第745話 明かされる伯爵の過去
「つまらん、何を言い出すかと思えば。論外だな。プレイヤーの入れ知恵で動いていると白状しているも同義ではないか。たわけが」
ハルが『乗ってもいい』と提案したファリア伯爵からの誘い、これを、ケイオスは一刀の下に切って捨てた。
彼女の言う通り、これは伯爵の罠。いや、言うなれば踏み絵か。
共犯者となるため自身の手の内を明かすならば、こちらの逃げ道を、『ログアウト・エスケープ』という反則じみた退路を塞いでからでないと安心できないということだ。
この対応を、NPCは普通してこない。彼らはプレイヤーが、突然ログアウト、ログインにより、この世界から消えたり出てきたりすることに疑問を抱かないからだ。
例え宿屋に泊まって何日出て来なかろうが、安否確認などされはしない。
遠くダンジョンまで旅立った<冒険者>が、何故か街の門からではなく宿屋から帰って来ても一切の疑問も抱かないのだ。
そこのシステムを考慮した罠を張るということは、それを知るプレイヤーの提案が裏であったと語っているに等しい。そう、ケイオスは言っているのだった。
「二十四時間の時を経れば、必然的にこの家にセーブ地点を登録せざるを得ない。そうした狡い考えが透けて見えるわ!」
「どうぞお怒りをお鎮めください、陛下。こちらとしてどうしても、ケイオス陛下やローズ侯爵閣下にご満足いただける取引の為には、準備に時間が掛かってしまうだけなのです」
伯爵も、まくしたてるケイオスの勢いに押されることなく、さらりと表情を変えぬまま言い放つ。このあたりも流石に慣れた対応だ。
普段から、貴族を含む様々な相手からの難癖を躱して契約を勝ち取ってきたのだろう。
そのあまりの堂々とした態度に、ケイオスも勢いを殺がれて、つい返す言葉に詰まってしまうようだった。
《なぁハル? 合ってるよな、オレの言ってるコト合ってるよな? こうまでしれっと言い返されると、不安になってくるわー》
《……裏で情けない声を出すな。君ね、今のは探偵が『犯人はお前だ』したのと変わらないんだよ? 自分の推理に自信もちなって》
《えー、だったらよー、ここは犯人が自白し始めるフェイズじゃないんかーいっ!》
《まあ、犯人側も普通はそこで素直に自白はしないよね……》
探偵ものの犯人は、往々にして素直すぎるのはその通りだ。
普通は、九割九分で黒確定だとしても、一分のところでまだグレーであるならば白を切り通すだろう。まあ、お約束という奴である。
「だったら、徹夜すればいいのに、ケイオスさ。僕はそうするつもりだったんだけど。キミも、二十四時間ログインし続けるくらい可能だろう?」
「しれっと異常なことを言うな! お前だけだ、そんなもの!」
「この子たちも全員可能だけど……」
「金持ちか! 金持ちだったな!!」
《ナチュラル貴族発言(笑)》
《24時間は無理(笑)》
《特別な機材が要るんよー》
《全員可能マジ?》
《マジもマ。多分実際に何度かやってる》
《さすがに24時間配信はしてないけどね》
《今度やってほしい》
《いやそれは俺らが無理……》
《平均アラート時間は四時間ちょっと》
《そういうデータあるよね》
本体、現実の肉体が意識不明状態になる都合上、そちらの体調が危険になると、ログアウトを促す警告が出る。
危険といっても、『トイレに行った方が良い』とか、『飲食をしたほうが良い』、『寝た方が良い』、といった当たり前のものだ。
しかし、人間である以上その当たり前のことは、生きて行く上で当たり前に必要な事であり、訓練でもなかなか鍛えられない。
ゲームの為に体調を最適化した(変な話だが現代ではそうした訓練法まである)プレイヤーであっても、通常の環境ではまる一日は物理的に不可能とされていた。
ハルたちが使っているような医療用のポッドがあるということは、ゲーム内課金に匹敵する経済的格差として表面化しているのだ。
