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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部4章 カゲツ編

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第769話 果てなき先人の研究成果

 そうしてハルは、肉類を切り刻み、野菜をみじん切りにし、果物をすり潰していった。

 そうして出来上がった各種ペーストをそれぞれ各種の実験器具、もとい調理器具に投入していき、実験、もとい調理を開始する。


「おや? 反応が早いね。目を離してしまっていると終わっていそうだ」

「さすがに『調理時間』がリアルと同じでは、間が持ちませんしウチもおなかがすいてたまりません~」

「確かに放送的にも暇な時間になるしね」

「本来は、そないな器具じゃあなくってぇ、オーブンか何かで気付いて欲しかったですねぇ」

「なるほどね」


 オーブンで焼き上げるような調理法の場合は、どうしても時間が掛かる。

 それを敬遠けいえんされない為の、時間加速措置なのだろう。いくら現実リアルに作られているとはいえ、そこはゲーム。

 調理の進行もただのデータとして処理されるので、加速になんら制限はない。


《もしかしたらー。そこもしっかり現実と同じにしないと、美味しく出来ないんでしょーかー?》

《さてね。カナリーちゃんに分からないなら、ここで結論を出すのは早計にすぎるかな》


 カナリーとて、味の再現には長年挑戦してきただろう。もちろんそこがメインでなかったとはいえ、それなりに研究は重ねたはずだ。

 そんな彼女ですら美味しい食事をゲーム内に実装するのは間に合わなかった。


 彼女のゲームの食事が美味しいのは『下界』部分のみ。そちらは、実際は異世界を舞台にしたもう一つの現実なので、現実同様に物が美味しいのは当たり前である。

 電脳世界に近い『神界』での食事はお察しの通りだ。


《しかし、どうするんですかー? 自画自賛になりますがー、私達の技術もそう捨てた物ではありませんよー》

《それはもちろんだよ。馬鹿にしたことなんて一度もない》

《ありがとうございますー。ですがそれならー。いくら頑張って実験調理しても、この場でカゲツを超えることは出来ないのではー》

《だいじょうぶだよカナリーちゃん。別に僕は、彼女を超える『食材』を作ろうとしているんじゃあないからね》

《ですかー》


 ハルが作るのは、あくまで『料理』。いや、もう『料理』とは言えない有様になってはいるが。


 要するに、カゲツを満足させればいいのである。そして彼女も、別にユーザーにそんな技術革新を求めては来ないだろう。

 いや、もしかしたらハルには求めてくるかも知れないが、これはあくまで一般のプレイヤー用に準備されたイベントだ。

 そこに求めるのは、そうした大層な技術ではない。もっと、他の部分のはずである。


《カナリーちゃんなら、ここで僕らに何を求める?》

《『僕ら』というと、少し違いますよー。だめですよー? ハルさんは私にとって特別なんですからー》

《……ごめんね、質問が悪かった。『日本人に』、何を求めるか》

《ですねー。むむむー。きっと、生きた感覚、生の味覚ですねー。データ上のことではなく、意識として、何を美味しいと彼らが感じるのか。そこしかありませんー》


 そうだろうとハルもそう思い、意識の上だけでカナリーに頷く。

 結局カゲツは元AIの神様であり、対して作ろうとしているデータは人間用だ。最後には人間の主観が求められ、そしてそれは個人によって異なる複雑怪奇ふくざつかいき


 そのサンプルデータこそを、カゲツは欲している。

 まあ単純化して語ってしまうなら、『その人が美味しいと思った物』、でさえあればそれで構わないはずなのだ。


《ただ、僕がそれで済ませるはずがない。何より良い機会だ、ここで味覚データのステージを一段階、進めてやろう》

《それでこそハルさんですねー》


 何より、『個人にとって美味しい料理』ではケイオスやソロモンに負ける可能性がある。彼らはあれでいて、料理も得意であるようだ。

 ハルはといえば別に料理が特別上手い訳でもない。普通に負ける可能性があった。それは良くない。ハルは負けず嫌いなのである。


 そうして、万に一つの負けもないようにと、ハルの『調理』は進んで行った。





 遠心分離機が食材の中の成分を綺麗に分離し、溶剤が食材をどろどろに液化させる。

 密閉された容器の中では高速で腐敗と成熟が進み味が熟成され、隣ではガラス管を静かに、ぽたりぽたり、と水滴がエッセンスを運び滴り落ちていた。


「……ローズお前、よく頭が痛くならないな。もはや、オレには何がなんだか分からん」

「ハハハハハ! 複雑な実験は苦手なタイプか貴様! ……我もだ!!」

「なら黙ってろよ……、だがそうだな、それが普通に決まっている……」


 もはやキッチンではなく、実験室と化したハルの厨房。そんな様子を遠目から、ケイオスとソロモンは観察しそして恐怖していた。


 元々、今のユキの家に移り住む以前。こうした実験装置に囲まれて過ごしていたハルだ。

 半分はまるで実益のないただの機械いじりの趣味だったのだが、こうした実験はハルにとってお手の物。なんだか懐かしくもある。


