第75話 儀式魔法
「ハルさん、どうする? ぽてと、チャットで返事送れるよ?」
「何も返事しなくていいよ。心理的負担をかけたいからね」
「わかったー」
言うと、ぽてとは素直にウィンドウを閉じた。
全ての脳が起動中の今、妙な動きがあればハルにはすぐに読み取れる。ぽてとにはその様子は無く、本当に何も知らせる気は無いようだ。
「ぽてと、人質だね」
「羨ましいですー……」
「王女さん、人質になりたいの?」
「アイリを人質になんかさせないよ?」
「違います! ハルさんの、人質になりたいのです!」
「わかるー。そのまま森の奥でささやかに幸せにくらすの」
女の子二人が盛り上がっているが、戦略級魔法とやらの対処を決めないといけない。
それに、そろそろソフィーの付けた空間の断裂、そこに入り込んだ黄色の魔力が『侵食力』で広がり、各国を蝕んでいく頃だろう。
最初にソフィーが向かったのが紫チームの領土だ。今回の攻撃も、それが切っ掛けの可能性は高かった。
「言われた通りに逃げるのは却下だね」
「この城が守ってくれますものね」
「カナリーちゃんもね」
「守りますよー」
大量の銀素材で作られたこの城は、魔法に対する強力な防御がかけられていた。
本拠地であるクリスタルが安置されている玉座が、『接している銀素材の量に比例したバリアを発生させる』効果があり、大規模な魔法であっても防いでくれそうだ。
「問題はどの程度の攻撃が飛んでくるかだけど。……とりあえずクリスタルの近くに移動しようか」
「カナリー様、メイド達も同時に守れますか?」
「余裕ですよー」
メイドさん達を連れて、謁見の間へと移動する。
送還してもらおうかと思ったが、待つだけの辛さはアイリもこれまで身にしみているので、彼女らのそれを軽減してやりたいのだろう。
しかしながら、お鍋に火をかけたままのメイドさんや、お手洗いが心配なメイドさんが居たりはしないだろうか。ハルとしてはそこが気がかりである。
「とりあえずクリスタルさんにはどいてもらって……」
「ハルさんが座るのですね!」
「いやアイリだからね?」
睡眠時間も短く、体力的にも生身のアイリが一番きつい。それにやはり王女様が座る姿が、最も様になるだろう。
ぽてとは気にせずそのまま床に腰を下ろし、カナリーはクリスタルにもたれかかった。
メイドさんは、主の前で座るという発想が存在しないようだ。
「とりあえずこれで護身は完了だけど」
「出来ればカナリー様任せではなく、わたくし達で守りきりたいですね」
「そうだね。ここまで攻撃が届くって事は、せっかく作ったお城を壊されちゃうって事だし」
「それはいけません!」
この謁見の間は城の中央だ。ここまで魔法の砲撃が届く状態は、城の全壊を意味する。
「敵は本拠地をねらってくるんでしょ。本拠地を地下ふかくにうめちゃえば?」
「敵って、ぽてとちゃん、君の味方だからね? 良いかも知れないけど、地面の耐久って案外やわらかいんだ」
「そうなのかー」
おかげでハルは地面を掘るのに苦労しなかった。
地面を砕く事でも素材が手に入り、中にはかなりのレア素材も含まれていたので、領地一体を全て掘り返す案も頭に浮かんだが、それはまたの機会にしよう。
今回はアイリとルナのため景観重視だ。そしてその景観を守らなくてはならない。
「その発展系として、カナリーちゃんを抱きつかせたクリスタルを空に浮かべる。そうすれば攻撃は全部カナリーちゃんが吸ってくれる」
「酷いですよハルさんー。私、囮じゃないですー。神頼みが過ぎますよー」
「そ、それに、もしターゲットがクリスタルではなく城そのものであった場合、危険では!」
「アイリちゃんありがとー。もっと言ってやってくださいー」
半分冗談とはいえ、非常に良い案だとハルは思うのだが。しかし却下されてしまった。
カナリーは涙目でむくれている。ほっぺたを膨らませているので、つついてやると機嫌が直った。クリスタルの代わりに、ハルにもたれかかって頭をわしゃわしゃしてくる。
