?」
「だってやめちゃうでしょ、君。そんな状態ならこのゲームをさ」
「…………」
「ここから成り上がれるという希望を少しは見せてあげないと、僕のために働いてくれないからね」
「言い方がな……」
これがゲームの一ユニットであるなら、ハルも効率に従ってその配置にしたかも知れない。
だが、現実には彼の選択の自由をハルが左右することは出来ず、その境遇に不満がつのればソロモンはログアウトしたまま戻ってこないだろう。
まあ、『悪人の追放』という意味ではそれが完全な勝利条件の達成であるのかも知れないが、それはなんとなくハルの気分が良くなかった。
悪事といってもゲーム内のこと。特に悪役ロールが許容されているゲームだ。必要以上に責める必要はない。
「適度に飴を与えつつ、生かさず殺さずこき使うのじゃな!」
「そうだよシルヴァ。そして結局は、どう足掻こうと僕の手の上なのさ」
「お前ら本人を前にな……」
ハルが戻って来ると、屋敷の主であるシルヴァが出迎えてくれる。
老人口調であるが、その体は幼い女の子にしか見えない、いわゆる『ロリババア』としてのNPC。ある意味、ファリア伯爵よりも謎のキャラクターだった。
既に状況は察しているようで、異常にニコニコの笑みでハルの体をばしばし叩いてきている。
「うむうむ! よくやったのじゃローズ! かの伯爵さまを追い出して最上層の拠点を手に入れたようじゃな! これで、ワシらの商売も盤石なのじゃ!」
「えっ、なに対等な顔してんのシルヴァ。天上人様にひれ伏しなよ?」
「いきなり手のひら返しじゃ!?」
「ほーら、図が高いよー。物理的に」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「ガキか二人とも……」
呆れるソロモンのぼやきを契機に、ハルは老人いじめに区切りを付ける。
その涙目の彼女を撫でまわして安心させ、別に上から目線で接するつもりはないと諭していった。
「そもそも、今までは正直シルヴァの方が目上だったからね。今更僕が偉そうにするのは筋が通らない」
「そうなのじゃ! これからも、仲良くやっていくのじゃ!」
「ナチュラルに偉そうな女が二人……、同類め……」
ソロモンとしてはシルヴァは苦手なタイプのようだ。それでも大人しくしているのは、今のところは『契約』に従うつもりらしい。
彼は既に<契約書>を封じられ、ハルの方針に従うことを約束している。行動範囲も、許可なく遠方には離れらない。基本的に、同じエリアに居させることになるだろう。
「それで、これからどうするのじゃ? 今の様子だと、ここを拠点にして手に入れた力で商売を、という訳ではなさそうじゃが」
「そうだね。一度アイリスに戻ろうと思う。まあ、遠隔でも出来る商売自体は今から早速始めるけど」
「その意気なのじゃ! お主の仲間も、ここに残りたいという奴らがいくらかおる。そやつらを通すがよいぞ」
「ああ、悪いけどお願いできるかな、シルヴァ」
ハルのクランは、原則行動自由だ。メンバーの中にはこのカゲツの国が気に入った者も多く、残りたいと言う人も出てきた。
もちろんそれも問題なく、ハルは快諾する。ただしソロモンは除く。
「ケイオスは?」
「魔王は既に、街へ下りていったのじゃ。お主には待たずに好きに行動せいと言伝じゃ。しばらく戻らぬつもりじゃろう」
「あいつらしいね」
別れに顔を合わせて見送るつもりはない、ということだろう。まあ、ケイオスとはその気になればすぐに連絡が取れる。
そんな感じで多少の後ろ髪を引かれつつも、ハルはシルヴァの庭から飛空艇に乗り、久々のアイリスへと帰国の準備を整えるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/29)




