第759話 屋上
メンテの為、少し投稿が遅れました。待っていてくださった方は、大変申し訳ありません。
どうも作者がうっかりしていたようで、1時開始を11時開始と勘違いしておりました。それでは間に合う訳がありませんね……。
視界が開けると、そこは今まで居た伯爵邸ではなかった。どこか見知らぬ場所に、強制転移されている。
ここが何処か、そこまでは分からないが、原因には心当たりがある。このゲームでこうして転移が発生するとき、それは何かしら神様たちが関わっているときだ。
「とはいえ、こう前触れなく唐突に来られると、ゲームする方としては困るんだけどねえ……」
ぼやきながら、ハルはまずは確認のためと周囲の空間に手を這わせてみる。
抵抗は感じられない。この空間は、どうやら『空気』は存在しないようだった。ということは少なくとも、ガザニアの管轄ではなさそうだ。
「なっ……、なんだ突然……」
「何処だ、ここは! 誰の許しを得て、魔王の居城を勝手に移すか! その無礼、万死にに値すると知れ!」
《ハルゥ~、どうなってんのこれ~。もしかして懲罰部屋かぁこれ? オレ、今回は特に何もやってねーぞー……》
《ええい、情けない声を出すなケイオス。魔王様はどうした!》
《いやほら、魔王様も内心不安なんよ。そういう人間味があるほうが、親しみやすいっしょ!》
《僕に親しみやすさをアピールしてどうする……、視聴者にしろ視聴者に……》
突然の現象に驚き、声を上げたのはハルだけではない。
ほど近くよりソロモンとケイオスの困惑した声がありそちらに目をやると、どうやらあの部屋にいたプレイヤーが全員この場に転移しているようだ。
霞がかった少々不気味とも言えるこの空間。見通しが悪いながらも、周囲に居る人物が誰かくらいは見て取れる。
ハルと、ソロモンにケイオス。そしてハルの家族の女の子たちが全員。
そしてどうやら遠く離れて姿は見えないが、白銀たちちびっ子<隠密>三人組もこちらに来ていると報告が入った。
つまりは、範囲は伯爵邸の全域。対象はプレイヤーのみで、ファリア伯爵らNPCはあの場に置き去りらしい。
これも、またいつもの事だった。
《安心しなよケイオス。“今回は”懲罰部屋じゃないよ。神様関係のイベントだ》
《おおー、確かにお前の配信ではよくあったなぁ。って何でお前だけポンポン起こるんだってーの!》
《良かったじゃないか。今回はケイオスも体験できて》
《おお、確かに。ってはぐらかすなハルゥ!》
二人で語っている『懲罰部屋』というのは、運営専用マップの俗称だ。
運営、つまり神様用のマップであるという意味ではここも同じといえるが、少々その意味合が異なる。
もっと通常のゲームにて、運営がユーザー間の問題に介入せざるを得ない場合に使用する空間。
不正行為や迷惑行為、もしくは運営も想定していないプレイ内容で問題が起こった時など、対象のプレイヤーだけを呼び出して個別に話を聞く。そんな用途のマップである。
ケイオスは以前に何度か、そうしたマップのお世話になっている。
とはいえ不正行為をする彼女ではなく、意味不明な遊び方をしていたら、偶然予期せぬ挙動を引き出してしまった、ということがほとんどだ。
爆弾アイテムを使った多段ブースターで高度記録にチャレンジしていたら、やり過ぎてゲームのプレイ範囲外まで飛び出してしまった、等である。
余談であった。今は、目の前の風景に集中しよう。
《なんも見えぬ……》
《霧がかかってる》
《何があったの? エラー?》
《いや、何時もの神界だろ》
《最近無かったね》
《久しぶり》
《普通はないのが普通なんだよなぁ》
《定期的に転移するのがおかしい》
《例の指輪のあれ?》
《レイドボスかも!》
《終わりかと思ったら、素敵なサプライズだ》
ハルの視聴者たちも、ここが神界で、特殊イベントが始まったと即座に察したようだ。
もう何度も経験したその順応性の高さは、ケイオス以上である。既にレアイベントの発生にお祭り状態。
楽しんでいただけて何よりだが、ハルとしては少しヒヤヒヤものだ。
この大勢の人々に、このゲームの秘密、ひいては二つの世界の秘密がバレるようなことがあってはならない。
「……ローズ、何かおかしい。お前、ここには慣れているんだろ、これが普通なのか?」
「ハハハハハ! どうした、そんなに狼狽えてしまって! なに、怯えることはない、ここは、」
「神界マップだろう! それくらい分かっている、ローズの放送で見ていたからな!」
「やはりファンか、貴様」
「いつも応援ありがとう」
「違う! 息を合わせるな! ……はぁ。そうではなくてだな」
「分かってるよソロモン。スキルが使えないって話でしょ」
ハルの言葉に肯定しソロモンが頷くように、先ほどからハルも気になっていた。
この空間に来てからというもの、スキルの発動が出来ないのだ。何度試してみても、エラーが出て使用がままならない。
「……困ったな。日課の生産活動が滞ってしまう。ソロモンとの戦闘が終わったから、再開しようと思っていたのに」
「気にするところはそこなのかハルゥ!」
「相変わらず、呆れたマイペースさだ。このマップに対する警戒とか、そういうのは無いのか……」
「息を合わせないで? ほら、必要でしょ。『レメゲトン』のメンバーを死に追いやり続ける為の毒薬の作成とか」
「勘弁しろ……」
「さすがの魔王もドン引きぞ?」
今度は、ハルが二人から突っ込まれる側に回ってしまった。
形勢が不利だ。ここは、味方の女の子たちに慰めてもらうことにする情けないハルだった。
「みんなも?」
「はいっす! 使えないっす!」
「使えませんねー。スキル無効空間でしょうかー? きっとそれが、イベントに関係あるんでしょうねー」
「この霧が、スキルを阻害しているのですね! わたくし、知ってます! わたくしたちは無効空間で苦戦を強いられ、知恵と絆で乗り切るのです!」
「そだねー。なんかパズル的なギミックが次々と出てきて、それを解くことで霧を晴らすんだ。ありがちだよねアイリちゃん」
「アイテムも使えないわね……? ねえハル? あなたに掛けられた<契約書>の効果もこんな感じだったのかしら?」
きゃあきゃあと、女の子たちがこんな状況でも、いやこんな状況だからこそ楽しそうにしている中で、ルナが冷静に指摘してくる。
確かに、スキルのみならずアイテムも使えない。完全な無効空間だ。
ここでは、便利なゲーム的な力に頼らず、己の身ひとつで困難に立ち向かえと、アイリの語ったようなそんなマップなのだろうか?
