第774話 最初から決まっていた結末
その後ハルの二皿目の料理の審査も終わり、残すは結果発表となった。
ハルの二つ目の作品、『キメラド・フルーツパフェ』も非常に好評ではあったが、カゲツの反応を見るに前の二人には一歩及んでいない感が強い。
彼女はあの調子でべた褒めしてくれたが、それでいつつ、また正直だ。
どうしても評価の優劣は、リアクションに差として出てきてしまうようだった。
「ふむ。少々、お菓子に逃げすぎたかな。分量通りに作れば、その通りの味になるとはいえ、逆にそれはレシピ以上の実力を出せないということ」
「……その前に、お前なんなんだあのフルーツは」
「……キメラとはよくいったものだな。ある種芸術的で少し引く」
「引かないでよ、芸術的ならさ」
ハルのパフェへと投入したフルーツの数々は、『キメラ』の名を冠する通りに複数の果物を融合して作られていた。
一つ一つが味気ないなら、複数組み合わせてしまえばいいだけの話。物理的に。
これも混沌溶液の設計思想と基本的には同じである。相性もいい。
ただ、そんなハルのパフェでも、前二人のインパクトを超えることは適わなかったようだ。
まあ、元よりこれはカゲツにデザートを提供してやろうと思って作った物。勝てれば言うことはなかったが、これは特に構わないだろう。
全て織り込み済み、予定通りである。問題はない。一切問題はないのだ。負け惜しみではない。
「……やはり僕も、ケイオスのように演出に凝るべきだったか。それとも、カゲツの奴、ソロモンの料理で舌がやられていたか?」
「死ぬほど悔しがってるじゃないか……」
「まあ、そういう奴だよな、ハルは……」
負け惜しみであった。ハルはとても負けず嫌いである。
「はてさて、皆さま皆さま! おりょーりの方はもうよろしぃですかぁ? ではではではでは! クッキングバトル、ここまで! 提出を締め切らせていただきますぅ~」
《お疲れ様!》
《みんな凄かった!》
《特に魔王様が意外》
《割と何でもできるねあの人》
《凄いのだぞ!》
《庶民的ともいう》
《ローズ様のが凄いでしょ》
《ローズ様が凄いのは、まあその》
《もう当然すぎてな》
《割りと何でも出来るよね……》
《何でもの基準がレベチ》
《超人的ともいう》
カゲツの号令により、<天人>の獲得、もしくは<飛行>スキルを得るための競い合いたる料理勝負は幕を閉じた。
各自二皿のみと、イベントとしては物足りなさもあるところだが、一連の流れとして見ればこのくらいで丁度いいのだろう。
ハルたちも、その活躍を見る視聴者たちも、ファリア伯爵の邸宅からノンストップでの進行となっている。少し短いくらいが、丁度いいだろう。
本格的な料理勝負が見たければ、再び、今度はそれをメインに開催すればいい。
「さて、それでは審判の時だな! 魔王たる我に他者が物差しを当てるなど、本来は許されることではないが、構わん。その神の名に免じて、特別に許可してやろう!」
「フッ、実情は辺境の一地方領主のようなもののくせに、偉そうにすることだ」
「凄いからな!? 地方領主でも十分凄いからな魔王領!?」
まあ、実際すごいのだろう。ハルとて地方領主だ。こちらは、正当な領主であるが。
だがその凄さというか、その<役割>につくまでの道のりが大変だったのは分かる。決して、普通のプレイヤーが普通にプレイしていて辿り着ける地位ではない。
「……くっ、まあ今は我が魔王領の話はいいだろう。それよりもカゲツよ! 誰の料理が最も美味であったか、ここに明らかとせよ!」
「おっ? いっちゃいますぅ? それではではでは!」
ついに結果発表となるようだ。カゲツはおもむろに息を吸い込むと、それに合わせて周囲の照明が落ちてゆく。
そしていつの間にかハルたちの作った料理とそっくりな、複製品であろう皿の数々がテーブルの上へと登場していた。
その内の一つを指して、最優秀を指名する気なのだろう。
「じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ、じゃじゃーん~」
「ごくり……」
「……だから自分で口に出して言うなと」
「ドキドキするね。まあ、結果は分かっているけど」
「ハハハハハ! 自信たっぷりなようだが、勝つのは我よ!」
「いいやオレだ。と言いたいところだが、自信はないな……」
「そこは自信を持たぬかぁ!」
「じゃじゃん!!」
そして暗がりにスポットライトがただ一皿だけを示し、最も美味しかった料理が選ばれる。
カゲツが指示したのは、ハルの予想通り、“ハルの作った料理の皿ではない”。
「ウチの一番のお気に入り~。甲乙つけがたかったですけどもぉ、強いて言うなら! この『魔神流ホワイトシチュー』がさいきょーですぅ~」
「おおおおおお! やった、やったぞ! 見たかハル! フハハハハハハ!!」
