第728話 空挺降下
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ほどなくして、ハルたちの飛空艇は目的地である巨大廃工場の上空へと到達した。
ここはカゲツの国の国境沿い、遠く見渡してみれば海岸線が、その先に広がる広大な海が臨める最果てである。
立地としては、ハルの治める領地、クリスタの街と似通ったものといえるだろう。
「到着したようだなハルよ! ハハハハハ! 実に良い船だなこれは! 我も一隻、欲しくなってきたぞ!」
「いいと思うよ。ケイオスも作れば?」
「作れたら苦労せぬわぁ!」
「苦労して作るんだよ。甘えるな」
「……お前は、作る時に苦労したか?」
「……したよ? たぶん。うん、したはず」
《結構簡単に作ってたような……》
《遊び半分で作ってましたよね?》
《空の旅も見たかったなー》
《でも休憩ありがたかった》
《速すぎてあんまり休憩にならない(笑)》
《お姉さま、まだ集まってないよー》
《すぐに攻略開始しますか?》
「もちろんすぐにだ! ……と、言いたいが、今はハルの流儀に合わせてやろう。様子を見るのか?」
「まあ、僕はケイオスよりも慎重派なのは確かだね。それに、すまないがこちらは組織だ。視聴者もそうだが、騎士隊の準備も待ってあげないと」
「いいだろう。しかし、ぐずぐずするなよ? あまり遅いと我一人で先に行ってしまうからな! ハハハ!」
「せっかちな魔王様だ」
ハルたちはすぐさま着陸してダンジョンには挑まずに、空から廃工場を観察する。
その間にクランの仲間たちは装備を整えて、初の一丸となった大規模攻略に備えていった。
そのダンジョンは工場、といっても、もちろん現代的なエーテル技術を使った物質生成施設ではない。
かといって前時代の、大型の機械設備を詰め込んだタイプの工場、メタの生産工場のようなものでもない。
用いられるのは魔法の設備。実にファンタジーな、工場施設であった。
「ふむ? これは、興味深いね。ダンジョンとしてというよりも、工場として見どころがる」
「あー、好きな人居るよね、工場。特に、廃棄された前時代の機械工場を見るのが最高なんだっけ?」
「それは好みによるね。僕としては、『工場は動いてなんぼ』、って感じるタイプだけれど」
「ハルちゃんは効率よくアイテムが生み出される様に興奮するヘンタイさんだもんね」
「ユキ、お口が悪いよ?」
ただ、間違ってはいないのも確かだ。最大効率で敷き詰められたメタの工場を前に、二人でニヤニヤしていてはユキにこう言われてしまっても仕方ない。
そんなことを思い出すと、そろそろあちらの稼働状況も気になってきてしまうところだが、今は目の前の工場に集中するとしよう。
《わかるわー、動いてる工場は至高》
《夜も蒸気を吐き出して、ライトアップされたの》
《すごいわかる!》
《うちは死んだ工場がすきです》
《過去の栄華を思わせるのがぐっとくる》
《錆びた機械に植物が這ってる奴!》
《今の工場はきれいすぎるよね》
《分かってないなー》
《ピカピカに磨き上げられたのがロマンなの!》
視聴者たちも、お気に入りの工場に対してはそれぞれ一家言あるようだ。
とはいえ、今回の廃工場はどちらにも当てはまらない。半分生きて、半分死んでいるような物と評することができよう。
「……中身を知らないから適当は言えないが、どうやら施設は稼働しているようだね」
外周に配置された石造りの比較的小型な建物からはときおり魔法の光が漏れだしており、中で何か装置が稼働しているのが空からでも分かる。
その施設群を目で追っていくと、中心に向かうにしたがって建物は大型化し、作りも石から金属質に変わってゆく。
城壁のように高くそびえ立つ金属の箱の中では何が行われているかは読み取れないが、煙突のように突き出た突起からはカラフルな煙がもくもくと今も噴き出している。
その城壁群に守られるように最奥部に配置された工場は、その施設そのものが全て、この飛空艇のように魔法金属であるようだ。これだけで物理的にも莫大な資産。
