第783話 悪魔の契約
ハルはその装置に手を乗せると、ようやく辿り着いた感慨に浸りつつも自然と<解析>を発動する。
その解析結果によれば、このハルの背丈よりやや低い大柄な装置は、紫水晶の生成機で間違いないようだ。
「材料は、主に錬金系か。やっぱり闇属性の関連がメインだから知らないものも多いけど」
「ローズにも作れそうか」
「そうだね。何となく、食材が必要素材になるのかと思ってたけど」
「ファリアのあれはただの趣味だ」
美食家であるファリア伯爵。かといって、レア食材から紫水晶を作り出すための偽装工作という訳ではなかったようだ。
どちらかといえば、カゲツによる料理大会のカモフラージュでそういった趣味を持っているのだろう。
ハルによって最上階が料理関係であると暴かれて以降、今まで秘密主義を貫いていた<商人>プレイヤーの一部が情報開示を始めているようだ。
それによれば、伯爵の他にもカゲツには高級食材を求める有力者が多いようで、食材アイテムもまた『生命の果実』のような特殊効果を持つ物が存在するらしい。
もはや情報を出した方が有利と、その秘密を公開し注目を集めているようだ。
今後は、その流れには逆らえずカゲツの国も放送がオープンになってゆき、新規の参入も増えて行けばゲーム全体に、ひいては異世界全体にとって良い流れとなるだろう。
魔力の発生は、少しでも多い方が良い。
「同時に今まで陽の目を見ていなかった<料理>にも注目が集まっているらしいね」
「ああ、ほぼほぼ趣味でしかなかった<料理人>が引っ張りだこだとか。だが、優秀な奴は既に裏で高レベル<商人>が囲い込んだ後だろうがな」
「だろうね」
《一夜でカゲツの環境は激変しましたよ!》
《ローズ様が居ない間も大変だった!》
《もう情報の洪水》
《今までだんまりだった奴らがこぞって》
《我先にと》
《調子いいよなー》
《料理イベントに向けてのアピールに必死》
《<料理人>にもアイテムを提供してたとか》
《裏でこっそりね》
食材アイテムに何かあると察していたのであれば、それを扱うスキルを持った者と密かに取引しているのも当然。
スキルとして<料理>を鍛えているプレイヤーは、既に彼らと独占契約を結んでいる者ばかりであるようだ。
「ローズ、お前はどうする?」
「んー? そうだね……」
ハルは装置類の<解析>を続けながらも、<料理>について考える。
確かに面白そうな話ではあるが、ハルはハルでやることが多い。特に、この装置と紫水晶に関わる事象は最優先だ。<料理>スキルも所持していない。
「まあ、レア食材や<料理>については他の人に任せるよ。ケイオスも、そっちに取り組んでくれるだろうし」
「行動は共にしないのか」
「うん。そもそも、一時的に組んでただけだしね」
ハルと同じ道を歩み、ハルの真似をしたところで、自分には敵わないとケイオスには叩き込んだ。
今後は、ハルを打倒する為に道を違え、ハルに無い力を探していってくれるだろう。
ケイオスはこのカゲツに残り、『第二回』の料理大会に向けて活動をしていくらしい。
それはカゲツにとっても、ケイオスにとってもいい結果をもたらすはずだ。
「それよりも僕は、こっちだね。さて、これの扱いをどうしたものか……」
「フッ、考えるまでもないだろう。今度はこれをお前が操り、オレと組み紫水晶を世界にバラ撒くんだ」
「それ、『オレと組み』が重要なだけだろう君」
《こっちも商魂たくましい(笑)》
《売り込んでいくぅ!》
《積極的に仲間面していくスタイル》
《どの面下げて(笑)》
《翻訳すると『助けてローズ様!』》
《魔王語に続く新たな言語が……》
《何語? ソロモン語?》
《イケメン語?》
《イケメンにのみ許された高等言語》
「うるさい黙れ。それに、お前にとっても悪い話ではないはずだ」
「……確かに儲かるだろうけど、お金稼ぎなら別ルートがいくらでもあるよ、僕は」
特に、この天空にそびえ立つ塔の最上層を確保することに成功したのだ。その地位と信用を使えば、稼ぐ方法はいくらでもあった。
特にハルは現アイリスの領主でもあり、そうした意味では伯爵以上の流通ルートを手にしている。
「確かにそうだな。だが、そこにオレの<契約書>が加われば」
「ゴールドではなく、ステータスを通貨として販売できる……」
「フッ、その通りだ。興味が出てきただろう?」
ソロモンの持つユニークスキル、<契約書>。そこに記された内容に同意のサインをすれば、ゲームシステムに干渉し一部仕様の範囲を飛び越えた取引が可能だ。
特に、個人間におけるステータスポイントの行き来をするやり取り。これがこのゲームにおいて、恐ろしいまでの相性の良い噛み合い方をしているのだった。
彼はそのスキルを悪用し、多くのプレイヤーのステータスを奪い取り自らの力とする詐欺を目論んだ。