「こちらも魔法で迎撃してはいかがでしょうか?」
「バリアよりも効率が良ければやろうかね。通常のプレイヤー魔法みたいに、反属性で消滅させられるなら」
「『建築力』は上げないの? バリアもつよくなるよ?」
「ここまで来たら余所見は無しだね。全部『侵食力』につぎ込むよ。今はまだ使わずに貯めておこう」
「油断させるのですね!」
敵は一つのチームだけではない。今はまだ、あまり刺激しないようにじわじわと押し上げる位に抑えてある。
紫チームの魔法を皮切りに、それを解放して一気に勝負をかけに行く。その腹積もりであった。
◇
そして定刻、地球時間の午前八時。早すぎない時間を指定したのは優しさだろうか。それとも観客の増加を見込んだためか。
しかしそのおかげで、ルナも起きてきている。感謝しておこうとハルは思う。
決戦のためやる事といえば、建築を進めるだけだ。ポイントを貯め、銀素材の量を増やす。
ルナは外装を、アイリは内装、ハルは地下をそれぞれ担当する。ユキの提案の通り、目玉だけでも地下作業が可能なように整地し、倉庫空間を広く作成した。
「そろそろ時間ね。ぽてとさん、帰らなくて平気だったの?」
「ぽてと、囚われのお姫様」
「そう。なら仕方ないわね」
ルナもそれで納得してしまう。その要素は、そんなに強力な概念なのだろうか。
カナリーの目を借りて国境を見張ると同時に、目立たないように目玉も国境沿いに配置してある。銀で装飾している事もあり、ロボットアニメのオプションパーツ、浮遊ビットのようだ。魔法も発射可能。
その目が、紫の国境が一気に後退して行くのを捉えた。
「来た! いやまだ準備段階だろうけど。とにかく好機だ! 僕は少し集中する」
「なら私が塔に行くわ。そこから迎撃する」
「ルナさん!」
「心配しないで? 任せなさい?」
ルナがカナリーの守護圏内から出て、櫓状になった塔の上界へと<飛行>して行く。
そこはルナに任せ、ハルは国境沿いの目玉に意識を集める。
どうやら戦略級の魔法は、国土である自陣の魔力を大幅に削って発動するようだ。
それほど大掛かりである事は大いに警戒に値するが、これは逆にまたとない好機であった。
敵の国境が後退した分だけ、そこに空白地帯が生まれる。ハルは目玉を飛び立たせると、そこから<魔力操作>をもって、全力で自陣の魔力を流し込んで行く。
また全てのポイントをつぎ込んで侵食力を強化すると、なんらかの閾値を越えたのか、侵食する方向が任意に指定可能になった。それを南に向けて振り切る。
『ルナ』
:ハル、光が見えたわ
『ハル』
:確認してる、属性は火!
『ルナ』
:了解よ
一回り小さくなった紫の領土の周りに、水が流れ込むように黄色の魔力が充満していく。
各方面が侵食して行く暇を与えなかったため、今まで離れていた藍色と地続きになり、小さくなった紫を完全に包囲する形になった。
その紫チームから、国土を削った強力な火炎砲撃が飛んで来る。
カナリーの視界を使ったハルの目に、彼方から迫るその光が、一瞬早く映し出された。
チャットでルナにそれを伝え、更に詳細を観察する。
「アイリ、レーダーとポイント任せた」
「はい! レーダー上ですら確認出来る速度で、紫チームへ侵食が進んでいます! 逆に青と緑からは押され始めました!」
「拮抗まで戻して」
「はい! 新たな領土の確保により、ポイントが大量に入手されて来ています。侵食力へ加算いたします!」
侵食力の操作をアイリに任せ、ハルは<神眼>による戦略級魔法の解析に挑む。
巨大だが、その分内容は大雑把なようだった。これならば把握はたやすい。普段調べている、プレイヤーの魔法と比較する。
「《ハル様、構成式の一致率は96%です。残る部分は、巨体を維持するための補助であると推測されます》」
「よくやった」
つまりは、通常のゲームルールによる干渉が可能だという事だ。
視点を塔の上のルナへと飛ばし、傍に落ちている目玉の準備をする。
ルナは対属性である<水魔法>の準備中だった。そのルナのステータスを、<HP拡張>と<MP拡張>で強化し、回復薬を使用する。
