第748話 暗躍計画の発表会
「キミは言ったね? 『何者にも縛られず、また一方的に力を行使できる自分たちこそ最強』というようなことを」
ガザニアの鉱山にて、彼がハルに語ったことだ。人気を得て、国をまたぎ、多くの者たちの協力を得てゆくハルの姿の躍進を逆に、『しがらみが多すぎる』と評したのがこのソロモンだ。
その主張にも、『おや?』、と違和感を感じた。
影に潜む組織として、別に変な主張ではないのだが、そうした視点を持っているということはプレイヤーではないか、そうハルに思われてしまう言葉だった。
他にも、他国のテレサを即時襲撃させる、つまりプレイヤー特有の遠隔通信を使っていたり、色々と怪しい点は多かった。
「あの場でも言ったけど、それもまた正しい。しかしこのゲームにおいては、その『強さ』には致命的な欠点がある」
「本人の強さ、すなわちステータスが伴わないことですね、お姉さま」
「そうだねアイリ」
「論ずるに値せぬな。我もローズも、多くの者に支持されているからこその、この強さよ! そのメリットを無視しデメリットだけを語られても、『正気か?』、としか返せぬわ」
そう、何かを得るためには、何かを失う。この生放送することに多大な価値のあるゲームにおいて、そこで失う物は非常に大きい。
隠密していては、人気が得られない。当然だ。誰の目にも映っていないのだから。
人気が得られなければ、視聴者からのポイントが入らない。それは、優勝争いからの脱落を意味していた。
「しかし、キミはその強さだ。<契約書>スキルを操るソロモン本人だとしか、考えられない」
「……何か、他にも成長アイテムなどがあるかも知れない」
「まあ、それも考えたけどね。僕自身も『生命の果実』なんかを手に入れた訳だし」
「そうだ。他にも食べることでステータスアップする食事が、あるかも知れない」
「ふむ? キミはそっちも、見つけた訳だ?」
「チッ……!」
図らずも面白い新事実を知ってしまったハルだ。別に誘導尋問ではない、これはソロモンの単純な自爆である。
視界の隅に映るファリア伯爵が、このやり取りを薄く笑うように楽しんでいることから見ても、そうしたアイテムの存在は確定と見ていいようだ。
「どうやら、ローズ侯爵閣下の方が一枚上手のようですよ? いかがでしょうか。閣下に、我らの活躍ぶりを語って差し上げるというのは」
「なぜ、オレがそんなことをしなければならない」
「このままでは、閣下に全ての計画を解き明かされてしまいます。それは、どうにも美しくない……」
「……高らかに野望を語ってこその、悪役という訳か」
別に、悪役である必要は特にないのだが、悪の矜持のようなものがあるのかも知れない。まあ、善人でもないのは確かだ。
ハルは黙って、ソロモンの野望に耳を傾けることにした。
ただ、しかし、その前にどうしても言っておきたい事が一つだけ。
「マスク取って放送つけなよ? きっとすごい勢いで、ポイント入るよ?」
「……拒否する」
どうやら、筋金入りの暗躍好きのようだった。
せっかくの美しい顔が、どうにも勿体ないと思ってしまうハルであった。
◇
「まずは、改めて名乗らせてもらおう。貴様の推理の通り、オレがソロモン。<契約書>の主、ソロモン本人だ」
生放送はつけないまでも、ここで彼は、フードを外し、顔の大半を覆い隠すマスクも脱ぎ捨てる。
それら仮面に隠されていた、美しい銀髪の少年の顔がハルの目にさらされる。
通常のキャラクター作成では作るのが難しい、平均値から外れた造形。それでいて美形。
その絶妙なバランスと希少性にハルの放送から見ている視聴者たちも沸きに沸いた。
《キャーーーー!!》
《かっこいいいいいいいいい!!》
《う、美しすぎる……》
《男の子? 女の子?》
《男でしょどう見ても》
《そんな、あれが、同じ男……?》
《男でもいい!》
《なに言ってんだ!》
《目線こっち投げて!!!!》
「ほら、大人気」
「チッ……、見世物ではないというのに……」
あえてマスクを外したにもかかわらず、腕で口元を覆ってしまった。舌打ちにも力がない。
そんな態度も、視聴者心理に火を付けるだけになってしまっているようだ。
……奥で観劇しているケイオスが、凄い渋い表情をしているので、ハルは裏から個別メッセージで注意を促しておく。
普段は、『モテないお調子者の男性』、としての自我を持っているケイオスだ。その部分が出てしまったらしい。
《魔王様、顔、顔。王者の余裕が感じられないよ》
《お、おう。しまった、つい》
《美少年に見とれちゃったかな?》
《なわけあるか! 嫉妬だってーの! なんだよ、カオひとつで女の子にキャーキャー言われてよぉ……!》
《そんなに羨ましいなら、ケイオスも美少年で始めればよかったのに……》
《出来るかっつーのぉー! オレだぜ、オレ? 無理無理むりのむり。ハルは?》
《僕も、普段の顔から変えると違和感あってね。今は、性別ごと違うから多少はマシなんだけど》
《だよな。オレもハルの顔の方が好きだ》
《それはどうも》
その後も、視聴者たちの黄色い歓声はしばらく鳴りやまず、見なければ済んだものをハルの放送を監視してしまっていたソロモンはその直撃を受けていた。
きっと、本人は名乗りの際の礼儀であったり、満を持して登場する悪役を演出したかったに違いない。
肝心なところで詰めが甘いのは、実年齢ゆえか。
