第733話 圧縮される亡霊たち
シルフィードの現場指揮と、それに率いられるクランメンバーたちの巧みな連携により、大工場エリアはひと区画ずつ確実に制圧されていった。
制圧が終わったエリアは騎士隊の女の子たちによって速やかにゴミ掃除が行われ、散らばった不要なアイテムが次々と彼女らのアイテム欄に収納されていく。
そうして綺麗になった区画を、ハルは<信仰>スキルの『浄化』コマンドによって新品同様に清浄化していく。
こうすれば、もうここに再びモンスターが湧き出すことはなくなった。
「とはいえ、さすがにここは破損が大きいようだね。『浄化』だけじゃ巻き戻せず、壊れたままの装置が結構ある」
「おばけは、この装置は使ってないようですね。いえ、使えなかったのでしょうか?」
「カプセル状の装置の、上半分が完全に砕け散っているのだから、まあまともに機能はしないでしょうね?」
アイリとルナも含めて、艦橋から現地の様子をモニター越しに観察するハルたち。
工場内に立ち並ぶのは、外周部の工房と違ってかなりハイテクじみた装置の数々だった。なんとなく、ガザニアの鉱山地下に隠されていた謎の組織の所有物に似ている。
時代を感じさせる錬金工房の木や石、焼き物で出来た装置類と比べて、つるりとした金属製で全体を象られたシルエットの数々は近代的な工場のそれを思わせる。
とはいえ、もちろん動作はエーテルや機械ではなく、魔法をその原動力としている現実の基準では測れないテクノロジーなのだろう。
「これも、直すのには時間が掛かりそうなのですか?」
「そもそも、直せるのかしら? あなたにはこうした魔法装置を製造したり修理するスキルは備わっていないでしょう?」
「製造は無理だね。でも、<建築>でどうやら修理は出来るようだよ。便利なものだ」
「やりましたね!」
アイリが手を叩いて喜ぶが、やはりことはそう単純ではない。
外の工房群と同じく、この工場に使われている技術も材料もハルにとって未知のもの。今すぐ修理を行うには、圧倒的に手持ちの素材アイテムが不足していた。
《万事休すか》
《皆で頑張って生産しよう!》
《戦闘しつつ?》
《や、やれば出来るさ……》
《全員参加でモンスター退治してるしなぁ》
《生産まで出来る人員はあまり居なそう》
《ローズ様、初めての撤退?》
「いや、撤退などしないよ。ここまで来て、ここまでやって、何の成果も得られず撤退なんて僕が許さない」
「それでこそ我が見込んだ奴よ! なに、勝つまでやれば、必ず勝てるのだからな、ハハハハハ!」
「いや、単に勝算があるだけなんだけど……」
何も考えず危ない橋を渡り続けることなどハルは決してしない。逃げる時は逃げる。
まあ、負けず嫌いのハルではあるので、その機会はほとんどなく、ケイオスもそうしたハルの姿はほぼ見ていないので仕方のない感想ではあるのだが。
「勝算というと、どういうことだ? アイテムの調達の伝手があるのか? おお、あのロリババアか!」
「いや、シルヴァは関係ないね。まあ、もしかしたら持ってるかもしれないけど。『緊急で必要』なんて言えば、絶対に吹っ掛けられる……」
「では何だというのだ?」
「いや、単純な話さ。今は修理する必要がないだけ」
「はあ?」
ハルは修理を諦め、シルフィードに次なるブロックへと進撃を指示する。
クランの仲間たちは破壊されたカプセルはそのままに、再びこの場にモンスターがなだれ込まぬよう慎重に通路を固めつつ、進軍を開始した。
「そもそも、この廃工場を制圧する、僕らが所有権を得る条件って何だと思う?」
「知らん! しかし普通に考えればそれは、ボスモンスターでも倒せばいいのではないか? おお、分かったぞ我にも! 敵さえ屠ればいいのだから、施設は放置で構わんのだな!」
「まあ、半分正解。『浄化』は完了してるから、この時点で用は済んでるんだよ」
