第737話 そして互いの道は分かれるか?
巨大な廃工場ダンジョンを制圧したハルは、その後はいくらかの使い魔を置いて皆とカゲツの首都へ、シルヴァの住居のある塔の上層へと戻っていった。
魔王ケイオスの大暴れによって崩壊した工場の修理は後回しにし、クランメンバーの騎士たちには瓦礫の後片付けだけ手伝ってもらう。
残る修繕工事は、ハルが裏で行うこととなった。
天空の塔の横腹から、直接乗り入れるようにして飛空艇はシルヴァ邸の庭に停泊する。
ハルとケイオスたちは船から降りると、再びシルヴァの客人として世話になるのであった。
「よう戻った。あわや野垂れ死んだかと思ったのじゃ。心配したぞ」
「それはすまないねシルヴァ。手早く片付けたはずなんだけど。というか心配してくれたんだ」
「おうさ。ヌシのサイフをじゃがのう! けけけっ」
「だと思ったよ。心温まる歓迎ありがとう」
軽口を叩きあいながら、ハルはシルヴァに勧められるままに席につく。ケイオスも当然のような顔をして、我が物顔で近くに腰を下ろした。
「その様子だと、どうやら無事に工場を手に入れられたようじゃの」
「まあ、つつがなく。というか『その様子』って? 僕もケイオスも、もしかしたら失敗しても素知らぬ顔でケロっとしてるだけかもよ?」
「当然だな。我らの覇道に、失敗など存在しない。例えダンジョンを手に入れられなかったとしても、それは将来に向けた秘策の一部よ。フハハ!」
「カカっ! 無理があるのじゃ、無理があるのじゃ。お主らがいかに取り繕おうと、部下たちの晴れ晴れとした顔は偽れぬ」
確かに、ダンジョンを初めて皆で攻略成功した喜びに、奥に見えるクランの仲間たちの表情は喜びに湧いている。
そういった細かなところまで、目ざとく観察しているのは流石はシルヴァといったところか。伊達に、商業の国において有力者をやってはいない。
「しかし、よくあの呪われた地を取り返せたのう。あの工場は国の端ギリギリに建ててしまったせいで補給線の構築が難しく、誰も亡霊退治に征けず完全に放置されていたのじゃ」
「おい経済国家」
「そんな杜撰な経営計画でやっていけるのかぁ? 我でも、もう少しは慎重になるわ」
「やっていけたのじゃ! 亡霊騒ぎなんぞ起こらねばの! 事実、生きた魔物どもはおらなんだろう?」
「まあ、確かに」
モンスターに対する対策はばっちりだったが、幽霊があんなに出るのは想定外だった。ということだろうか。
確かに飛空艇に対空砲火を浴びせてきたり、工場自体が外敵への対抗策を備えていたようにも見える。
「不慮の事態を嘆いていても仕方ないのじゃ。一つの事業を失敗しようと、他の一つを当ててしまえば全体としては成功よ」
「経営者とは案外ドライなのだな。我らなら、全て当てねば満足せぬわ。なあハルよ」
「そうだね。ところで、あの工場の元の持ち主ってシルヴァだったりする?」
なんとなく、ずいぶんと廃工場の事情について詳しい雰囲気が伝わって来る。
ハルが追及するが、そのことに関しては結局シルヴァは関与を認めずはぐらかして通した。
ハルの力でもまだ正確には読み取れない。この辺は、やはり子供の姿でも年の功が感じられる。食えない老人である。
「それより、お主らこれからどないするのじゃ? あの工場を復旧させて、本格的に商売を始めるかの?」
「いや、復旧は行っていくけど、本格稼働は追い追いかな。今はそれより、他のダンジョンも制圧を進めていきたい」
「その通りよ! 『ダンジョンの完全制圧』が知れ渡った今、他のプレイヤーもすぐに動き出すであろう! 奴らに遅れを取らぬよう、我らが全てのダンジョンを支配するのだ!」
ケイオスの言う通りだ。今までは、制圧後もモンスターが懲りずに湧き出すのが当たり前だったカゲツのダンジョン経営。
しかしハルたちによって、やり方によっては完全にモンスターの出現を抑え込めるということが証明された。
これにより、今まで『微妙』という評価でしかなかったダンジョンの経営権の取得に熱が入り、皆が完全制圧を目指して奮闘するだろう。
そこには戦闘の苦手なカゲツのプレイヤーだけでなく、腕自慢の他国の者達も参入するはずだ。
そうなれば時間との勝負であり、どれだけ早く、一つでも多く、ダンジョンの経営権を手中に収められるかが勝負となるだろう。
「ハハハハハ! そうだぞ、こうしてはおられぬわ! ハルよ、すぐに次なるダンジョンへと向かうとするか!」
「落ち着きなよケイオス。考えるべきは僕らだけの事情じゃないんだ。クランのみんなは、再行動できる人ばっかりじゃない。今日はここまでにしよう」
「ぬるいぞハル! だとしても、我とお前だけで行くべきだ。我らが休んでいようと、他のプレイヤーは待ってはくれん!」
先ほどの戦闘の高揚が残ったままなのか、ケイオスが熱く主張を飛ばす。
