第78話 魔力はどこから来るのか
対抗戦の残り時間は半日近く残っていたが、ハルとアイリは試合を切り上げて屋敷へと戻って来た。
時間が残っているとはいえ、アイリにとってはもうまる一日、戦場に出ている事になる。それに、こちらの世界はもう夜中になっている。彼女の疲労を考えると、これ以上の長居は無用だった。
試合の内容はもう、既に大勢は決しているのだ。
全てのチームを飲み込んで得られたポイントは、圧倒的な侵食力を担保し、残る敵チームの領土を平定していった。
もはや地図は黄色一色であり、これを押し返すだけのポイントを得るのは、残り時間ではどう頑張っても不可能である。
戦略魔法や神獣召喚で逆転しようにも、コストとなる魔力が無くてはどうしようもない。
そして、まだまだ元気なユキやソフィー、そしてカナリーの守りがあった。
そう説明すると、アイリは安心したように緊張を解き、お風呂に入って眠りについた。
いくら鋼の精神を持ち、気丈に振舞っていても、戦いの緊張による疲労は蓄積していく。遊び気分のプレイヤーでも疲れるのに、彼女は命を賭けてあの場に居た。
それでなくとも、地球時間のスケジュールに合わせた強行軍だったのだ。
今はハルの隣で、ぐっすりと深い眠りについている。
さて、ハルの方はといえば、ある意味ここからが対抗戦の本命ともいえる。
アイリがその身を危険にさらしてまでこの試合の勝利にこだわった訳。その直感の理由、それを探らなくてはならない。
◇
「カナリーちゃん」
「あー、ハルさんー、暇ですー。一人だけ先に戻っちゃってズルいですよー」
<神託>で、まだ現地に居るカナリーに呼びかけるとすぐに応答があった。どうやら暇しているらしい。
ぴょこりと、ウィンドウから久々のちびカナリーが飛び出して来ると、ハルの膝の上にちょこんと乗ってくる。
「私はイベント終了まであそこを離れられないんですよー? 酷いと思いませんー?」
「神様も大変なんだね。でも、それが無かったとしてもカナリーちゃんには本拠地を守って貰わないとならないかな」
「ぶーぶー。神様使いが荒いハルさんですねー」
ほっぺたを膨らませるのでつついてみるが、<降臨>した体のような柔らかさは無い。肌の表面で、力場のようなものに遮られるだけだった。
「そういえば、カナリーちゃんのこの立体映像、神界の物質を思い出すね。もしかして、神界の物って、力場を発生させて見せかけの物質を作ってる? だとすれば、<神眼>で読み取れないのも、物質でも魔力でも無いことにも、説明がつくか……」
「なかなか良い視点ですねー」
半分、独り言のようなハルの発言に、膝の上のカナリーが微笑んで答えてくる。
まるで生徒を見る教師の目のように感じられ、思考のペースを崩されそうになるハルだが、今に始まった事ではない。
方向性の肯定をしてくれただけでも感謝しよう。カナリーは、某神様のように適当な事を言って煙に巻いたりはしない。彼女の口から出る言葉は、真実であり、ハルを導く言葉だ。
もう少し近道で教えてくれてもいいのに、と思う事は、たまにあるが。
「……視点と言えば、カナリーちゃん、また視点貸してね」
「お目目どうぞー。そういえばハルさんのお目目、戻るとき大変だったんじゃないですかー?」
「うん、全部一気に付いてきちゃったから、流石に僕もアイリも驚いた」
「私のありがたみが分かったでしょー」
「ありがとうねカナリーちゃん」
「えっへん」
アイリが休憩で屋敷に戻る時、ハルはカナリーに頼み、各地に配置した目玉を転送から外してもらっていた。
毎回あれを配置し直すのは非常に手間である。
そのカナリーの視点を借りて、ハルは再び戦場へと意識を飛ばす。
敵の本拠地を除き、あらゆる場所がカナリーの魔力で満たされた世界だ。どこでも自由に視界を移動させる事が可能だった。
屋敷の体の方でレーダーを確認し、人が集まっている場所を順に確認していく。
自国のあった位置でそのまま建築を続ける者。元々敵同士のチームで集まって、共に大規模な建築に挑む者。そして大人数で戦えるこの機会に、軍団を二分しての連合戦を準備する者など様々だった。
ユキとソフィーは、連合軍に参加しているのかと思いきや、そこには姿が見当たらなかった。本戦で十分暴れたからか、参加はしない様子である。
ユキは、ルナと共に城の警護に付き、二人で何かを語らいながら城の装飾を仕上げている。
