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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第3章 アルベルト編

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第74話 特使

 時刻は夜というよりも、もはや明け方。リアルの時刻ではない。こちらの世界の、アイリにとっての夜だ。試合開始は正午だったが、二つの世界には時間のズレがある。

 彼女はハルと違って眠らなければならず、その間は完全に無防備になる。開始前に仮眠を済ませていたとはいえ、規則正しい生活を送っている彼女には少し辛い。

 眠る時は屋敷に戻ろう、と言ったが断られてしまった。自分が眠っている間、ハルが試合に参加出来なくなるのを避けたいようだ。


「気にしなくていいんだけどね」


 小声でひとりごち、すうすうと眠るアイリの髪を撫でる。眠っていながらも何か感じたのか、気持ちよさそうな吐息が漏れた。

 今居るのは城の地下、資材置き場の一角に小さな部屋を用意した地下室だ。ベッドがあるだけの簡易なものである。

 ハルとアイリは塔の中から地面を掘ってここに隠れ、今はログアウトしている風を装っていた。


 この場所であっても、ハルに出来る事は多い。残ってくれたアイリの為にもやれる事はやらなくてはならないだろう。


 地上の様子は、カナリーの目を借りて探る事が出来る。と言うよりも探り放題だ。自陣の中であれば、どこでも自由に視点移動が可能である。

 それを使い国境沿いをぐるりと監視し、侵入者を事前に察知し、ユキとソフィーに知らせる。


 そして二人の手が足りない時は、城の塔、その最上階に配置した目玉から、遠隔の魔法攻撃で狙撃を行う。

 <闇魔法>で塔を覆っているので、中の様子は分からない。

 視覚的に狙撃されている事が分かりやすいように、熱線の魔法を構築した。浮遊する目からビームの出る様をお見せ出来ないのが残念である。


 そんな状態が四時間ほど、アイリが起きるまで続くのだった。

 ハルが居ないと見るや攻めて来る相手は多かったが、ユキ達の奮闘もあり、なんとか乗り切る事が出来た。





「おはようアイリちゃん。よく眠れた?」

「はい! バッチリです!」

「何で戦場でぐっすり眠れるんだろうこの子は……」

「えへへ、ハルさんが傍にいましたので」


 一度屋敷に戻り、身支度を整えたアイリが皆と合流する。戦場においても惚気のろけを忘れない様子も流石だ。

 彼女の精神的な落ち着きは異常なレベルにある。唯一それが乱れるのはハルと接して恥ずかしがっている時くらいではないだろうか。

 アイリの心を乱せるのは自分だけである、という事に優越感を感じそうになったハルであるが、自分までも戦場でそんな事を言い出す訳にはいかない。気を引き締める。


「ハル君の落ち着きが移ったのかな?」

「私は隣の人が落ち着いてると逆にそわそわしちゃうな!」

「ソフィーちゃんも別方向で大物だよねぇ。ペースを乱されない」

「そそっかしいだけだよぉ」


 アイリが目覚め、襲撃もひとまず止んでいるので、今は城内に全員が集まっている。

 今度は交代で、ユキやソフィー達が休む番だろう。と、ハルは思うのだが、彼女らにその様子は見られない。このまま寝ずに続ける気のようだった。


「ハル君が居ないと襲撃増えるねやっぱ。私もナメられたものだ」

「ユキは普段から外に居るから、親しみがあるのよ」

謎感なぞかんが無いのですね!」

「なぞかん……」

「ラベルの無い缶詰かな?」


 謎な感覚が無い。理解出来ない事による恐怖が薄れるということだろう。ユキは基本的に格闘のみで戦っているので、『もしかしたら攻略できるかも』、という意識が沸きやすい事もありそうだ。

