第743話 ついに追い詰めた謎の組織
「んでんでんで? 結局どーなんハルちゃん? 伯爵サンは白なん? 信用できるん?」
「いや、真っ黒だろうね。そこは信用できる」
「やっぱし! マイナスの信用!」
ファリア伯爵の宝物庫、謎の装置を収めた保管庫を見学したハルたちは、なにやら所用があるらしい彼と一旦別れ、エレベーターホールにて案内してくれた女性に客間へ通された。
ここで伯爵の用事を待つかたわら、先ほど見た内容について仲間たちと精査する。
ユキの直感は、あの礼儀正しさの権化であるファリア伯爵の言葉に、怪しさを感じずにはいられないようだった。
「ユキは鋭いね。どうしてそう思った?」
「勘! あーゆー人間味のない奴って、本性出すとたいてい真っ黒だもん!」
《テンプレ(笑)》
《ユリちゃんはゲーマーだなぁ》
《ドス黒タイプいいよね》
《豹変するのすき》
《丁寧なまま迫ってくる方が好みかなぁ》
《静かに狂ってるタイプ?》
《狂ってるのは確定なんかーい》
《淡々と丁寧に企みを説明されたい》
《いや、急にダンディさをかなぐり捨てて欲しい》
《下品に笑いはじめるとなおよし》
「みんな、色々と好みがあるんだね」
「……どれも好意的なのが解せないわね。豹変したら、悪人でしょうに?」
「『悪のカリスマ』、という奴だな。この、我のように!」
「は? ケイオスちゃん冗談きついよー」
「口の減らないちびっ子だなホントこいつユキ! ガキ! おちび! ぺったんこ!」
「だめだよ~ケイオスちゃん。そこは、そのおっぱいと同じくらい無駄にでっかい度量を見せないと~」
以前からハルと共にケイオスとよく遊んでおり、彼女の『本性』をよく知っているユキが、ことさらにケイオスを弄る。
知人に『身バレ』するというのは、かくも恐ろしい。ハルの正体を知っている者は、こうして弄って来る者がおらず助かった。
……まあ、ゲーム内では弄ってこずとも、ログアウトした先でもそうであるとは限らないのだが。
ルナを筆頭に、女の子たちが最近は揃ってお屋敷での生活においても『ローズ』をやってほしいとせがんで来るのだ。
メイドさんまでもミスを装ってハルに『お嬢様』と呼びかけたりする。勘弁して欲しい。
いたずらっぽく笑う楽しそうな彼女たちの笑顔に、怒るに怒れないハルだった。
《ハル! ユキちゃんがイジメるんですけど! なんとかして! 付き合ってんでしょ!》
《え、やだよ。矛先が僕に向くもん》
《きぼうが! たたれた!》
《……まあ、このまま放置してても火の粉が僕に引火しないとも限らない。今もルナが話を僕の胸とどう絡めようか考えてるしね》
《お前も大変なんだな……》
裏で密かに被害者の会を結成しつつ、ハルはユキを落ち着けて状況の説明に戻る。
なだめるようにユキの体を優しく叩くと、それだけで彼女は接触に顔を赤くする。相変わらず、ゲーム内のユキは敏感だ。
そんな様子が、『調子に乗っていたお子様が憧れのお姉さんに窘められて大人しくなる』シチュエーションに見えたのか、コメント欄がまた別方向に盛り上がったがそれは努めて無視するハルであった。
「……さて、伯爵の話に戻ろう。彼の話には怪しい部分が多いが、中でも決定的に足りていない情報が一つある。そこが埋らない限り、彼を白と判定することはあり得ない」
「協力しているプレイヤーの存在、ですねハルお姉さま」
「そうだねアイリ。そもそも僕がここカゲツにやってきたのは、伯爵のようなNPCではなく、僕らと同じプレイヤーを追ってのことだ」
「ですねー。あの地下空洞での突然のNPCの態度の変貌。そこにはプレイヤーのシステム的な特権、遠隔通話があったというのがハルさんの推理でしたー」
カナリーの言う通り、ファリア伯爵と鉱山責任者の間には確実にプレイヤーが挟まっている。そうハルは推察している。
ハルが各国の外交官たちと『貿易』のやり取りをするように、システム上の利便性のため、重要NPCとは遠隔でやり取りする機能が備わっているようだ。
これは、例えば『通信魔法』のように世界観のうえで設定がある仕様ではなく、それをあからさまに無視したシステム優先の仕様であった。
わざわざ対象のNPCの元へと赴かねば取引もままならぬとあれば、特に<商人>系のプレイは細かい所が立ち行かない。
それを解消するための救済措置。それを、ある意味悪用しているのがハルの追っているプレイヤー、そして当のハル本人だった。
ハルもハルで、ミントの外交官、テレサのピンチを救う為に『貿易』とはなんら無関係の所でこの通信を利用している。
「そのプレイヤーの存在を隠してー、あたかも『全部自分の善意でやった』ように言ってる時点で、あの男は怪しさ大爆発なんですよねー」
「……しかし、カナリー様? そのプレイヤーさんですが、伯爵の手下の“正義のプレイヤーさん”ということは、ないのですか?」
「ないですねー。放送してませんものー」
「そっすね。いいすかアイリちゃん。このゲームで放送しないのは、主に悪人と商人っす! その理由は、両者とも作戦が事前にバレたら邪魔されちゃうからっすね。中でも、謎の組織系の情報を出してる悪人は皆無です。どういうことか、分かるっすか?」
「むむむむむ……!」
アイリがかわいらしい顔で真剣に、むむむ、と唸る。
ファリア伯爵を怪しいと察知するほど、政治的な駆け引きに強いアイリだが、ゲーム的な事情に関してはまだまだ不慣れなようだった。
《あーなるほど。そういうことね》
