第732話 各個撃破し各個制圧せよ
がしゃりがしゃりと、いや、むしろ表現するなればぐしゃりぐしゃりと、全てを“踏みつぶしながら”ワラビは進む。
全身に着こんだダマスク神鋼で作られた超大型の鎧は、もはや歩くことそれ自体が攻撃となる程に重すぎた。
敵はもちろん、ダンジョンである廃工場の床を一歩ごとに陥没させながら、何物にも阻まれることなくワラビは前進して行く。
「《おおおおお、重いよー、上手く動けないのー!》」
「《いやいや、動けてるから。動作出来てる時点で十分に異常だからねワラびん》」
流石のワラビも、装甲全てが超重量のダマスク神鋼製の全身鎧を身に纏っては普段のように元気に跳ねまわれないようだ。
まあ、そもそも普段の、鉄製の重りを手足に付けて、鉱石のパンパンに詰まったリュックを背負いながらぴょんぴょん飛び跳ねていられるのも、ユキの言う通りおかしなことなのだが。
「……どうしよう。ワラビさんのアレ、戦うどころか移動するだけでダンジョンの資産価値をぐんぐん下げていくんだけど」
「苦労しているな、お前も。良かれと思って引き入れた奴の、良かれと思って与えた装備が仇になるとはな!」
「いやお前が言うなケイオス」
それでもケイオスの齎した破滅的な崩壊に比べれば可愛いものだ。
どれだけワラビがあの超重量の鎧を着て暴れようが、その被害は床だけで済む。足跡状に陥没が続いているが、修理できない範囲ではない。
「あっ! いいこと思いついたの! こうやって勢いをつけてー、どーーーん!!」
……修理できない、こともなくはない。
ワラビの思いついた『いいこと』によって、つまり雑に勢いをつけたタックルによって、その進行方向上の壁が放射状に大きくひび割れた。
工場の非常に頑丈なはずの隔壁が、まるで隕石が衝突したかのごとくクレーターになっている。
その衝撃は壁一枚に留まらず、ユキたちの居る工場エリア全体を、ぐらり、と弱い地震のように揺らすのだった。
《どんだけー!》
《お転婆にもほどがあるてぇ!》
《砲弾が生きて歩いてくる》
《歩くどころかタックルしてくる》
《誘導砲弾、完成していたのか……》
《幽霊も思わず成仏》
《そういえば何で物理攻撃が効くんだ(笑)》
《お、重すぎて……》
《効かない訳じゃないよ、軽減するだけ》
《多少の軽減なぞ意味ない威力ってことだな》
「《こらー! みんな重い重い言わないでー! 可憐で華奢な女の子なんだぞー!》」
《か、可憐……?》
《どういう意味だっけ?》
《砲弾の種類かな?》
《硬化カレン弾》
《キャシャーカノン》
「《もーっ!》」
「《まあまあワラびん。言われて頭くるのは分かるけど、あんま暴れちゃだめだよ? ハルちゃんが悲しむからね》」
「《あっ、それはダメだよね! ローズさん、建物壊しちゃって、ごめんなさい!》」
「いいよ、元気に暴れておいで。でも、二階部分に行こうとしたり、橋みたいになってるところを渡ろうとはしないようにね」
階段や渡り廊下などにワラビが踏み込めば、確実に崩落するだろう。
それは施設うんぬんというよりも、彼女が可哀そうだ。最悪身動きが取れなくなってしまう。
「《でも、そうしたらどうやって攻撃すれば……》」
「《ワラびん、逆転の発想だよ。動かなくたっていいんだ。そのままでも攻撃は出来る》」
「《……そうかな? ……そうか!》」
ユキの言葉で何かを思いついたのか、ワラビは背中のリュックから重しの為に詰め込んだ鉱石を取り出す。
それもまた、手のひらサイズのずっしりと重たいアイテムだ。
その鉱石を、ワラビはその場から動かずにゆっくりと振りかぶり、そしてモンスターに思い切り投げつけた。
「《どーーん!!》」
「《……おー、まるで大砲みたいだねぇ》」
「《そうだよ! 私自身が『砲弾』になることは止めて、私はここで『砲台』になるの!》」
まさに固定砲台。そのダマスク神鋼の重量を物ともしない恐るべき腕力から放たれる一投は、狙われた敵だけでなくその背後に並ぶ者までも貫通して一掃する。
そうして直線状に配置されたモンスターを全て吹き飛ばし、最後にはまた工場の壁に小さなクレーターを形成した。
「《またやっちゃったのー!!》」
「《でもいいよワラびー。ワラびー自身がタックルするよか、ぜーんぜんマシ。どーせ、歩けばクレーター出来ちゃうしね》」
「《不便な我が身が憎いの……》」
「《そのうちぴったりの戦場がやってくるさ。そんとき暴れよう!》」
「《うん!》」
ユキの言葉で気を取り直したワラビは、その戦法を主軸としてこの場の戦いを進行することを決めたようだ。
ド派手に立ち回る彼女は自然とモンスター達の敵意を買い、その漆黒の巨体に敵が群がって行く。
しかし全身を包むダマスク神鋼の防御力はそれら全ての攻撃を阻み、逆に彼女が動けばその余波で木の葉のように砕けて散っていった。
無敵の固定砲台、そんな盾役を兼ねる攻撃兵器としての役割も得た彼女は、その後も元気に襲い来る敵の群れを蹴散らしていくのであった。
*
「《前線は非常に派手ですね。皆さん、大活躍で》」
「《リーダ~~、あたしらあんな中に入りたくないよ~~》」
「《そうそう、死んじゃうよー》」
「《敵と一緒に吹っ飛ばされちゃう!》」
「《味方の位置を考慮しないような方々ではないでしょうけれど、そうですね、足を引っ張ってもいけません》」
