第731話 凝縮される亡霊たち
「また課金に頼ってしまった……」
「気に入っているわよね、あなたそれ?」
「決めゼリフなのです!」
「駄目よ? そんな決め台詞」
課金により、本来なら大量のアイテムを捧げ物として<信仰>のコストに投入しなければならないところ、なんと無料で『浄化』を発動できた。
非常にお得、非常にリーズナブルである。素晴らしきかな円のパワー!
……少々ハルが混乱しているのは言うまでもない。
それこそ言うまでもないことであるが、課金しているのだから有料である。
《出た! ローズさんの課金芸だ!》
《家事代行サービス》
《汚れたお部屋、ピッカピカにします!》
《お問い合わせは神界まで!》
《あれ、神様って雑用係?》
《かもしれない》
《不敬であるぞ!》
《委託外注と言え!》
《どっちにしろありがたみ薄いなー》
それもこれも、何でも課金次第で動くアイリスが悪い。
お金を払えば<信仰>が起動してしまうために、『浄化』はお掃除サービス業であるし、『神罰』は傭兵稼業だ。
「よし、とはいえ流石だ。完全に綺麗になったね」
「新品同様です! 崩れた壁や、欠けた床まで元通りなのです! ゲームなのです!」
「……さすがにここは、『ゲームだから』を使うしかないわね」
ルナも認めるご都合主義だ。『浄化』しているだけなのに、汚れだけではなく破損も修復されている。これでは『時間逆行』である。
まあ、これは考えてみれば当たり前のことであり、汚れや傷は、ある種の追加データであることが理由だろう。
掃除は追加データの消去と考えれば、汚れと同時に傷も消去されるのが自然なこと。
「楽でいいけどね。傷の補修も必要だったら、またひと手間かかるし」
「これならどんどんいけますね!」
アイリの元気な掛け声に合わせて、ハルは使い魔を通じてどんどん『掃除』の終わった工房から『掃除』していく。
やると決めたからにはもう課金は惜しまない。視聴者もある種、これを楽しみにしている所がある。極端な課金で盛り上げることで、それ以上の収益を生み出すのだ。
薄汚れていた工房や倉庫が生まれ変わって新品同様の工房群が並んでいくと、空からの景色もはっきりと違って見える。
エリア全体で『廃工場』だった一帯が、中心の大工場の廃墟と、それを取り囲む新築の工場。まるで、再開発に取り残された権利者不明の廃棄地のような状態に変わってきていた。
「こころなしか、空気も変わってるように感じられるね。これは、気のせいじゃなさそうだ」
「確かに、オーラが違うわね? 未『浄化』の範囲は、まだ不気味に淀んだオーラが漂っているわ?」
ルナの言うことが、飛空艇の上から見るとよく分かる。ダンジョンの雰囲気作りの為の視覚効果が、浄化完了したエリアだけ切れているのだ。
不気味なモヤは大気から吹き飛ばされ、さわやかな空気が満ちている。
一方でユキたちが攻略中の大工場エリアには、まだ全体に霧のような不気味なエフェクトが漂っているのだった。
……更に中央にあたる最奥部は、もう爆炎と煙だらけで分からなくなっている。
「……おい、ケイオス、やりすぎだ。誰が掃除すると思ってる。そんなに強い敵が出てるのかい?」
「《笑止! まるで我の敵ではないな、ハハハハハ! ……しかし、キリがない。湧きペースが早すぎる。消し飛ばしても消し飛ばしても、キリがないな、このうように、なっ! 『カオス・インパクトォ』!》」
「ただのパンチじゃん……」
攻撃一つ一つに、必殺技名を付けているようだ。細かい所までしっかりしている魔王様である。
確かに次々と不気味な怨霊が、ケイオスに休む間もなく襲い掛かっている。
それを高威力の魔法で吹き飛ばしているため、中央施設はもう見る影もなくボロボロだった。勘弁してほしい。直すのは誰だと思っているのか。
「ケイオス、いったん戻れ。恐らくそこで戦い続けても、被害が増すだけだ」