 実際にはそんな事はありえないのだが。来るのはそれも読めない者、つまり実力不足の者ばかりで、対処は容易だった。

 そんな中、厄介だった攻撃がひとつ。


「国境の外から、ほど近い採取ポイントに魔法で攻撃してくるのは参ったね。対処が難しい」

「一つは防げたのだけれど。一つは間に合わなかったわ」

「人手が足りないよねぇ、どうしても」

「これが僕らに対する最適解だ、とか思われても嫌だね」


 そのポイントは元々、敵チームの領土だった場所だ。侵略行為の報復として、ハルが逆進行をかけた場所。つまり、国境のすぐ近くになる。

 侵食が進めば、国境が押し上げられ遠ざかるが、それまでは至近距離。外から魔法攻撃で破壊されてしまった。


「いずれ、取られそうな場所は先に破壊しておく、みたいに成りかねない」

「焦土作戦ね?」

「いいんじゃない? 元々敵の土地だし。私らのリソースは増えないけど、敵のリソースは削れてるんだ」

「バリア魔法使えたらいいのにね!」


 銀素材で建築を続ければ、そういった物も解禁されていくかも知れない。敵陣への対処は出来ないが、自陣になった土地は守れるだろう。

 今は来た敵に対処しつつ、建築を進めていくしかなかった。





 向こうの世界も深夜が近づき、ルナがログアウトしていった。

 地上の城部分の建築の要の彼女だ。その不在は大きい。ハルでは彼女ほどのセンスは発揮できないのだ。


「どうしようアイリ、最大のピンチかも知れない……」

「大丈夫です! わたくしが付いています!」

「そうだね、やれる事からやろうか。出来てる部分に細かな装飾を付ければいいかな?」

「それでは、わたくしがお役に立てません……!」


 アイリは細かい手作業が苦手だった。魔法なら上手にこなしてみせるが、この建築はウィンドウ操作だ。アイリにはまだ不慣れだった。

 結局、ハルは装飾を、アイリはルナの残した設計図に沿って、大まかな形作りを担当する事になる。

 ハルと寄り添って作業するのを夢想していた彼女は、その想定を砕かれた事にしばらく落ち込んでいたが、作業自体はてきぱきとこなしていった。


「ハルさん、このお城はハルさんの世界のものなのでしょうか?」

「基本の建築様式はそうだね。でもそのままじゃないというか、複数の様式の良いとこ取りみたいな物かな」

「そうなのですね、通りでわたくしの知る城の様式も、一部入っていると思いました。きっとそれが、カナリー様の伝えたものなのでしょうね」


 最近はアイリもハル達と触れ合ううちに、自らの世界の文化が、ハルの世界からもたらされた物だと察しているようだ。

 それはどんな気分なのだろう。自らの心の拠り所となる、国の文化。それが誰かの借り物だった、そう知らされた気分は。

 アイリからは、特に悲観は見受けられない。むしろハル達と価値観を共有出来る事を喜んでいるようだった。神から与えられた、という大前提があるためだろうか。


「……例えばこの塔の形と、本城の形式は別の物だよ。モチーフの多くは、多分シャンボール城、なのかな?」

「ハルさんの国のお城ですか?」

「いいや。僕らの国の城は、雰囲気がガラッと違ってね。混ぜるにはセンスが問われそうだね」

「ルナさんなら出来ますね!」

「そうだね。ルナならやってくれる」


 本人が寝てるのを良いことに言いたい放題である。

 知られればきっと、いつも以上のジト目で不満を表現してくれるだろう。アイリとふたり、その事を話して笑いあう。

 そして何だかんだ付き合いの良いルナは、不満を言いながらも頑張って取り入れてくれそうだった。





 そうしてアイリと城を作ってゆく。この城は複数の様式の組み合わせである、という事実に興が乗ったアイリは、だんだんと違法建築に手を染めて行くようになった。

 どのくらい違法かというと、塔から塔が生えている。塔の高さが物足りなくなったアイリは、塔の窓に接続する形で次の塔を作り出した。

 ゲーマーの発想だ。ハルによる英才教育の賜物たまものだった。力学など、知ったことではなかった。


 そうして楽しそうにハルと建築にいそしむ姿が掲示板にアップされ、それに感化されたのか、襲撃は無くなって行った。

 一体誰の仕業なのかといえば、当然、ハルの自演である。匿名なのでやりたい放題だった。ただし、変に高機能なようで、嘘は書き込むことが出来ないようだ。

 だが、ハルには画像の撮影をカナリーの視点から行って、『第三者視点だよ』、と言い張る事が可能であった。嘘は言っていない。


「そろそろお客様が到着されますね」

「もうちょっと内装を丁寧に作りこみたかったね」

「仕方ありません。出来ていない部分は、ご案内しないようにしましょう……!」


 そんな中、ハルの領土へと堂々と侵入者があった。この城へ一直線に向かってくる。

 元々、立ち止まって領土を切り取ろうとしない者、資源を奪わずに通り抜けるだけの者には手出しはしていないハル達だが、特に今回は知り合いだ。警戒は一段下がる。


 城に、つまり本拠地に向かって来てくれる人間も居なかった。せっかく作ったものだ、誰かに見てもらいたいという気持ちもある。

 ハルとアイリは大急ぎで内装を整え、出迎えの準備をする。

 何とか一室と、そこへ向かうまでの通路は整えるのが間に合った。


