第741話 自由貴族の流儀
貴族さながらの豪華な食事がふるまわれ、ケイオスを中心にその勢いに飲まれ相手のペースに陥っているが、ここに来た目的を忘れてはならない。
ハルは彼らの会話が止まった隙を見て、その本題を滑り込ませた。
「……さて伯爵。至上の美味を提供して貰ってる最中に、食事を不味くする話ですまないが、そろそろ商談に入らせてもらいたい」
「これは、大変に失礼を……、私どうも美食には目がなく、お客様と当家自慢のメニューを味わうのが何よりの楽しみなのです。どうか、ご容赦を……」
「いや、それは良いんだけどね。このまま食事が終わったら、何も話が進まぬままお開きになりそうだったからね」
「これは手厳しい。ですが確かに、食事に興じるあまり本来の要件を忘れて楽しんでしまうことも、覚えがあります」
要は彼からは決して話を切り出さない、ということだろう。
伯爵の堂々とした貴族の余裕、静かなる圧に負け、自分から仕掛けられない相手は商売を語る価値なし。言外にそう言っていた。
ハルが商談を言葉で切り出すと、ファリア伯爵は柔和な笑みはそのままに、眼光だけが一変して得物を狙う鋭いそれへと切り替わった。
《ひええええ……》
《迫力あるなぁ》
《威圧してこないけど、圧を感じる》
《強者の余裕》
《緊張する~》
《でもなんか、さほどでもない?》
《笑ってるからかな?》
《見慣れてるからだろ》
《普段ローズ様がこの圧出してる》
別に出してはいるつもりは無いハルだ。特にこのような『いやらしい』圧は。
確かに相手に圧力をかけることもあるハルだが、その時はもっと分かりやすく威圧する。今のファリア伯爵のように、一見穏やかな態度で微笑みつつ、ということはしない。はずだ。たぶん。
ある種の大人の色気を感じさせるそんな歴戦の振る舞いで構えながら、彼はじっと優雅にハルの言葉を待っていた。
「さて、シルヴァから話は聞いているだろうけど、僕は各国の影に潜む巨大な犯罪組織を追っている」
「なんと、お若い身の上ですのに、そのような大任を。このファリア、感服いたしました……」
非常に大げさに驚いてみせる伯爵だが、『知ってる癖に』、というツッコミは我慢するハルだ。
これが、貴族流の会話であり、交渉術なのだろう。ある意味、驚いてあげるのも礼儀なのだ。中にはこれで気分を良くする者だって居るだろう。
「……しかし、それは少々、危険ではございませんか? 貴女のような若くお美しいお嬢さんが、そのような」
「野蛮なことに首を突っ込むなんて、ってかい? 生憎、僕以上の適任などいなくてね。それに、正直なところ国がちょっと窮屈だった。国外で羽を伸ばしている部分もある」
「ははは、これはなんとも、お転婆なお姫様だ。しかし、お気持ち、なんとなく分かる気もします」
プレイヤーに年齢は関係なかろう、と思うのだが、伯爵はハルをしきりにお嬢さん扱いする。
もしや、彼と同様に成熟した大人のキャラクター造形であったり、厳つい男だったりすると貴族系の相手に交渉ボーナスが付いたりするのだろうか?
まあ、『お嬢さん』と言いつつ伯爵はハルを侮るような態度は見せず、非常に丁寧に、尊重した態度で扱っている。
これは、立場や出会い方が違えば、彼に心酔するプレイヤーも出ているかも知れない。
そのことは、コメント欄における視聴者たちの反応を見てもよく分かった。
《伯爵様、すてき……》
《こういうのなんていうんだろ、イケオジ?》
《ばか、『ダンディ』って言うんでしょ》
《喋り方がいちいちエロい》
《えろいゆうな》
《優しく、時に強引に迫られたい》
《助けてローズ様! コメ欄が変なの!》
《いつものことじゃね?》
《そうだけど、変のベクトルが違う》
……いつも変なのは認めないで欲しかった。
まあ、欲望の対象が女の子からおじ様に変わっただけなので、平常運転と言えなくもない。なので無視するハルだ。
「あの国は少々、しきたりが多く、私のような田舎者には肩身が狭い。なのでこうして私もカゲツへと逃げ出して、慎ましく暮らしている次第なのですよ」
「……どこが慎ましいというのだ。それは無理があるぞ、貴様」
「いえいえ、魔王陛下。貴女様や、ローズ侯爵閣下のような、ご自身の領地をお持ちの方々と比べれば。私の財など小さなもの……」
「領地を持っているからこそ分かるというのだ! 貴様が自由に動かせる私財、確実に我より多かろう! ええい、嫌味なヤツめ……!」
確かに領地運営をするにあたって、全体に流通しているゴールドの量は莫大になる。しかし、それらが全て領主の個人資産かというとそうは言えない。
領地のお金、ひいては国のお金。そこを差し引けば、領主個人の好きに使える資金など大して残らない。
そうしたしがらみの無い伯爵の個人資産が莫大なのは、この短いやり取りの中でもケイオスにも理解できたようだ。