「《ハハハハハ! 誰に物を言っている! この程度の相手、何の被害もありはせぬわ!》」
「施設に被害が出るって言ってるんだよ!!」
「《我に逃げろと言いたいのか!!》」
《コントだろうか(笑)》
《ローズ様も思わずツッコミ》
《おこだよ!》
《一切ひるまず返す魔王様(笑)》
《かつてここまで歯向かった人が居ただろうか》
《いやいない》
《でも実際出現ペース上がってるよ》
《魔王様休む間もない感じ》
《いつものことだけど》
面白みのない雑魚狩りから、やっと歯ごたえの感じられる戦況になってきたとケイオス本人は血沸いている。
しかし、この変化はよく関連付けて考えれば、ハルたち側の行動の進行と重ね合わさっていると見て間違いない。
「いいから戻れケイオス。これは逃亡ではない、準備だ。じきにそんな雑魚どもじゃあなくて、もっと倒しがいのある強敵と戦わせてやる」
「《本当だな? 信じるぞ、根拠はあるのだろうな》」
「うん、大丈夫大丈夫。たぶんね」
「《適当が過ぎるぞハルゥ!》」
「やかましい。キミの居る座標に向けて主砲撃ち込むぞ。それだけ壊れていれば、もう変わらないだろ」
「《我は寛大だからなぁ! 盟友の頼みとあらば、仕方ないので戻ってやるとするかなぁ!》」
《なんという手のひら返し(笑)》
《完全に手なずけてる(笑)》
《魔王様もなんだかんだ信頼してるね》
《お二人はお知り合いなのかなー》
《なかよしだね》
《それはないんじゃない? 接点ないよ》
《魔王様お金ないもん》
《ローズ様みたいなリアルお嬢様とは別世界》
まあ、実のところは知り合いである。そんな信頼構築の甲斐もあって、『ハルに付いて行けば楽しいことになる』とケイオスも分かっているようだ。
亡霊の出現が湧き止まぬ中央施設を離れて、ケイオスはこのハルたちの待機する飛空艇まで戻って来るのであった。
*
「《とうっ、ちゃっく!》」
「えっ、キミ飛べたの? この高度まで? すごくない」
「《ふははは! 見たか、我が力の一端! まあ、これはお前の怪獣打ち上げ作戦を見て思いついたものなのだがな!》」
「自分を打ち上げる人が居るとはね」
地上まで迎えに行こうとハルが思っていると、ケイオスはそれを待たずに一瞬で甲板上まで到達し、そこに降り立った。
有り余る<魔王>の魔力を地面に向けて放射し、自身をロケットのように打ち出したのである。
ハルが、アイリスの首都に現れた怪物を打ち上げ花火にしてしまった例の作戦を見て思いついたらしい。
当然、爆風をモロに受けざるを得ないその身はボロボロだ。
「それで、どうするというのだハルよ!」
「ツノ取れてるよケイオス」
「おおっと!」
ところどころ装備が吹き飛んでボロボロのまま、それでいて自信満々な笑みを貼り付けて、ケイオスは艦橋へと戻ってきた。
彼女を適当に回復してやると、ハルはケイオスとそして視聴者に向けて自身の考えを述べてゆく。
「キミの戦闘の激化だけどね、どうやら僕らの攻略ペースとリンクしている」
「分からん! どういうことか、分かるように説明しろ!」
「分かれ、これくらい。つまり、住処が『浄化』されて行き場のなくなった幽霊たちが、中心部に向けて押し込まれていったってことさ」
「ほう? つまり、本来なら外周の工房に湧き直すはずだった亡霊どもが、しかたなく我の居た所に再配置されたということだな」
そういうことだ。ダンジョン全体のモンスター配置リソースのようなものが決まっているとして、それ以上の敵は配置できない。
しかし逆に言えば、配置すべきエリアを失ったそのリソースは、溢れて使い切れずに遊んでしまうことになる。
その無駄を避ける為に自動でリソースの再配置をするような設計になっていた場合、先ほどのような一か所にぎゅうぎゅう詰めに配置され直すようなことが起こり得る。
