第736話 近づいて近づけなくて
ケイオスがアイテム欄から取り出し装備したのは、魔王たるその身に似つかわしくない神聖な剣。
それを空中で強引に姿勢を整えながら掲げると、不思議なことにその場でケイオスの身体は、ふわり、と重力に逆らってその場で静止し、剣を構える為の姿勢を整えた。
おそらく、何らかのスキルを使ったことにより強制的に体を発動位置に固定しているのだ。
正しい姿勢で剣を振るう、威厳ある姿を見せつけることまで含めて、固有のスキルエフェクト。ボス敵にありがちな仕様は、『魔王』に相応しいともいえる。
「《貴様如きに使う技ではないが、特別に見せてやろう。天をも統べる、我が魔王の真なる力を!》」
《新技!?》
《見たことないポーズだ!》
《いつの間に!》
《技を温存する余裕があっただと!?》
《いつもギリギリ限界魔王様かと》
《隠し玉を持ってたのか!》
《発動する余裕がなかっただけだったり》
《ありえる(笑)》
《こんな余裕ポーズ取れる戦い無かったし》
「《やかましいわぁー! これは来たるべきハルとの戦いの為に、切り札として備えておいたのだ! 協力の礼に、今特別に見せてやるのだ!》」
「へー、いずれは僕と戦うつもりだったんだ」
「《……別に、お前だけではないぞ。狂戦士のソフィーちゃんとか、勇者クライスとかも居るしな》」
「わりと前途多難なんだ?」
優勝を目指すうえで、特にライバル視しているのがその二人のようだ。両方とも身内である。
クライスについてはよく知らないハルだが、ソフィーの方は誰よりもよく現状を知っている。なにせ、思考のひとつを常に彼女のサポートに回し、『プロデューサー』として振る舞っている。
こと近接戦闘に関しては、こちらでも相変わらず比類なき強さを誇っている。
とはいえ、遠隔攻撃においてはケイオス有利であろうと、今回の戦いを見てハルは感じている。
全体的なゲームセンスも含めれば、ケイオス対ソフィーの対戦相性は6対4ほどでケイオス有利と見ていた。
「《そんなことは良いのだ! 今はこの、我が剣に刮目せよ! 貴様ら、闇の力を操る魔王には、同じ闇ボスは不利と思っただろう!》」
実際、ケイオスの得意とする闇の魔法はボスの亡霊には効果が薄く、先ほどもほぼ無効化されてしまっていた。
他にも良く使っている炎の魔法も、いまいち効きが悪いようだ。
そこで彼女が取り出したのは、明らかに光の属性を纏っている神聖な剣。
それを装備しスキルを発動した瞬間から、それを握るケイオスの手はまるで火傷でもするようにダメージを受けていた。
「《この通り、聖剣ももはや我が意のままよ!》」
「腕、焼けてるけど? 本当に意のまま?」
「《くっ、くくくっ。未だ抗うが、こいつが我に屈服し、その身を良いように扱われていることには違いあるまい……》」
「うーん、めっちゃ強がってる」
聖剣とやらに力を込めてゆくほど、ケイオスの身は反動ダメージを受けていく。
その様子はまさに、相反する聖なる力を強大な魔力で強引に抑え込み、意のままにせんとする魔王の姿だった。
……まあ、言ってしまえばそういうコスト消費の特殊演出なのだろうが。
やがてそのチャージも終わったのか、両手で大上段に振りかぶった剣に、まばゆい輝きが宿り太陽がごとく周囲を照らす。
それは胴体に空いた大穴を塞ぎ、ダメージから回復したボス幽霊が発する瘴気をも、やさしく洗い流していく。
場の趨勢は、明らかにケイオスと手中の聖剣に傾いていた。
「《回復したか。だが遅かったようだな。天をも統べる我が魔の一撃、次は復元する猶予も与えず消し去ってくれよう!》」
そして、ケイオスは剣を振り下ろす。その刀身に込められた、膨大なエネルギーが迫りくる怨霊に向けて放出されるのだった。
◇
「《受けるがいい、我が秘奥義! 『天墜・真魔王極光剣』!!》」
己を滅ぼしうる聖なる輝きに、怨霊は必死の形相で手を伸ばす。しかしその攻撃が到達する直前に、無慈悲にもケイオスは剣を振り下ろす。
そこから放たれた攻撃は、ハルの予感した通りのもの。
剣の軌道のその先を、彼方まで延長して放たれるのは極光の刃。全てを切り裂く白い輝きが、巨大な怨霊を頭から真っ二つに裂いて割った。
剣光はそこで止まらず、軌道上の全てを両断する。
地上の工場の分厚い壁をケーキをカットするようにするりと切り分け、その下の地面にも巨大な亀裂を作っていく。
そう、これはカナリーの、そしてハルの振るう『神剣』の剣光そのものだった。
「《ハハハ、ハハハハハ、ハ!! その目に刻むがいい、我が力の真髄! 我は魔王、天の力をも操りし、万能の魔王ケイオスなるぞ!》」
まさに魔王を豪語するに足る、圧倒的なその破壊。その力をあまねく全ての者に見せつけるかのように、ケイオスは高笑いを響きわたらせる。
その姿は、まさに絶対の魔王。普段はケイオスをからかったり揶揄したりする視聴者たちも、今ばかりはその威厳溢れるその姿にただただ酔いしれているようだった。
この技と力を、『真なる魔王の剣』と名付けたケイオスは、いったいどのような心境でいたのだろうか?
