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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部5章 リコリス編

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第780話 支配者の見る景色

 本日より新章突入です。二部も後半、そろそろ真相へと深入りしていく物語を、お楽しみいただければ幸いです。

 そうして、再びハルはゲームへログインする。再開地点リスタートはしっかりと旧、伯爵邸となっており、目を開けば広すぎる寝室がお出迎えしてくれた。

 飛空艇から再開かも知れないと思ったが、ここはカゲツがいい具合に処理してくれたのだろう。


 それに感謝しつつ、ハルは流れ作業のようにいつもの如く自分のプレイ内容の生放送を始めるのだった。


「やあ、おはよう君たち。今回はここ、伯爵邸、改め、<侯爵>邸となった天上階層からスタートだよ」


《やったー!!》

《おはようございます!》

《きたきた!》

《待ってた》

《おはローズ》

《背景が高級ホテル》

《貴族の朝》

《タワマンすげー!》

《流石は天上人のすみか》


 天上階層の無駄に豪華な室内を背景とした放送スタートに視聴者も沸く。

 様々なファンタジーの様式を背景とした放送は、それだけで彼らの目を楽しませているが、やはりその中でも珍しいものには需要がある。


 セーブ地点となる宿屋は数多くあれど、その室内はどれも似通ったものとなっている。

 宿のグレードを上げれば内装は豪華になるが、それだけ宿泊費も高くつく。宿としての機能はほぼ同じなので、効率の面では高い宿を選ぶ必要はない。

 しかし、それでも慣れてきたプレイヤーは高いゴールドを支払って高級宿でセーブする傾向があった。


 それが、この『背景』の特別感である。

 視聴者との交流の雑談、そういったテーマの放送は、主にセーブ地点で行われる。その際の背景となる場所の見た目には、慣れた者ほど気を遣うのだ。


「ふむ。確かに最上級の背景、って感じはするね。とはいえ僕は、ほぼ最初から普通の宿屋には泊まらなかったのだけれど」


《確かに(笑)》

《いきなり自宅持ってた》

《金の力ってすげー!》

《その後は領主の執務室だし》

《ついには天空の城か》

《城は少し違くない?》

《ローズ様、窓の外見せて!》


「確かに。この家ならでは、他では絶対にない特権だね」


 雲へと突き刺さるこのカゲツの『成金の塔』、その最上層は当然、高空から地上を見下ろせる最高の見栄えに違いない。


 なお、『天空の城』はハルの現実リアルの住居となっている。そういう意味では、この家も今更珍しい程のものではないが、わざわざ口にしたりはしない。身バレしてしまう。


「基本的に、窓は開きっぱなしのようだね。というか、そもそも『窓』が無いのか……?」


 ハルが部屋の奥に歩いて行くと、ふんわりと優しくはためくカーテンの奥に、もはや壁が一面切り取られたかのような『窓』が出迎えてくれた。

 カーテンをくぐるとそのままベランダ状になった開放的な空間へと直通しており、そこはもうほぼ塔の外壁の外、空の上だ。高所恐怖症には、辛かろう。


 そんな絶壁のテラスにハルが身を乗り出すと、その先には180°の絶景、見渡す限りの澄み渡る空の広角風景パノラマが広がっているのだった。


《すげええええええええ!》

《そらのうえだ!》

《美しすぎる……》

《おそらきれいだとおもいました》

《飲み込まれそう……》

《ただ青いだけじゃないんだな》

《朝日が素晴らしい》

《圧倒的すぎてちょっと怖い(笑)》


 ただ、空がそこにあるだけの風景。そう言葉にしてしまえば単純だが、実際はそんなに簡単に言い表して良い見た目ではない。

 青一面のキャンバス、そういったシンプルな色合いとは程遠い深みと複雑さを秘めたそのあおは、いくら見ても飽きる気がしない。


 更に、ここまで視界の全てを空で埋められた経験を持つ者は少ないだろう。

 その初めての感覚に、まるで宇宙空間を見るのと同様の、深遠すぎる世界への畏怖いふじみた感覚に襲われる者すら出てきたようだ。


「これはよろしくないね。じゃあ偉大さを緩和するために、地上も映しておこう」


《それただの追い打ちなんよ(笑)》

《絶景の過負荷でしんじゃうよー!》

《風景の過剰摂取はよくないですよ!》

《じゃあ見るのやめる?》

《見る!!》

《見たい!!》


 ハルも視聴者も、もはや妙な理論とテンションになって、その空の遥か下に広がる地上へと目を向ける。

 ハルが窓の外へと足を踏み出し、テラスの手すりへと辿り着くと、今度は床に遮られていた地上の景色が一気に飛び込んできた。


 まるで、この大陸全体を見渡せるかのように、彼方かなたの先までその雄大な大地は続いていた。

 本来ならば、こんなにくっきりと見えるものではないのかも知れないが、そこはゲーム。まるで、天上から大地を見下ろす神にでもなったかの如く。の地に住まう人々の営みをここから一望できるのだった。


