第73話 景観と効率の境界線
「お帰りなさい。お疲れさま。どうだったかしら?」
「ルナさん、ただいまです! 楽勝でした!」
「ただいまルナ。アイリ、凄く強かったよ。プレイヤーじゃあ、まだまだ相手にならなそう」
本拠地に戻り、ルナの出迎えを受けるハルとアイリ。
ここは平原の中央にある、小高くなった丘の上。アイリの屋敷の付近、カナリーの神殿があった立地の再現といった所か。
見通しがきき、射線も通るが、軍勢に対する防御には向かない立地である。
「でも無茶しては駄目よ? 私たちと違って、命は一つなのだから」
「心得ています。常にハルさんと行動しますね」
これまで何度も交わされた会話だ。だが念を押しすぎるという事は無い。
「でもそれならハル? 抑止に留めるより、あなたが攻めに転じて、国境近くの脅威を取り除いてしまってはどう? ユキではないけど、あなたなら可能でしょう」
「そうだね。実力差にはかなり開きがあるようだし。ルナ、ユキ、ソフィーさんも合わせれば敵無しだろうね」
「敵を倒せば、どんどんポイントも増えますものね!」
「そうだね。そのポイントを使って更に強化だ」
まるで侵略国家である。ハル軍の脅威に対抗するため、他国は次第に結束し強くなるだろう。それを凌駕するため、更に侵略し、ポイントを奪い取り、自軍を強化して、また侵略する。
その循環は回り続ける。制覇勝利のその日まで。
「でもそれはやらない」
「また自分の力を気に病んでいるの?」
「いや、この試合に参加すると決めた時に、それはひとまず捨てたよ」
最初、ハルはイベントには不参加で通そうと思っていた。だが、アイリがどうしても参加したいと言うのを受けて、参加を決めることになった。
彼女が強く主張することだ。何らかの直感が働いているのだろう。
であるならば、単純に勝つだけには留められない。
「評価点のような物があるかは分からないけど、出来るだけ多くの成果を挙げて勝とうと思う」
「神々が、どういった思惑でこの遊戯を開催したのか、見定めたい意図もあります」
アイリが補足してくれる。いい加減、そのあたりも知っておきたい所だった。神同士が水面下で争っているのは何故なのか。
お気楽なチーム戦がやりたいだけなら、セレステの闘技場でも使ってやれば済む事だ。こんな不平等な仕様で、わざわざ専用ステージを作ってやる必要は無い。
「それに、第二回があるかも知れないしね」
「確かにそうね」
「二回目があると、どうなるのですか?」
「全員倒して勝ったりすれば、二回目には開始直後から世界の敵だ」
「袋叩きね」
なのであまり余計な敵愾心は稼がずにおきたい。
最終的に勝利するのであれば、結果は同じなのかも知れないが。
◇
「さて、勝利すると言うのは簡単だけど、厳しいね。ルナの言うように全員倒してしまうのが一番現実的なくらいだ」
「数は力だものね。ギルド戦で30:2で戦った時なんかは悪夢だったわ」
「まさか、負けてしまったのですか……?」
「いや、僕が27人、ルナが3人操作して勝ったよ」
「すごいですー……」
ツッコミ不在であった。思えばハルの周りにはツッコミ役が足りていないのではないか。
ハルがやらない場合は、そのまま流れていきがちだ。
その余談はさておき。数が多いというのは本当に恐ろしい。特にこうした生産が関わる物では。何の力も無いと自称する者でも、十人も集まればいっぱしの戦力だ。
「わたくし達は、こちらから攻めないと公言しているので、更に厳しいですね」
「まあ、侵食力は上げさせてもらうけどね」
「自衛のためだもの。仕方ないわよね?」
流石にルナはこのあたり理解が早い。プレイヤーの滞在による侵略はしないと言っているが、国境を押し上げる力を強めないとは言っていない。
自国の領内に引きこもり、内政を強化し続け文化を広げる。
「侵略したのではない。文化が伝播してしまっただけなんだ」
「向こうの都市が、『うちも入れて下さい』と頼んで来たのですものね」
「『侵食力』と言っているので、それは無理があるのでは……」
ハルの好きな戦略ゲームで、非戦争勝利をする時を思い出して盛り上がってしまった。
アイリの言うとおり、その理屈は通用しないだろが、自衛のためであるのは確かだ。無防備のままでは、他国が『侵食力』を上げたら飲み込まれてしまう。
なにはともあれ、ポイントを稼がないと始まらない。
ポイントを稼ぐ方法は三つ。敵の撃破、建築、領土の拡張。
戦いについては、侵略目的の敵を倒す以外では、ユキとソフィーに一任する。とはいえ彼女らは一騎当千。各地で暴れまわって、それなりに稼いでくれるだろう。
ハル達が主に重視すべきは建築によるポイント入手。そしてそのための素材の確保だ。
