第773話 魔神流
「見よ! 我が至高の一皿! 名付けて、その名も『魔神流ホワイトシチュー』!」
「おお!」
でん、と効果音がなりそうなほど、大仰に供されたその大皿には、なみなみとクリームシチューが盛り付けられていた。
その白の中には、とろける野菜が色とりどりに彩色されており、単純ながらも目を楽しませる工夫も見て取れる。
カゲツでなくとも、おもわずお腹の鳴るような一品だった。
「……魔神なのに、ホワイトなのか? 貴様は普段から、赤とか黒とかばかり言ってるじゃないか」
ただ、そのネーミングセンスには、ついソロモンもツッコミを入れざるを得ないようだ。
確かに白といえば魔王であるケイオスと対極。光の使徒であり、魔王を倒しに行きそうな勇者とかその辺の担当のイメージはあるのは確かだった。
「フン! 馬鹿めが! どうやら貴様では考えが回らないようだな……」
「いや、大抵の者がそうだと思うぞ?」
「うるさい、聞けい! 魔王がその王城たるを構えるは何処に! 当然、最果ての荒野よ。そして最果ての地には、雪が似合うのは周知の事実!」
「……そうなのか?」
「まあ、終盤に雪マップはありがちではある」
「理解したようだな。そして! その雪原にそびえ立つは!」
「おお!」
ケイオスがひときわ声を張り上げ、カゲツが期待に両手のフォークとスプーンを高く掲げる。
そのシチューの雪原へと追加投入されたのは、じゅうじゅう、と今も焼き音を響かせる肉厚の魔王城。
雪景色の中に威容を持って鎮座するそれは、何か足りなかった具材の最後のピース。すなわち、肉であった。
「きましたきました、きましたわぁ! これはまた、なんとも攻略しがいのあるラストダンジョン。あえてバラさず、ブロックごと直接投下するその所業は、まさに、魔王! この食の旅路は、きっと果てなき冒険となりますぅ~」
「フハハハハハ!」
最初の一皿と違い、カゲツもまた大げさな前口上をもって『魔神流ホワイトシチュー』を迎える。
その手ごたえは、既に一定以上の高得点を約束するような演出を見るもの全てに感じさせた。
事前の演出による反応は十分。あとは、問題となるのはその味である。
「フハハハ、ハ! さて、とはいえ御託で料理は成り立たぬ。やはり全てを決めるは、その味よ。さあ、そろそろ実際に、食すがよいぞ!」
「確かに確かに! ウチも、実際もう待ちきれません~」
あつあつのシチューから立ち上る湯気と共に、そのかぐわしさがずっとカゲツに襲い掛かっていた。
その状態でお預けされるのはもはや拷問。特に肉の魔王城が投入されてからは、カゲツのおなかは可愛らしく鳴りっぱなしだった。
……あの音は、自分であえて出しているのだろうか? その辺は、考えない方がいい気もするハルなのだった。
「ではではではでは! いざ、いただきます!」
「にやり」
まずはやはりスープ部分から、とスプーンを汁にくぐらせたカゲツの一手目の攻撃に、ケイオスは『してやったり』と不敵な笑みをその顔に浮かべる。
腕を組んでその大きな胸を見せつけるように持ち上げる様は、いつもの魔王様ポーズだ。
きっと何らかの策が成功したのだろう。あえて『にやり』と発言してしまっている部分は、ハルも空気を読んで突っ込まないでおくことにした。
そんなケイオスの策中に嵌ったカゲツは、一口めのシチューをその小さな口で上品にすすると、カッ、と目を見開いた。
「な、な、な……」
「……な?」
「なんですぅー、この暴力的で恐るべき味はぁ~! こぉなん、ウチの知ってるシチューじゃありません~」
「ハハハハハ! よし! まんまと魔王の罠にかかったようだな!」
その後もぱくぱくと、休みなく皿にスプーンを走らせるカゲツだが、そのリアクションが顕著なのは肉でも野菜でもなく、やはりそのスープ部分を口にした時だった。
そここそが、ケイオスの最も力を入れた、勝負所の肝であるらしい。
「これですぅ、この味ですなぁ~。ハルさんの秘伝のタレ、それが更にシチューの中にて昇華しとりますぅ!」
「その通りよ! 本来は、三日、一週間と注ぎ足し続け、様々なメニューの遷移の果てに初めて生み出されるこの味の深み! 一回で再現するのは苦労したぞ……」
「この味わいは、まさに魔神ですなぁ~。神と魔王が混ざりあう、この究極の融合! あえてあっさりと仕上げた具材に、濃厚なソースが絡んで混沌が調和と化してますぅ~」
「……なんか別の神様混じってない?」
あちらは花のコスモスが由来だとは分かってはいるが、ついツッコミを抑えられないハルである。
しかし、この部分は上手く演出に取り込んだものだとハルも思う。
というのも、シチューにするのは良いにしても、その中に投入する具材、野菜なり肉なりは、どうしても素材その物の味が残ってしまうのだ。
つまりは、ゲーム内食としての味気なさが出てしまう。
ハルの渡した調味料で味付けするにしても、具として形を保つ必要がある以上どうしてもその物全体に行き渡らせるのは無理がある。
ならばいっそのこと、具はあえてあっさりとした風味を保ったまま、スープ部をこれでもかと濃厚にする。そのケイオスの戦略は、思惑通りに功を奏したようだった。
《おおおお、すげー!》
《味は分からんが、実に高評価だ!》
《見た目でも楽しめる!》