狂喜に沸くケイオス。しかしその喜びも束の間、続くカゲツの台詞に、更なる衝撃が走るのだった。
「と、いうことでぇ、晴れて<天人>となる権利を勝ち取ったのは、ハルさんでしたぁ。おめでとぉございますぅ」
「なぁぜだぁああああああああ!!」
お手本のようなケイオスのリアクションが会場全体に響きわたる。それに合わせるように、暗かった周囲に照明が戻ってきた。
そう、“ハルの予想通りに”、料理の優劣その如何に関わらず、勝者はハルになると分かっていたのであった。
◇
「……本当に何故だ? オレも知りたい。魔王の料理が最も気に入ったというのならば、この場の勝者もまた魔王ではないのか?」
「……理解が浅いなソロモンよ。まだまだ未熟! そんなだから貴様は、ハルに手の上で遊ばれるのだ」
「貴様もたった今絶叫していただろうが!」
まあ、ケイオスお絶叫はお約束のツッコミのようなもの。エンターテイメントの一部である。
もはや体に染みついた、視聴者を楽しませる為のリアクション芸。彼女が最優としてカゲツに選ばれたのも、そんな目でも楽しめる料理の完成度にもあったのだろう。
「ケイオスは、分かっていたみたいだね、この結末に」
「まあな……、それでもハルに一矢報いる為に引くわけにはいかなかったまでよ……」
「見事だったよ。してやられた。料理はキミの勝ちのようだ」
「クッ、嫌味か。最終的に全て持っていきおって! 結果が伴わねば、意味がないのだ!」
「何を言っているんだ……」
状況を理解しているハルとケイオス、対してまるで会話の内容が飲み込めていないソロモン。ここの間で、きっぱりと認識が二分されていた。
ソロモンとしてはまだ、結果に納得がいっていないらしい。
「……何故だ? ……はっ! これが世に聞く、賄賂による審査員の買収か!」
「ちがますぅ~。ウチ、例え相手が王様だろうと依怙贔屓なしにちゃーんと審査しますぅ」
「フン! 発想が貧困なヤツめ! さては説明書を読まないタイプだな、貴様! ちなみに魔王はきちんと隅々まで読むぞ!」
「<契約書>の所持者が読まない訳ないだろう!」
「ハハハハハ! ならば、単純に貴様の経験不足よ」
「そうだね。ケイオスは君が、僕から調味料の提供を受ける契約を持ちかけた時点で、もう相当勝利は厳しいと察していた」
「??」
ソロモンはハルの『秘伝のタレ』はともかく、料理それ自体の単純さを見て、調味料の条件さえ同じならば勝機ありとみた。
ここで借りを作ろうとも、同じ材料さえ使えるならば五分以上の戦いが出来ると踏んだのだ。そして『契約』を持ちかけたのだ。
もちろん、それ自体が間違いではない。あれを使わないままでは、そのまま普通にハルのクッキーに及ばず敗北するだけ。
「オレが最初から、間違えていた? あの取引で、少なくともこの場で、互いの条件はイーブンになったはず」
「しかしだ、ソロモンよ。我らは料理にカオススープを使った。ハルの渾身の調味剤をな。その部分の評価値は、誰の貢献度となる?」
「……しまった!」
「最初にカゲツが言ってたよね。僕が仲間に手伝って貰ったら、その中で最も料理に貢献した人が権利を得ることになるって」
そう、それ故に、女の子たちは皆揃って観客席に回り、勝負はハル一人で挑むこととなった。
例えば皆で一緒に料理を作り、中でもアイリの頑張りが特に評価されたとする。するとその場合、<天人>の権利を得るのはアイリということになってしまうのだ。
まあ、ハルとしてはそれでも構わないのであるが。
「オレがカオススープを使ってしまったことで……」
「そうだな。我らはその時点で、『ハルに手伝って貰った』ことになるのよ。まあそれでも、我はその他の部分で圧倒する気でいたのだがな!」
《な、なるほど!》
《お姉さまは、全部の料理に関わったと……》
《そういうことになるのか!》
《最初から勝負は付いていた?》
《ソロモンくん、契約し損じゃん》
《何でもするらしいよ?》
《これは期待ですねぇ……》
《逃げられないしな!》
《いったいどうなっちゃうの!?》
《……たぶんどうにもならない》
《ローズ様だしな》
《普通に実益のある内容引き出すだろ》
その通り、別にどうもしない。少なくとも、視聴者が期待しているような展開は決して起こらない。
「クッ……、オレはただ無意味にリターン無しのリスクを取ったということに……」
「……意気込みは悪くない。その点は、我も認めてやろう。ただ、相手が悪かっただけだ」
ただハルも意外だったのは、ケイオスもこのソロモンの契約に乗ってきたこと。
勿論勝つ気でいたのだろうが、その決断の背景には、ソロモンの心意気を評価したという点もあったのだろうか?
なんにせよ、この料理対決も終わりを告げる。
ハルは無事に、<天人>のルートへと乗る権利をここに得たのであった。
 




