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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部4章 カゲツ編

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第740話 壮年の貴公子

「ようこそ我が家にお越しくださいました、お美しいお嬢様がた。わたくし、この家の当主を務めさせていただいている、ファリア伯爵と申します」

「伯爵?」

「おっと、これは失礼を。金で地位を買った、卑しい身の上にございます。お気にさわりましたら、どうかご容赦を、侯爵閣下……」

「いや、別に。確かにそういうこともあるよね。よろしく伯爵」


 迎えの女性に案内されたのは、シルヴァの屋敷とはガラリと風式の変わった洋風の家。

 まあ、『家』とはいっても巨大な塔の内部であるために、外観がどうなっているのかは分からないのだが。

 どちらも内装が非常に豪華である、という点だけは共通している。恐らく、こちらの方がお金が掛かっているのだろう。


 光源もむき出しのロウソクに変えたこの室内で、壇上(玄関を入ると大きな階段があった)から現れたのはこれまた洋風の、いや貴族風の紳士。

 アイリスで見かけたようなその姿の彼は、『風の』、ではなく実際に貴族であるらしい。


「すぐに、階下まで参りましょう。閣下を見下ろすなど、あってはならないこと」

「気にするなってば。アイリスじゃないんだ、ここは」

「おお、寛大な御心みこころ、このファリア、感服いたします」


 この階段、“必ず目上から登場する為に”設計されているのだろうか。

 初対面の瞬間から、『立場』を文字通り見せつけられている気がする。


 そんな中でアイリス貴族であるハルだけは、彼にとっての例外となる稀有けうな例のようだ。

 なまじアイリスでの貴族位を得てしまったせいで、アイリスの基準で彼より上位に位置する貴族が相手だと立場が逆転してしまう。


 もっとも、その言葉通りに完全に下手に出るつもりはないようで、彼が階段を下りる速度は非常に優雅でゆっくりとしたものであったが。


「お手を拝借はいしゃくしても、よろしいでしょうか?」

「握手かい? ああ、ひざまずいてキスをするのは止してくれよ」

「おっと、これは、ご不快にさせてしまう前に確認をしておいてよかった」

「別に不快ではないんだけどね」


《だめだよ!》

《不快になるよ!》

《ローズ様に吸いつくとか許さん!》

《吸いつくって……(笑)》

《その表現が不快だわ(笑)》

《えー、見たかったなー》

《ダンディーな紳士の跪くとこー》

《なんで。キモいよ》

《そりゃお前がやったらな》

《彼なら様になりそうだなぁ》


 階段を下りて間近に確認できるようになった彼の顔は、端的に表現するならば『ダンディーなイケメン』だ。

 プレイヤーを中心に、整った顔は珍しくないこの世界だが、彼のようなタイプはやはり珍しい。

 年齢のほどは四十代以上、どんなに低くとも三十代といった感じで、それでいて感じさせるのは『衰え』ではなく『落ち着き』が勝る。

 声も深みのある優雅な響きを伴っており、ちまたに溢れる若い美形にはない魅力が全身から発せられていた。


「さっきも言ったがアイリスじゃないんだ。爵位による序列は無しでいこう」

「承知いたしました、お嬢さん(マドモアゼル)。とはいえ序列なしでも、貴女には敬意を表したいところですがね」


 目を細めてにっこりと笑う伯爵。つまりそんなにキスしたかったのだろうか、勘弁してほしい。


 そんな彼のいちいち優雅な仕草に、視聴者の一部が色々と突き刺さってしまったようだ。

 黄色い歓声を上げているもの、逆に静かに呼吸困難に陥っているもの。反応は様々だ。


 ……中には感極まって、『もう無理死ぬ』、などと言っている者も出ているが、どうか視聴者の中から死者を出すのは止めていただきたいハルであった。


「……ならば何の為の爵位、何の為の序列か。平伏せぬというならば、今すぐその称号、捨て去ればよかろうに」

「これは手厳しい。確かに、魔王陛下の仰る通り。しかし、アイリスと取引を円滑に進める上で、この肩書はどうしても必要なもの。どうか、ご容赦のほどを……」