ソフィーは、皆と巨大なモニュメントの作成をしているようだ。大陸全土からあらゆる素材を集め、大勢のプレイヤーを指揮している。
まるで纏まりの無い、奇妙な物体が出来上がって行くが、その皆の顔は楽しそうだった。
「鉄捨ておじさんってのは、やっぱりこれかあ」
「ある意味ハルさんと同じ事をやっていましたねー」
掲示板で出ていた謎の言葉、鉄捨ておじさんの仕事場もついでに見下ろして行く。
世界の果て、国土の行き止まりに、大量の鉄素材が整列して積まれていた。
海の素材と相性が悪い鉄の素材。それらを他のプレイヤーから集めて回り、こうして捨てるように建築して行く。ハルが地下でやった事と発想は同じだ。
その集約により、ポイント獲得数トップに躍り出たのだろう。
「みんな楽しそうだ。最初からこういうイベントじゃ、……駄目だったんだろうねー、きっと」
カナリーは答えない。じっ、とこちらを見つめて来るだけだ。答えない事が、それが答えになっている。
このイベントは、ユーザーを楽しませる事が主目的ではない。ハルとアベルが戦ったのと同じ、神の代理戦争なのだろう。
それを上手く隠して味付けし、イベント仕立てにしただけだ。
ならば賭けている物は何か、侵食力とは、建築とは、神の強化はイベント外にも影響するのか。
ハルが考えなければいけない事は多い。観光気分で建築を見学するのは切り上げよう。
「そういえばハルさんは、この状態でも<魔力操作>を使う事はできますかー?」
「ん? ああ、自分の目玉を飛ばす時のようには行かないけど、使えるね」
「でしたら、私の視界から<魔力操作>で暗殺して回れば、お家に居ながら試合に勝てそうですねー」
「反則すぎる……」
「出来る事は反則じゃありませんよー。逆にハルさんもルールにとらわれすぎて、思わぬ不意打ちを受けないように注意してくださいねー」
「そうだね、気をつけよう」
特別なスキルが使えるのは、何もハルだけとは限らない。現に、ソフィーが<次元斬撃>というスキルに覚醒している。
相手もルールの範囲内で勝負してくるはずだ、という思い込みは危険であった。
例えば、ぽてとの語っていた紫チームのお姫様などが警戒に値するだろうか、と探してみるも、既にフィールドを後にしていたようだった。
勝敗が決したイベントには用は無い、と言わんばかりの潔さだ。
「でも建築が出来ないから、中盤くらいにポイント差で負けそうだね。エーテルボムで暗殺するにも国土を消費しちゃうし」
「低コスト魔法で狙撃しちゃえばいいんですよー」
「コア狙いだね? それでも侵食力で負けてジリ貧……、ってもしかして、侵食も手動でやれと?」
「ハルさんなら出来ますよー」
領土の、つまり魔力の侵食は、カナリーがかつて行った戦いの再現だ。このイベント限定の仕様ではない。ならば、ハルにも<魔力操作>によってそれが可能なはずだ。理屈の上では。
しかし、理屈は理屈だ。侵食の理論が分かっていなければやりようが無い。
ただでさえ、最近は<物質化>の法則を探るのに頭を悩ませている。同じくらい難解な侵食まで手を伸ばす余裕はハルには無かった。
しかし、魔力の支配権の奪い合いが観察出来るのはこのイベントの間のみだ。期間限定なのだ。
ゲーマーは、期間限定に弱い。例え内容が大した事はなくとも、そのイベントでしか出来ない事、入手出来ない物などあると、ついムキになってしまう。
そんな事を考えつつ、ハルは視点を現在侵略コマンドを実行しているプレイヤーの位置へ移す。
「なんかカナリーちゃんに乗せられちゃってる気がする。僕を誘導してるでしょ?」
「乗りますかー?」
「カナリーちゃんに、乗るの? それも良いかもね」
「乗せますよー」
何せ羽が生えている。神鳥だ。アイリとふたり、カナリーに乗って空を飛ぶ様子をハルは夢想する。
……羽がつっかえて飛べなくなるカナリーが想像された。空想の中のカナリーは、飛行するアイリとハルに吊り下げられるように、のんびりとぶら下がっていた。
そんな、くだらない事を考えながら、ハルは領土が敵チームの色に塗り変わって行く様を観察する。
それは、まだ諦めずに攻めて来ている、という訳ではない。
侵略成功すると、ポイントが入手出来る。それを狙ったものだ。このイベントは経験値の獲得量が普段より多く設定されており、中でも侵略コマンドはその効率が高いようであった。