ハルとケイオス、そしてユキや他にもトッププレイヤーの仲間たち。それらの集まりで遊んでいた時は、システムの警告により強制ログアウトされるまで、休む間もなく遊び続けていたものだ。
久しぶりにハルと行動を共にして、その時を思い出しているという部分もあるのだろう。
だが、今ハルは大規模なクランを率いるリーダーだ。ケイオスには悪いが、他の皆の疲労を無視して強行軍をかけることは出来なかった。
「駄目だよケイオス、無理は出来ない。無理をすれば歪みが出る。あの工場みたいにね」
「そうじゃぞ、若いの。それに、ローズにはワシとの先約がある。物件の支配に行きたくば、お主一人で行くのだな」
「は?」
「はい?」
ここで突然、シルヴァが話に割って入ってきた。ケイオスだけでなく、これにはハルも面食らう。先ほどハルたちに今後の予定を聞いておきながら、これはどうした了見だろうか。
二人は言葉に詰まりつつも、シルヴァの台詞の続きを待つのだった。
◇
「先だってローズより依頼されていた件、先ほど準備が整った。ガザニアの鉱山の利権を抑えたある商家との、交渉の準備が出来ている。ローズには、そこに顔を出してもらわねばならん」
「……シルヴァ、そういう大切なことは先に言いなよ。今後の僕の予定とか、聞く必要なかったでしょ?」
「はて。それでも決めるのはローズじゃからの? どうしてもそちらを優先したいというならば、その意思は尊重せねばならんのじゃ」
「また、いけしゃあしゃあと……」
何故こんな意地の悪い会話の運び方をしたのか。それは恐らく、ケイオスをその場に同席させない為だろう。
ダンジョン攻略に乗り気であるケイオスから『攻略に行きたい』という言質を引き出し、その後になって改めて話を切り出す。
それによって、『お前はダンジョンへ行くといい』、という話の流れを作り出し、ケイオスを自然に排除することが出来るのだ。なんとも意地の悪い。
「ほれ、選ぶのはお主じゃ。ローズがどうしても新たな商売を優先したいというならば、それもまた立派な選択。止めることはしないのじゃ」
「……いや、そもそもこの国に来た目的がそれだからね。そっちを優先するよ」
ハルも久々にかつての友人と肩を並べて遊び、少々失念しそうになっていた。
ここカゲツの国へと飛んだ目的は、元はといえば謎の組織を追ってのこと。彼らの潜伏していた鉱山を、管理組合ごと買収したプレイヤーを、シルヴァに調べてもらっていたのだ。
プレイヤーたちを騒がす詐欺組織で遊んだのも、ケイオスと共にダンジョン支配に出向いたのも、そちらの準備に時間が掛かっていたからに他ならなかった。
その準備が整ったというならば、遊びは終わりにして、本来の目的に集中すべきだろう。
「……しかし、ずいぶんと時間が掛かったね。シルヴァならすぐだと思ったのに」
「かーっ! 苦労したのじゃぞ!? もっと老体を労わらぬか! これでも、めっちゃ苦労したのじゃ!」
「いや、話持ちかけた時、『二秒でセッティングしてやるのじゃ!』、って言ったのシルヴァでしょ?」
「老体というには、その体は幼すぎるな! ハハハハハ!」
「むきーっ!!」
歯を食いしばり、地団駄を踏む姿は分別の付かぬ子供そのもの。
しかしこんな形でも、巨大な影響力を持つ優秀な商人であることは紛れもない事実。そのシルヴァが、ここまで苦労した理由は純粋にハルも気にかかる。
「……相手がの、思った以上に大物だったのじゃ。ローズの話では、新鋭の<商人>じゃろうという推測じゃったが、蓋を開けて見れば顔を出したのは怪物よ」
「へえ、怪物」
「つーことは、バアさんよりも立場が上なんだな」
「左様じゃ。いや! 立場はワシが上のはずじゃ! なにせ、外交を任されておるからの! えらいのじゃ!」
「でも所有資産は相手が上、と」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
どうやら、それに関しては認めざるを得ないようだ。外交官としての地位を持っていても、ここカゲツにおいては資産額こそが真の立場を決める。お金持ちほど偉いのだ。
つまりは、ここよりも上層、塔の最上層に居を構える天上人に違いない。
相手はプレイヤーだと確信したが、見誤ったか。
それとも、そのような有力者と既に知己を作ることに成功したプレイヤーが存在するのか。
「ゆめゆめ、気を付けるのじゃぞ。いかにローズといえど、飲まれんとは限らぬからの」
普段は飄々としているシルヴァが、いつになく真剣な表情で念押しをしてくる。それほど危険な相手なのか。
ハルは知らず隣に座るケイオスと顔を見合わせ、そのまだ見ぬ大金持ちへの警戒を強めるのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/28)




