第746話 影に潜む者との再会
「ところで伯爵。僕の<解析>スキルが触れなければ発動不可能だというのは何故知っているのかな? 僕はこの家に来てからこのかた、<解析>の詳細について語ったはずはないんだけれどね?」
「ハハハハハ! よほど慌てていたようだな。常に余裕ぶっている貴様らしくもないミスだ」
「これは一本、取られましたね……」
犯人しか知らないはずの情報を、焦りのあまり自白してしまう。まるで、本当に探偵物のような成り行きに視聴者も沸く。
今までは<解析>を使ったただの答え合わせだったので、ハルとしてもようやく探偵らしいことが出来た気がする。
とはいえ満足感に浸ってばかりはいられない。未だ、<解析>結果はハルにしか理解できないのだ。まだギリギリ白を切り通せなくもない。
こういうとき、他プレイヤーやNPCにも『証拠』として提示が可能なミナミのユニークスキルが羨ましく思えた。
実際、ファリア伯爵も苦し紛れのように、そこを突こうとしてくる。
「……解せません。仮に、忍者のような精鋭が、先ほどの部屋に忍び込んだことは認めるとしましょう」
「ニンジャ? 伯爵、貴様いま、ニンジャと言ったか?」
「ケイオス。論点がズレる。そこは後で尋ねてくれ」
「う、うむ……、くっ、気になる……」
どうやらこの世界にも忍者が居るらしい。高ランクの<役割>だろうか?
ハルも気になるところだが、本題ではないのでそこの追及は後回しだ。
「続けさせていただきますよ? そのお仲間が部屋に残っていたとして、閣下ご自身がスキルを発動できることとは、繋がらないのでは……」
「ん? ああ、こっちは聞いてない?」
ハルは大げさな手ぶりで、いつものように<召喚魔法>で使い魔を呼び出す。
手のひらから飛び立った小鳥は、テーブルの上を、ちょこ、ちょこ、と小刻みにジャンプしながら移動して置かれていたグラスに着地した。
その小鳥の体にハルは<存在同調>で入り込むと、それを通じて<解析>を実行する。
「……ふむ? このグラスは、ガザニアの有名な工房製だね。この店は僕も知っている。アイリスの貴族の間でも、一級品として人気だったからね」
「それ故に、デモンストレーションとしては弱いのではないかハルよ? お前自身が目利きに長けていれば、<解析>などなくとも読み取れる」
「確かに。冴えてるねケイオス」
「もっとマイナーなそうな品を読み取るのだ!」
ケイオスの言う通りだった。もともと鑑定士というものは、<解析>などなくとも己の知識と経験で商品の出自とその価値を割り出す。
伯爵もそこを突こうとしていたようで、心なしか姿勢が前のめりだ。
彼の出鼻を挫いた形のケイオスは、逆に鼻高々に得意げである。
「ああ、これなんかいいね。この美しい細工の万年筆、これはキミ自身の手による作品だね、伯爵。いい仕事だ」
「……これは、ガザニアでふと立ち寄った古道具屋で何の気なしに購入した品にございます。見掛け倒しの、安物ですよ」
「またまた。キミ、『他人の』作品にケチを付けるようなタイプじゃないでしょ伯爵」
「…………」
《丁寧に矛盾をついていく》
《確かに悪口言わなそう》
《自分には厳しそう》
《それが仇になった!?》
《細かい所もよく見てるなぁ》
《流石はお姉さま》
《ここの記述は、どういった意図なのでしょうか》
《急に資料の出来に圧かけてくるのやめて?》
《重箱の隅をつついていくぅ!》
ハルが目を留めた次のアイテムは、部屋を飾る他の高級品とは何となく毛色の違った筆記用具。
それをカナリアの細い足で掴み上げ、そのまま<解析>してみると、結果はなかなか面白いものだった。
製作者は、『フランツ統括技術長』。先ほどハルが誘導をかけた、ファリア伯爵の本名と目される名であった。