「湧き潰しは済んだということだな!」
そう、要するに、幽霊モンスターが再出現するための条件であろう、『汚れている』、『荒れている』、という状態を解消する事さえ達成すれば、装置の修理は後回しで良い。
「……あれ? でもそういえば、おばけのボスって、何処にいるのでしょうか? この『お掃除』は、どちらかと言えば制圧後の環境改善の為なのですよね?」
「確かにそうね? 巷のダンジョンでは、モンスターが湧く状態であっても、所有権は得られているのよね?」
「エメ」
「《はいっす! それに関しては色々っすね! 魔王陛下が仰ったように、ボスモンスターを倒すだけで貰えるタイプもあれば、ダンジョン内のモンスター、あー、ここではNPCですかね、と交渉して買い取ったり。様々みたいですよ》」
「ギミック系ということだね」
「《そのとーりっす! この廃工場ダンジョンもまた同様に、何らかの条件達成系だと思われます。だって、ボス居ないんすもん。適度に亡霊と戦いつつ、ダンジョン内に散らばるヒントを探して、パズルをクリアするんでしょーね》」
エメがこれまで集まっている他者の放送内容の情報を総合して、ダンジョンの制圧について解説してくれる。
つまりはこの廃工場でいえば、こうして幽霊モンスターが出現するようなった何らかの原因、それを見つけて解消することで、所有権を手に入れられるのだろう。
そのため幽霊退治は実は二の次三の次。倒すとすぐに再出現してしまうことから考えても、ここの正攻法は、適度に幽霊を避けつつその『条件』を探すことだと思われた。
《あれ、じゃあ攻略法間違い?》
《間違いじゃないでしょ》
《これはこれで間違いなく進行してる》
《正攻法じゃないってだけ》
《分からんぞ? これこそ正攻法かも》
《手に入れた後に確実に役立つしね》
《でも、どうやって手に入れるんだ?》
《ヒントなんかあったっけ?》
《分からん。もう覚えてない》
《全部ピカピカの新品になっちゃったし》
そう、例えなんらかのヒントが、荒れた工場の中に目立たず配置されたとしても、それは今となってはもう分からない。
全てのヒントは即座に掃除され、工場はまっさらな建造当時の姿を取り戻してしまったのだから。
「……おい、まずいのではないか、ハルよ? お前が良かれと思って進めた環境改善が、ダンジョンの攻略を不可能にしているようだぞ?」
「いや、何もまずくないよ? 別に何かあるなら、ゆっくり探せばいいじゃないか。敵を全て滅ぼした後に」
「しれっと恐ろしことを言うでないわ! お前も魔王か!」
「ははは、嫌だなケイオス。魔王はキミじゃあないか」
なんだか全体の雰囲気に暗雲が立ち込めてきても、ハルは余裕の態度を崩さない。
ハル自身もこのダンジョンがギミック解除タイプであろうと、途中から気づいてはいたが、それでもこの攻略法を押し通していた。
その方が、結果的には早く全てが済むと確信しているからだ。
「ボスが存在しないだろうことは、早い段階で分かっていたよ。特に、キミがあれだけ中央施設を破壊しまくっても何の反応もなかったからね」
「たしかにな! 我も、ボスが居るとしたらあの場だろうと思ったわ!」
それで喜び勇んで一人で突撃するとは、案外ふてぶてしい魔王様だ。要は美味しいとこ取りする気満々である。
だがケイオスがいくら暴れても、大事な施設を崩壊させても、雑魚が再出現するだけで親玉が登場する気配はまるでなかった。
このことから、モンスターはただのお邪魔役、攻略の本筋は別にあると分かる。
「……だとしたら、ハル? あなたは何故あえての回り道を? 謎解きなら、得意でしょうに」
「あっ、わたくし、分かっちゃいました! これはきっと、“とれだか”の為なのです!」
