第752話 人類の技と人外の業
驚愕の表情で目を見開き、ソロモンはただハルを見つめるしか出来ないでいる。
それでも身体は何度か攻め込もうと、ぴくり、と動くのだが、結局それは実際に行動へ移されることはなかった。
先ほどの失敗を、無意識に怖がってしまっているのだ。
次も意味の分からない方法で、受け流されてしまったらどうしようという思いが消しきれない。何故自分の必殺の一撃が通らなかったのか分からない。
ソロモンの美しい顔は、冷静を装いつつも雄弁にそう語っているのだった。
《合気道ってやつ?》
《流石はお嬢様だ》
《お嬢様は全員合気道やってるとか偏見》
《お? お前もお嬢様か?》
《俺がお嬢様だ》
《でもゲーム訓練って無意味なんでしょ?》
《ゲームというかフルダイブな》
《現実で訓練したんじゃない?》
《杖を使っても合気道なのか?》
ハルがソロモンの攻撃を受け流して転がした様が、視聴者たちには合気道のそれに見えたようだ。
実際、やっていることは似たようなものだ。ハルが重心をずらしたことで彼自身が自分のパワーとスピードに耐えきれず、自分の攻撃する力で転がってしまった。
小石につまづいて転ぶのと同じ。言うなれば、ハルがその手に持つ杖で小石の役割を正確に果たしてやったという訳である。
「……お前は、杖を、いやリアルでは『棒術』か? それを極めたということか」
「いいや? まあ、確かに『棒』なら法に反せずどこでも持ち歩けるだろうけれど、僕にそんなイメージは持って欲しくないかな……」
常に杖や棒、ステッキなどを持ち歩いているお嬢様というのはあまり想像しづらいハルだ。今ハルが持っているような豪華な杖なら有りだろうが、日本でそれはただの仮装である。
どちらかというと男性、しかも杖が必要となると老人のイメージ。若くともここで視界に映っている、ファリア伯爵くらいの渋い紳士が持つ感覚がある。
まあそもそも、ハルはお嬢様ではなく中身は男だが、それでも『実はお爺さん』と思われるのは避けたかった。
アイリの世界、ファンタジー色の強い異世界ならば、常に杖を持つお嬢様も様になるのかも知れないが。
「……別に、杖に限らないさ。それこそ素手でも、剣であってもやることは同じ。キミの言う通り、どんな武器でも骨を掴めば自在に扱える」
ごくごく単純に言ってしまえば、得物を振り回した結果、相手が倒れればそれでいい。
自分の体勢は崩さず、相手の体勢を崩してやる。その結果が得られるならば握る武器は何でもいいのだ。
ただ普通なら、余程の達人でもない限りそんな計算は瞬時には行えない。
それを反復によるパターン化で補う訳だが、それがつまり握る武器をひとつに絞っての技術特化だ。
計算など行わずとも無意識で体が動くくらいに術理をその身に叩き込む。
その為には非常に膨大な試行回数を重ねる必要があり、別種の武器に浮気している余裕などありはしないのであった。
その積み重ねを甘く見た結果がソロモンであり、積み重ねることなく扱えてしまう反則がハルである。
「どれ、僕も武器を持ち換えようか」
「……舐めてくれるな」
ハルは愛用の杖をアイテム欄に収納すると、シンプルな刀に持ち替える。
……いちおう補足しておくと、これは爆発しない奴である。
《おいハル。刀はまずいんじゃね? つーか、武器は杖に絞った方がいいんじゃね? あんまり万能に使えるところ見せると、お前だってバレるぞ》
《……そうかな? そうかも。んー、まいったね、どうも。真のマルチウェポンって奴を見せてやりたくなっちゃって》
《あはは。先輩の威厳ってやつだ。でもさハル君、普通の人間じゃあ、やっぱり無理だよ。理屈に体が付いてかないもん》
《そーだぜーハル。ユキちゃんの言う通りだ。ハルみたいな天才が二人も三人も、ポンポンこの世に現れてたまるかってーのっ!》
確かに。自身の身体や武器の長さ重さなどをデータ化し、理想の動作を脳内でシミュレートしそれをプログラム化し実際の動きに反映する。
それによりハルはどんな武器であれ自在に扱えるのだが、そんな器用なことが出来るのは他に居ない。
つまりは見る者が見れば、一発でハルだとバレてしまうのも確かなのだった。
《……でも、『棒術の達人ローズ』は嫌だ。棒術は、駄目だ》
《何でだ? 渋くていいじゃねぇか。刃物もついてないしよ、不殺のお前にぴったりじゃん?》
《あはは、ハル君、お爺ちゃんっぽいと思われるのが嫌なんでしょ》
《仰るとおりで……》
《……お、おう確かに。常に杖持ってる達人とか、時代劇のじーさんだな》
《そだねー。『家紋』も出すしねハル君!》
《やめよう?》
やはりユキやケイオスも、杖で戦うのは老人のイメージを持ってしまっているようだ。ここはやはり、他の武器に変えた方が良い。
ただ、何でも達人級に扱えると身バレの危険があるのも彼女らの言う通りなので、あまり自分からは振り回さずに『合気道を応用したお嬢様』で通すとしよう。
「……僕は武器が何であれ、キミの攻撃を受け流して転がすことが出来る。対してキミは武器が変わるごとに、その微妙な差異に対応しないといけない」
「……チッ。そうそう上手く、」
「いくはずだよね? キミの理論が正しいならば」
「…………」
《はい論破》
《否定できないなぁこれは》
《否定したら自分の言葉の否定だもんね》
《まさか上位互換が出てくるとは》