これで、ハルの遠隔<解析>の真実味も彼に伝わったはずだ。ハルは続けて、もう一つ伯爵が疑問に思っているだろうことを先回りして実演披露してみせる。
「ユキ、悪いけど、部屋の端まで離れて行ってくれるかい? ルナはあっちの、逆側に」
「わかったわ?」
「あいさー、りょーかいハルちゃん」
「?? いったい何をなさるのですか、ローズ閣下……」
家族の中でも特に<体力>自慢で、護衛のようにハルの両脇に陣取っていたユキとルナの二人を自身から遠ざけるハルの行動に、ファリア伯爵は訝しむ。
ハルは構わず、二人にこの広い部屋の両端まで歩いて行ってもらった。
ふかふかの絨毯の上でも音が鳴るくらい元気に駆けるユキと、この場に似合ったお淑やかさを見せるルナの対比が面白い。
そうして二人が壁まで到達すると、ハルは今度は二人の体を通じて<召喚魔法>を発動する。当然、呼び出すのは小鳥の使い魔だ。
「……素晴らしい」
「その顔、何か商売に活用する方法でも思いついたかい伯爵? まあ、何にせよこれが、僕の<精霊魔法>だ。お仲間は、これの説明はしてなかったようだね」
「この秘密、私に明かしてもよろしかったのですか?」
「公開情報だ。構わないさ」
《いや公開言われても……》
《正直理解が追いついてない》
《つまりローズ様は他者の固有IDを知れる》
《お姉さまが近くに居ると、通話が掛かって来る》
《そういうスキル》
《ちなみに着信拒否不可》
《プライバシー(笑)》
《あー、IDに紐づけられた権限全て使える感じ?》
《だね。魔法発動はエーテル干渉と見れば》
少々複雑だが、要するに視聴者は<精霊魔法>を現実のエーテルネットになぞらえて理解したのだ。
事実、両者の振る舞いはよく似ている。
ナノマシン、『エーテル』の微粒子が体内に入り込むことで接続可能になるエーテルネット。同じように、ハルから発せられた『精霊』が体内に入り込むようにして<精霊魔法>は『感染』する。
一度体内に入れば例え距離が離れても『通話』が可能なのも同じで、相手の体を通じて魔法の発動が出来るのは、エーテルによる物質への干渉とも似ている。
まるで、ハルの為に用意されたスキルのようで少々気持ち悪さもあるが、便利なのは便利であった。使わずにはいられない。
ごく単純化して言えば、近くの人間の『電話番号』を強制的に知ることが可能なスキル。といったところか。
そんな<精霊魔法>と<召喚魔法>、そして<存在同調>の連携によって、ハルは遠隔地にも<解析>が発動が可能であることをファリア伯爵に実証したのであった。
◇
「さて、僕の犯行の手口は理解してくれたかな?」
「ハハハハハ! 探偵がいつの間にか犯人になっているではないか、ハルよ!」
「問題ない。被害者は脛に瑕持つ身。こちらが通報される心配はないよケイオス」
《悪党の台詞なんよ(笑)》
《超法規的措置だから!》
《積極的に法を破って行く判断んん!》
《法を作る側だからセーフ》
《余計にタチ悪くない!?》
《貴族だからな!》
《これが国家権力……》
まあ、確かにハルはアイリスにおける超法規的な捜査権を持ってはいるが、深く掘り下げて語ると、ここカゲツにおいてそれはない。
なので明らかに越権行為であり、あまりそこを突っ込んで話題にするのは墓穴を掘ることになるだろう。
だが、それでも伯爵はハルを意気揚々と断罪できない。この件は、決して外部に伝わって欲しくないからだ。
なのでハルは、こうして他人の家でも好き勝手に諜報活動に励めるのだった。
「……よく、分かりました。閣下のお力は。しかしその上で、お聞きしたい。全ての前提となる、閣下の隠密が当家に侵入していた、という部分。これを証明することは、可能ですか?」
「なるほど。まずその前提が、キミを揺さぶる為の妄言であると。本当はそんな力など、持っていないと」