《分かった分かった。完全に理解したわ》
《俺もそうだとずっと思ってたんだよねー》
《……で、つまりどういうことだってばよ》
《わからん……》
《伯爵の下で正義を行使してるなら配信するってこと》
《明らかに支持される成果なんだからな》
《やらない理由がない》
《<商人>だって<盗賊>だって、成果報告はする》
《悪事だろうと、成功すれば盛り上がるしな》
《盛り上がればポイント貰える》
そういうことだ。普段は生放送をせず自分の行動を隠しがちな<商人>や<盗賊>たちだが、彼らだって自分の商売や犯罪行為が成功すればそれを発表する。
完全に視聴者の目に触れず、『ソロ』でこのゲームを攻略するのはとにかく厳しい。
ステータスを成長させる要因の大半は、視聴者による応援だ。それを得るため、<商人>は取引の達成後それを動画化して発表し、<盗賊>は犯罪の達成後に同じようにする。
それを行わない理由は無く、発表しないとすれば、それが計画がまだ中途である時だけだ。
「なるほど! わたくし、分かりました! 伯爵の言では、『この家で装置を安全に管理する』ことで全ての処置は終わっています!」
「なーるほど。私も理解した! つまり、もう計画は中途ではなくて、動画化して投稿してもなんも不都合はない状況ってことなんねー」
「アイリもユキも、正解だよ」
「ろんりが、繋がりました!」
「怪しいとは思ったけど、理由は分からんかったー」
《なぜ理由抜きで怪しいと思えるんだ(笑)》
《天性の感性》
《(幼)女の勘》
《サクラちゃんはゲーム慣れしてないんだね》
《英才教育はされてるっぽいけど》
《そのアンバランスさが素敵》
《ここでようやくお姉ちゃんと遊べたのかな》
《姉妹仲むつまじくて尊い……》
《このゲームがあってよかった》
アイリとユキが理解したように、この状況において成果を報告しない理由はない。
特にハルとの関りが深く、またハルですら追い詰めきれていない謎の組織と、ハルに先駆けてあれだけ接触しているのだ。
宝物部屋に並んだ謎の装置の数々、その数は、鉱山地下にあった物の総数のゆうに数倍はあると見ていいだろう。
つまりは、今回が初めての組織との接触ではないことになる。
「そんな中で成果を発表しない理由は非常に限られる。その中で最も可能性の高いものは、『まだ計画は中途である』ことだね」
「しかしー? 伯爵さまの言葉によれば、装置はここで保管するだけー。つまりはー?」
少しもったいぶって言葉を切ったハルの台詞を、カナリーが合いの手を入れるように補足してくれる。まさに阿吽の呼吸、本当によくできたパートナーだ。
そんな彼女にサポートされて、ハルはついにその事実を口に出す。ようやく、ここまで追い詰めた実感があった。
「つまりは、伯爵は謎の組織の一員であり、組織の内部には、所属しているプレイヤーが居るんだ」
◇
《な、なんだってーー!?》
《まあ、そうなるな》
《それ以外には考えにくい》
《発表しないのは、陰謀の途中だから!》
《完全論破》
《ついに辿り着いた!?》
《年貢の納め時か》
《追徴課税のお時間》
《伯爵『税金は納めてる』》
《そういう問題かー!!》
《あれ、でも、これ配信に乗せていいの?》
「そっすねー。相手がプレイヤーならば、こうして感づいたことを、確実に察知されちゃいます。敵もハル様の放送、きちんとチェックしてるでしょうからね。伯爵の奴も『用事』とやらでその方と今一緒にいるでしょうし、伝わっちゃいますよ?」
「分かってるよエメ。分かった上で、こうして喋ってる。『あなたが犯人です』ってね」
「“ちぇっくめいと”、なのですね!」
「ですねー。事実上の、宣戦布告ですー。ここからどう出てくるかが、楽しみですねー?」
数々の状況証拠による推理から、ファリア伯爵はハルたちを邪魔していただけでなく、謎の組織と繋がりがあることを突き付けたハル。
当然この内容は全体公開されて全てのプレイヤーのアクセス可能な情報となり、特に伯爵側に居るプレイヤーには確実に伝わるだろう。
ハルはこれを承知で放送内にてこの推理を披露し、相手に先制で揺さぶりをかけたのだ。
柔和な表情を崩さない、常人に真似できぬ落ち着きを見せるファリア伯爵とて、これを『知らされてしまった』以上、なんらかの反応が態度に出ざるを得ないだろう。
それを見逃すハルではない。これは、その反応という波紋を引き出すための、小石を投げ入れた状況だ。
「……だがハルよ、今の話、証拠はあるのか?」
そんな、ハルの活躍に場が盛り上がる雰囲気の中で、一人ケイオスだけが、煮え切らない表情で疑問を呈してきた。
「お前らしくもない。いや、お前らしさなど詳しく知らぬがな? 性急すぎるのではないか?」
「まあ、確かにね。今のはただの推理、予想に過ぎないね」
「であろう。もし我が敵であり、この推理を突き付けられたとしても、とぼける! とぼけて、とぼけて、とぼけ倒す! ……あの伯爵も、そうするのではないか?」
ケイオスの言うことも尤もだ。やり手の貴族との取引の中で生き抜いてきた彼なら、いかに状況証拠が揃っていても、ふてぶてしく切り抜けてみせるかも知れない。
そこは、ハルとて理解している。もし彼の無意識のサインから何かを読み取れたとしても、伯爵が認めねば逮捕などは出来まい。
しかしハルは、成功を確信し今回の『勝利宣言』を行っている。
何故ならば、この放送の真に突き付けるべきは伯爵ではなく、彼と協力関係にあるプレイヤーなのだから。