そして、それをハルに逆手に取られ、おしおきとして逆に自分の全てのステータスを奪い取られてしまい、今に至っている。
「当然、オレの再起の目的もある。しかし、<契約書>にはローズ、お前の名も連名で刻もう。売り上げは折半だ」
「紫水晶を売れば売るほど、僕は更に強くなれるってことか」
「フッ……、その通りだ……」
得意げに、そして怪しげに、ソロモンは悪魔の誘いをかけてくる。
最近はその美しい顔を慌てた態度のギャップばかりが際立つマスコットとしての扱いが強い彼だが、こうして自信に溢れた態度を取るとやはり目を奪われる。
それは中身は同性のハルでも、つい息を飲むほど。この勢いに押されて、つい彼の誘いに『はい』と答えてしまう者も多いだろう。
ただ、ハルは当然。
「残念だけどね、その誘いに乗ることは出来ない」
「チッ……、別に良いだろうが、得するのはオレだけじゃなくお前も同じなんだから……」
「そうだね。ステータスを資本と見るなら、既に大差の付いている僕には、君は決して追いつけない」
ルナの受け売りだ。お金持ちは何故お金持ちなのか。それは、『元々お金持ちだから』、である。
お金があれば出来る投資もそれだけ増えて、それだけ伸び幅も拡大していく。その差は縮まるどころか広がるばかり。
ステータスでも同じことが言え、ハルと同じことをしていても永遠に追いつけない。
「ならば、何故ためらう? オレが力をつけても、更なる力で抑え込めばいいだろ?」
「……そう言ってチャンスを見て再起を狙うくせに。それにね、僕が渋っているのは何も君のことじゃない。伯爵の思惑が気になるからだ」
「チッ……、オレなど眼中にないということか……」
「あらら、変なとこで傷つけちゃった」
《伯爵の奴よりオレを見ろ!》
《複雑な男ごころ》
《ダンディなおじ様の渋さに嫉妬する少年》
《年季の差が出たね》
《これが若さか……》
《だがその若さ、悪くない》
《エレガントに迫る伯爵、がむしゃらに迫る少年》
《渋めのイケメンと、正統派の美少年か……》
《ローズ様はどっち選ぶの?》
「選ばないよ……、なに言ってんの君たち……」
「お前ら、本当黙ってろよ……」
ソロモンとハル、二人揃って辟易する姿に、また仲良しだなんだと一部の視聴者が沸く。
まあ、そこで会話が有耶無耶となったのを契機に、ハルは先ほどの話の中の、己の考えを改めて述べていった。
「……ファリア伯爵がこの装置を惜しげもなく置いていった理由。それは、持っていけないとかそういうことじゃなくて、僕にこれを使わせたいからだと思うんだ」
「お前に権利を移譲したから、この宝物庫に入れなかっただけじゃないか?」
「そんなマヌケはするまい、彼が。それが理由なら、移譲前にひと手間掛ければいいだけだからね」
「確かにな」
あの優雅で落ち着ききった伯爵が、ハルに家の権利を渡した後になって、『しまった宝物部屋に入れなくなってしまった』、などと心中で動揺している様は想像できない。
……というか普通に嫌だ、そんな彼は。まあ、それはそれでお茶目で良いのかも知れないが。
「君の行動を許容していたことからも分かるように、彼は紫水晶が世に出回ることを何とも思っていない。いやむしろ推奨している」
推奨しているのだ。水晶だけに。
「……ダジャレか?」
「いや、ただ偶然言葉が被っただけだよ……」
あえて飲み込んだ言葉をソロモンに指摘され、何とも言えない気分になるハルだった。
「……駄洒落はともかく。確実に儲かる材料を置いていったのは彼の罠だろう。自分の代わりに、いや自分以上に僕が水晶を世に広めるだろうと」
「確かにな。お前が、お前の名をもって売れば不信感は払拭され、オレがやる以上に数を出せるだろう」
そう言って最後に、『だからお前を誘ったんだがな』、とソロモンは締めくくる。実に戦略的と言えよう。
自分一人で利益を独占するよりも、ハルの知名度を使った方が、例え折半したところで利益は上になる。その判断が出来るのは優秀な証だ。
「チッ……、計画は失敗か……」
「まあそうでもないさ。あえて僕が取引を保証しないうちから、自分の手札を晒した君に敬意を評しよう」
これはいわば、ソロモンの方から先んじてハルを信頼してくれたとも言える。もし断られたら、彼はいたずらに唯一の手札を失うだけであったにも関わらずだ。
その信頼に、ハルも応えようと思う。まあ、それでも彼の目論見それ自体には乗らないのだが。
「君をここから出そう。僕と共に、行こうじゃあないか、ソロモンくん」
そう言って、ハルは笑みを浮かべつつ彼に手を差し伸べた。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




