第757話 残る真犯人を逮捕せよ
ハルに胸を貫かれたソロモンの体は、戦闘不能による消失エフェクトと共に消えて行く。
きらきらと空に散ったその光の粒子が消え去ると、<契約書>によりハルに掛けられていた『アイテム禁止』の効果も解除されたようだった。
ハルは手早く装備を元の豪華なミスリル銀糸のドレスへと変更すると、遠巻きに観戦していた仲間たちへと向き合うのだった。
「さて、少々お見苦しい戦いを見せたね」
「フンッ! 本当だな! 余裕を見せて手加減をしておきながら、最後は奥の手に頼らざるを得ないとは、情けないぞハル!」
「おっと、手厳しいねケイオス」
《うおおおお、こえ~っ! あれって大陸外からも吸収できたの!? 無敵すぎん? よかったー、チャンスとばかりにケンカ売ったの俺じゃなくってー》
《内面ビビりすぎだろ魔王様……》
ハルがこれを出来ると示唆した時に隣でくつろいでいたのは自分ではないか。そのくらい理解しておいて欲しかったハルである。
というか、ケンカ売るなどと言っているが、ソロモンの代わりにケイオスがハルと戦う予定でもあったのだろうか?
偉そうに大きな胸を反らしてソファーにふんぞり返る魔王様だが、心の声はなんとも情けないものだった。
《……てか、<支配者>のオーラいつまで出してんだっての。それ、なんだか肌にビリビリ来るんだよね。プラズマ出てね?》
《おっと》
ケイオスに指摘され、周囲の空気を威圧しっぱなしだった<支配者>をハルは解除する。
これは民たちのHPMPを吸い取ってしまう効果もあるので、そういう意味でも点けっぱなしは厳禁だ。
「さて、これでいいか。申し訳ないね、伯爵。キミの家の中で、少々暴れすぎたようだ。高級な絨毯も、ボロボロにしてしまって」
「いえいえ、どうぞ、お気になさらず。どのみち、すぐに私にとって不要となる物ですので……」
「そうかい? ならいいけど」
何だか不穏なことを語っている気がするファリア伯爵だが、敵意は感じられないのでひとまず無視するハルだ。
「まあ、いくらするか知らないが、弁償するようなことにならずに済んでなによりだ。もしその際は、全てソロモンに押し付けるんだけど」
「ははは。敗者の定めですね。是非、そうするのがよろしいかと」
「……貴方、笑っているけどね? あの子との決着がついた今、次にお話を聞かなければならないのは貴方よ、ファリア伯爵?」
「おや。お嬢様は手厳しいようだ。勝利を祝してささやかな晩餐を開き、有耶無耶になればこれ幸いと思っていたのですが……」
「あはは、言っちゃうんだー」
「まあー? ハルさんが元々追及していたのは伯爵さんですからねー。ソロモンさんは、それを遮るように途中で割り込んできたに過ぎませんー」
この場の全員でハルの勝利を祝していたが、その仲間に入れてもらえない流れの者が一人出てきていた。
ルナ、ユキ、カナリーが、和やかに話に加わろうとする伯爵を詰める。
《確かに! 忘れてた!》
《なんか仲間みたいな顔してたから(笑)》
《戦闘始まってからそんなだった(笑)》
《ヘイトが全部ソロモンに移ってたからなぁ》
《むしろ真の黒幕はこっちなんだよね》
《まだ何も終わってなかった!》
《でも、もう自白フェイズ終わってるよね》
《うん。もはや言い逃れ不可能》
《またはぐらかされる事はない!》
《共犯者も死んだしね》
ハルが、戦闘中に一旦意識から追い出していた視聴者の言葉にも再び耳を傾けると、彼らにとっても伯爵は敵という意識が薄れていたようだ。
逃げるでもなくソロモンに加勢するでもなく、なんだったらハルを賞賛するその姿は、悪事を暴かれ追い詰められていた男のそれとはとても思えなかったのだ。
だが、それで見逃すルナではない。上辺だけの穏やかな態度など見飽きたとばかりに、きっちりと伯爵への追及を再開した。
「貴方の仲間が、ハルを殺そうとしたのよ? これで、犯人を倒したから良かったですね、で済まされると思っていて?」
「そうは言われましても、こちらとしても、家の倉庫部屋に無断で侵入されております。彼もきっと、その犯人に憤りを覚えてのことでしょう……」
「いや? あの子たちは、きちんと招かれてあの宝物庫に入ったよ? キミが気付かなかっただけで、そしてうっかり、取り残されてしまっただけさ」
「なるほど。それならば、仕方ありませんね」
「……ハルも、話をかき回さないの」
ハルの無理筋な言い訳に乗って、なおも話を誤魔化そうとする伯爵。もう言い逃れ出来ぬこの期に及んでも、やはり大した胆力だ。
「……そいつがまともに話を取りあうと思うな。何かを語りたいと思ったら結局、力か金で口を割らせるしかない」
