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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部4章 カゲツ編

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第730話 廃墟の大掃除

 ハルは廃墟となった工房の、その小ぢんまりとした部屋の内部を、自身の分身として小鳥の使い魔を飛び回らせて探っていった。

 部屋の中央には<調合>用だろう大竈おおかまどがずっしりと鎮座ちんざし、周囲の床を飛び散った薬品が汚している。

 かけられた大鍋の中には幽霊たちが作っていたらしい謎の液体が残されており、調べるとそれをアイテムとして手に入れることが出来た。


「ふむ? 『負力活性剤』か。珍しいアイテムだね」

「レアアイテムかしら?」

「何に、使うのでしょうか!」

「残念ながら低品質だね。これは負のエネルギーを補充する薬、まあ幽霊用の回復薬のようなものかな。人間には用事のない品だ」


《レアっちゃレアだけど……》

《ただ珍しいだけか》

《好事家には高く売れる?》

《いや作ろうと思えば<調合>で作れる》

《誰も作らないだけ》

《ゴミ》

《言い過ぎぃ! でも二束三文です》

《暗黒属性だから、一応カゲツらしい》


 カゲツの国は『闇属性』と、それに連なる『暗黒属性』を司る国だ。光のアイリスとは対になる立場。

 属性自体は別に闇だから悪いとか、悪だとか、そういったことはないが、性質的にこうした魔に連なるものが多くなるのは避けられないのも事実だった。


「おばけは、お食事を作っていたのでしょうか?」

「なんだか愉快だね?」

「いえ、全然そんなには感じられなかったけれど……?」

「無理があったか。でも、実際はそんな感じなのだろう。自身の存在を維持できる設備が整っているので、この工場に目を付けたと」


 なら逆に言えば、そうした『食事』の開発が出来ない状態であれば、あれらが再び寄って来ることはなくなるのではないか。

 ハルはそう考え、周囲の環境を幽霊用から人間用に改善すべく、使い魔を飛び回らせる。


「掃除が必要だね。ん……? そういえば掃除って、どうすればいいんだ……?」

「汚れを、『破壊』すればいいのでしょうか!?」

アイリ(サクラ)ちゃん? その考え方は、少しゲームが過ぎるわ?」

「ですが、ゲームなのです!」

「そうなのだけれど……」


 立派なゲーマーとして着々と成長しているアイリの発想に、多少の不安を抱くルナだ。

 汚れ、つまり物体オブジェクトを消去するには、攻撃して破壊すればいい。実に合理的でゲーム的な発想だ。

 アイリが立派に成長してくれて、ハルも嬉しい。


 ……冗談はさておき、残念ながらその方法では掃除は出来ないようだった。

 この汚れエフェクトは建物に関連付けられた『絵柄』のようなもの。破壊しようとすれば、この工房ごと破壊してしまうだろう。


「ただ、ゴミ拾いは出来るようだね。ガラクタばっかりだけど」

「『割れたビーカー』に『壊れた乳鉢』、『皿のない天秤』。さすがに、何の役にも立たなそうなのです……」

「拾うだけ無駄なものばかりか。まあ、僕らは分解して基礎マテリアルとして活用可能ではある」

「こんな状態では、わざわざ落ちているアイテムを回収しようとするプレイヤーは稀でしょうね?」


 それが罠なのかも知れない。アイテムとしては拾っても何の価値も生み出さない、正真正銘の『ゴミ』。

 それでも手間を掛けて、きちんと掃除することが、環境回復には必要なのだとしたら。


「アルベルト。『掃除』のついでに『掃除』もしておいてくれ。現場指揮官と連携して、徹底的に綺麗にするように」

「《はっ! このアルベルトにお任せを。敵も不用品も、一つ残らず一掃してご覧に入れましょう》」

「《シルフィード了解です、クラマス。制圧した工房内は、チームで手分けしてドロップ品回収します》」

「任せたよ」


《漁りだ漁りだ》

《ハックスラッシュじゃ!》

《あされあされ》

《取りつくせー》

《良い物が欲しい所だね……(笑)》

《回収品全部ゴミ確定はちょっと》

《たまに良い物落ちてるらしいよ》