《実際、そう上手くいくの?》
《お姉さまならいけるはず!》
《ローズ様の場合はどれでもいいのは確か》
《近接職じゃないもんね》
《スキル面で見れば止めるべきとしか》
《スキルレベルが分散するからなぁ》
一点特化せず、複数の武器を自在に扱えてこそ真の強者。そのように語ってしまったのは他ならぬソロモンだ。
ハルを否定すれば、己の理論の否定につながってしまう。それは出来ず、反論を封じられてしまっていた。
そうして進退窮まったソロモンの精神は、その動きの精彩を更に欠いていってしまうのだった。
*
「……シッ!」
「突きなら軌道を曲げられないという考えは甘い」
大剣を水平に構えて、突進するように突き込んで来たソロモン。
しかし当然のように、その攻撃もハルの前には不発に終わった。
弧を描く動きがずらされるとまずい、という考え自体は悪くないのだが、突進しては意味がない。
彼はまた、ハルという『小石』につまづくようにして盛大に頭から地面に突っ込んで行った。
「絨毯がふかふかで良かったね。ここなら安全に受け身の練習が、存分にできる」
「……黙れ、誰が、っっ!?」
自身の攻撃の勢いで、それなりの自爆ダメージを受けるソロモンだが、それでもそれだけでHPがゼロになることはない。
加えてダメージがあるのは自身の攻撃時のみなので、次の攻撃の前に回復を挟めば決して死ぬことはなかった。
そこで冷静になられても面倒なので、ハルは転んだ彼がその場から体勢を立て直すより早く、その身に大量の爆弾剣を叩き込んだ。
「がはっ……!」
「うん、いいね。近くに来てくれてる分、よく当たるよく当たる」
「調子に、乗るなっ……!」
「残念、流石に殺しきれないか」
ハルの至近距離で転び伏したソロモンの背中に向けて、次々と爆発する刀を叩き込む。
即時で目標に到達する上に、飛翔に一切エネルギーを使わずに済む効率の良さもある。ハルの攻撃は、今までにないハイペースで彼のHPを削っていった。
ただ、流石に上位のプレイヤーであるのも確かなようで、爆風を叩きつけられながらもソロモンは転がるように身をよじり、途中からは大剣で防御しつつ身を立て直した。
《やりおる》
《やっぱ強いなー、遊ばれてるけど》
《言うだけあるんだよね、遊ばれてるけど》
《お姉さまが強すぎるのが悪い》
《……ステータスは逆転してるはずなんだが》
《じゃあやっぱ弱いか、ソロモン》
《ただのステータス頼りの雑魚だったな!》
《ブーメランえぐぅ!》
《でもボロボロに追い詰められる所も好き……》
《悔しそうに這いつくばるイケメン……》
《イイ!!》
《ソロモンファンの人はあっちの配信行って?》
《無いんだなぁ、それが》
《そうだった(笑)》
悔しそうにハルを見上げながらも、まだその目に闘志を失わないその姿に、ソロモンを応援(?)する視聴者たちも現れてきた。
……彼は放送していないので行き場がなく、ハルのコメント欄で居座ってしまうのは良いのか、悪いのか。
ある意味で彼の人気までもハルが余計に得られた、ということで良しとしよう。
「……さて、このまま攻撃を打付けても、ただキミがボロボロになる特殊なコンテンツを視聴者にお届けするだけというのが、理解できたかな?」
「チッッ! これだから配信メインのゲームはタチが悪い!」
過去一大きな舌打ちだった。気持ちは分かる。
「まあ、特殊な層へのサービスはさておき。近づいても離れても、キミに活路はない」
「だから降参しろとでも、言うつもりか?」
「言わないよ。しないだろうからね。ただこのままじゃ、僕の攻撃力も低すぎて、延々と特殊なコンテンツを垂れ流すだけの放送になりかねない。それは避けたい」
「……知るか。配信者の事情など。なら貴様が降参するか?」
「まさか」
する訳がないのである。ハルの負けず嫌いは筋金入りだ。それを知る観戦中の女の子たちが深く頷いていた。
ステータスの差すらも技術とアイテムで覆せると証明したハルではあるが、それでもステータスの差それ自体が縮まった訳ではない。
ゲームの宿命として、高ステータスの敵に与えるダメージは低く。倒し切るには時間がかかる。
そうした、強敵を時間を掛けて倒し切るというプレイにも需要はあるのだが、やはり見続ければダレるもの。
特に、圧倒しすぎてしまったので、『もしミスしてしまったら負けるかも!?』、というスリルも消えてしまったのが痛い所だ。
「……だが、認めるしかないのだろうな。お前は、ただ高いステータスに頼ってゴリ押しするだけのいけ好かない女ではなかった」
「いけ好かない……」
散々な言われようである。少し傷つくハルだった。
聞き方によっては素直になれない照れ隠しの発言なのであるが、それも特に嬉しくない。
「だからこちらも、遊びは止めだ。手抜きの雑魚狩りはやめにして、全力で潰す」
「なるほど。『高いステータスに頼ってゴリ押し』するのはやめるんだね」
「チッ……」
悔しいので、ついオウム返しに煽り返してしまうハルである。大人げがない。
だが確かに、彼はこれまであまりスキルを使った様子はなかった。ただ、その身と自作の武器のみで、勝利してみせようとしていたのだ。
そのプライドを捨て、スキルを含めた全力を出す。その宣言に、ハルもまた全力で応えようと自分もスキルを発動するのであった。




