第739話 天上の御殿へ
誤字の報告、いつも助かっています。量産してしまっていて申し訳ありません。
そして、シルヴァに指定された時刻がやってくる。
ハルたちは皆でシルヴァの元に集まって、イベント開始準備完了の設定を行った。
お喋りなシルヴァもこの瞬間だけは大人しく、ころころと変わる表情もまるで動かさずにじっとしている。イベント待機状態なのだ。
感情豊かで、ほとんど人間と見紛うばかりであるこのゲームのNPCだが、こうしたふとした瞬間に、やはり人間ではないと思い知らされる。
しかし動いている時は人間そのものなのも事実であり、彼らの『生態』には、まだまだ謎が多い。
「我、到着! フハハ、どうやら間に合、ではない。ちと早く来すぎてしまったようだな! 我は待たされるのが嫌いなのだがな」
「来たねケイオス。見てたよ、ダンジョンで足止めされて、『これでは遅れてしまうではないかー!』、って焦ってるとこ」
「わわわわ我は焦ってなどいなーいっ!」
《魔王様りちぎ》
《こんな所でも試される魔王様》
《攻略自体は余裕だったのにね》
《向こうのイベントでも遅延が入ってた》
《最終的に力技で解決(笑)》
《でも、そうしないと永遠に待たされてた》
《完全に嫌がらせだったね》
ハルたちが休んでいる間も、ケイオスは単独で小規模なダンジョンの攻略に出向いていた。
そこは抗争を続ける武闘派組織の本拠地で、名目上は一応『会社』ということらしい。
その争い続ける両者を、魔王の力で説得し、見事争いを止めてみせた。
互いに因縁を付け続ける両者は笑顔で歴史的和解を収め、ケイオスはその両者の頂点に立ち、ダンジョンの経営権を手に入れたのだ。
しかし、余裕を持って攻略を完了し、『これならハルとの合流に間に合うな』、と喜ぶケイオスに更なる試練が襲う。
権利は手に入れたが、肝心の契約を交わす席に両組織の代表がやってこない。ボイコットだ。
この契約というのは、あの『契約書』とは違い、それその物にはシステム的な影響力はない。ダンジョンクリアの時点で権利はケイオスに備わった。
しかし、イベントとしてのそれをこなさぬままでは、今後のダンジョンの情勢に影響が出る。他の所と同様に、時間が経てば再び荒れてしまうだろう。
「待てど暮らせどやってこないのでな、我が直接奴らの元に出向き、首根っこを摑まえて調印の場に引っ張って行ったのよ!」
《待てど暮らせど……?》
《十分も経ってないけどね(笑)》
《魔王様はせっかち》
《彼女を待たせてる彼氏だった》
《待ち合わせに遅れちゃうもんね》
《むしろ門限に遅れる娘》
《そうでなくてもせっかちだけど(笑)》
「当然だろう。我の一分の価値は重い。その貴重な時間を損なった罪、奴らの命で贖ってもらわねばな」
「殺すな殺すな……」
実際、ケイオスはハルと違って容赦がない。敵対者は人間型NPCであろうと容赦なく殺害し、その名の通り魔王としての恐怖を振りまいている。
ハルと共に居る時は、ハルの顔を立てて大人しくしているが、もしハルが居なければ例の詐欺組織はまた違った結末を迎えていただろう。
先ほどのダンジョン攻略もそうだ。ケイオスがこの短期間で完全制圧を成し遂げたのは、その力による恐怖を活用したからこそ。
ハルのように誰も殺さぬやり方では、舐められてもっと時間を要していたかも知れない。
「でも危なかったじゃん。ハルちゃんの機転がなきゃ、間に合わなかったねケイオス」