「そうですね、では嫌味ついでに、いかがでしょうか? お食事が済みましたら、そんな田舎者のコレクションを、自慢させていただくというのは」
「くっ……、どこまでも我を愚弄するつもりか……! しかし、財宝には興味がある! よし、許す。貴様のコレクション、この我が鑑定してくれようぞ!」
「寛大なお心、痛み入ります」
《チョッローイッ!!》
《魔王様いいようにあしらわれてる(笑)》
《財宝大好きだもんね、仕方ないね》
《正直見てみたい》
《レアアイテムありそう》
《頼んだらくれるかな?》
《おじ様やさしいし、くれそう!》
《後々大変になりそー》
《伯爵様はそんなことしないって!》
いつの間にか、話題はファリア伯爵の財産自慢に。それがあまり嫌味を感じさせないのだから見事なものだ。ケイオスもしっかり乗せられている。
しかし、またこうして話題が逸らされてしまっているのは、いかがな物か。
正直、話術という観点においては、彼の話の運びはお世辞にも褒められたものではない。やや強引すぎる切り替えは、ともすれば『必死』とも受け取られるだろう。
しかし、それを補って余りある堂々とした態度、その振る舞いが、聞く者に無理矢理な方向転換を感じさせない。
ある種、伯爵の作り出す独特な雰囲気に、飲まれている、と言ってよかった。
「……ハルお姉さま。少々、本題から逸れているように思いますよ? わたくし、誤魔化されません」
「そうね? こういう婉曲な話題運びが、貴族特有のそれだとは分かるけれど、それでも少々、露骨すぎるわ?」
「なにか、後ろめたいことがおありなのですか? 伯爵?」
そんなファリア伯爵を主役とした舞台の空気に飲まれていない少女が二人。王女様のアイリと、お嬢様のルナ。
それこそ本場の貴族劇場で、こんなゲームではなく、命がけの欺瞞と妄念渦巻く政治闘争に巻き込まれてきた彼女らにとって、この程度はそれこそお遊びだろう。
当然、そんな『貴族らしい』お遊びに合わせつつ、然るべきところで反撃をくり出すことも可能だったろうが、遊びには遊びなりのテンポがある。
生放送に乗せての出し物としては、少々退屈が極まりないと判断したのだろう。
「……失礼。いけませんね。どうしても、皆さま方のような美しい姫君たちとの時間は、少しでも引き延ばしたくなる」
「うわっ、やっぱいちいちキザっすねぇ。効きませんよーわたしたちには!」
「私は別に良いですけどねー、ここの食べ物、確かに少々興味深いですしー」
《ルピナスちゃん……(笑)》
《くいしんぼうでかわいい!》
《やっぱり美味しいんだ》
《食べてみたいなー》
《技術的な話じゃない?》
《マイペースだなぁ》
……なお、アイリとルナ以外にも、この場の雰囲気に飲まれている者は居ないようだった。
神様二人には、人間の貴族が何を語ろうが何の関心も抱かないし、ユキも戦闘以外ははなからハルに任せきりだ。
結局、雰囲気に当てられていたのはハルとケイオスだけだったらしい。
二人、無言で顔を見合わせて、自分たちの感性が庶民なのだと思い知る。
そんなハルたちの心中をよそに、一行は場所を移し、今度こそ本題へと進んで行くのだった。
*
「どうぞ、こちらまで。よろしければ、ご一緒ください」
伯爵の後に続いて彼の屋敷の通路を進むハルたちの目に、壁に掛けられた数々の絵画が、次々と飛び込んで来る。
重厚な塗りで人物を描いた物が多く、それら一枚一枚が、また高級品なのだろうと察せられた。
そんな、『通路自体が宝物庫』と言えそうな高級な道中を経て、ハルたちは彼の自慢のコレクションとやらを収めた部屋へと向かってゆく。
「……ローズ侯爵閣下の追っているという組織、実のところ私にも心当たりがあります」
「へえ。いや、まあ不思議じゃあないか。伯爵の下には、例え寝ていても世界中のあらゆる情報が舞い込んで来るだろうしね」
「いえいえ、主に、世界の美食に関するものばかりですよ」
趣味であろう美食の話に、一瞬だけ柔和な笑みを取り戻すが、すぐに彼の表情は険しい物へと変わる。
この話を始めて以降、伯爵の顔つきからは穏やかさが消え、眉間にシワの寄りそうな厳しい表情へと変貌していた。
見ようによっては世にはびこる悪を憎む、正義感あふれる貴族の顔だ。
実際のところは、何を考えているのだろうか。
「閣下のご活躍のあった鉱山、無理矢理に買収したのはこの私に相違ありません。それもまた、私なりに彼らの悪事を追い咎める為」
そのように、重苦しい口調で語りながら、彼は一つの扉の前で足を止める。
そして自らの後に続いたハルたちが追いつき揃ったのを確認すると、仰々しくその宝物庫であろう扉に手を掛け、開いて行った。
「そしてこれが、その成果にございます」
その開かれた扉の内には、ハルたちが鉱山の地下で見たあの装置がずらりと、所狭しに安置されているのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/28)