大立ち回りをする超重少女ワラビを筆頭に、洗練された槍捌きで効率的に全方位の敵を減らしていくユキ。
そして普段は騎士隊ほど目立たないが、戦闘力自慢として活躍の場を求めクラン入りした実力派プレイヤーたちが前方で乱戦を繰り広げている。
シルフィード率いる騎士部隊は統率された陣形を維持しつつも、その荒れ狂う攻撃スキルの嵐の内部へは入りあぐねていた。
「《大丈夫ですよ皆さん。私達のお仕事は守る事、いつも通りです。焦らず隊列を維持したまま、ゆっくりと前進しましょう》」
「《前進するんじゃん!》」
「《やっぱり死んじゃうんだー!》」
「《砲弾代わりに投げ飛ばされるー》」
「《もしくは敵の盾代わりにされちゃうんだ》」
「《馬鹿なことを言ってないで。制圧したエリアをしっかりキープしますよ》」
「《はーい》」「《はーいリーダー》」「《がんばるぞー》」
わいわいと相変わらず姦しくしつつも、ファンクラブの女の子たちはテキパキと陣形を整えて敵の波に対する防波堤となっていく。
前線部隊は効率的に、迫りくるモンスターを切り取っていくが、それでも全てではない。
一部取り漏らしが女の子たちの方まで溢れ出てきており、それを更に後方へと通さないようにきっちりと処理していった。
「ありがとうシルフィー。そのまま、確保エリアを再び荒らされないように、一枚ずつ床を広げていこうか」
「《はい、クラマス。決して、二度手間は取らせません。クラマスの大切なお金、私達がお守りします》」
「……いや気負うな気負うな。これはゲームで、課金してるのは、僕の勝手」
《真面目だなーシルフィーちゃん》
《いいお嫁さんになる》
《誰の?》
《俺! ……では少なくともない》
《悲しいなぁ》
《あの子もお嬢様だよねきっと》
《リアルでも高嶺の花》
《ローズ様のお嫁さんになれば解決》
《それだ!》
「それではないが。シルフィーも、コメント欄に反応してないで指揮よろしくね。前線のわんぱくさん達も君が思うように誘導していいからね」
「《……はっ! りょ、了解ですクラマス!》」
あまり褒められ慣れていないのか、自分の事が視聴者にことさら評価されているこの状況にどう対応していいか、シルフィードはあたふたしていたようだ。
それでもハルが声を掛けると、すぐに我に返って仲間へ指揮を出すことに戻る本当に真面目な彼女だった。
「《しかし、私達が入ってきた出入口はどうしましょうか、クラマス。今後、一ブロックずつ制圧浄化していくとして、外から再侵入される危険はありませんか?》」
「……モンスターが施設からあふれ出して、玄関から行儀よく入りなおす、ってことか。んー」
「《正直、入口に行き当たるごとに人員を配置していては、そのうちバリケードの為の陣形が維持できなくなります。出来れば、何らかの策を講じたいかと……》」
「わかった。それは、僕の方で考えておこう」
「《助かります。流石はクラマスですね》」
《どゆこと?》
《わからん》
《今は通路に沿って制圧してるから》
《室内だから効率的に押し返せてる》
《あっ、壁が防壁代わりになるからだ!》
《幽霊も壁に阻まれるんだな(笑)》
《でも外を大回りされると無意味》
《全ての出入り口を塞ぐのは非効率だね》
クランとしては非常に多くの人員を抱えるハルたちであるが、それでもダンジョン一個を人海戦術で制圧できるほどの『軍団』にはなっていない。
施設一つ、工場を構成するブロック一つごとに警備の人員を配置していったら、すぐに人的リソースが限界にくる。
前線を頑張って押し上げて行っても、後ろから入り込まれて取り返されたら骨折り損だ。
「どうするハル? これは、大工場エリアだけの話ではないぞ。押し出されたモンスターどもが溢れて外の通路に解き放たれれば、貴様らが苦労して制圧浄化した外周の工房もまた荒らされるだろうな」
「そうなんだよねえ」
「そこでだな! やはりここは我が再び中央に赴き、モンスターどもを出てきた端から叩いて潰し、」
「却下。どんだけ血の気多いのさキミは……」
再び暴れさせろと要求してくる魔王様を受け流し、ハルはシルフィードからの提案の対策を取り始める。
飛空艇を操縦するメイドさん部隊に指示を出し、この飛空艇の高度を、ユキたちが今戦っている工場のすぐ上に見えるまで下げていった。
中央施設がケイオスによって破壊しつくされたからか、このメインの大工場エリアには元からそこまで対空砲火による迎撃はセッティングされていなかったのか、飛空艇への対空攻撃は無視していいレベルだ。
オリハルコンの船体から発せられる魔法の防御フィールドの強力さをいいことに、ハルたちの船は堂々とその場に陣取り続ける。
「これでよし」
「何がいいのだハルゥ!」
「もし外の通路にモンスターが溢れてきたら、ここから飛空艇の武装で制圧射撃を行えばいい」
「おお! 我好みの派手でいい考えではないか! では、我もその加勢に甲板から、」
「キミは座ってろケイオス!」
ケイオスが出て甲板から魔法で狙い撃てば、確実にその周囲の施設も吹っ飛ばすだろう。
その暴挙を必死で止めながら、ハルは使い魔を工場内に飛び回らせて、シルフィードたちの確保したエリアを一つずつ、『浄化』によって幽霊の住めぬ清浄な状態に確保していくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/27)