「うっさいちびっ子! これはハルの起こしたイベントであろう。我を同席させたければ、ハルが手を尽くすのは当然! まあ、ひとまずは礼を言っておこう、よくやったぞ」
「うっわー、素直じゃないなー」
「やかましいというに! ナマイキなちびっこめが!」
ゲームにログインして再び小さくなったユキが、あちらでケイオスを心配していた様子をまるで感じさせない様子で彼女をからかう。
ユキはログアウト中の感情を、すっぱりとゲームには持ち込まない。それはスイッチを切り替えるように、もはや自己暗示のレベルを超えた彼女の性質だった。
さて、それはさておき『ハルの機転』とは何かというと、ケイオスを送迎した飛空艇を、彼女の攻略を待たずにここシルヴァの家まで帰還させておいたのだ。
帰りの足がなくなる、と普通ならなるところだが、今回の場合は条件が違う。船内の部屋は宿屋と同様に使用でき、つまりはそこから復活できるのだった。
それを利用し、ケイオスは攻略完了と同時にログアウトし、ワープするように移動時間を短縮してこの場に現れることが適ったのである。
「メイドさんたち、僕らがイベントを開始したら、今度は逆にこの塔から出航させておいて。別に、行き先はどこでもいいから」
「はい、お嬢様」「かしこまりました」「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
ハルが塔内に居るというのに、飛空艇を出発させておけとの指示にクランの仲間たちが不思議がる。
ケイオスは流石、気付いたようで何も言わなかった。そう、彼が先ほどやったのと同じことだ。
彼らを代表して、今も変わらずトレーニングを続けているワラビが両手を挙げて質問してきた。なお、その手には当然恐ろしく重いダンベルを握ったままである。
「ローズちゃん! どうして出発しちゃうの? 私達も、船に戻ってた方が良い?」
「いや? ワラビさんたちは、シルヴァの家で遊ぶなり、下の街に出て行くなり、自由に行動してていいよ」
「わかったの!」
会談に臨むのは、主要メンバーだけ。ハルの家族とケイオスだ。
その他の構成メンバーは自由行動だが、飛空艇が出航してしまうことに焦ったのだろう。これは、ハルの説明不足だった。
「ログアウトしたら空の上なのは、不便をかけるね。でも、もし会談が罠だった場合、どうしても必要な措置でね」
「そっかぁ。もし危険になっても、ログアウトすれば安全なお空の上に出て来れるもんねぇ」
「そういうこと。何処か行きたいところがあったら、メイドさんに言って送ってもらって」
「ん-、だいじょうぶ! 戻ったら、船でリメルダちゃんと一緒にトレーニングする!」
「ほ、ほどほどに……」
ガザニアの鉱山で捕虜として捕えた、謎の組織の構成員少女リメルダ。
彼女はワラビのお気に入りで、暇なときは一緒にトレーニングをしているようだ。なお、ワラビはもちろん暇でなくともトレーニングしている。
《リメルダちゃんまた引き笑いするな(笑)》
《ああ、今日も地獄の訓練が始まるんだぁ》
《『今日もがんばろうねリメルダちゃん!』》
《無垢な笑顔が怖い》
《あれが最新の拷問か》
《情報吐いちゃうよね……》
《言うからトレーニングは嫌ぁ!》
「わ、私リメルダちゃんをイジメてないよ!? ほ、ホントなの! リメルダちゃんも、楽しいっていってくれるもん!」
「まあ、捕虜生活の気を紛らわすのには良いのは確かだと思うよ。ほどほどにね」
「わかったの! よーし、がんばるぞー!」
……本当に分かってくれただろうか?