「うちの領土の採取ポイントには銀眼を配置し終えた。素材は、結構偏りがあるね」
「シルバーにして格好よく言っても、モンスター風味は消せていないわよ?」
「……目じゃないと消えちゃうんだよね。見た目は諦めるしかない」
「銀鉱石が多いのですね。わたくし達のギルドに合わせてくれたのでしょうか?」
「ギルド名に合わせて、『銀の都』を作りましょうか」
「お城も作りましょう!」
この領土には平地が多いにも関わらず、意外と鉱石類が豊富だった。中でも銀が多く、これを中心に建築をしてくださいと言わんばかりだ。
銀を使った建築の効果には、魔法に対する防御力の強化や、回復力の増加があり優秀だ。よくよく回復力に縁のあるハルである。
センスの良いルナとアイリにデザインを任せれば、立派な建築が出来上がるだろう。
しかし、問題が一つあった。
「素材、余るよね」
「そうね。無理に使い切ろうとしたら、カオスな街が出来上がるわ」
「あまり多くの種類の素材が近くにあると、効果が落ちると書いてあります……」
「景観を重視するか、効果を重視するか選べって事だね」
説明文を読みながら皆で頭をひねる。アイリもウィンドウの操作にかなり慣れてきていた。二人に混じって注意書きに目を通している。
この試合の仕組みは、選択を迫る物が多い。全体での意思統一をさせる気がなかった。
「とりあえず、見栄えの良い建物については二人に任せるよ。素敵な街にしてね」
「お任せください!」
「ハルがやった方が仕上がりは上よ?」
「細部は手伝うよ。僕の方はやる事があるから」
何せ素材は建築に使わなければ効果を発揮しないし、ポイントも得られない。
今この瞬間も、ハルの目玉によって素材は順次収穫されて来ている。貯めて置くだけではもったいない。
「じゃあ、ちょっと埋めてくるね」
◇
ハルはその場で<地魔法>によって足元を掘り起こし、土や石を砕いて消滅させていく。そのまま真下へと掘り進んで行くと、じきに行き止まり、世界の壁に行き当たった。あまり深くまでは設定されていないようだ。
魔法の光で明かりを点け、今度は真横に向かって<地魔法>できっちり整地しながら掘り進む。しばらく進んだ先で、不要な素材で建材を作成し、空間を埋めて行く。
木の板で床を敷き、その上に隙間無く木の柱を整列させる。地下通路にぎっしりと木材の並んだ、なんとも形容しがたい謎の空間が出来上がってゆく。
一列を埋め終えたら、次の穴をその隣に掘りまた埋める。木材を使い切ったら次は鉄で。
そうして次々に不要な素材を使って、ハルは地下に“建築”を行っていった。断じて不法投棄ではない。建築だ。
倉庫を、下の段から順にアイテムで埋めていく作業を実際にやったら、こんな感じになるだろうか。
この地下部分が効率を担うハルの城。地面をまたいだ地上の景観は、少女たちに任せることにしよう。
「ただいま」
「わぷっ。びっくりしました! おかえりなさい!」
<飛行>して地上に上がると、ちょうどアイリが穴を覗き込んでいる所だった。
地上もまた様変わりしており、見上げると彼女らの作った銀の塔が起立していた。楼閣のごとき美しく、また堅牢そうな造りだ。これは単体で完結するものではなく、いずれ城の一部へとなるのだろう。
本拠地のクリスタルも、内部へと収納されているようだ。
「地下帝国の建設は済んだのかしら?」
「残念、ただの地下資材置き場だよ」
その塔の上からルナが<飛行>で降りてきた。思えばこの三人は全員が飛行の魔法を使える。
ユキなどは使えないが、彼女は壁を駆け上がってしまいそうだ。備え付きの階段が泣いているが、仕方ない。飛ばなければ大規模建築はやっていられない。
「凄いね、こんな物の図面まで頭に入ってるんだ」
「用意されていたものを少し弄っただけよ。アイリちゃんにも手伝ってもらったし」
「国の城を思い出してがんばりました! 黒曜さんに手伝ってもらいました!」
「《手伝いの手伝いをしました》」
二人で得意げに胸を張る。それに相応しい出来だった。
建築行為によってポイントも大量に入り、それを『侵食力』へと投入していく。微かではあるが、じわり、と国境線を押し広げる力が働くのが見えた。
「キリが良い所だし、ユキを呼び戻して休憩にしようか」
「うー……、もう少しやりたかったですのに」
「転送まで時間があるよ。その間にどうぞ」
「はい!」
「カナリーちゃん、転送準備お願い」
「はいはーい。十分後くらいになりますよー」
アイリはこの作業を気に入ったようだ。塔から伸ばしていく形で本城の部分を作り上げて行く。
塔に合わせるなら、中々大きな城になりそうである。
「銀に輝いて見栄えはそこそこだけれども、少し物足りない感じがするわ」