「ハルさん、王女さん、こんにちはー」

「こんにちは! ぽてとさん、いらっしゃいませ」

「こんにちは、ぽてとさん」


 来訪者は小柄な少女、ぽてとだった。掲示板でよく見る顔だ。

 それ以外にも、早朝に誰も居ない時間、ギルドホームで建築をしていると何処からともなくやってくる、神出鬼没な子であった。

 掴みどころが無いが素直な性格で、ユーザー人気も高い。ハルにもよく服の作成を頼んで来ており、交流は多い方だ。今もハルの作った魔法使い風の衣装をまとっている。


「今日は遊びに来たの?」

「それもあるよ」

「では、他にもご用事が?」

「ぽてとはねー、とくしなんだ」


 特使、メッセンジャーなのだろう。誰かによって派遣されてきた。

 彼女のレーダー上の光点は紫。南に位置する紫色チームからと考えるのが妥当だが、彼女はそれ以外にも所属する集団がある。


「アベル王子の、えっと、ファンクラブでしょうか?」

「シルフィードから何か話があるのかな?」

「んーん、違うよ。リーダーは別チームなんだ。ぽてとチームからの、とくし」

「じゃがいも色か」

「あ、ぽてと、黄色を選べば良かったかも。紫だとサツマイモだ!」

「スイートぽてとさんですね?」

「それすてきだね王女さん」


 甘いものには目の無い彼女だ。スイートポテトと聞き顔が緩む。

 いつもお茶とお菓子を出してやると、とても喜ぶ。今日もそうしようとハルが言うと、顔を輝かせてトコトコと早足で先に進んで行ってしまった。

 進む先は、まだ装飾が済んでいない部屋の中である。


「何もなかったー」

「まいったね、どうも」

「不意打ちでした!」


 ハル達は、初の奇襲を許してしまうのだった。





「カナリーちゃん」

「はいはーい」

「おー。神様だ」


 ぽてとを部屋に、装飾の済んだ部屋へと案内するとカナリーを呼び出す。お茶やお菓子は屋敷から、メイドさんの作った物でなければ味気ない。

 初めて見るカナリーに、ぽてとは興味深そうにしていた。


「お茶とお茶菓子の用意できる?」

「おー、お茶ですかー、いいですねー。私も暇していたんですよねー」


 どうやら誰よりも自分が食べたかった神様が、すぐに用意をしてくれるようだ。お屋敷から“メイドさんごと”呼び出される。

 非常に面食らっていたメイドさんだが、彼女たちはプロ。主の姿にすぐに自らを取り戻すと、お茶の用意をしてくれる。

 少し気の毒だったが、考えようによってはアイリの無事を知らせる良い機会だろうか。


「どうぞ、ぽてとさん」

「わーい。いただきまーす」

「いただきますー」


 嬉しそうにお菓子をつまむ一人と一柱。しばらくぱくぱく食べるに任せていると、ぽてとが思い出したように話を始める。


「ぽてとのチームは宝石がたくさん取れるんだ。それを使って魔法陣を作ったんだよ」

「『儀式用魔方陣』って奴か」

「そうそれ」

「ハルさんが気にしていた物ですね。大規模な攻撃魔法が使えるのではないかと」

「使えるよー。それでね、この国を攻撃するんだって。ぽてとはそれを伝えに来たんだ」

「宣戦布告、ですか……」


 のんびりとしたぽてとの口調が緊張感を削ぐが、内容は物騒だった。

 知り合いである事も加えると、ぽてとを特使に選ぶ人選はなかなかだ。その人物、切れ者であるのだろう。


「えっとねー、『ハルさん! あなたの時代は今日ここまでです! これからはワタクシがこのゲームの主役となります。つきましてはその鏑矢かぶらやとして、黄色の本拠地に戦略級の魔法を打ち込ませていただきます!』、って言ってたー」

「ぽてとさん、記憶力が良いのですね!」

「鏑矢を直接打ち込んでくるのか……」

「そんでねそんでね、『砲撃は朝八時ちょうど。命が惜しくば本拠地からは離れておくことですわ!』、だってさー」

「良い人っぽい」

「お優しい方なのですね」


 恐らくはアイリを心配してくれたのだろう。無警告で打ち込む事も出来ただろうに、何となく人の良さが隠しきれていなかった。


「掲示板では見ないタイプの人だね。まだまだ色んな人が居るんだね」

「掲示板は苦手なんだってさー」


 そう聞いて、ハルはルナを思い浮かべる。彼女のようなお嬢様だろうか。口調もなんとなくそんな感じだ。

 また、シルフィードのような向こうの知り合いではあるまいな、と微妙に心配になってくる。


「あ、お手紙あるんだった」


 ぽてとから宣戦布告文書が渡される。

 先ほどのセリフを、三段階ほど固い言葉で装飾した内容だった。


「……あれを聞いた後だと微笑ましさしか浮かんでこない。誰かに清書してもらったんだろうなあ」

「本来はこれが最初に渡されるはずだったのでしょうね……」


 先ほど、ぽてとを特使に選んだ人物は切れ者だと評したが、間違いだった。ハルは己の浅慮せんりょを反省した。


 今は午前六時。猶予はあと二時間ほどだ。

 対抗戦の開催期間も既に半分を過ぎ、どこも決着へ向けて動き出しているようだ。

 今はハル達の黄色が、侵食力を上げて国土を広げておりリードしている。それを受けて、放置出来なくなったのだろう。

 このままリードを守りきれるかの正念場であった。

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