「いや、これは本当に凄いね。絶景だ。ただ、雨が降った時に窓が閉められないのが心配だけど」


《そこ(笑)》

《一気に現実に引き戻さないで(笑)》

《めっちゃ吹き込んじゃう!》

《風も大変!》

《ジェット気流入って来ちゃうよ!》

《起きたら部屋の中メチャクチャに》

《被害総額がやばいですよ》


 まあ、この空の上では雨になることもなく、ゲーム故に強風が窓から吹き込むこともないのだろう。

 設計段階から、そこを気にする必要はなかったのかも知れない。


 なお、下界では普通に雨も降れば嵐にもなる。

 あちらはずっと晴れのままでは面白みがない、変化が足りないと判断されたのか、日々の天気によって街の様相もがらりと様変わりするのだった。


「そうだね、せっかくだから、このまま<飛行>の方も試してみようか」


 ハルはおもむろに手すりから身を乗り出すと、はしたなくも片足を高く振り上げてその上に足を掛ける。

 そして器用に手すりの上へと立ち上がると、その上から危なっかしく世界を睥睨へいげいした。


 命がけの支配者ごっこ。良い子は真似してはいけない。悪い子も、出来れば止めた方が良い。

 ただハルには、良い悪いに関係なく、新たに得たスキル<飛行>が保険として備わっているのであった。


《おお!》

《確かにあの神界では試せなかった!》

《見たい!》

《お姉さま、気を付けて!》

《MP切れで落ちたりなさらないように!》

《ローズ様のMPでそんなことないだろ》

《うん、でも姉妹ゲーでは燃費悪くて》

《死ぬほど使いづらいで有名だったな》

《ほえ~》


 カナリーたちのゲームにおいて<飛行>は、スキル入手時点では意味不明な燃費の悪さを誇っていた。

 それを知るユーザーが視聴者の中にも一定数居たようだ。ハルのことも知っているのだろう。


 あちらの<飛行>は、レベルを鍛えないと軽く数秒浮いただけでもMPを根こそぎ奪い取り、まるで実用に耐えなかった。

 もし同じ仕様であれば、ここから地上まで真っ逆さまになるだろう。

 まあ、ゲームの設計思想が異なるこちらでは、そんな心配はないだろうが。


「……とりあえず、試してみないことには変わりないね。ああ、もちろん細心の注意を払うさ、心配するな君たち。では、<飛行>起動だ!」


 スキルが発動するとハルの体は手すりから、ふわり、と浮き上がり、重力を振り切りこの雄大な空の中へと吸い込まれて行く。

 その力は、大したコストも必要とせず、まさに<天人>、いや天使のように無制限に大空をゆく権利を保証されたのだった。





「へえ、これは凄い。朗報だよ君たち、なんとこれ、MPをまるで使わない、もちろんHPもね」


《チートだああああああ!》

《ゲームバランス終了のお知らせ》

《……なんだ、いつもの事か》

《確かに。特にローズ様だしな》

《納得するな(笑)》

《でも<二重魔法>よりやばくね?》

《あっちの方がチート》

《選択肢の広がり方が半端じゃない》

《飛べる方が凄いと思うけどなぁ》

《真のチートは<精霊魔法>》

《なんだ、やっぱりいつものことだった》


「まあ、隠し職の代わりのスキルだしね。とはいえこれも、スタミナはきっちり消費するからね」


《ああ、あったなそんなステも……》

《そう考えると凄いなスタミナ……》

《今のところ誰も逃れられない》

《その代わりボロボロとドロップする》

《スタミナ薬多すぎて実質無限だよな》

《何の為にあるん? スタミナ?》

《一応、プレイヤーの行動の抑制》


 プレイヤーが活動すると必ず消費するステータスに、『スタミナ』がある。

 ハルたちは最初期から課金によって強引に解決していたので視聴者もほぼ忘れていたが、一応無視することの出来ない要素だ。


 あらゆる行動により減少し、それが無ければHPMPが残っていてもスキルは使えなくなりいちじるしく弱体化する。

 これを回避するためには、モンスターと戦い専用の『回復薬』を手に入れる必要があった。ちなみに完全プラス収支だ。


 そうして無意識のうちにプレイヤーの行動をコントロールする役目を負ったステータス。

 なお、戦闘を一切しないプレイヤーであっても、他のプレイヤーとの取引によって簡単に入手できる。なにせ余るからだ、大量に。


「まあ、特に僕の場合はスタミナが切れる心配はない。実質、無限<飛行>と言っていいね」


 ハルは元居た塔から離れるように、抜けるような蒼空へ向けてその身を飛ばしてゆく。

 自由飛行は非常に気分が良いが、一方で最高速度はあまり出ないようだ。

 便利ではあるが、移動手段としては心許こころもとない。やはり、そこは飛空艇を使った方が良いだろう。


「まあ選択肢が増えるという意味では十分すぎる……、と、うん……?」


 そこでハルは、視点を引いてその目に入ることとなった白い塔の壁に、妙なシミがあるのを発見した。

 汚れ、ではない。ここはゲーム世界であり、わざわざほぼ誰も見ないこの壁を汚しておく意味はない。


 虫、でもない。壁を這う虫に見えなくもないが、ここではサイズ感を考えなくてはならない。

 塔の大きさから考えて、ここからでは点に見えても実際はかなりの大きさだ。まあ、虫型モンスターなども存在はするが。


 ハルはその壁のシミに向けて高度を下ろし、すぐ隣にまで<飛行>で横づけることにした。

 ここからでもハルの視力はその正体を捉え、すでに笑いの予感がめくるめく。


「……なにしてるのさ、ソロモンくん」

「ぬおおおおおぉ!? ろ、ローズ!?」


 そのシミの正体は、壁を伝って地上へと脱出しようと試みる、囚われの身のソロモンなのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/29)

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