「……フッ、オレの顔など、どうでもいいだろう。それよりも、ここで宣言しておいてやる、ローズ。このゲームの攻略に、リアルタイム配信など必要ない」
「ほう。大きく出たね?」
「いや、それどころか、投稿コンテンツとして、外部ユーザーの支持を得る発表をする必要など、一切ない。一人用のゲームとして遊び、普段通りにクリアする。そのついでに、賞金も手に入れてやるさ」
「うんうん。なかなか興味深い」
「真面目に聞け……!」
いや、真面目に聞いているハルだ。真面目に受け取られていないと感じるのは、ソロモン本人の心に、どこかで不安があるからに他ならない。
自分を信じられないから、他人にも信じてもらえていると思えないのだとハルは察する。
実際、彼のプレイスタイルは非常に興味深い。応援したい気持ちすらある。
多人数が遊ぶゲームにおいて、あえてソロプレイで楽しむ、という者は意外と多い。
普通に楽しんでいる者は、『最初から一人用ゲームをやればいいのに』、と思ってしまうだろうが、迷惑を掛けないならそれもまた自由だ。
ソロモンもまた、『もっとソロプレイヤーに配慮すべき』、などとは言わず可能な限り、いやむしろ普通のプレイヤー以上に楽しんでいる。
きっとこの美しい顔も、『他のプレイヤーにアピールする為』ではなく、『最高の自分を演出する為』に苦労して作り上げた物だろう。
「オレの能力、<契約書>はそれを可能にする。その力は、貴様も知ってのとおりだろう。この能力は、他人のポイントを奪う」
「うんうん。そしてキミの『レメゲトン』は、僕との共用クランとなった訳だ。これからも、<契約書>に従って共同事業を頑張って、共に高め合っていこう」
「チッ! 何が共同事業だ……! 今や完全に、貴様の所有物じゃないか……!」
「フッ……」
「こっ、のっ……」
《お姉さま煽るぅ~》
《悔しいでしょうねぇ》
《くやちいね、くやちいね、よちよち》
《そんな顔も可愛い》
《……男に可愛いが違和感ないってどうなん》
《実際悔しいだろ、普通に》
《巨大クラン乗っ取られた訳だから》
《ついでにクラン再起不能にもされてる》
《詐欺組織の末路》
《全団員ステータス1(笑)》
《でも、そのクランはもう使えないんだろ?》
そのコメントを皮切りに、視聴者たちの中で同意する内容が次々と流れ出す。
ハルに、クラン『レメゲトン』を己の<契約書>を逆手に取られる形で壊滅させられた彼だ。もはや、<契約書>を使ってのステータス強化は行えないのではないか?
そうした予測が飛び交うコメント欄を、ソロモンは嘲笑と共に否定した。
「愚かな。オレの切り札が、レメゲトンだけだと思うか? 確かにレメゲトンが再起不能にされたのは痛い。しかし、あの組織はその役割をほぼ終えていた」
「そうだね。事実、詐欺の噂が出回り、殆どのクランメンバーがログアウトしたまま戻って来てないのが僕が接触した時点での状況だった」
「……あの状況からでは、もはやこれ以上の展開は不可能。ハルお姉さまと接触したハーゲン氏がどれだけ頑張ろうと、一人では大した成果は得られないでしょうね」
「その通りだ」
ハルとアイリが指摘する問題点を、特に悔しがることもなくソロモンは肯定する。
現実の大金、要は日本円をはたいて雇用したと推測される『レメゲトン』。そんなコストの掛かった組織だ、普通ならばゲーム終了まで使い倒したいと思うだろう。
しかしソロモンは、あくまで先行投資、もう仕事は終えた物として、あっさりとそれを手放していた。
「詐欺の噂が出回り始めた時点で、もうレメゲトンは八割がた役目を終えていた。つまり、貴様が苦労して潰した結果残ったのは、オレへの大量の手数料という訳だ。フッ、感謝する」
「そうだね。代わりに僕も、不要となったレメゲトンを、『生きたポイント生成装置』として下取りできた。winwinの関係という奴だね」
「…………」
「これからも、互いに高め合っていこう」
「チッ……、二度と御免だ……」
《あっ、格付け済んだ》
《むしろ最初から勝負付いてたよ》
《煽り合いでローズ様に勝てると思うな!》
《それって良いことかぁ?(笑)》
《負けるよりはいい》
《ローズ様、負けず嫌いだもんね》
《年下と張り合っちゃうローズ様、すき》
《なかなかお似合い?》
《やめろ! カップリングしようとすんな!》
《でていけー!!》
《むしろお前がでていけー!》
《喧嘩する奴は両方お姉さまに排除されるよ?》
その通りだ。コメント欄の治安は保たれねばならない。
しかし、今回ばかりはハルも片方の肩を持ちたくなる。男性とくっつけられそうになるのは、ご勘弁願いたい。
「……それで、キミはクラン無き後、どうやってステータスを増やしていくつもりだったんだい?」
「フッ、企業秘密だ。と言いたいが、ここまで来た貴様に敬意を表して、特別に教えてやろう」
「おお、ツンデレなのです!」
「違う! ……オレの<契約書>は、別に詐欺にしか使えない訳ではない。むしろ、正当な取引を結ぶ際にこそその真価を発揮する」
その通りだろう。むしろ詐欺などは、効率が悪いにもほどがある。ハルがこの力を持っていたならば、大々的に放送に乗せて、全世界に『契約』を迫った。
影に潜むソロモンであるから故に、そうした詐欺のような手段を取るしかなかったのだ。
「オレはこのファリア伯爵と組んで、世界中に<契約書>付きのアイテムをバラ撒く」