「滅相もございません。しかし、姿の見えぬ影を前提にした話は、すんなりと頭に入ってこないもの……」
「こやつめ、まだはぐらかそうとするか。その意気やよし!」
ケイオスが変なところで感心しているが、きっとこれは違う。
伯爵の今の発言は、なんとか逃げ延びる為の苦し紛れの言ではない。恐らく、反撃の為の最後の“確認”だ。
ようやく、本当にようやく、慎重で腰の重い彼の協力者のプレイヤーが、動くことを決めてくれたようだ。
「……具体的には何人、あの部屋の中に?」
「三人だね。白銀、空木、メタちゃん。うちの自慢のおちびたちだよ。今は全員、締め出されてるけどね。そこは気に病まなくてもいい」
つまりは、ハルの周囲に、今このとき白銀たち<隠密>の護衛が固めていないかを確認しているのだ。
それが必要になる者は、同様に自身も潜伏系のスキルを有する者となる。
ようやく誘いに乗ってくれた。ハルはずっと、この展開を待っていたのだ。
伯爵を徹底的に追い詰めたのも、彼の宝物庫にいかにして侵入したのかを丁寧に実践したのもこの為。
更に言うならば、そのデモンストレーションの為にユキとルナを部屋の端まで遠ざけたのもその為。
ハルの周囲に<隠密>の護衛はおらず、また近接戦闘に優れる二人も離れた。
この不用心な状況を、『伯爵を論破するためにやっている』、と自然に印象付けたのだ。
「んー、幽霊を証明するようで難しいね。本当にミナミのスキルが欲しくなる。まあいいや。とりあえず、おちびたち、放送を点けてご挨拶しなさい」
「《はいです! 大おねーちゃん! 白銀たちは、みごとやってのけたです!》」
「《お仕事たっせいしました、大おねーちゃん。空木たちは言いつけどおりに、誰にもバレずに、入り込みました》」
「《……にゃ!》」
小さな三人組の、元気な声がモニターから響きわたる。
その放送画面の背景は、先ほどハルたちが案内された宝物庫。プレイヤーが相手ならば、そこで証明完了だ。
しかし、NPCである伯爵にはこの生放送の画面は認識できない。
「さて、どうしようか……、これを伯爵に認識してもらうには……」
ここで、ハルにしてはらしくなく、状況が行き詰ったように操作をモタつく。
本来ならばこんなもの一発だ。アイリスの首都でもやってみせたように、伯爵に<精霊魔法>を掛けて強制的に映像を共有させてしまえばいい。
その他にも、アイテム欄を通して宝物庫からこの場に装置を移動させてしまうなど、証明方法などいくらでもある。
あまりこの状況が長引くと、思いつかない事がマヌケっぽくなるので早くして欲しいハルだった。
……そんな、無防備にウィンドウモニターを操作しているハルの背後から、“ようやく”短剣が喉に突き刺さった。
「<隠密>のような気配遮断スキル、持っているプレイヤーが自分たちだけだと過信したな。それが、貴様の敗因だ」
きっちりハルの喉笛を切り裂いたその後で、勝利宣言をする声が、ハルの背後から聞こえてくるのだった。
◇
「まあ、負けてないんだけどね」
「何っ!?」
その声の主は、攻撃行動に移って現出してしまったその姿を、飛びのくようにハルから遠ざける。
そんな“彼”の見た目はハルの想像の通りの人物。初対面ではない。以前、ハルとも接触のあった人間だ。
「ああ、やっぱりプレイヤーだったんだね、キミ。ガザニアの鉱山以来だね、絶世の美青年くん。いや、名前も当てようか。キミが、『ソロモン』だね?」
「…………」
深くフードを被った先に覗く鋭い目線、さらりと流れる銀の髪。マスク越しにも見て取れるその美形。
彼は、ガザニアの鉱山地下で戦った謎の組織の一員。その正体は、NPCにあらずプレイヤーなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/4/1)