「……んー、<契約書>の効果とは違うみたいだよ。ソロモンのあれは、『アイテム禁止』っていうデバフが掛かる感じなんだ」
「その通りだ。対してここでは、アイテムを使おうとすることは出来るが結果はエラーで弾かれる」
当のソロモン本人が、それについて補足してくれる。少し距離を離しただけで、もうその美しい顔は確認できず靄がかかってしまっていた。
この深すぎる霧には意味があるのか、はたまたマップの手抜きを隠すための苦肉の策なのか。
「……チッ。脱出してやるいい機会だと思ったんだがな」
「フハハ。無駄だなぁソロモンよ! ハルのファンなら分かっているだろう? この転移現象、行きと帰りは同じ場所。貴様がどれだけこの場で逃げようと、イベントが終わればあの部屋よ!」
「分かっている! 黙っていろ魔王……!」
恥ずかしそうなソロモンだった。顔が見えないのが惜しまれる。
分かっているなら何故言った、と思う所だが、恐らく『ハルに大人しく従ったりしない、いつか隙を見て逃げてやる!』、という意思表示なのだろう。可愛らしいことだ。
「……しかし、視界がこうでは進む方向すら定まらないね。何か、ヒントでもないものか」
「ここでこうしていても、放送が退屈になるだけですからねー。また、お空でも見ますかー。ここにも太陽があるみたいですよー?」
「確かにねカナリーちゃん。よし。山で遭難した時でも安心な、僕の天文スキルを見せてあげよう」
「ハルお姉さま、すごいですー! でも、また太陽が襲ってこないか心配ですね……!」
……正確には黒曜の知識だが。まあ、ハル専用のAIなのだ、ハルのスキルと言って構わないだろう。
──黒曜。何か分かるか? といっても、大した情報などないんだが。
《いいえハル様。状況判断の情報には十分です。とはいえそれが、現状打破に繋がるかどうかは別ではありますが》
──聞こうか。まず分かっていることから処理していこう。
《御意。結論としては、この霧は、正確には霧ではありません。これは、高い確率で『雲』であると推測されます》
──なるほど……。
なかなか面白い話だった。流石は空のデータを取るのが得意な黒曜である。
ハルの見上げた視界から得られたデータ、そこから黒曜が導き出した結論は、ハルたちはいま雲の中に、要は非常に高度の高い場所に居るということだった。
*
しばらくハルは空を、雲に霞んだ太陽を見上げながら、慎重に周囲を歩いてみる。
そうして得られたデータを総合しても、黒曜の結論は変わることがない。この場は、雲の中に入るような非常に高高度の場所であるという結果となっていた。
「……ここは、どうやら雲の中みたいだね。霧と雲がどう違うか、と聞かれたら、少し答えに困るのだけど」
「ほう。雲の中か。納得といえば納得だ。元々我らは、天にも届かんという塔の最上層に居た訳だからな」
「フッ、そうだな。さしずめ、ここが最上階、いや屋上ということか……」
「どうせ別マップであろうがな! ハハハハハ!」
ハルの出した答えに、ケイオスとソロモンは納得したようだった。
彼らの言う通り、元々ハルたちは高度の非常に高い、伯爵の家にその身を置いていた。前時代風に言えば、『タワーマンション』という奴だろうか?
つまりその屋上が雲の中でも違和感はなく、この場の突拍子のなさにも説明がつく。
何となく皆、その認識で共通して理解を深めたようである。
「つまり、適当にこのまま歩いていったりしたら……!」
「そだねーアイリちゃん。急に塔の『縁』が来ちゃって、足を踏み外しちゃう! 注意しよ!」
「はい! そうですねユキさん! バベらないように、注意します!」
「うんうん。塔は怖いからねー。私も何度、バベったことか……」
《ば、バベ……?》
《バベルの塔》
《なるほど! でも分けわからん(笑)》
《言わんとすることは分かる》
《崩れ落ちたのかな?》
《普通に落ちただけなら言わないよね》
《ユリちゃんとサクラちゃんだけの言葉かも》
《いいなぁ、そういうの》
《かわいい》
《尊い》
ちなみにこれも、内容としてはケイオスのそれに近い。あまり尊さのない事例だ。
天にも届かんとする塔を建設していたハルたちだったが、『ゲーム範囲から飛び出されては困る』、という運営の怒りに触れ、仕様変更という名の天罰を受けて塔は大崩壊。
今では懐かしい笑い話だが、当時は運営に文句たらたらだったものだ。これも余談である。
「まあでも、進まないとなんも分からんよね! ここがマンションの屋上なら、そんな広くないはずだし!」
「はい! 探検しましょう!」
そんな元気な少女ふたりの先導によって、ハルたちはこの仮称『タワマン屋上』を探索するべく、揃って出発したのであった。