そんな魔法工場の集大成は、箱その物が怪しく輝いて、施設全体で今も何らかの稼働を続けていた。
「恐らくは、外部の石造りの施設は倉庫や原材料生成のための工場だろう。それが中央に向かうほど、生成物は専門化していく」
「でしょうねー。もしかしたら、この工場全体が中央の施設で作る『何か』の為の補助パーツなのかも知れませんねー」
「中央のはともかく、外部のブロックについては情報があるっす! あれはパッケージ化された魔法の工房でして、<錬金術師>なんかがお店にしたりする奴ですね。<建築>のプリセットにも入ってるはずですよ、ご確認くださいハル様!」
「見ておこう」
エメの助言により、外周部の工場、いや工房で何が行われているかはおおよそ察しが付いてきた。
主に<錬金>や<調合>の生産性を向上させる為の設備が整っている規格品のようで、やはり材料となる物を生み出しているようだ。
「それが分かると、どうなるというのだハルよ。別に、我らはあの施設を便利に使う為に乗り込む訳ではなかろう?」
「焦るなケイオス。つまりだね、あの工房タイプのヤツは『自力では稼働しない』ってことさ」
「……なーるほど。スキルの『補助』なのだから、要は今稼働している箱は、それを稼働させている奴が入ってるという訳なのだな!」
「そういうこと」
つまりは、怪しく光が漏れだしている施設を叩いていけば、効率的に攻略できるという訳だ。
それを聞いたクランの仲間たちが、指揮に慣れたシルフィードを中心として攻略プランを練っていく。
だいたい、四、五人でパーティ分けして一つの工房に当たるようだ。
「では、そこはお前の騎士団に任せるか。我はもっと、大物を狙うぞ!」
「好きに動いていいよケイオスは。まあ出来れば、あまり施設を壊さないでくれると嬉しいかな」
「むっ、苦手だな。保証はできんな!」
「まあ、いいんだけどね。好きに暴れてくれて」
《魔王様の魔法、つよつよだからなー》
《はではでの派手》
《手加減など出来ぬわ!》
《魔王暴れしとき何人も傍に居てはならぬ》
《騎士団の皆さん逃げてー!》
《工場ぶっ壊れちゃうだろうなぁ……》
「……なんか、キミと一緒に攻略するの嫌になってきたんだけど」
「ハハハハハ! 巻き込まれぬよう、せいぜいお前も気を付けるのだなハル!」
「いやお前が気を付けろよ……」
どうやら共闘することになっても自身の道を、ロールプレイを曲げる気はないらしい。
流石は魔王だ。尊敬に値する。なのでこちらも邪魔になったら容赦なく後ろから撃とう。ハルはそう決意した。
「しかし、『施設を壊してはならぬ』、などという縛りはどうにも面倒だな。それが無ければ、お前もこの飛空艇の空爆でカタが付けられるだろうに」
「いや何しに来たんだよそれ……、そもそも目的は敵の撃破じゃなくて、ダンジョンの所有権を手に入れることだろ……」
「確かに! そうであったな、忘れておったわ! ハハハハ!」
「忘れるなというに」
何をしに来たんだという話になる。それは空爆をすれば中のモンスターは倒せるだろうが、手に入れるべき施設の価値もまたゼロになってしまうだろう。
「……で、いけそうかハル? 実際のところ」
「……うん多分。スペック的には問題なく。中央の魔法金属100%の工場は未知数だけど、その他の建造物なら問題なく吹き飛ばせるはずさ」
「……少しだけ、やってみぬか? 外周だけ、外周だけな? お前も見てみたいだろう、せっかく取り付けた主砲の威力というものを!」
「確かに試してみたいけど……」
「おやめなさいな……、子供の遊びのようなことを……」
悪ガキ二人の悪だくみは、聞きとがめたルナお母さんに阻止されてしまった。
ハルを堕落の道に誘う悪い魔王様とは、同じくルナの手によって距離を離される。ずるずると引きずられて行くハルだ。
その姿をケイオスに同情の目で見送られつつ、馬鹿話を切り上げてハルは出撃の号令を発するのだった。
*
「よし、騎士隊、配置についたね?」
「《はい、準備完了していますよハルさん。シルフィード、何時でもいけます》」
