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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第3章 アルベルト編

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第73話 景観と効率の境界線

「お帰りなさい。お疲れさま。どうだったかしら?」

「ルナさん、ただいまです! 楽勝でした!」

「ただいまルナ。アイリ、凄く強かったよ。プレイヤーじゃあ、まだまだ相手にならなそう」


 本拠地に戻り、ルナの出迎えを受けるハルとアイリ。

 ここは平原の中央にある、小高くなった丘の上。アイリの屋敷の付近、カナリーの神殿があった立地の再現といった所か。

 見通しがきき、射線も通るが、軍勢に対する防御には向かない立地である。


「でも無茶しては駄目よ? 私たちと違って、命は一つなのだから」

「心得ています。常にハルさんと行動しますね」


 これまで何度も交わされた会話だ。だが念を押しすぎるという事は無い。


「でもそれならハル? 抑止に留めるより、あなたが攻めに転じて、国境近くの脅威を取り除いてしまってはどう? ユキではないけど、あなたなら可能でしょう」

「そうだね。実力差にはかなり開きがあるようだし。ルナ、ユキ、ソフィーさんも合わせれば敵無しだろうね」

「敵を倒せば、どんどんポイントも増えますものね!」

「そうだね。そのポイントを使って更に強化だ」


 まるで侵略国家である。ハル軍の脅威に対抗するため、他国は次第に結束し強くなるだろう。それを凌駕りょうがするため、更に侵略し、ポイントを奪い取り、自軍を強化して、また侵略する。

