第778話 その意地と限界を越えて
攻撃が『来る』と分かっていれば、視界外からの奇襲であろうと対処は容易い。
特に、今ケイオスが使っているのは元がハル自身の技だ。その長所、短所は知り尽くしている。
例えば先ほど挙げたように、攻撃手段が限定されるというのは大きな短所だ。
どうしても相手の死角へと回る際に大きなステップを必要とする為に、姿勢が大きく制限される。その姿勢からくり出される攻撃のパターンは、単調になりがちだ。
「そのデメリット以上に、相手の意識の間隙を突いたことによる硬直を引き起こせるメリットが大きいからこそ、やる価値が生まれる。そうでないなら、ただ隙を晒すだけさ」
「『だけ』ではないと思うがなぁ! 現に今、お前の攻撃を防御するのに手一杯だし!」
「僕の奇襲を防御できている時点で、それだけ僕の攻撃精度が下がってるってことさ」
「たしかに!」
ハルは先ほどのケイオスの攻撃の意趣返しとばかりに、彼の死角へ死角へと回り込んで攻撃している。
本来ならばその見えない攻撃、ケイオスに対処するのは難しい。だがそれが捌けているのは、ひとえに『来る』ということが事前に理解できているからだ。
「そこで、逆にこうして正面から攻めてやると」
「ぐぼぁっ!? 急にステップ止めるとか、卑怯なりハル……」
「正面から行くのを卑怯とか言われても……」
ハルは死角へ回り続けていた攻撃の最中急に、サイドステップを止めてそのまま正面から殴り込んだ。
またも視界からハルが消える、と待ち構えていたケイオスは、そんな急な方針転換に意識が追い付かずにマトモにハルの一撃を食らってしまった。
そんな虚を突いたハルの対応をケイオスは卑怯と言ったが、それを言うならそもそもこの技自体が卑怯である。
視界から消えることはその本質にあらず。相手の意識の虚を突くことこそが、ハルがこの技を好みそして得意とする理由なのだ。
「今、キミの意識は目に映っている僕ではなく、“死角から攻撃してくる僕”に移っていた。それが逆に、目の前の僕への対処を遅らせたんだ」
「……なーるほど。そうして、いきなり予想外のトコから来るからこそ、反応が出来ないと」
ある意味で、ハルは真正面に居るのにケイオスの死角に入っていた。
ケイオスの意識は既に姿のある時のハルを脅威から外しており、『見えないハル』だけを警戒していた。
そんな中で急に正面から攻撃されることは対応しきれず、脳は咄嗟の判断を行えず肉体は硬直する。
この読みと合わさって、初めて技は『初見殺しの一発芸』を抜けて『奥義』へと昇華されるのだ。
「おっし! 完全に理解したぜハル! つまり、お前の意識が正面にド集中している時に、急に視界から消えればいいんだな!」
「そうなるね」
「……で、それって可能なのか?」
「まあ、頑張れば……」
「不可能そうですなぁ~」
一応、中立の立場であるカゲツでも匙を投げてしまう。
そう、問題があるとすれば、ハルにはそうした意識の死角というものが非常に生まれにくいことだった。
その身の特性として複数の思考を並列して持つハルは、目の前のこと一つに集中し視野狭窄となることがない。
常に自身を俯瞰し、こうして疑似的な三人称で己の行動を意識している冷静さもそうだが、それ以前に単純に、視点の数が多いのだ。
その並列思考は敵の攻撃の選択肢を洗い出し、『思いもしなかった攻撃』の可能性を減らす。
そんなハルの隙を突くのは恐ろしく困難であるし、逆にその思考の多さは敵の隙を容易く見つけ出していた。
「特に今は『同キャラ対決』だろうケイオス? スキルもステータスも排し、互いのキャラクターのスペックは同じ」
「そうだな。だがだからこそ、オレにも可能性が!」
「無いんだよね、残念ながら。何故なら、キミに出来ることは、僕に出来ることと同じだ」
「可能不可能が自分の体で検証できてしまうから、想定外の攻撃が決して生まれ得ないんですなぁ~」
「がーん!!」
そう、残念ながら、この状態でケイオスがハルを上回る可能性はほぼ無いと思われる。皆無、と言っても良い。
互いの体の性能は同じ。故に勝負は、その体をいかに巧みに操縦できるかにかかっている。
突然、片方だけ『意外にも』手が伸びて攻撃したり、『意外にも』目からビームが出たりすることはない。相手に出来る事なら、自分にも可能。
そしてその選択肢は、ハルの並列思考によって事前に可能性として織り込まれてしまうのだった。
「かくなる上は、この場で秘めたる力に覚醒するしかないねケイオス」