「贅沢な。でもそうだね、単品だと味気ない。銀と食べ合わせの良い素材は、宝石類みたいだね」
「ますます贅沢な話ね。うちには無いのよね?」
「ほとんど無いね。他から奪ってくるしかないかな」
「こうして争いを起こそうとしているのね」
そうしてユキが戻って来る。かなり広いフィールドだが、彼女が全力で走れば数分で着いてしまうようだ。
ユキに留守を任せると、ハルとアイリは屋敷へと休憩に戻って行った。
*
小休止が終わり、またバトルフィールドへ戻って来る。
ハル達が戻った場所は、建設中の謁見の間のようだ。クリスタル様が玉座へと鎮座しておられた。輝かしいそのお姿からは、堂々たる威風を感じる。本拠地の位置はここで決定になったのだろう。
そんな城の建築を続けるルナへと、アイリが駆け寄って挨拶をしている。
ハルは、城の外で警戒を続けるユキへと声をかける。
「ユキ、ただいま。ありがとうね」
「お帰りハル君。敵襲は二回。南から採取目当てと、東から侵略だ」
「見計らったようなタイミングだね」
「ハル君が消えるの、観客席で見てたみたいでね。掲示板に書き込みがあった」
裏を返せば、ハルとアイリの存在はそれだけ脅威だと思われている証拠だ。派手にパフォーマンスをした甲斐があったというものだった。
ハルは採取ポイントに配置してある目玉を再起動し、順に素材の回収をしていく。
「仕返ししないとね」
「あ、大丈夫。もうソフィーちゃんが行ってくれてる」
「それはありがたい」
レーダーに目を向けると、ソフィーを示す光点が緑チームの領土にあった。現在侵攻のカウント中のようである。
「そういえば、私らにくっ付けたアレは何のためなの?」
「あれは常時、周囲に魔力を出そうとしてるんだよ。空白地帯があったらそこを埋められるように」
「それで私に探せって言ったんだね。まだ見つからないや。無いかも」
「無かったらしょうがないね」
だが彼女らに付けた目玉は無駄ではなかった。特にソフィーの方だ。
ソフィーの特殊スキル、<次元斬撃>は空間を切り裂くらしい。それは事実のようで、そこにあるエーテルも一瞬、空白になる。
その空いた隙間に、彼女に持たせたハルの目玉がオートで行っている<魔力操作>が、魔力を流し込んでいた。
つまり、彼女が剣を振るうたびに、敵陣に黄色チームの領土が少しずつ入り込んで行くのだ。
空に刻まれた傷は、レーダーで見ると小さすぎて気づかない。ハルのように魔力を見る目を持っていないと分からない、仕込まれた爆弾であった。
「ルナちー、休憩したら? 私まだ見てるよ」
「そう? じゃあお願いしようかしら」
「なら僕はその前に地下を埋めに行って来ようかな」
「ハル君、倉庫番の目玉も用意したら良いんじゃない?」
「アレは小石や何かに当たるだけで消えちゃうんだ」
ハルの体から離れたパーツは、その構造に少しでも傷が付くと消えてしまう。魔法で地面を掘り進む作業には向いていなかった。
ルナがログアウトのカウント待ちをしている間、ハルは地下資材置き場で作業を済ます。
ユキとソフィーの戦闘も合わせ、ポイントもなかなか貯まってきた。そろそろ黄色チームの侵食力が強力になっている事に気づかれる頃だろう。
国境線は、じっと見ていればすぐに察せられる速度で、他チームへと侵食して行っている。
「このまま楽勝?」
「いや、じきに何かしら対抗してくるはず。この『儀式用魔方陣』とか気になるし」
「宝石を大量に使うんだ。うちじゃ無理だねぇ」
「強力な魔法を使うための物、なのでしょうか?」
「そうかもね。対国家魔法みたいなのが飛んで来るかも知れない」
強化出来るのは侵食力だけではない。建築効果や、他の強化の内容に、逆転の要素が隠れている事も考えられる。
ユキの集めてきた他国の素材を使って『回復薬生成機』を建築しながら、ハル達はそう話し合う。
果物系の素材を投入すれば、このイベント中も使える回復薬を作りだしてくれる装置だ。このような特殊効果を持つものが、まだありそうだった。
「銀素材は魔法防御だから、そういうの飛んできても少しは安心かな?」
「はい! 大きなお城にしますよ!」
「『神の強化』も気になるね。カナリーちゃん、どうなるか教えて」
「やってみてのお楽しみですよー」
「あはは、やっぱりカナちゃん教えてくんない」
玉座のクリスタルにもたれかかり、暇そうにしているカナリーに問いかけるも、やはり答えは返ってこなかった。
その強化を続けていけば、彼女のように本体の<降臨>が成るのだろうか。もしそうならば、非常に脅威だ。ここで足をぶらぶらさせている、うちの神様に出てもらわないといけないだろう。
そうして、ひとつの山場、夜がやってくる。