明らかにかつてのハルを意識したこのスキル。ハルが思っていた以上に、彼女にハルが与えた影響は大きいらしい。
「《ハハハハハ! ……む? おお、ダンジョンの制圧が完了したようだな。見たかハル! 我にかかれば、この通り造作のないことよ!》」
「うん。凄いじゃないかケイオス。よく手に入れたね、あんな力」
「《ふっ。かつての友が、我に力を授けてくれたのだ。良いヤツであったぞ……》」
「いや、殺すな殺すな。生きてるでしょ、その人」
《友ってだーれ?》
《んー、わかんね》
《魔王様ってずっとソロだよね》
《別ゲーのフレでしょ》
《たぶんハルさん。あの『神剣』を使う》
《へー、ここでもハルさんか》
《姉妹ゲーでは有名人だからね》
ハルはずっとアイリたちと共に過ごしていたので、あちらの世界ではケイオスとは接点は薄い方だ。
それでもケイオスは、かなりハルの行動を意識していたらしい。
さて、今はそれよりも、ボスを撃破し攻略が完了したらしいダンジョンについて見ていこう。
ケイオスの言うように、ダンジョンの制圧を告げるウィンドウが新しく目の前に現れ、ハルたちの偉業を祝福してくれていた。
それによれば、この先もうモンスターは出なくなり、安全なダンジョン経営が可能になるようだ。
安全なのにダンジョン経営とは、これいかに、といった感じが少し妙である。まあ、モンスターに脅かされない工場経営が出来ると読み替えるのだろう。
やはり、攻略のやりようによってはこうした『完全攻略』が可能となるようだ。
そんな報告書を眺めながらハルが達成感に浸っていると、その感慨を吹き消すような騒がしい叫びがモニターの一つから響いてくる。当然、ケイオスだ。
「《待て待てまてーいっ! なんだこれは、一体なぜなのだ! どうして我の取り分が5%しかないのだーっ!!》」
「えっ、仕方ないじゃん。当然でしょ。攻略の大半は僕らのクランがやったんだから」
「《し、しかし、我は単独でボスをたおして……》」
「そうなんだろうけど、その結果をよく見てみようか。これから収益を生み出す大事な工場、キミはどれだけ破壊したかな?」
「《…………ううっ》」
一切の反論が許されず、空中でケイオスは押し黙る。
未だスキルの効果で、ぽつん、と空中に佇んでいるのが、かえって物悲しい。自信満々に伸びていた背筋も今は小さく丸まってしまっていた。
「《だ、だけど我も頑張った、のだぞ? もう少し、取り分をくれても……》」
「確かに。まだこのウィンドウの内容は、全員が決定するまでは確定じゃない。みんなで交渉して決めよう、ってことだね」
「《な、ならば!》」
「そうだね。じゃあキミの権利を10%まで引き上げるから、代わりに破壊した工場の修理費用を全部持とうか」
「《ぐっうぅっ!!》」
ぐうの音を出しつつも、手も足も反論も出ないといった様子のケイオスだ。
残念ながら、システムによる権利分配の判断は妥当と言わざるを得ない。ケイオスは魔王らしく戦いを演じることを優先した結果、ダンジョンの権利に関しては諦めざるを得なかった。
何かを得れば何かを失う。これも経済における変わらぬ真理である。
まあ、ハルは割と総取りしてしまうのだが。
「……それよりキミさ、いつまでそうしてるの? 早くスキル解除しないと、剣に腕焼かれてそのまま死ぬのでは?」
「《そ、それがだな? そうしたいのは、やまやまなのだが、今スキルを解けばこの高さから落下してしまうのだ……》」
「そうだろうけど。飛んで戻ってきなよ?」
「《今の体力では、我は反動に耐えられぬのだ! 同様に、落下の衝撃にも耐えられぬ!》」
「回復しなよ……」
「《このスキルを使うと、しばらく回復が封じられるのだ!》」
「じゃあ何でそんな高い位置でカッコ付けた……」
「《お前の助けを期待してるからだー! 早く飛空艇で我を助けぬかーっ!!》」
《魔王様……(笑)》
《ああ、いつもの魔王様だ(笑)》
《さっきはあんなに輝いてたのになー》
《これだから臣下は止められない》
《これからも変わらぬ魔王様でいて》
《ローズ様、ギリギリまで放置しましょう》
《それは良い考えだ》
《もう少しあの魔王様を見ていたいです》
「やれやれ。君たちの愛もずいぶん歪んでるねえ」
ハルに憧れ、ハルの背を追うように突き進むケイオスにハル自身も感じ入る物があったりしたが、やはりケイオスはいつもの『顔☆素』だ。
少し、そのことに安心するハルである。
その後は空中で騒ぐ彼女を飛空艇で回収し、改めてダンジョンの権利書を作成していった。
結局、ケイオスの取り分は少しおまけして7%に引き上げてあげるハルだった。少し、甘すぎるだろうか?
未だに文句を言いつつも、実は裏では嬉しそうにするケイオスを眺めつつ、ハルはそんな彼女のことについて考えるのだった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。報告、ありがとうございました。(2023/1/18)