「《確かにこっちもー、攻撃が激しくなってきた気がしますねー?》」
「《カナリー! ハル様とお喋りしようとしてないで、もっと魔法撃つんすよ!》」
「《これが限界なんですー。私は、建物壊すようなことする訳にはいきませんしー》」
「《上っ等! このくらい、この私に掛かれば藁人形が並んでるのと変わらないってね! むしろ一人で十分!》」
巨大な箱状の、メイン施設であろうと思われる大工場。その内部を攻略中のカナリー、エメ、そしてユキも、徐々に増えて行く敵の出現率を実感しているようだ。
エメが召喚獣で敵の波を押しとどめ、カナリーがそこを魔法で一掃し、ユキはそれより先、敵が押し寄せてくる端から槍を振り回して切り崩している。
その立ち回りは、雑なように見えて非常に理にかなった判断の連続であり、効率美の極みを思わせる。
それこそ工場のラインの投入ペースが完璧にかみ合うように、次々と手際よく処理されていった。
流石は(元)神様二人と最高峰のゲームプレイヤーだ。
「よし、我も加勢するか!」
「せんでよろしい。これ以上壊してくれるな。キミの出番はまだ先だよ」
「だが苦戦しているではないか!」
「どれだけ行きたいんだ……、それに、救援が必要だとしても、その役目はちゃんと居るから……」
「あ! 皆さま到着されたようですよお姉さま!」
目を離せば再び出撃したがるケイオスをハルが押しとどめている間に、現地への救援部隊が参戦を果たしたようだ。
外の攻略を終えたクランの仲間たちが集合を果たし、騎士隊として本来の姿となる隊列を組んで行進してきた。
先頭を率いるのはアベル王子、その旗頭の下に、シルフィードの束ねるファンクラブの女の子たちが続く。
その周囲を遊撃隊のように取り巻くのは、高難度ダンジョンの攻略に慣れた力自慢のメンバーたち。散発的に襲いくるモンスターなどは、まるで相手にならないようだ。
「《到っ! 着っ! 助太刀だよっ!》」
「《俺らも行くぞ!》」「《ボーナスタイムだ!》」「《食べ放題だぁ!》」
その中から真っ先に敵の群れに突っ込んでいったのは、やはりその遊撃部隊に位置するメンバー。
経験値とドロップアイテム、そしてクランへの貢献度を求めて、一匹でも多くのモンスターを倒さんとする。
中でも誰よりも早かった一番槍は、ガザニアの国でハルたちに同行することになったトレーニング少女のワラビであった。
「《ユリちゃん、今日は負けないの!》」
「《おー、今日も重そうだー。まあがんばれワラびー》」
「《余裕見せてられるのも、今のうちなの! 見よ、新兵器!》」
両手両足に拘束具じみた、いや、拘束具そのものな重りをくくりつけ、背中には登山のための完全武装じみたリュックサックを背負うワラビ。
そのリュックの中身は、全てが金属の塊のような非常に重いアイテムだった。
その、加重トレーニングの為のリュックをワラビは、ドスリ、と異常に鈍い音を立てて地面に置く。
音だけで、もう中身がどれほど重いのか察せられるようだった。
「《お、ついにリミッター解除?》」
「《ふっふーん。それは、どうかなー? どうかなー?》」
ワラビはもったいぶりつつもテキパキと、自身の『新兵器』を装着していく。
ハルが彼女の為に新たにあつらえた専用装備は、漆黒の全身鎧。全てを装着するとまるで大男が中に入っているかのように、ワラビのシルエットが一回り大きく膨れ上がった。
当然、死ぬほど重い。大げさな例えではない。ワラビ以外が装備すれば、その加重に耐えきれずにHPに致死ダメージを負うだろう。
「《ふるめたる、ワラビー!》」
「《あ、リュックはちゃんと背負うんだ……》」
歴戦の傭兵や、漆黒のロボット、そんな威厳のある見た目を、最後に背中のリュックで台無しにする。
そんな、ある意味ワラビらしい新フォームで、彼女は激戦地と化したダンジョンに参戦していった。