 その循環ループは回り続ける。制覇勝利のその日まで。


「でもそれはやらない」

「また自分の力を気に病んでいるの?」

「いや、この試合に参加すると決めた時に、それはひとまず捨てたよ」


 最初、ハルはイベントには不参加で通そうと思っていた。だが、アイリがどうしても参加したいと言うのを受けて、参加を決めることになった。

 彼女が強く主張することだ。何らかの直感が働いているのだろう。

 であるならば、単純に勝つだけには留められない。


「評価点のような物があるかは分からないけど、出来るだけ多くの成果を挙げて勝とうと思う」

「神々が、どういった思惑でこの遊戯を開催したのか、見定めたい意図もあります」


 アイリが補足してくれる。いい加減、そのあたりも知っておきたい所だった。神同士が水面下で争っているのは何故なのか。

 お気楽なチーム戦がやりたいだけなら、セレステの闘技場でも使ってやれば済む事だ。こんな不平等な仕様で、わざわざ専用ステージを作ってやる必要は無い。


「それに、第二回があるかも知れないしね」

「確かにそうね」

「二回目があると、どうなるのですか?」

「全員倒して勝ったりすれば、二回目には開始直後から世界の敵だ」

「袋叩きね」


 なのであまり余計な敵愾心ヘイトは稼がずにおきたい。

 最終的に勝利するのであれば、結果は同じなのかも知れないが。





「さて、勝利すると言うのは簡単だけど、厳しいね。ルナの言うように全員倒してしまうのが一番現実的なくらいだ」

「数は力だものね。ギルド戦で30:2で戦った時なんかは悪夢だったわ」

「まさか、負けてしまったのですか……?」

「いや、僕が27人、ルナが3人操作して勝ったよ」

「すごいですー……」


 ツッコミ不在であった。思えばハルの周りにはツッコミ役が足りていないのではないか。

 ハルがやらない場合は、そのまま流れていきがちだ。


 その余談はさておき。数が多いというのは本当に恐ろしい。特にこうした生産が関わる物では。何の力も無いと自称する者でも、十人も集まればいっぱしの戦力だ。


「わたくし達は、こちらから攻めないと公言しているので、更に厳しいですね」

「まあ、侵食力は上げさせてもらうけどね」

「自衛のためだもの。仕方ないわよね?」


 流石にルナはこのあたり理解が早い。プレイヤーの滞在による侵略はしないと言っているが、国境を押し上げる力を強めないとは言っていない。

 自国の領内に引きこもり、内政を強化し続け文化を広げる。


「侵略したのではない。文化が伝播してしまっただけなんだ」

「向こうの都市が、『うちも入れて下さい』と頼んで来たのですものね」

「『侵食力』と言っているので、それは無理があるのでは……」


 ハルの好きな戦略ゲームで、非戦争勝利をする時を思い出して盛り上がってしまった。

 アイリの言うとおり、その理屈は通用しないだろが、自衛のためであるのは確かだ。無防備のままでは、他国が『侵食力』を上げたら飲み込まれてしまう。


 なにはともあれ、ポイントを稼がないと始まらない。

 ポイントを稼ぐ方法は三つ。敵の撃破、建築、領土の拡張。

 戦いについては、侵略目的の敵を倒す以外では、ユキとソフィーに一任する。とはいえ彼女らは一騎当千。各地で暴れまわって、それなりに稼いでくれるだろう。

 ハル達が主に重視すべきは建築によるポイント入手。そしてそのための素材の確保だ。


「うちの領土の採取ポイントには銀眼シルバーアイを配置し終えた。素材は、結構偏りがあるね」

「シルバーにして格好よく言っても、モンスター風味は消せていないわよ?」

「……目じゃないと消えちゃうんだよね。見た目は諦めるしかない」

「銀鉱石が多いのですね。わたくし達のギルドに合わせてくれたのでしょうか?」

「ギルド名に合わせて、『銀の都』を作りましょうか」

「お城も作りましょう!」


 この領土には平地が多いにも関わらず、意外と鉱石類が豊富だった。中でも銀が多く、これを中心に建築をしてくださいと言わんばかりだ。

 銀を使った建築の効果には、魔法に対する防御力の強化や、回復力の増加があり優秀だ。よくよく回復力に縁のあるハルである。

 センスの良いルナとアイリにデザインを任せれば、立派な建築が出来上がるだろう。

 しかし、問題が一つあった。


「素材、余るよね」

「そうね。無理に使い切ろうとしたら、カオスな街が出来上がるわ」

「あまり多くの種類の素材が近くにあると、効果が落ちると書いてあります……」

「景観を重視するか、効果を重視するか選べって事だね」


 説明文を読みながら皆で頭をひねる。アイリもウィンドウの操作にかなり慣れてきていた。二人に混じって注意書きに目を通している。

 この試合の仕組みは、選択を迫る物が多い。全体での意思統一をさせる気がなかった。


「とりあえず、見栄えの良い建物たてものについては二人に任せるよ。素敵な街にしてね」

「お任せください!」

「ハルがやった方が仕上がりは上よ?」

「細部は手伝うよ。僕の方はやる事があるから」


 何せ素材は建築に使わなければ効果を発揮しないし、ポイントも得られない。

 今この瞬間も、ハルの目玉によって素材は順次収穫されて来ている。貯めて置くだけではもったいない。


「じゃあ、ちょっと埋めてくるね」





 ハルはその場で<地魔法>によって足元を掘り起こし、土や石を砕いて消滅させていく。そのまま真下へと掘り進んで行くと、じきに行き止まり、世界の壁に行き当たった。あまり深くまでは設定されていないようだ。

 魔法の光で明かりを点け、今度は真横に向かって<地魔法>できっちり整地しながら掘り進む。しばらく進んだ先で、不要な素材で建材を作成し、空間を埋めて行く。

 木の板で床を敷き、その上に隙間無く木の柱を整列させる。地下通路にぎっしりと木材の並んだ、なんとも形容しがたい謎の空間が出来上がってゆく。


 一列を埋め終えたら、次の穴をその隣に掘りまた埋める。木材を使い切ったら次は鉄で。

 そうして次々に不要な素材を使って、ハルは地下に“建築”を行っていった。断じて不法投棄ではない。建築だ。

 倉庫インベントリを、下の段から順にアイテムで埋めていく作業を実際にやったら、こんな感じになるだろうか。

 この地下部分が効率を担うハルの城。地面をまたいだ地上の景観は、少女たちに任せることにしよう。


「ただいま」

「わぷっ。びっくりしました! おかえりなさい!」


 <飛行>して地上に上がると、ちょうどアイリが穴を覗き込んでいる所だった。

 地上もまた様変わりしており、見上げると彼女らの作った銀の塔が起立していた。楼閣のごとき美しく、また堅牢そうな造りだ。これは単体で完結するものではなく、いずれ城の一部へとなるのだろう。