「そうだねアイリ。よくできました。幽霊をスルーしてさっくり謎解きして制圧、では放送に面白みがないだろう?」
《おお!》
《常に盛り上がりを演出する》
《配信者の鑑!》
《そこに痺れる憧れる》
《さっくりでも全然いいけどねー》
《だね。ローズ様の凄さが伝わるし》
《でも、何をするつもりなんだろ?》
ハルが何をする気であるのか、薄々感づいている視聴者もいるのではないだろうか。
シルフィードたちの部隊は今、工場内を順調に攻略して進み、ついには最後のエリアに王手をかけんとしていた。
もはやその他のエリアは完全に『浄化』されており、幽霊が湧き出る為の汚れたエリアはそこと中央のみ。
自然、ダンジョン全てのモンスターはそこにあつまる事になり、現地はこれまで一番の激しい抵抗の様相を呈していた。
それこそが、ハルの求めていた盛り上がり、その最後の準備である。
「なに、ボスモンスターが居ないというなら、作り出してしまえばいい」
*
「《でっかい<攻撃魔法>で吹っ飛ばしますよー? あぶないですよー?》」
「《ちょー!? 待つっすよカナリーー! 味方! 味方巻き込む! ええい、仕方ないっすね。いけいけわたしの、特にかわいくもない召喚獣たち! いつものように壁になってクランの仲間を守るっす!》」
「《どっちも大概だねー。あ、私はギリギリで回避するから気にせず撃ってよカナちゃん》」
「《私もだよ! 『うおおおおお、俺ごと撃てえええええ!』、なの!》」
最後の一部屋に押し込まれたモンスターを、カナリーの大魔法がまとめて吹き飛ばす。
もはや敵も味方も区別がつかず、武器を振り回せばどちらかに当たるという混乱の極みのなか、面倒くさくなったカナリーが部屋ごと吹き飛ばすことを選択したのだ。
このあたり、どこぞの魔王様に似ているのかも知れない。
「フハハハハ! 派手にやるではないか、なかなか見ごたえがあったぞ! ……てか、あの魔法の爆心地に居て無傷のあの鎧、なんなん? やばくね?」
「ちょっと頑丈に作り過ぎたかな」
ケイオスも思わずロールプレイを忘れるほどに、『フルメタル・わらびー』の防御力は桁違いであった。
漆黒の装甲にはヒビひとつなく、部屋ごと吹き飛ばすカナリーの<攻撃魔法>に硬さだけで耐えきったようだ。
そんなワラビの非常識さにあっけに取られている暇もなく、ハルは手早く周囲を『浄化』する。
騎士隊もシルフィードの号令でいち早く我に返り、テキパキとゴミ拾いを終わらせた。
そうして中央を除く全てのエリアが綺麗に『浄化』されたことによって、もはや幽霊は化けて出る為の舞台を失ったことになる。
騎士隊に押し込まれて屋外にあふれ出た者たちも、たった今メイドさんによる飛空艇からの精密射撃の的と砕けたところだった。
「……確かになかなか見ごたえのある見世物であったが、物足りぬぞハルゥ! そもそも、我の出番が無かったではないか! 信じて待っていたのだぞ、この責任、どう果たしてくれる!」
「落ち着けケイオス。別に、これで終わりとは言ってないよ。まだ残ってるだろ、一か所」
「おお、そうだな! ここで我が再び、中央に吶喊するということか!」
「だから落ち着けというに……」
再び甲板に飛び出して行こうとする落ち着きのない魔王様のスカートを引っ張って食い止めて、ハルは上空からその工場中心部を観察する。
ダンジョン全ての幽霊モンスターが一か所に集中したその場は、もはや上空からも一目で分かる漆黒のオーラが立ち込め、大気に揺らめいているのだった。
そのオーラが、不意に人の輪郭を、そして誰の目にも人の顔と理解できる姿を造形する。
さて、お約束の展開、魔王様お待ちかねのお楽しみだ。
全てのモンスターが融合した、巨大ボスの誕生であった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