 当然、現代ではそんな姿は普通の人にとっては非常に珍しく映り、視聴者たちも合わせて半ば畏怖いふの混じった尊敬のまなざしでハルは見られているのを感じるのだった。


「そう怖れることはないさ君たち。やってることは、ゲームと変わらない。必要な素材を集め、スキルで合成し、上位アイテムを作る。あとはレシピを知ってるか否かだね」


 手順が少々複雑ではあるが、その複雑さがまた面白くもある。

 なにより、『確率で失敗』したりしないのがとても良い。


 そんな化学実験を、持ち前の並列思考でいくつも並行して処理しつつ、ハルはそのレシピの完成を急いだ。

 ゲーマーにとって『レシピ』というと『アイテムの合成リスト』のような意味合で使われることが多いものだが、今回はきちんと料理の方のレシピである。そのはずである。

 なお見た目が伴っていないので、誰も信じはすまい。


《手際が良いですねー。迷いがないですー。これは、先ほどの味見の成果ですかー?》

《そうだよ。カナリーちゃんも“あっち”で一緒にやったでしょ》

《私はー、ただのつまみ食いですからー》

《この食いしん坊さんめ》


 ハルとカナリーは、ゲームにログインしながらも肉体を起こして活動することが可能だ。

 つまりややこしいが今この瞬間も、二人は異世界にあるアイリのお屋敷で活動している。


 そんな“あっち”でも、ハルとカナリーは先ほどのハルの『味見』に合わせて、同時に実際の体でも食事をしていた。

 カナリーはともかく、ハルのつまみ食いにはもちろん意味がある。

 それは、実物の肉体と、キャラクターの肉体、二つの体による味覚の差異を比べる為。そして、ゲーム内の味の成分が、現実でのどれに相当するかを一致させる為である。


《だいたい、何がどの食材に含まれているか分かった。勿論、それだけじゃ美味しさは担保できないのが食事の難しい所だが》

《ですがー、合成食料ならそれも解決ですねー?》

《そうだね。少々、チートを使わせてもらう。ある種この狂気の研究の大先輩たち、合成食料メーカーのレシピを拝借はいしゃくする》

《味の探求にかける情熱は、謎の熱量がありますよねー……》


 カナリーも苦笑せざるを得ない日本人の食に対する謎の熱意。それは、当然ながら合成食料の分野にも及んでいた。

 いや、合成食料だからこそ、だろうか。その狂気の研究成果を、ハルとカナリーはその管理者としての権限をフル活用し、エーテルネットから収集していく。


 今は皆ハルの使っているような実験器具ではなくナノマシン(エーテル)技術によって物質は合成されるのが常識だ。

 そしてそれは、全ての構成データがエーテルに記録され、完全解析が可能であるということを意味している。


 エーテルネットマスターとしてのハルと、そのハルと同等の体を持つに至ったカナリー。二人にとって、全てのデータは丸裸に等しかった。


《……すごいね。僕も成長してるようだ。以前なら、意識拡張しなければこんなスピードは出なかった》

《ふふふー、私のサポートのおかげですよー。あとは、アイリちゃんたちの存在もありますねー》

《僕ら自身が、小さなネットワークとして成立してるってことか》


 ある意味、超小規模のエーテルネットだ。半ば精神の融合したハルたちの間にはそんな仮想的なエーテルネットが形勢され、本物のそれと同様に計算速度を向上させている。

 それにより、ハルが本家エーテルネットに干渉する力も、以前の何倍にも増したらしい。それを実感する。


 そんな力と現実リアルの肉体との感覚のリンク。この二つの反則チートによって、ハルはこのゲーム世界へと日本の合成食料を、先人の飽くなき食への探求の成果を具現化ぐげんかしてゆく。


 是非、カゲツにもその歴史の到達点たる味わいに、実際に触れてもらうとしよう。





 そうして、ついにハルは本当に『料理』へと行動を移す。

 抽出された様々なエッセンスをボウルに移し、丁寧に混ぜ合わせてゆく。


 手当たり次第に何でもかんでも投入しているように見えるが、そう見えて全てが計算ずく。

 というよりも最初から、全て入れる為の物しか作っていない。各種の下ごしらえによって食材たちから抽出されたエッセンスを、これでもかとボウルにぶち込み攪拌かくはんする。


 そんな原初の海を思わせる混沌カオスのスープを、ハルは食に適した形へと昇華させてゆく。


「小麦粉は、邪魔な味があまり付いていなくて助かった。これなら影響は誤差の範囲だろう」

「こ、粉物か、良かった……」

「そ、そうだな! 我もてっきり、その混沌スープをそのまま更に盛り付けてお出しするのかと思ったぞ!」

「……君らは僕をなんだと」


 まあ、これはハルが悪いのだろう。普段から突拍子とっぴょうしもない、型破りな行動ばかりしているせいだ。


「見た目は重要だ。僕もそこは、無視しない」


 そして系統も。『良く分からないけどとにかく美味しいスープ』、だけでは味気ない。美味しいけれど、味気ない。


 ハルは小麦粉に続いてカカオパウダーを投入して混ぜ合わせる。

 ここまでくると、ケイオスたちにもハルの作るものが何か理解できたようだった。


「オーブンの焼き時間も短縮されるってことだからね。あれは良いことを聞いた。チョコクッキーを、作るよ」

 ハッピーバレンタインですね。特別なお話ではないですが、せっかくなのでチョコのお届けです!


※誤字修正を行いました。(2023/5/28)

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