《普通はそれだけ拾ってあとは無視だな》


 そうなるだろう。ゴミの中から、きらりと光るレアな逸品を発見し、そのことに満足しあとの不用品は無視する。

 その対処の仕方では、現場環境は一向に改善しない。


 ハルは使い魔を飛び回らせ、散乱している低級アイテム類を一つ残らず回収していく。

 攻略に奔走していたクランのメンバーたちも、モンスターを倒してすぐに移動していたところ一手間かけて、戦場の後片付けもしっかりと行ってくれていた。


 数の力は偉大。驚くべきスピードでテキパキと、多くの工房がゴミ一つ落ちていないまっさらな状態へ整えられていく。


「……へえ、凄いねみんな。お掃除名人かな?」

「《えっへへぇー、すごいでしょローズ様! あたしたち、こう見えてしっかり者なんだよー》」

「《別のゲームで慣れてるだけでしょ》」

「《そうそう。アベル様親衛隊は、実質領地の雑用係》」

「《建築現場のゴミ拾いもなんのその》」

「《あれに慣れたら、アイテムとしてピックアップされるこっちなんて、何でもないですねー》」

「《皆さん、お喋りは、あまりクラマスへの通信に乗せないように》」

「《はーい》」「《はーいリーダー》」「《ごめんなさいー》」

「いいよ別に。頑張ってね、みんな」


 かしましくもうるわしい、女の子たちの報告が矢継やつばやに飛んでくる。

 シルフィードをリーダーとした、アベル王子ファンクラブのメンバーたちだ。


 異世界においてアベルの領地の発展のため、ゲーム感覚で様々なお手伝いをこなしてきた彼女たちだ。

 現実と同条件のそれら作業に慣れた彼女らにとって、この程度の掃除など、物の数にも入らないようだ。次々と手分けして部屋が片付けられていく。


「さて、問題はここからどうするか」


 ゴミを拾い終わっても、部屋は薄暗く汚いままだ。この状態を改善しないままだと、きっとまた幽霊が現れ荒らしてしまう。それでは元の木阿弥もくあみ

 ハルは今度はこの部屋自体に、改善の余地が残されていないか探っていくのであった。





「んー、<建築>コマンドで、リフォームすることは可能みたいだけど……」

「なにか、問題なのですか? お姉さまの、得意分野なのです!」

「そうなんだけどねアイリ(サクラ)。この錬金工房、見た目は一般的なプリセットだけど、工場内の施設だけあって一部特殊な作りになっているみたいなんだ」

「なるほど! “ふるかすたむ”な“おーだーめいど”なのですね!」

「そうだね」

「普段、私たちが利用しない素材がレシピに含まれているということね?」


 様々な素材を大量に生産して備蓄びちくしているハルたちのクランであるが、それでも世に存在する全ての素材を保持している訳ではない。どうしても偏りは出る。

 特に、ハルたちはアイリスの国に所属している、アイリス神の『祝福』を受けた聖なる騎士たちの集まりだ。

 この闇を司るカゲツで使う素材は、関わりの薄い物が多かった。


《作れないのお姉さま?》

《ばっか、そんな訳ないだろ》

《作れるだろうけど、最初からになる》

《いくらローズ様の生産が神でもなー》

《やはり一人では限界がある》

《じゃあクラン全員でやれば……》

《今は攻略中だもん》

《生産したら本編の手が止まっちゃう》

《敵地で無防備になるし》


 そう、作れない訳ではないが、どうしても普段使わないアイテム群を一から作るとなると時間が掛かる。

 特に上級アイテムは、その素材となる中級アイテム、更にその素材となる下級アイテムから、といった手順を踏む必要が生じる物も多く、輪をかけて厄介だった。


「……特に、今の僕はステータスが一度リセットされた身だ。回収は順調だけれど、まだまだ元のスペックを取り戻すには遠い」

「そうね? あなたの生産キューは、今はそちらを優先すべきだわ」

「<生命の秘薬>などを、量産しないといけないのです!」


 ソロモンの<契約書>を逆手にとって、彼の(彼女の?)クラン全体を生きるポイント発生装置に作り替えてしまったハル。

 彼らに詐欺行為の代償として『生命保険』を送り付け、今も無限にデスペナルティに陥らせている。

 そこでポイントの錬金術を行う為のアイテム、ステータス増加用ドーピングの薬や、彼らを死に追いやり続ける毒薬。それらもまだまだ数が足りておらず、今も全力で増産中だった。