躊躇うことなくその全てをコストに使用したルナの判断の早さは流石であった。
「魔法、発動するわ」
既にルナの肉眼でも捉えられるほどに迫った火球に対し、彼女の魔法が解き放たれた。
その直前、近くに浮遊するハルの目を認めると、それを手に取りルナは掲げる。
長大な氷の柱となった<水魔法>に、ハルの<魔力操作>で更に力を与える。
だが、それでも儀式によって生み出された強大な炎の威力にはまるで及ばなかった。ルール効果により、魔法同士が互いを削り合って行く。
当然ルナの魔法が削り負け、文字通り溶けるようにその威力を減らしてゆく。ハルも更に<魔力操作>で援護するが、拮抗状態を作り出すまでにも至らなかった。
ついには魔法が消滅する。
「次弾、いくわよ」
だがその干渉状態で強圧が和らいでいる間に、ルナは回復薬を使用し、次の魔法を装填する。
炎がバリアに阻まれ、互いを消し去らんとまた相殺を始める。そこに再びルナの魔法が放たれた。
ハルはバリアと氷の魔法それぞれに<魔力操作>で魔力を供給し強化する。
今度は、こちらが優勢だ。バリアの効果は圧巻であった。
次第に突破力を失って風になびくようになる炎は、氷の槍に貫かれると、互いを消し去って砕けて散っていく。
戦略級の攻撃魔法は、ここに防がれたのだった。
◇
「やりました! バリアも半分ほど残っています!」
「あと一回ふせげるね。らくしょうかな?」
「いや、次も同じ威力で来るとは限らない。油断しちゃだめだよ」
「はい!」
「でもそれだと防げないよ? どうするの?」
「こうするよ」
ハルは損耗したバリアに魔力を補充する。流石に大量だ。これは回復薬ではまかないきれない。
どうせなので、国境沿いの目玉から敵陣の魔力を吸収して回す。
とはいえ、自分の支配していない魔力の吸収には手間がかかるようだ。先んじて全体の四割ほどは、自国の魔力を吸収して補った。
「おー、すごいね。回復しちゃったね」
「相手の魔方陣はどうなってるのか知らないけど、これで形勢が“魔法の打ち合い”から“国土の削り合い”に置き換わった形になる」
「そしてその勝負であれば、侵食力に勝る我が方に分がある、という訳ですね」
「すごいねー」
ぽてとがしきりに感心している。チームへの執着はあまり無いようだった。
「ハル、いいかしら?」
「ルナ、お疲れ。どうしたの」
「槍は使わないのかしら? あれには効きそう?」
「効くと思う。渡しておこうか、一応。ルナの判断で使って」
「バリアが破られれば、使うわ。先に謝っておくわね」
槍とは、セレステの眷属モンスターの持っていた槍のコピーだ。プレイヤーの魔法を問答無用で解除する開発者用装備。
いざと言う時の切り札だが、この城を壊させない事をルナは優先する。その謝罪だろう。
「必要ないよ。僕だってそうする」
「ええ」
この城はアイリと共に作り上げた作品。むざむざ壊されてよい物ではない。
手札の一枚や二枚、切る事に惜しくはなかった。
最も、使わずに済むならば、それに越した事は無いのは言うまでもない。
「敵は、次も撃って来るかしら?」
「はい、来ると思われます。それしか手がありませんので。国土が急速に我が方に侵食されている今、挽回の手段は本拠地の破壊しかありません」
「なるほどぉ。歩いて侵略は、もう、ふかのう?」
「不可能ですよぽてとさん。一箇所落としても、次に進んでいる間にその場所が塞がれてしまいます」
「敵のオートヒールがこっちのダメージより高い状態だね」
「なるほどなー」
こうしている間にも、紫チームの国土はどんどん小さくなって行く。
減った外周を埋められる形で包囲されたため、被弾面積が増え、侵食は更に加速した。それが新たなポイントとなり、こちらの侵食力が更に増えるループ。
通常の手段では、座して死を待つのみである。
「だから国土を削ってでも攻撃する以外に手は無い。……っと、来たね」
「行くわ」
「ルナ、待って」
