第753話 忍術
持てるスキルを全て使って、本気で戦うと宣言するソロモンに対し、ハルは最初と同じく<神聖魔法>を大量に宙にばら撒いた。
部屋の天井までを埋めつくすように発生した光弾は、先ほどと同様にその全てが自動追尾でソロモンに襲い掛かる。
前回の焼き直しであれば、これを防ぎきれずに彼は光弾の雨に叩きのめされるだろう。
「『忍術』、空蝉」
だが、今回はその自信の通りに、まるで異なる結果がハルの前に展開される。
大量の光弾、その進行方向上に、今度は大量のソロモンの分身が出現した。
「ほお、これが<忍者>のスキルか。貴様が言っていた<忍者>、やはり、あ奴のことであったか」
「その通りでございます、魔王陛下。ご慧眼、感服いたします」
「いや分かるだろ普通……、消去法で……」
「はっはっは。確かに我が家は、家人が少ないですしね」
観戦中のケイオスとファリア伯爵が語っているように、これが伯爵がその話の中で匂わせていた<忍者>の正体だ。
ハルの側の潜伏系スキル、メタたちが持つ<隠密>と同様の透明化を使いこなすことから、ソロモンが<忍者>であろうことはハルも考えてはいた。
そんな彼が、まさに忍者の代名詞と言っても過言ではない『分身』を、自身の周囲に何体も呼び出して配置する。
ハルの<神聖魔法>はその分身に向けて、自動追尾の対象を変えてしまうのだった。
「……なるほど、デフォルトでデコイの効果があるのか。優秀だね」
「その通りだ。オートに頼るスキルは全て、こいつらに吸われて終わりだ」
《うおおおお分身!!》
《ニンジャ! ニンジャだったのか!》
《あんま忍者っぽくないな(笑)》
《むしろおチビちゃんたちの方が忍者》
《ちびっこの忍者ルックかわいいよね》
《おちびーずの冒険、すき》
《本気出すと画面に何も映らないけど(笑)》
《それが難点》
《魔法が分散された!?》
《この数だと処理できちゃうのか》
その数、十体以上に分かたれたソロモンの姿。彼の分身に向かって、<神聖魔法>はそれぞれターゲットを変えてしまう。
単純計算で対処する労力が十分の一になったその迎撃難度は、容易に今度は撃ち落とされていってしまった。
「なかなか、やるじゃあないか。対処法があるなら、最初から使えばよかったのに」
「……弱体化した貴様如きに、本気を出すまでもないんだ。オレのスキルを見れることを感謝するんだな」
「それは押してる側が言わないと格好が付かないんだよねえ」
「……チッ」
自覚はあるようだ。ステータスが弱体化したハルであれば、その能力差で圧倒できると高を括っていた彼だ。
そんな力押しではハルに通じず、ソロモンは<忍者>の力を引き出されてしまった。
本来、使わずに済ませたかっただろう。ライバルであるハル自身に能力がバレることはもちろん、その放送上に乗ることで、ほぼ全てのプレイヤーに<忍者>の存在がバレてしまう。
人気の放送で流れるということはそういうことで、噂はすぐに全体を駆け巡り、例え直接見ていなくともすぐに情報は皆の知るところになってしまうのだった。
そんな彼の奥の手によって、光弾は一斉に消し去られた。
ハルが発射する速度よりも分身たちが破壊する速度が勝り、一気にソロモンには余裕が生まれる。
「フッ……、もう爆発する武器を投げたところで無駄だ、弱い弱い……!」
ハルが爆弾剣を投擲したところで、視界も塞がれておらず、対処の手にも余裕がある。
今度は直撃してダメージは与えられず、その手に持つ大剣によって空中で破砕されて散ってゆく。
先ほどのハルのソロモン完封法は、ここにスキル一つで完全に破られたのだった。
「まいったね、どうも。対処の手段がない。ホーミングのタゲ指定はセミオートだからな。僕が自分で、本体だけに集中させることが出来ないのは融通がきかない……」
「フッ。そもそも分かるのか?」「どれがオレの本体か」「これか?」「それともこっちか?」
彼のセリフは次々と分身達の口を渡り歩き、誰が基準となり喋っているのか読み取らせない。
司令塔となる本体を狙い撃って分身の効力を無意味化する戦法も、これでは行うのは難しいだろう。だが。
「分かるよ? キミでしょ」
「なにっ……!?」
だがハルは、その中の一体に向かっておもむろに爆弾剣を投げつけた。
当然それは彼の迎撃力によって防がれてしまうが、一発で正解を引き当てられたソロモンの顔は、攻撃を容易く防いだとは思えぬ余裕の無さが表れていた。
「なぜ分かった!? ……くっ、ふっ、フン! よく分かったじゃないかローズ。出現位置を全て記憶していたとしても、正解は出来ないというのに。流石だ」
《あ、持ち直した(笑)》
《プライドでカバー!》
《カバーしきれてないのが可愛い》
《素直にローズ様を褒めちゃってる》
《実はファンだった?》
《仲間か、俺らの》
《君もファンになったのかな?》
《ソロプレイしながらローズ様見てたと思うと》
《一方的にライバル心燃やしてたのか》
《やはり可愛い》
「……黙れ! 強敵の情報を収集するのは当然のこと」
「そうだね。いつも応援してくれてありがとう」
「応援していない! それより! ……なぜオレが本体だと分かった。空蝉は発動時に、ランダムで本体も分身の中に紛れるはずだ」
「へえ。便利なものだね。いいスキルだ」
彼のスキル発動の際、中央の術者、最初に居たソロモンの体を取り巻くように彼の分身達は出現した。