 本拠地のクリスタルも、内部へと収納されているようだ。


「地下帝国の建設は済んだのかしら?」

「残念、ただの地下資材置き場だよ」


 その塔の上からルナが<飛行>で降りてきた。思えばこの三人は全員が飛行の魔法を使える。

 ユキなどは使えないが、彼女は壁を駆け上がってしまいそうだ。備え付きの階段が泣いているが、仕方ない。飛ばなければ大規模建築はやっていられない。


「凄いね、こんな物の図面まで頭に入ってるんだ」

「用意されていたものを少し弄っただけよ。アイリちゃんにも手伝ってもらったし」

「国の城を思い出してがんばりました! 黒曜さんに手伝ってもらいました!」

「《手伝いの手伝いをしました》」


 二人で得意げに胸を張る。それに相応しい出来だった。

 建築行為によってポイントも大量に入り、それを『侵食力』へと投入していく。かすかではあるが、じわり、と国境線を押し広げる力が働くのが見えた。


「キリが良い所だし、ユキを呼び戻して休憩にしようか」

「うー……、もう少しやりたかったですのに」

「転送まで時間があるよ。その間にどうぞ」

「はい!」

「カナリーちゃん、転送準備お願い」

「はいはーい。十分後くらいになりますよー」


 アイリはこの作業を気に入ったようだ。塔から伸ばしていく形で本城の部分を作り上げて行く。

 塔に合わせるなら、中々大きな城になりそうである。


「銀に輝いて見栄えはそこそこだけれども、少し物足りない感じがするわ」

「贅沢な。でもそうだね、単品だと味気ない。銀と食べ合わせの良い素材は、宝石類みたいだね」

「ますます贅沢な話ね。うちには無いのよね?」

「ほとんど無いね。他から奪ってくるしかないかな」

「こうして争いを起こそうとしているのね」


 そうしてユキが戻って来る。かなり広いフィールドだが、彼女が全力で走れば数分で着いてしまうようだ。

 ユキに留守を任せると、ハルとアイリは屋敷へと休憩に戻って行った。





 小休止が終わり、またバトルフィールドへ戻って来る。

 ハル達が戻った場所は、建設中の謁見の間のようだ。クリスタル様が玉座へと鎮座ちんざしておられた。輝かしいそのお姿からは、堂々たる威風を感じる。本拠地の位置はここで決定になったのだろう。

 そんな城の建築を続けるルナへと、アイリが駆け寄って挨拶をしている。


 ハルは、城の外で警戒を続けるユキへと声をかける。


「ユキ、ただいま。ありがとうね」

「お帰りハル君。敵襲は二回。南から採取目当てと、東から侵略だ」

「見計らったようなタイミングだね」

「ハル君が消えるの、観客席で見てたみたいでね。掲示板に書き込みがあった」


 裏を返せば、ハルとアイリの存在はそれだけ脅威だと思われている証拠だ。派手にパフォーマンスをした甲斐があったというものだった。

 ハルは採取ポイントに配置してある目玉を再起動し、順に素材の回収をしていく。


「仕返ししないとね」

「あ、大丈夫。もうソフィーちゃんが行ってくれてる」

「それはありがたい」


 レーダーに目を向けると、ソフィーを示す光点が緑チームの領土にあった。現在侵攻のカウント中のようである。


「そういえば、私らにくっ付けたアレは何のためなの?」

「あれは常時、周囲に魔力を出そうとしてるんだよ。空白地帯があったらそこを埋められるように」

「それで私に探せって言ったんだね。まだ見つからないや。無いかも」

「無かったらしょうがないね」


 だが彼女らに付けた目玉は無駄ではなかった。特にソフィーの方だ。

 ソフィーの特殊スキル、<次元斬撃>は空間を切り裂くらしい。それは事実のようで、そこにあるエーテルも一瞬、空白になる。

 その空いた隙間に、彼女に持たせたハルの目玉がオートで行っている<魔力操作>が、魔力を流し込んでいた。

 つまり、彼女が剣を振るうたびに、敵陣に黄色チームの領土が少しずつ入り込んで行くのだ。

 空に刻まれた傷は、レーダーで見ると小さすぎて気づかない。ハルのように魔力を見る目を持っていないと分からない、仕込まれた爆弾であった。


「ルナちー、休憩したら? 私まだ見てるよ」

「そう? じゃあお願いしようかしら」

「なら僕はその前に地下を埋めに行って来ようかな」

「ハル君、倉庫番の目玉も用意したら良いんじゃない?」

「アレは小石や何かに当たるだけで消えちゃうんだ」


 ハルの体から離れたパーツは、その構造に少しでも傷が付くと消えてしまう。魔法で地面を掘り進む作業には向いていなかった。

 ルナがログアウトのカウント待ちをしている間、ハルは地下資材置き場で作業を済ます。

 ユキとソフィーの戦闘も合わせ、ポイントもなかなか貯まってきた。そろそろ黄色チームの侵食力が強力になっている事に気づかれる頃だろう。

 国境線は、じっと見ていればすぐに察せられる速度で、他チームへと侵食して行っている。


「このまま楽勝?」

「いや、じきに何かしら対抗してくるはず。この『儀式用魔方陣』とか気になるし」

「宝石を大量に使うんだ。うちじゃ無理だねぇ」

「強力な魔法を使うための物、なのでしょうか?」

「そうかもね。対国家魔法みたいなのが飛んで来るかも知れない」


 強化出来るのは侵食力だけではない。建築効果や、他の強化の内容に、逆転の要素が隠れている事も考えられる。

 ユキの集めてきた他国の素材を使って『回復薬生成機』を建築しながら、ハル達はそう話し合う。

 果物系の素材を投入すれば、このイベント中も使える回復薬を作りだしてくれる装置だ。このような特殊効果を持つものが、まだありそうだった。


「銀素材は魔法防御だから、そういうの飛んできても少しは安心かな?」

「はい! 大きなお城にしますよ!」

「『神の強化』も気になるね。カナリーちゃん、どうなるか教えて」

「やってみてのお楽しみですよー」

「あはは、やっぱりカナちゃん教えてくんない」


 玉座のクリスタルにもたれかかり、暇そうにしているカナリーに問いかけるも、やはり答えは返ってこなかった。

 その強化を続けていけば、彼女のように本体の<降臨>が成るのだろうか。もしそうならば、非常に脅威だ。ここで足をぶらぶらさせている、うちの神様に出てもらわないといけないだろう。


 そうして、ひとつの山場、夜がやってくる。

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