「くだらん。メリットだけを享受きょうじゅしようとする姿は信用がおけぬわ。ハル(ローズ)ハル(ローズ)だ、相手の弱みにはとことん付け込むがよいものを」

「あらら、魔王様のご機嫌そこねちゃったね」


 優雅に振る舞いつつも、腹の内では互いに主導権を取るための距離感を探りあうハルたちの会話に、常に一直線ストレートに全力な魔王様はご機嫌斜めだ。


 空気を、雰囲気をもの凄くぶち壊しているが、ハルがたしなめることはない。ケイオスのやりたいように進めればいいと思う。

 立場というならばケイオスも、ハルの部下ではなく、対等な立ち位置でこの場に参加しているのだから。


 とはいえ、ケイオスが不機嫌な本当の理由は恐らく彼の立場ではなく。


《どうしたケイオス。モテる男性キャラは嫌いか?》

《べべべべべっつにぃ!? 何にも思ってませんがー!? オレがやったら通報されたとか気にしてませんがー!?》

《通報されたのか……》

《ってか理不尽じゃね!? 顔の美しさなら、あの時のオレのキャラだって大差ねーじゃん! なにが違うってーのさ! まったくよー……》

《めっちゃ気にしてるじゃん》


 この通りであった。男性キャラでプレイしている普段のケイオスは、大の美少女好きで通っている。

 そんな彼が以前、女の子に跪いて手にキスをしようとした際には、結果は散々だったようだ。


 またつまらない事で嫉妬しているのだな、と心の中でため息をつくハルだが、一方でケイオスの言うことも一理あるというか、考えさせられる。

 普段の『顔☆素』だって、顔かたちは悪くない。プレイヤーとして当然のように整ってキャラメイクされた、十分にイケメンの部類だ。

 それなのに女の子の対応が天と地の差というのは、中々に面白い現象だ。


 何か『量産型のイケメンさ』では表現しきれない、隠れた要素ファクターが存在するのか。

 それともケイオスの行動からかもしだされる、容姿を覆いつくすほどの残念さが際立っているのか。恐らくは後者だ。


《考えるまでもないか……》

《なんか失礼な想像されてた気がするーっ!!》

《そもそもケイオス、あえて女の子遠ざけるような振る舞いしてるじゃん。それこそ受け入れなよ。『メリットだけを享受しようとするな』、だろ?》

《……なーんのことですかねぇ。メリットあった? 今までさぁ?》


 白を切るケイオスに、ハルもそれ以上追及しない。

 ゲームはあくまでゲームを楽しむものとして、決して恋愛関係に発展させないのがかのじょのスタイルだ。

 本来の性別を隠し男性としてプレイし、かといって女性ともそうした深い仲へとなる可能性を遠ざける。


 本当に、ゲームそれ自体を楽しむことを愛しているのだろう。その一貫性は尊敬に値する。

 ……それなのに、モテる他人の姿に嫉妬するとは不可解な話だが。人間の精神というのは、かくも複雑なものである。


 そんなハルたちの密談もつゆ知らず、ファリア伯爵は色気のある柔和にゅうわな笑みを絶やさずに、ハルたちを奥へと案内してくれるのだった。





「しかし、金持ちって奴はどうしてこう話をしようというのに物を食いたがるのだ。我にはそのあたり、理解できぬ」

「まあ、確かにそういうとこあるよね。最近はあまり気にしなくなってきたけど」

「そういえばお前も『そちら側』だったなハル(ローズ)ゥ!」


 伯爵に通されたのは、窓のあるフロアの非常に大きな部屋。

 その中に用意された、これまた非常に大きなテーブルにて、外の景色を楽しみながら会食となった。


 アイリと行動を共にするようになって以来、それが日常となったので気にすることはなくなったハルだが、確かに貴族はなにかにつけて食事をしがちだ。

 きっと様々な遠慮智謀えんりょちぼうを巡らすのに脳のカロリーを消費するのだろう。違うが。


「魔王陛下は、当家の食事はお口に合いませんでしたかな」

「……ふん。当然、合わぬ、と言いたいところだがな。流石にそこそこ“マシな”物を揃えている。そこは認めてやろうではないか」

「そういえば魔王って僕らより立場上なの? 下なの?」

「本当にマイペースだなハル(ローズ)は……」