「……フッ、取り乱したわ。我としたことが。無論、我とて睡眠など不要の超越者ではあるがな」
「やるじゃん。流石は魔王。その調子で二十四時間後までリスポン維持しながら頑張ろうか」
「やかましい! やらんと言っておろうが! 可能だが? 別に可能ではあるが? 我の時間の価値を侮るな! ただ何もせず一日拘束されるなど、世界にとっての損失よ!」
「……確かに。流石はケイオス陛下。その考え、このファリアも深く同意いたします」
「なぜそこで貴様が同意!?」
金持ち二人に振り回されっぱなしの魔王様である。
己の時間の価値について、自身の提案に反してしみじみ同意してしまうファリア伯爵なのだった。
その辺りでも、この提案が彼の発案ではないことが察せられる。
一つの取引で、一般人の一生分の賃金を軽く上回る額を動かすであろう大富豪、ファリア伯爵だ。
そんな彼の時間の価値、その一日は一般人の一生に匹敵するという考え方も出来てしまう。それを、噛みしめているのだろう。
「……まったく。茶番はもういいだろう、ハルよ。我は貴様らの回りくどい会話にはもう飽いたわ。さっさとこ奴に、お前の『推理』を突き付けてやれ、名探偵」
「そうだね。まあ、それもいいか」
「…………」
ハルとしては、このまま(徹夜して)伯爵の誘いに乗ってやるのも面白いかと思ったのだが、イベントが間延びしてしまうのもまた事実だ。
ケイオスが誘いを蹴った以上、このまま結論を引き延ばす意味もない。
ここは伯爵に、はっきりと『犯人はお前だ』と突き付けるとしよう。
◇
「さて、伯爵。キミに二三、聞きたいことがある」
「なんなりと。閣下のお気に召す回答が、出来ればよいのですが……」
「気に入るさ、どう答えようともね? 僕に隠し事が出来ると、思わない方が良い」
その出自ゆえに、人の考えを、嘘を見破るのが非常に得意なハルだ。表向きの顔を取り繕うことに優れる伯爵とて、例外ではない。
ゲームのNPCである以上、どうしても生身の人間のようにはいかない部分もあるが、読み取れることには変わりないと先ほど証明された。
そんな彼に対し、ハルは容赦なく切り込んで行くことにするのだった。
「では問おう。先ほどの倉庫に安置されていた装置類、あれの出所が何処か、全て詳細に答えられるかい?」
「……それは、少々お時間をいただかねば、難しいかも知れません。世界各地に彼らのアジトは点在しているため、詳細を全ては、記憶しておりませぬ故、記録を探さねば」
「そうか。記録が見つかったら、是非僕にも見せて貰いたいものだね。現地調査してみたい」
「…………」
もちろん、そんな記録など無いのだろう。これから作るとしても、ハルを相手にする以上一筋縄ではいかないと脅しをかけた。きっともう出てくることはあるまい。
例えば『アイリスの、ある田舎町から回収した』と記録をでっち上げたとして、ハルがそこに赴いて反面調査してしまえば簡単に嘘だとバレる。
自分で『世界各地』と言ってしまったことが裏目に出た。全世界で口裏を合わせることなど、到底無理なのだから。
「ほほう。ということはだハル。お前は、あれら装置が何処から運ばれて来たか、理解しているというのだな?」
「うん。分かっているよ。というか、『何処から来たか』はまだまだ問題の本質ではないんだケイオス。あれは元々、ここで作られた物だったんだ。作者はほかならぬ彼、伯爵さ。すごいね」
「ほほぉう?」
ケイオスの唇が、急にとても楽しそうに、にやり、と上へと持ち上がる。舌なめずりでもしそうなその表情は、恐ろしくも艶めかしい。
得物を見つけたとでもいうように身を乗り出し、その大きな胸が強調されるのも合わせて、とてもセクシーである。
「……なんと、実に突飛な発想ですね、閣下。私を高く評価していただけるのは嬉しく思いますが、そのような技術、私にはとても」