話していると、第二撃が発射準備に入ったようだ。敵の領土が急速に減退していく。
目算だが先ほどの二倍はあるだろう。残量から見て、これが最後の一撃になりそうだ。
ハルは空白地帯となった場所を黄色の魔力で埋めながら、ルナへ話しかける。
「攻撃可能な属性魔法は?」
「基本の四属性に、光と闇。あとは空ね」
「対属性の使えないやつが来たらバリアの外に防壁魔法を撃って」
「わかったわ」
魔法の属性には、地水火風の誰もが使える物以外にも、光や闇といったポイント消費で取れるもの、更に経験によって派生する上位の魔法がある。
それらは相関図を描き、互いに相性がある。相殺と吸収、そして無干渉。
基本属性以外の魔法を覚えているプレイヤーは殆ど居ない。よって、相殺されたのを見たならば、次はそれがやりにくい属性で来るはずだ。
「雷みたいだ。対属性が無いね」
「ハルさんも、無理なの?」
「うん」
「わたくしの魔法では、神々の魔法に干渉することは出来ません……」
正確には、ハルとアイリは対属性を使える。だがプレイヤーの魔法に干渉するルール効果の式を組む事が出来なかった。
正式な魔法でもって対抗せねば、干渉は発動しない。
「ただ、雷はルナの使える空と吸収関係にあるから、弱った所で押し返しちゃおう」
「ルナさんは何時覚えたのでしょうか」
「本当にね」
そうして、再び防壁と戦略魔法のせめぎ合いが始まった。
ルナが最大限コストをつぎ込んだ防壁を、ハルが強化する。相殺よりも効率が悪いようで、すぐに薄くなっていく。
『ルナ』
:張りなおす?
『ハル』
:いや、バリアに任せた方が良い。もう差し込む隙間が無いしね。
『ルナ』
:分かったわ。待機するわね。
急速に削れて行く城のバリアを、魔力を与えて回復させて雷撃に耐える。
各地に配置した目玉が周囲の魔力を吸収し、バリアへと回していく。国土全体が魔力タンクだ。これの過多が大きく開いている以上負けは無い。
せめぎ合いは非常に長く続いたが、次第に雷の威力は弱まってゆき、最後には強化されたルナの<空魔法>によって吸収され彼方へと消えて行った。
「やりました! ……いえ、まだ来ます!」
「こりないね。だがもう、そう威力は出せないはず」
敵の国土は残り少ない。消費された魔力は先ほどの比にならない程度に少なかった。
「ただ、今度は突破力重視みたいだ。引き絞った雷の矢みたいだね」
「一気にバリアを抜くつもりでしょうか。ルナさんの魔法で対抗は?」
「弱いと言っても戦略魔法だ。ちょっと厳しい。……カナリーちゃん」
「はいはーい」
「神剣貸して?」
「どうぞー」
これで本当に打ち止めだろう。最後は、ハルが直接出てカタを付けよう。
カナリーから神剣を借り受けると、窓から<飛行>する。
「ハルさん!」
目線を下げると、眼下に窓から大きく乗り出すアイリの姿が見える。
ぶんぶんと大きく手を振るその姿に励まされ、ハルは飛来する雷の矢へと突っ込んで行く。
城の中に視点を戻すと、カナリーが母親のように『危ないですよー』、と寄り添って行く様子が微笑ましかった。
「《ハル様、視点は敵魔法へと固定してください》」
「そうだね。油断はいけない」
黒曜に忠告されて、ハルは雷の魔法の解析へと意識を集中する。
その進路を、魔法の姿勢を制御する式へと狙いを定め、魔法の矢を真っ二つにするように神剣を走らせた。
二つに分かれたその雷は、自身と、その半身の放つ威力によって互いに反発し、制御を切り裂かれた魔法は再び直進する事を叶えなかった。
そのまま、城を遥か離れた地点へと着弾し、大爆発を起こす。
「……すごい威力。低コストの、その片割れの癖に」
「《爆発し、一気にエネルギーを開放したようです。城への着弾を防いだのは妥当な判断かと》」
流石に、これで本当に打ち止めのようだった。
ハルは空から、紫の国土が本拠地を残して全て飲み込まれる様子を眺める。
後は、更に増えた『侵食力』を使っての消化試合だろう。長かった対抗戦の終わり、ハルはそれを予感するのだった。