《雪原にたたずむ魔王城》
《良く分からんが、言いたいことはよくわかる!》
《まさか、俺らのことを気遣って!?》
《味の代わりに見た目で》
《流石は魔王様》
《でもこのシチューの内容って(笑)》
《うん。毎日適当に注ぎ足しながら……》
《一週間熟成させ続けたシチュー(笑)》
《そして最後はカレーになる》
不可逆の禁じ手である。カレーにしてしまったズボラシチューは、もはや後戻りが出来ない。
それまでの様々な具材、色々な調味料。それらが織りなす奇跡のようなハーモニーをカレー粉は容赦なく蹂躙する。
そしてその身はもはやカレー以外に成れず。いくらその後から注ぎ足し薄めようとも、己がカレーであった烙印は消すことが出来ないのだ……。
ただ、食べきるのみである。
「……栄華の時は、いずれ終わるものよ。見苦しく権力に執着し老害と化す前に、我が引導を渡してやるのだ。それが、魔王の役割というもの」
「何を言っているんだ、コイツは……」
「混ぜすぎて風味が雑味に変わり始めたら、カレーで打ち消して食べきっちゃおうってことだろうさ」
「……流石はローズだ。この馬鹿の妄言をよく解読できる」
……まあ、ハルにも憶えがあるものだ。当然といえば、当然。
とはいえケイオスのように、己の持ちネタとして昇華できるほどに慣れ切ってはいないのだが。その辺は語っても仕方ない。
ハルの『ローズお嬢様』としてのキャラクターが崩れるだけであろう。沈黙するが吉。
そうしてケイオスの『魔神流ホワイトシチュー』は大好評のうちに、カゲツのお腹の中に全て平らげられていったのだった。
◇
「次はオレだな。どうぞ、『ラザニア』だ」
「ほぉ~、これまた良い匂いですぅ。して、これは『なに流』で?」
「……別になに流でもない、ただの、ラザニアだが」
「えぇ~、つまんないですぅ~。ウチ、もっとカッコいいお名前が欲しいですぅ」
「ええい! 魔王に触発されるな審査員! 公正な立場だろうが貴様! ……仕方ない、オレの料理は、『震撼のラザニア』!」
「おお!」
気に入ったようだ。怖ろしい料理、ということになるのだが、良いのだろうか? 戦慄しそうである。
まあ、食べる本人であるカゲツが良いのならば、良いのだろう。何となく、そのネーミングの理由もハルには察することが出来る。
「また勿体ぶりたいところですけどぉ。さっきから食欲を刺激する香りがめっちゃ来てましてぇ~」
「フッ……、オレは奴のように過剰に演出に走ったりはしない……」
「ではではではでは!」
「どうぞ、召し上がれ……」
その美しい顔でささやかれると、なんだかいけない気分になってしまう視聴者が一定数居るようだが、カゲツには目の前の料理しか目に入っていないようだった。
幸いなのか、ソロモンにとっては残念なことなのか。ともかく一流のウェイターのような洗練されたその所作は、評価点にはならないようだ。
「いただきます! むぐっ!」
先ほどのシチューの時とは違い、何処から食べようか選ぶ必要もない。
カゲツはおもむろにズブリとフォークを差し入れると、大胆に具材と生地を巻き込んで口に放り込んだ。
毎回のことながら、よくこの普段は小さな口があんなに開くものである。美味しそうに食べるので、別にいいのだが。
「むっ、むむむむむむぅ~!!」
「フッ……、『震撼』しているようだな、オレの料理に……」
「むふぅ~! 辛いですなぁ、これはぁ~。ですが、この辛さが病みつきになりますぅ~」
「当然だな。トマトに鷹の爪の組み合わせは、鉄則」
トウガラシのことである。ラザニアの中に封じられて焼き上げられたソースの赤さは、トマトの物だけではなかったようだ。
その辛みはかなりのレベルのようで、食べるカゲツも、はふはふ、と辛そうにその呼気を増している。
だが、もちろんただ単に辛いだけではない。その辛みが旨味となって、カゲツの口内を同時に蹂躙しているようだ。
「辛いけどぉ、とまりません~。体もあっつくなって、心臓も脈打ってきましたぁ。これが、恋する乙女の気持ちなんですなぁ~」
「それは食欲だ」
「あれまぁ、ウチ、ただの食いしん坊さん。ですがそれでも構いません~。例え千年の恋から醒められようとも、このままはしたなく完食しちゃいますぅ~」
「……というか心臓、あるの君?」
「むっ、むぐっ!?」
ハルのつい押さえられなかったツッコミにカゲツは辛さでも必要としなかった飲み物を慌てて探す。
ハルは素早く水を差しだしてやりながら、目線だけで彼女に詫びた。
神様たちの体の話は、実にデリケートなのだ。加えて嘘もつけない彼女らは、説明にも困ってしまう。
仕方ないので、また話を逸らすハルであった。
「しかし、辛みを使うとは考えたね」
「……お前の調味料がいかに優れていようとも、具材が味気ないのをどうにかしないといけないのは、魔王と同じだ」
そこで、辛みの出番という訳だ。辛みであえて舌を麻痺させてしまうことで、材料の味気なさを掻き消す作戦。
そこにハルの『秘伝のタレ』による香り高さが何倍にも生きてくるという、ダブルパンチ。
それによってソロモンの料理もまた、カゲツからかなりの高評価を得たのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/28)




