第735話 憧れて模倣して
「《……む? ノーダメージだと?》」
「飛空艇のシールドがあるでしょ。忘れるなたわけ」
「《忘れてなどおらんわ! あと、たわけと言うなたわけ!》」
《馬鹿っていう奴が馬鹿なんだ!》
《小学生の喧嘩か(笑)》
《シールドしゅごいのー》
《宇宙船かよ!》
《流石は全身オリハルコン》
《直撃してたらヤバかった》
「《は、ハハハハハ! 我ならばあの程度余裕に決まっていよう! 例え直撃したとして、魔王の内包する魔力は甚大! あの程度、容易く弾き飛ばしてくれようぞ!》」
「へえ、そっか。じゃあシールド解除っと」
「《待て待て待て待て! 飛空艇のシールドを解除すれば、乗船している連中に危険が及ぶであろう!》」
「手のひら返しの早い魔王様だこと」
先ほどは船の危険を顧みず接近しろと言ったばかりである。ワガママな魔王様だ。
しかし、真面目にこの状況はどうしたものか。ケイオスの魔法が通じないこと、ではない。まず間違いなくあちらの必殺の攻撃であろう暗黒の光線を受けてもシールドが破れる気配がまるでないことだ。
これだと、飛空艇の甲板上からケイオスが攻撃し続ける限りは、時間は掛かるが、まずノーリスクで倒せてしまうことになる。
《どーすんだコレぇ! ヤバいぞハル、ヌルゲーすぎる! こんな安全圏から一方的にボコり続けるなんて、『魔王ケイオス』のやり方じゃねええええ!》
《まあ、確かにヌルゲーだよね。ちょっと、船を強く作りすぎた》
《エネルギーが切れたりしねーの? 最初、言ってたよな? 『シールド効率が5%低下』とか》
《言ったね。さすがに無敵ではないよ》
《じゃあそのうちシールド切れが!》
《残念。この船の動力は特別性でね。シールドエネルギーはすぐに補充される》
《反則じゃねーかああぁ!!》
実際、反則かも知れない。『地属性』を司る神である、ガザニアそのものを核として動力炉に取り込んでいるようなものなのだ。
魔力供給量は実質、無限であり、割られたシールドは徐々に復活してしまう。
この飛空艇のシールドを割るには一気にシールド100%を貫く攻撃で攻めるか、回復力を上回る飽和攻撃で攻め続けるしかない。
そんな無敵の盾に守られた安全な戦いは、生放送にて映える戦闘の高揚感を生み出しはしないだろう。
ケイオスにとって、それは非常にマズい。せっかくの見せ場で、支援ポイントを稼げずこれでは次に繋がらない。
《ヌルゲー乙》
《実力の差が出たな》
《今回は楽勝じゃん魔王様》
《また格付けされちゃったかー》
《ローズ様>魔王様》
《よかったね、久々に安全だよ!》
《このままローズ様陣営に入る?》
「《貴様らぁ! 言わせておけば言いたい放題! よし、ハル、シールドを切れ! いやその必要もない、このような庇護、我の方から振り払ってやろう!》」
「うわ、ちょっろ」
「《ちょろいのではない! 誇り高いのだ!》」
いつもケイオスの放送を楽しんでいる視聴者たちが、現状の安全性をその普段と比較して揶揄してくる。
それを挑発と受け取り、ケイオスは自らこのシールドの庇護の下から飛び去ることを決めたようだ。
見るからに売り言葉に買い言葉。安い挑発に乗った短慮であるが、ケイオスにとってはまさに降って沸いた救いの言葉であった。
《うおおお、あっぶねー! 奇跡じゃね、これ? リスナーがタイミングよく発破かけてくれなかったら、このままダラダラ安全圏からやるしかなかった! 持ってるー、オレ!》
《……んー、これも、キミの活動の成果だと思うけどね。彼らの言葉を引き出したのはキミだ。それだけ、期待されてるってことさ》
《んだよー、急に褒めんなってー》
《照れなくていいのに》
視聴者たちは皆、苦戦するケイオスが見たい、というと語弊があるか。
逆境を乗り越え、どんな窮地からも必ず生還し勝利する魔王が見たいのだ。
そんな風に、ある意味彼らを『教育』したのは、これまでのケイオスのプレイスタイルそのものだ。
必死に演じ続けた『魔王ケイオス』はもはやケイオス一人の意識を飛び出し偶像と化し、視聴者の無意識に感染してそれぞれ形を持った。
もはや、それはケイオス個人ではなく一つのキャラクター。
それはある意味、ケイオス本人にすら制御不能な部分で成長を遂げているとも言えるだろう。
その普遍化したキャラクター性に、都合よく救われたのは、これは必然だろうか?