このままワラビに任せていたら、そのうちリメルダの均整のとれた体がムキムキに強化され、筋力だけで拘束を突破されたりしないだろうか。
そんな、馬鹿なことを考えつつも、退路の確保も完了したハルは、改めてイベント開始時間を待つのであった。
◇
「ふむ、揃っておるようじゃの? 時間通りじゃ、感心感心」
イベント開始時間となり、人形が急に魂を宿したように動き出したように起動する、待機状態だったシルヴァ。
彼女の言葉と共にイベント参加用のウィンドウは締め切られ、その姿を消した。クエストスタートである。
「結局お主も参加するのじゃ? 条件を満たしてはおるゆえ、止めはせぬが」
「ハハハハハ! 残念だったな! 邪魔されると、逆に見て見たくなるものよ。我をのけものにしようとしたこと、後悔させてやろうぞ!」
「別に、のけものにしようとした訳ではないのだがの。くれぐれも、ローズの邪魔はせぬようにな」
「フハハ、それは相手次第よ」
「やれやれなのじゃ」
《なあハル! オレ行って平気!? ホントに平気かこれ!? 明らかに『行くな』ってオーラ出てんじゃん! 従った方がよくね!?》
なお、自身たっぷりに構えている魔王様だが、その心中はご覧の通りなのであった。
《そもそもオレ無関係だしさー。あんま世話になりっぱなしもアレだから、ここらでお暇しようと思ってたんだけど》
《うろたえるなケイオス。何を弱気になってるんだか。利用できるだけ利用すればいいじゃん、僕のこと》
《だってよぉ。なーんかそれじゃ、『自力で優勝した!』って気がしないっつーか……》
これは、やはりユキが言うように、相当ハルのことを意識しているらしい。
ライバルであるハルを乗り越えるために、そのハル当人の力を借りていては意味がない、ということか。
気にすることはない、むしろライバルであるほど利用すべきだ、とハルは思うのだが。しかしそれも、『出来る者の理屈』、『強者の理論』、になってしまうのかも知れない。
《それに、言ってしまえば今回は、『行くな』という雰囲気が出てたからこそ、キミを参加させたところがある》
《ほー。オレが適当に言ったこと、合ってたんだ。で、それってつまり?》
《ケイオスには利益どころか、何か凄いデメリットがあるかも知れないね》
《はぁ!? ふざけんなハルゥ! オレを利用したってことぉ!?》
《そういうことになる。いいじゃないか、互いに有益なところは利用し合おう》
《お前が良いトコどりする未来しか見えないんですけどー!?》
裏でぎゃあぎゃあと騒がしいケイオスをポーカーフェイスで受け流しつつ、ハルたちはシルヴァに案内され邸内を進んで行く。
お祭りの縁日のごとく賑わう下階とは真逆に、しん、と静まり返った上階の通路へと案内される。
塔の中心へ向け、窓のまるで無く、昼なお暗い通路を進む。
壁掛けの灯篭だけが不気味に照らす通路はまるでダンジョンの一角。そのおどろおどろしさに、脳内に響いていたケイオスの個別メッセージも鳴りを潜めた。
そんな和風の通路を抜けると、その先はうって変わって、まるで装飾のない無機質な作り。
ある意味こうした巨大建造物のあるべき姿といったところか、コンクリートのような無骨な建材がむき出しになった簡素な空間に一行は出てくるのだった。
中央に太く巨大な一本柱の通ったここは、塔の中心部だろうか。
先ほどの通路とは違い、このエリアは照明が明るく全体を照らしていた。この明るさは、今は数を減らした『電灯』に近い。
「むう……、相変わらずここは明るすぎて好かん……」
「あれ、ここはシルばーちゃんの住みかじゃないの?」
「『住みか』言うでないユリ坊。ワシはこんな趣味悪く作らぬて。ここからは、ある意味誰の家でもない。この塔の、共有の部分よ」
「ふーん。一階のエントランスの、エレベーターホールと一緒かぁ」
「用途は同じじゃの」
ハルも少しだけ顔を出した、一階のエントランスホール。数多くのエレベータの入口が顔を連ねたあの場と同じように、ここにもそれらしき入口が並んでいる。
とはいえそれほど数はなく、しかも全てが『上り』専用のようだ。
これより更に上階の、超お金持ちエリアへ向かう為の専用ホールといったところだろう。
そのエレベータの一つに、案内役らしき女性NPCがついていた。
女性が待機しているのは一つだけ。行き先が分かりやすいが、それ以外のエレベータはどうするのだろうか。
ハルのその疑問を読んだかのように、シルヴァが状況を説明してくれた。
「あ奴がワシに変わってこの先案内してくれるのじゃ。はぐれるなよ? 案内がおらねば、扉はどこも開かぬのじゃ!」
つまり、このエレベータ一つ使うにも、その先の持ち主の許可が居るということだろう。ずいぶんなセキュリティだ。
そんな厳重な警備をされた『家』へと、ハルたちは乗り込んで行くのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
ルビの追加を行いました。(2023/5/28)