だが、どうやらその瞬間に中央の体は本体ではなくなるらしく、その位置に居る体を記憶していたとしても、それはもう分身であり意味がない。
だというのにハルには、一発で正解を引き当てられてしまったことが信じられないのだろう。
誤魔化すことも思いつかないほど彼は驚愕し、思わず素直にハルに理由を尋ねてしまっていた。
「単純な話だ。動きが違う。その分身って、オートでしょ」
「……そうだが。それがどうかしたか? 当然だろう」
「うん。まあ、そうかもね。でも当然そうだとしたら、手動との違いなんかすぐ分かるよ」
「馬鹿を言うな……」
フルダイブなので手動というよりも『脳動』であるが、ここは細かい所は置いておく。
要は、ソロモン本人が自分で操作しているキャラクターは本体のひとつのみ。残る十体ほどは、全て自動での操作となっている。
簡単な命令を設定することで、本人の動きに合わせて分かりにくいように動いてくれるようだ。
ここは、実際優秀である。彼の癖なども分身に反映されており、流石は神様の作ったゲームだと言えよう。
「ただまあ、いかに似せようとキミはキミだ。隠せるものじゃない。コマンドに含まれない細かな判断、それを動作に表出させるのはキミだけだ」
「……どうかしている。それこそ、そんな事が分かるのはお前だけだろう」
《ホントそれ》
《ほんそれ》
《まっっったく分からん》
《やはりお嬢様は格が違った》
《経験が生きたな》
《なんの?》
《……社長とか?》
《こんな何でもお見通しの社長いやかも(笑)》
《社員くん? 今日は何時間サボったね?》
《あ、それは言われたいかも……》
《おしおきされたい……》
《会社で『お仕置き』なんて単語出ないのよ》
《その辺は柔軟でしょローズ様》
《クランにノルマもないしね》
……ここも、あまり読みが鋭すぎることを見せると、ハルであるとバレてしまう要因になるだろうか?
しかしながら、事が『分身』となるとどうしても評価が辛口になってしまうハルだった。
何しろ自分自身の得意中の得意技であり、出来るならハル本人が使いたい。
今から<貴族>の地位を捨てて<忍者>となる方法をソロモンに教えて貰おうか、半ば真剣に考えてしまうハルなのだった。
*
「……まあいい。オレの本体が分かったところで、そのオレには届くまい」
「そうだね。<神聖魔法>の弾幕による飽和攻撃も、もはや足止めとして機能しないし」
十体ほどのソロモンの分身全てが、にやり、と不敵な表情でじりじりとハルとの距離を詰める。
先ほどまでならば<神聖魔法>を撃ち込むことで、距離を再び一気に離せる状態であったが、対処の手が増えた今ではそれも難しい。
いや、逆に魔法発射時にハルの方が隙を晒す危険が大きくなり、不用意にそれも行えなくなった。
これでは本体の位置が分かっていたところで、そこまで攻撃が届かない。
むしろ今度は逆に、ソロモンが本体を安全な位置に置いたまま、ハルに向け分身を突っ込ませればそれで済む状況だった。
「貴様の力は認めよう。きっと武道において、オレより数段上なんだろうよ」
「だけどそれでも、この数の前には無意味と?」
「フッ、その通りだ」
分身はじわじわと左右に向かって展開して行き、このまま広がりハルを包囲する構えだろう。
このまま全方位から一斉に袋叩きにすれば、いかなる達人とてひとたまりもないと考えるのは自然なことだ。
「……いいのか? 妨害せず放置しておいて? このままでは、陣が完成してしまうぞ」
「構わないさ。むしろ、どんな攻撃してくるのか見てみたい」
「……その余裕、後悔させてやる」
「オート操作なら、オートバランサーも搭載されててキミ本人よりも転びにくいかも知れないしね?」
「だっ、黙れっ!」
《煽りよる(笑)》
《ポンコツソロモンちゃん》
《ドジっ子で転びやすい》
《あ、あざとい……》
《酷い風評被害だ(笑)》
《ローズ様に転ばされてるのに(笑)》
《『また何もない所で転んじゃいました~』》
《かわいい!》
《それは女の子なんよ》
ソロモンは本体を後ろに控えさせたまま、ハルの挑発に乗り足早に包囲陣を完成させる。
そしてその分身達を一気に、ハルに向けて突撃させた。
「行け……、『忍術』、蜻蛉……!」
ハルに高速で向かって来る分身は、その身を分身らしく揺らめかせながら次々と突進してくる。
そしてすれ違いざまに、ハルに手に持つ大剣を振りぬいて切り付けてきた。
ブレる体の動きは非常に読みにくく、そして実際の人体の可動範囲や剣の軌道の限界を越え、変幻自在で不気味な動きでハルを翻弄してくる。
その分身達の攻撃を、ハルは的確に読んで全てをギリギリなところで回避していくのだった。
「よく避ける。しかも、更には攻撃する余裕さえもあるとはな。だがそれが、いつまで続く?」
「そっちこそ、何時まで持つんだいこの分身は? まさか、無限に維持できるような反則じゃあないだろう」
ハルを中心にして対角線を往復するように襲い来る分身達は、ときおりその隙を突かれてハルに逆に切り付けられる。
これも霊体の一種であるのか、ミスリルの刀に持ち替えたハルの攻撃は良く通った。
次第に、彼らの体は更に薄ぼんやりと透けてゆき、その身の維持が尽きかけていることを表していた。
そして、そのうちの一体についにハルは止めを差す。
「さて、これで一匹目」
「……『忍術』、明石」
その、ハルがトドメに力を入れた瞬間を狙い、ソロモンの本体が突然ハルの眼前にテレポートしてくるのだった。