それを求めて、時間までそうして稼いで過ごすのだろう。
何せ咎めるハルはもう居ない。他国の反撃が怖くて使えなかった侵略コマンドも、黄色一色になった今では何処でも使い放題だ。
そういう意味でも、今はお祭りムード。各地でそれは行われており、観察対象には事欠かない。
色が置き換わると、すぐに黄色の侵食力に負けて、また元に戻る。その様子も視界におさめておく。
「今は使われなくなった古いプログラム。それの解読をしてる気分だな」
「そこは最新鋭のプログラムにしておきましょうよー」
「最新鋭なら、いくらでも技法書が転がってるものだし、理解はたやすいさ」
「ハルさんにお年寄り扱いされちゃいましたー」
「……カナリーちゃんは若くてぷにぷにだよ?」
カナリー自身もそのプログラムだという事を失念していた。膝の上でむくれる小さなカナリーを撫でて、機嫌をとる。
残念ながら、ぷにぷにな体はまだ戦場へ立ったままだった。
◇
各陣営のプレイヤーが、そうして侵食を繰り返す様子を記録して行く。
出来るだけ多くの陣営、多くのパターンを。そうしていると、気になる事がある。
侵食の事ではない。そちらはこのイベント中に解析するのは難しいだろう。終了後、黒曜と共にデータを洗って行く事になるだろう。
<物質化>の事が優先されるので、後回しになってしまうだろうけれど。
さて、気になった事というのは魔力、エーテルの発生源だ。
これまで、この地上ではあまり気にしていなかった。空気のようにそこに在るものだろうと無意識に思い込んでいた。
だが、この閉鎖空間において、“有限であり、使えば減る物だ”ということを実感すると、それも変わってくる。
エーテルはどのように発生するのか。そこに疑問が生じる。
これがハルの世界であるなら話は簡単だ。自己増殖して増える。触媒となる専用の物質が必要なので無限ではないが、使ったら減る、という心配もあまり無い。
ならばこの世界のエーテルはどのように発生するのか。
使ったら減る物、である以上、何らかの方法で生産される必要がある。
「神域は魔力が濃いから、最初は神様が生み出してるのかと思ったけど、そうじゃないんだよね」
「どうしてそう思いますー?」
「カナリーちゃんは消費する一方だからね。沢山食べるよね」
「むーっ」
最近はずっとカナリーと生活を共にしているが、エーテルを生み出している様子は無い。むしろガンガン使っている。
「それに神域は魔力を生み出してるから濃いんじゃなくて、他から引き寄せてる」
「良く見ていますねー」
最初は逆だとハルは思っていた。神域が生み出した魔力が、薄まり、各地へ流れ出して行くのだと。
だが実際は逆に、神域は各地の魔力を吸い込み、色を付けて支配する檻と言った方が良いだろう。
カナリーの視界と<神眼>を得て、観察を重ねた結果、ハルはそう仮定している。
「じゃあ、神様は生み出さず、外のような自然も無い神界の戦場で、エーテルが生まれるのはどこなんだろう」
戦略級魔法や、神獣の作成で大量に消費された魔力も、今はすっかり元通りに地に満ちて、空白地帯を埋めている。
それどころか、時間を経るごとに濃くなっていっているようだ。
何処かから、補充されている。そこがハルには気になった。
「どこだと思いますー?」
「……システム的な物だ、と言ってしまえば、そこまでなんだけどね」
「自動回復システムですかねー」
「詰み防止だね」
プレイヤーが消費する一方で、補充されなければ身動きが取れなくなってしまう。それを防止するため、救済措置があるという説。
試しにハルたちの本拠地のクリスタル、その付近の空間のエーテルを爆破して消し去ってみる。そして空白地帯となった周囲のエーテルを<魔力操作>して、流れ込まないように固定する。
しばらく待っても、補充が行われる様子は無かった。カナリーに頼んで、クリスタルを空白内に入れても同じである。
逆に、魔力で満ちた空間を隔離して放置しても、内部の濃さは変わらない。エーテル自身がエーテルを生んでいるという事も無かった。
「ナノマシンのエーテルのように自己増殖してる、という事も無い。となると」
「となるとー?」
「残りは消去法だね。人間が、プレイヤーが、エーテルを作り出している。僕らは、その為に集められたのかな」