そんなケイオスの恐怖にも色香にも、伯爵は動揺を見せることなく受け流そうとする。証拠がなければ、ただのハルの妄想で通せると思っているのだろう。
実際、証拠はない。あるにはあるが、それはハル本人にしか分からぬことだった。
しかし、彼の反応を読み取るに、上手く隠してはいるがどうやら図星。
そしてそのことからは、更に連鎖的に導き出されるもう一つの事実が存在した。そのことを、ハルは間を置かず畳みかける。
「ああ、つまりキミのその名前、偽名だった訳だ。ファリア伯爵、いや、『フランツ総括技術長』さん?」
「…………っ!!」
「ふふっ、初めて顔色が変わったね? そういう顔を、僕は見てみたかった」
「……急に何を言い出しているのか、まったく分からん。……ではなく、ハルよ! そのままこの哀れな男に、真実を分かりやすく突き付けてやるのだ!」
《魔王様……(笑)》
《魔王語で『説明してローズさん!』》
《実際、我々にはありがたい》
《うん。さっぱりわからん》
《響き的に、ガザニアの役職?》
《っぽいね。多分、飛空艇の親方と同等》
《かなり凄い人じゃん!》
《いや、伯爵も凄いけどな?》
《しかもカゲツ最高位の富裕層》
《どんだけ肩書持ってんだ……》
ハルの発したその名前に、ここにきて初めて伯爵が大きく目を見開く。
その表情はまさに、それが真実であると『顔に書いてある』のだった。全く予期せぬ所からのハルの奇襲に、たまらず表情が動いてしまったというところだろう。
「その反応、肯定と取ってよさそうだね」
「……いやはや。知らない、名前ですね。恐らくはガザニアの方の名かと推測できますが、それが、どうかなさいましたでしょうか」
「苦しい」
「苦しいな。我でも分かる」
流れるように常に丁寧だった伯爵の言葉も詰まりがちだ。彼をここまで動揺させるのだ、そこには、余程の何かが隠されているに違いない。
「……とはいえ、僕はキミの過去には特に興味がないんだ。この名前が何を意味してるかも、まるで理解してない」
「それでは……、なにゆえ急に、そのような名前を……?」
「うん。さっきの倉庫に保管されてた装置を<解析>してみたところ、製作者は全てその名前だった。ちなみに製造元はこの建物だね」
「なっ……」
「つまり犯人は、この中に居るということだ。キミが普通に一番怪しいんで、カマをかけてみたという訳さ」
ハルの<解析>に嘘はつけない。誰が作ったか、何処で作ったか、いつ作ったか、全てが詳らかになる。
例え伯爵が過去を捨て、今は全くの他人としての人生を歩んでいたとしても、<解析>にはその『本名』が記載されるようだ。
「思わぬ収穫だったようだけど、そこは本当にどうでもいいんだ。心配しなくてもいいよ?」
「ハハハハハ! なかなか愉快そうな話になってきたではないか! さて、どうしたものか。お前が追及せずとも、我が追及してしまうかも知れないなぁ……」
「うわー、ケイオス、性格悪そうな顔してる」
「……お待ちください。一つ、不可解な点があります」
ケイオスとハルがじゃれ合いを始めようとすると、そんな茶番はどうでもいいというように、伯爵から待ったが掛かる。実に必死な様子だ。
実際、この茶番は本題ではないので、二人とも大人しく彼の言葉を聞くことにした。
「先ほど、私が装置をお目に掛けた際、貴女様は指一本たりとも装置には触れていないはずだ。そのスキルを、使う暇など無かったはず……」
その通りだ。確かに『先ほどは』触れていない。
しかし、それも単純な話だった。特にもったいぶることもないので、種明かしすることにしよう。
「簡単なことだよ。あの部屋には今も、僕の仲間が<隠密>して残っているってだけさ」
※誤字修正を行いました。「得意な得意なハルだ」→「得意なハルだ」。思わず二度言ってしまうほど得意だったのでしょう。(2023/5/28)