「《いいだろう! 貴様らの挑発に乗ってやる! 見ているがいい、『魔王ケイオス』は、ハルの助けなど必要とせぬことを!》」
そう勢いよく啖呵を切ると、ケイオスは再び飛空艇の甲板から飛び降りるのだった。
*
「《見ているがいい! 『魔炎、爆裂破』ァ!》」
真っ逆さまに地上へと落ちて行くその最中、空中にてケイオスは魔法を発動する。
己の背後に、敵である巨大な幽霊とはまるで真逆の方向へ向けて、赫赫と燃え輝く炎を噴射する。
その炎の勢いは落下中のケイオスの体を押し上げて、飛空艇へと詰め寄らんとしていた怨霊に向けて突進していった。
「《ハハハハハ! 何処を見ている、貴様の相手はこの我よ!》」
突然視界の外に落ちて行った人間が、急に下からボディーブローのように打ち上がって来る。
その不意打ちに怨霊は対処が遅れ、一切の防御が間に合わずケイオスの突撃をその身に受けるのだった。
「《ガラ空きだ! このまま胴体に風穴を開けてやろう、『魔王獄炎』!》」
《卑怯! 魔王だから!》
《不意打ちは基本》
《魔王様が飛んだー!》
《そのまま突っ込んだー!》
《これ本人もダメージ受けてね?(笑)》
《ジェット噴射した左手燃えてる》
《ついでにゼロ距離攻撃した右手も》
《むしろ体中燃えてる(笑)》
ハルの助言を忠実に実行したのか、ケイオスは飛翔の勢いをそのまま使い霊体の腹部にそのまま突っ込んだ。
爆発で自身を焼きながら、その余波でボスをも焼き上げる。それに飽きたらず、もう片方の手から追撃で放たれた魔法はケイオスの全身を包み込み、突進の威力に魔法の攻撃力を加えていった。
やはり、やれば出来る女である。
「……しかし、今あいつ<攻撃魔法>を同時に二つ使わなかった? <二重魔法>持ってる?」
《片方は戦闘スキルですよお姉さま!》
《実はHP消費の、近接技です》
《近接と言いつつ結構飛ぶ》
《わりと反則》
「へーー」
自身をジェット噴射のように飛ばしたのが通常の魔法で、直接ボス幽霊への攻撃に使ったのが近接スキルのようだ。
その二種のスキルを巧みに使いこなし、難しい空中制御をやってのけている。
表情にはいつもの余裕さは消え、歯を食いしばり真剣そのもの。スキルのコストで減り続けるHPとMP、加えて自爆ダメージでも削られる体力がケイオスを更に焦らせる。
だが、ケイオスは攻撃の手を弛めることはしない。ジェット噴射で左手を焦がし、前方に向けた炎も吹き返して全身を焼いている。
そんな限界ギリギリを攻めるケイオスの姿に、ファンは湧き熱狂の温度を上げていった。
《やっぱ追い込まれてる時カッコいい!》
《普段のドヤ顔より好き》
《普段があるからバエるんだよなぁ》
《調子乗ってるトコも好き(笑)》
《お前らこういう時だけ好きって言うよな》
《だって普段は恥ずかしいじゃん》
《今なら必死で聞こえないし》
《秘密の告白タイム》
《まおうさまがんばえー!》
どうやら、本人と同様に天邪鬼な視聴者も一定数いるようだ。類は友を呼ぶ、のだろうか?
そんな声援が届いたのかは分からないが、自らを燃やし尽くす業火に包まれた突撃は功を奏したようだ。
打ち上げられるように上空へと押されていった幽霊の身体は、ついにその勢いに耐えきれず風穴を開けた。
その胴体に空いた大穴を通り抜け、ケイオスは更に更に飛び上がっていく。
巨大なボスモンスターの頭を飛び越えて十分に上空へと飛翔すると、そこでようやくケイオスは魔法を解除した。
「《ハハハハハ! どてっ腹に風穴を開けられれば、さすがに無事ではいれれまい! ……ああっぶねぇー、我も、危うく死にかけたわ!》」
既にMPは底を尽きてゼロになり、その反動でHPも急速に削られていっている。両方がなくなればその場でゲームオーバーだ。
本当にギリギリ、危うくデスペナルティというところで、彼女は回復薬を取り出すと空中できりもみになりながら器用にそれを呷るのだった。
「無茶をする。あと一秒でも遅れてたら、死んでたよキミ」
「《フン、全て計算ずくよ! それに、お前もやっていたではないか。HPもMPも尽きたとしても、コンマ数秒だけ回復猶予時間があるとな!》」
「……それを分かっていたとしても、実際に土壇場で計算に入れられるのはキミくらいだよ」
このゲーム、HPとMPが両方ゼロになった後も、回復を受け付ける猶予時間がある。それをスキルにまで昇華させたのがハルの<復活者>だ。
それを真似して無茶をするプレイヤーは多く居たが、それらはどれも安全な状態でのこと。
実戦でその一瞬をアテに出来る度胸は、本当に肝が据わっている。
この限界ギリギリのリスクを攻めるプレイスタイルが、課金の力に頼れぬケイオスをここまでの実力に引き上げたのだろう。
《しかし、僕の真似が多いねケイオスは。ファンなのかい、僕の?》
《うっせーな、そーだよ、わりーかよ!》
《……おや?》
《いや、憧れるだろ、ふつー。身近でハルを見続けてくりゃーよー》
これは、少々予想外だった。自分のことと、親しい者には疎いハルだ。
恥ずかしそうに語るケイオスに、ハルの方までなんだか恥ずかしくなってきてしまう。
《だからリスペクトって奴よ! ……そーさな、リスペクトついでに、もう一個ハル譲りの技を見せちゃおうかねえ!》
そう語りながらケイオスは、一振りの剣をアイテム欄から取りだし、空中で構えるのであった。
※スキル名の調整を行いました。(2023/5/28)