 気になるのだから仕方ない。カゲツの国の有力者であり、アイリスの貴族としての地位すら持つ伯爵も、ケイオスのことを『陛下』と呼ぶ。

 これは半ば皮肉も混じっているのかも知れないが、そうした珍獣扱いだけで彼女かれをこの場に招き入れる男ではないはずだ。


 このイベントへの参加登録をする際に、参加には特殊な条件が存在するとウィンドウには記されていた。

 その条件とやらは詳細に明かされていなかったが、ハルの仲間たちでは登録が出来たのはハルと、最初から行動を共にしているアイリたちだけだった。


 他に参加できたのがこのケイオスのみ。後はクランのメンバーは全滅だ。

 アベル王子やシルフィードさえも条件を満たしていなかったことから、その内容はなかなかに厳しいものだったと思われる。


「我も各国を巡り様々な物を食してはおるがな、今この場で食っている物が最も美味いのは事実であろうよ」

「それは素晴らしい。陛下のお墨付きを頂けたということは、私の審美眼にも更なる自信が持てようというもの」

に乗るな。あくまで『マシ』程度だ」

「あー確かに、ずいぶんリッチな味するね。下界のジャンクっぽさが消えて、評価のしようがない味になってるとも言えるけど」

「ふん。お子様には駄菓子がお似合いよ」

「にゃにおう。分かってないなケイオスはー。一周回ってあれこそ価値ある味なんだぜぃ?」


 ゲーム内食品に一家言いっかげんある、ユキとケイオスにとっても伯爵家の食事はどれも評価に値する出来栄えのようだ。

 見れば、ルナもまたハルにしか分からない程度に表情を変えて感心しているらしい事が観察できた。


 未だ未発達な電脳世界における味覚の再現、それを、『高級料理』、としての差別化を図れる程度には、このゲームの運営陣は成し遂げていたらしい。

 普段からゲームに入り浸り、その内部の食事を語ることに定評のある二人には、この味は画期的なものらしい。


 とはいえ、やはりハルやアイリにとっては、『普段の食事と比べてまだまだ劣る』、という感覚を抱いてしまう程度ではあるのだが。


「いや、流石にあられる。私はこれでも美食家でして。自慢のようになってしまいますが、当家の食事はこの国で随一ずいいちと自負しております」

「なんだ自慢か? ああ、自慢だと言っていたな。続けるがいい。まあ、この程度自慢にならぬがな、ハハハハハ!」

「そこです」

「ハ! ……どこだ?」

「『この程度自慢にならぬ』、そう断言できる皆さまが、流石だと申しているのですよ。やはり、真の貴人は違う」


《いや、そりゃねえ?》

《ゲーム食って、いくら高級にしても》

《微妙だよねー……》

《どのくらい違うんだろう?》

《確かに食べてみたい》

《そうか? 割といけるけど》

《おまえ、味覚が……》

《それとも普段の食事か!?》

《おいたわしや……》

《まぁまぁ。好みはそれぞれ》

《ユリちゃんも好きみたいだしね》

《お嬢様はまた事情が違うだろ》

《『本物』を知ってるからこそ言える》


 これが、この食事の味が何か関係あるのだろうか? 

 視聴者たちの反応を見ても分かるように、『これより美味しい物を知っている』というのは、特に自慢にならない。

 確かにゲーム内ではマシな部類ではあるが、現実リアルに帰れば何も貴族でなくても、お金持ちでなくても簡単に美味しい物にはありつける。


 単なるお世辞の一環で、特に何も意味のない内容なのか、それともこのイベントを攻略するにあたり、何かヒントになる会話であるのか。

 そんなことをハルが考えていると、ようやく会話は食事の内容から離れ、本題へと入っていくようだった。


「さて、では食事の味にも合格が頂けて安心もしましたし、この機会に、更に交友を深めるといたしましょうか」


 伯爵が優雅に口をぬぐってそう告げる。ハルたちは食事を続けつつも、彼との今回の商談たいせんに入っていくのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。また、一部表現の修正を行いました。次話との整合性が取れていなかったため、伯爵から商談を切り出すセリフを修正。(2023/5/28)

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