「出来るかぁ!」
「そうだね。いつも窮地のキミにステータスを与えてくれる、視聴者も今は居ない」
「……その人気度でさえも負けてっけどな、オレは。それに、土壇場での覚醒はハルの十八番だろ?」
「……僕は別に、奇跡的に都合よく覚醒してる訳じゃないよ」
カナリーのゲームでは、戦闘中にスキルを覚醒することによって幾度も窮地を脱してきたハルだ。
しかしそれは、秘めたる力が自身に『秘められた状態である』と理解しているからこそ行えたこと。言うなれば、覚醒することも織り込み済みだったのだ。
例えるなら、『あとこれだけ経験値を稼げばレベルアップする』、『レベルアップすれば、次のスキルを覚える』、と分かっている状態で戦闘に挑むようなもの。
戦闘中に条件を満たせばいいと、事前に戦略に組み込んでゲームをするようなものだ。
対してケイオスの強み、そしてその魅力は、自分でも覚醒するかどうかも分からないのに窮地に突っ込んで行くこと。
ケイオスはここもハルを真似たつもりなのかも知れないが、両者は実のところ、性質として正反対なのだった。
「だから、僕を真似たところでその先にキミの栄光は無いし、この場で僕に勝つことも出来ないよ」
ケイオスには言っていないが、ハルとケイオスでは基本の反応速度がそもそも違う。
どうしても人間としての限界があるケイオスに対し、ハルは人間の制限を超越した速度で反応できる。
周囲の状況を脳が認識し、その対応としてキャラクターに操作を命じる。そこを自動処理的に、ショートカットできるのがハルだ。
半自動的に一手早く動けるその差は、達人の域になればなるほど深い溝となる。
ケイオスに勝ち目があるとすればここではなく、多彩なユニークスキルが存在する通常マップでこそなのだった。
「つってもよぉ~。あっちはあっちで、あの『ローズ<侯爵>』に勝つ手段なんて浮かばんしよぉ~」
「カゲツみたいに嘆くな……」
「はぇ!? ウチ、こんなですぅ!?」
「僕が<契約書>で弱体化した時に襲えばよかったじゃない」
「そんなんで勝つのは、オレのプライドに悖る!」
「しかもお二人とも流されはりましたぁ!」
ツッコミに回るとなかなか愉快なカゲツだ。きっと根が真面目なのだろう、キレがいい。
貴重なツッコミ担当として、今後も活躍して欲しいところだ。
それはともかく、『ただ勝ちさえすればいい』という訳ではなく、自分に納得のいく条件で、納得のいく内容で勝ちたいという彼の発言は難儀なものだ。
ともすればハルとしては、面倒極まりないとも言える。まあ、実際は悪い気分ではないのだが。
もしわざと負けたとしてもケイオスは納得しないし、そもそもハルも負けたくない。負けず嫌いである。
「まあ、とりあえず次頑張ろうかケイオス。そして僕のコピーではなく、僕の想像を超える進化を目指してくれ。僕と同じことをしていても、キミに勝利はないよ」
「……うむ、って待て待て待て! まだオレは負けてなぁい! ここから勝つからなオレは、まだやれるからな!」
「……まあ、納得いくまで付き合いはするけどさ。そもそもカゲツ、この試合って、どうすれば勝利なの?」
「はてなぁ? そのお体、HPとかも特にないですゆえなぁ。『まいった』と言ったら、勝ちなんではないですかぁ?」
「また適当な……」
先ほど無視されてご機嫌ななめなのか、反応が投げやりだ。仕方ないので後で美味しい物でも食べさせてあげるとしよう。
彼女にも、まだ聞きたいことは色々とある。
しかし、明確な勝敗が付かないのは困ったものだ。目の前のこのケイオス、簡単に『まいった』などと言う相手ではない。
どちらかが根負けするまで試合が続くとなれば、延々と終わらぬ殴り合いの続く不毛な試合になりかねなかった。
「……まあ、たまにはいいか、そういうのも。この際だ、ついでに僕の技をいくつか叩き込んで伝授してあげよう」
「よっしゃぁ! ……じゃない! つまり、最後まで立っていた奴が勝者ってことだな? やる気と根気ならハルより上よ!」
「どうかな? 廃人度は、僕が上だと自負しているけど」
「そうだったぁ!!」
「これが男の子の青春って奴なんですかなぁ?」
違うと思う。こんな不毛な青春は御免こうむりたいハルだった。
まあ、いつもの女の子たち相手では得難い経験であるのは確かだろう。
そうして二人は、ケイオスが体調に警告が出て強制ログアウトが入るまでの間、存分に泥臭い殴り合いを続けたのであった。