 低下したハルのステータスはその生産スキルの効率も落としており、今の状態で<建築>用のハイレベル素材を作り上げるのは、いささか非効率と言わざるを得ない。


「ここは、長期戦の構えかしら?」

「いや、僕はいいとしても、メンバーの負担が大きい」

「確かにそうです。またおばけが出てきたら、やっつけないといけません……」

「それに、長丁場ながちょうばになると、退屈に耐えられなさそうなのが約一名いてね」


《あっ……》

《魔王様……》

《今も元気に大暴れ》

《このままだと工場全部ぶっ壊しちゃう!》

《ローズ様いそいでー!》

《あ、あんなに豪華だった工場が……》


「《フハハハハハ! どうした、もう打ち止めか! むっ、まだそこに居たか! 『ダーク・エクスティンクション』!!》」


 ハルがちらりと、目の端に展開してある魔王ケイオスの生放送を移したウィンドウモニターに目をやると、そこでは中央施設に降下らっかしたケイオスがド派手に暴れまわっていた。


 輝く魔法金属のかたまりのようだった中央工場は、今は見る影もなくボロボロになり、黒く焼け焦げている。

 強力な魔法攻撃を放射してきた防衛システムは、ケイオスによって無残に破壊され、内部に潜む凶悪なモンスターに向け放たれた魔王の魔法の余波を受け、壁は内外問わずそこかしこが吹き飛んでいた。


「加減しろ馬鹿……」

「これは、外周なんかより中央の修理のことを今から考えておいた方がよさそうね?」

「考えたくない……」

「お、お姉さま、ファイトなのです!」


 見るからに豪華な魔法金属の集合体だ。あの中央工場の再建に、どれだけのお金と素材が掛かるのだろうか。

 それを考えるだけで、今から頭が痛くなってくる気がするハルだった。


「……まあいい。それは今は考えても仕方ない。今気にするべきは、アイツが中央の攻略を終わらせて、周囲に目を向けてしまうことだ」

「次は中間部の工場が、犠牲になるのです!」

「もう災害かなにかね? 味方、よね……?」

「そのはず……」


 なんとかその前に、せめて外周部の工房群だけでも状況を落ち着かせておかねばならない。

 そうすれば騎士隊をユキたちに合流させ、ケイオスの出番を減らすことが出来るはずだ。


「……幸い、いけそうな方法は思いついた。出来れば、やりたくなかったけど」


《おお!》

《流石はローズ様》

《でも珍しいね、やりたくないって》

《なんだろ?》

《分かった! 『幻覚薬』だ!》

《確かに嫌ってらっしゃるけど(笑)》

《飲んどる場合かー!》


「幻覚薬じゃないよ。断じてない。まあ、あれよりはマシか。<信仰>だね」

「確かに! アイリス様は光の神様なのです、『浄化』するのが、お得意です!」


《おおっ! さっすがお兄ちゃん。目の付け所が違うよねぇ。そーそー、お金で解決すりゃーいいんさ、お金で出来ることは》

《……だからやりたくないんだよなあ。いったい、何に使ってるのアイリス。僕らの課金をさ?》

《んー、いいじゃないのさー、そなことさー。それよか、早く課金するんさ! モンスター出て来ちゃうのよぉ?》

《うるさい。拾ったゴミ送り付けて信仰心にするぞ》


 本当にそうしてやりたいところだが、この広大な範囲を『浄化』するためには、低級アイテムをコストにした<信仰>ポイントではまるで足りない。

 どうしても、課金による大幅なブーストが必要になってくる。


 ハルは渋々、課金することに同意するためのウィンドウを承認するのであった。

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