「おや、ソロモン。戻ったんだ。セーブ地点はこの家だったんだね」
堂々と変わらぬ姿勢で座したままの伯爵と、話が平行線になりそうな予感に皆が襲われたその時、この部屋の扉が外から開いた。
入って来たのはソロモンであり、この邸内にて復活したと思われる。
「……チッ、強制的にクラン入りさせられた。自分のスキルながら、厄介だな<契約書>は」
そのソロモンだが、今は<忍者>の力によりステータスを隠すことが出来なくなっている。“仲間として”、クランマスターのハルには彼のパーソナルデータがつまびらかに参照できた。
戦闘に敗北したことにより、自身のスキル、<契約書>の強制力が発動して無理矢理ハルのクランに加入したソロモン。
それによってハルからは、クラン管理者機能により仲間となった彼の居場所や状態がいつでも把握できる。
これでもう、彼は影から悪事を働くことは出来ないだろう。
「フッ、だが、オレがこのままお前の仲間になると思うなローズ。クランには入ったが、それだけだ。別に、お前に従ったりはしない」
「ああ、構わないよ。もともと僕のクランは、原則何をしてても自由だからね。僕としても君の行動を拘束はしないさ」
《べ、べつにアンタに従ったりしないんだからね!》
《従いそう(笑)》
《文句言いながら付いてきそう》
《逃がして平気?》
《だいじょぶっしょ、雑魚化したし》
《あ、そうだった》
《逆にローズ様にステ奪われたんだ》
《立場逆転!》
《といっても、終始ローズ様優位だったけどね》
「大したことじゃないさ。オレはここからだって、再び這い上がれる。この、<契約書>さえあればな」
「いい覚悟です。やはり貴方は、根っからの商売人ですよ」
ケイオス風に言うと、『勝ち続けなければならないコイントス』、に失敗したのが今のソロモンだ。
賭けに勝ち続け積み上げたコインは全て没収され、テーブルに居続ける権利を失った。
しかし彼は、ここからだって何度でも這い上がれると信じて疑わない。確かに、商売には向いていそうな精神性だ。
「でもそれなら、オールインは止めておくべきだったんじゃ……」
「うるさい。借り入れがないから問題ないんだ。ゼロは終わりじゃない」
なるほど、分かるような分からないようなハルだった。まあ、正直どう考えていようとハルとしてはどうでもいいことなので、深く追及はしない。
きっとケイオスとソロモンは、この辺りで相容れないと思われる。
「……という訳だ伯爵。お前とはここまでだな。もう今のオレでは、対等な取引は結べそうにない」
「そんなことはありませんよ。貴方にはまだ、十分な価値がある」
「どうも。だがその価値を引き出す為にはまたリスクが掛かる。今のオレではもう無理だ。一から出直す。玄関を開けてくれ」
「それは出来かねます」
「は?」
力を失い舞台から下りるソロモンが、友である伯爵と別れを告げる感動的な(?)シーン。
その締めくくりにおいて、唐突に話の雲行きが変わってきた。
異常にセキュリティの高く締め切られた天空の豪邸。その出入りには、ファリア伯爵の許可が居る。
共犯者のソロモンさえもそれは例外ではないようで、この場にわざわざ戻ってきたのはその為もあるようだ。
だが、伯爵はそれを許可しない。ソロモンとの決別は、どうやら感動的なそれではなく、『袂を分かつ』ものになるようだった。
「ローズ侯爵閣下。閣下の仰る通り、アイリスを始めとする、各国の裏で暗躍する組織、それに私は深く関わっております」
「うん。知ってる。意外だね、ここで認めるんだ」
「ええ。叶うならもう少し、貴女さま方と楽しいお喋りを続けたかったですけどね」
いつまでものらりくらりとはぐらかすかと思われた伯爵だが、ソロモンの再登場によりそれも終わりとなったようだ。組織への関与を認める、『自首』、を始めた。
ただ、その瞳には、どうもお縄につく神妙さは見受けられない。窮鼠猫を嚙むような攻撃性もまたないが、どうやらここで捕まる気もないようだった。
「とはいえです。貴国、アイリスを混乱に陥れたのは、私の指示などではありません」
「ソロモンの関与だと?」
「はい。ただ、『はいそうですか』と納得の出来る話ではないでしょう」
「まあ、そうだね。例の装置の作成は、キミなんだろ?」
「はい」
組織への関与は認めるが、その組織の暴走は自身の責任ではないということか。
主張は分かるが、果たしてそれを真に受けていいものか。少なくとも、彼もハルの管理下に置いてしっかりと調べなければならないだろう。
そうハルが考えていると、その為の策をハルが練り切る前に、伯爵は一手早く行動に踏み切るのだった。
「なので、私は責任を取り爵位を返上し、この屋敷も閣下へと譲渡しようと存じます」