「頼んだよ妖精さん。君の風の加護が頼りだ」
「《……へ、返答に困りますね。加護はともかく、タイミングはお任せください》」
通信先で照れを隠せないシルフィードが居るのは、飛空艇の甲板上。
彼女だけではなく、クランメンバーのほとんどが甲板に勢ぞろいしていた。
「お嬢様、間もなく降下ポイントに到達します」「到達後は高度を維持」「速度を一定に保ち時計回りに外周部を周回いたします」
「よし、速度そのまま。慌てないで、慎重にね」
「承りました、お嬢様」「お任せください、ご主人様」
飛空艇の操舵を任せているメイドさんたちが、廃工場に向かって高度を下げて行く。
しかし、着陸には向かわない。一定の高度まで到達すると、その後は水平を保って工場群の外周に沿うように旋回をし始めた。
「よし、騎士隊、何時でもいいよ。降下開始!」
「《了解ですクラマス。この位置だと、第一班のタイミングは少しシビアですから、二班から降下スタートしましょう》」
「《なーんだ、先鋒かと思ったら最後か》」「《よかったー、緊張してたんだー》」「《てか今更だけど、降下作戦の意味あるの?》」
「《一回着陸して、徒歩で分散は効率が悪いですから》」
「《リーダーも結構効率オタクさんだよねー》」
「《……別に、私自分ではそう思ってはいないんですけど。ほら、それより、来ましたよ二班。降下!》」
「《はーい》」「《よっしゃ行くぜ!》」
メンバー同士、仲良さげに和気あいあいとしながらダンジョンへの突入が始まった。
侵入方法はなんと空挺降下。これは、シルフィードからの提案である。大人しそうな顔をして大胆な作戦を立てるものだ。
地上に降りて一か所から進行を開始すると、大半の部隊がしばらくは戦闘の出来ない『死に駒』化してしまうのを嫌ってのことだ。
高速飛行する飛空艇上から直接突入することで、そのタイムロスを極力なくす計画のようである。
「やるではないか、お前の部下も。むしろ、お前が指示すべきではなかったのか?」
「信頼してるんだよ、仲間を」
「……手抜きで楽する言い訳ではなくてか?」
「……そうではある」
「やはりサボりではないか!」
「《クラマスは元よりタスクの多い方ですから、分担できることは、こちらで持ちますよ。お任せください》」
《優秀な人だなぁ》
《出来る部下だ》
《フォローも完璧》
《実際、ある程度判断を任せるのは大事》
《おっ、経営に自信お兄さんか?》
《お姉さんかも知れない》
《一般論だよ》
《シルフィーちゃん部下に欲しいなぁ》
《俺らじゃ彼女の部下になるのがオチ》
《違いない》
《部下になりてーなー》
《空挺突撃命じられるが、いいのか?》
《いや、それは……》
例えゲームでも、高所から飛び降りるのが怖い者はどうしてもいるだろう。しかし、シルフィード率いる部隊のほとんどは彼女の作戦に従い降下している。
むしろ、楽しみながら結構ハイテンションだ。この信頼を得られているのも、シルフィードの人徳ゆえだろう。
彼女にハルの正体と目的を明かして以降、より積極的にクラン運営を手伝ってくれるようになっていた。
「うぬぬぬぬ、楽しそうではないか! よし、決めたぞハル。我も降下して突入する! 降下地点にまで連れて行くのだ!」
「まあ、そう言うと思ったよ。それで、ケイオスは何処に堕ちたいの?」
「落ちる言うでない! 我は当然、本丸への吶喊よ。中央の曰くありげな施設に、突撃する!」
「まあ、そう言うと思ったよ」
常に最難関に、最短ルートで挑み続けるケイオスだ。その選択をとることは予想できた。
それに、無茶でスリリングな、楽しそうなことに飛び込んで行くのは『顔☆素』の時から傾向は変わっていない。
言い終わるが早いか、ケイオスは甲板上へと走って行くと、次々に降下を決めるクランメンバーたちに続いて船上からの降下スポットに陣取った。
ハルはシルフィードたちの降下作戦が完遂した後に、彼女の要望通りに航路を廃工場の中心部へと向けてやる。
「お嬢様、攻撃が」「本船に向けて、魔法が射出されています」「シールド正常に機能中」「船体にダメージはありません」「シールド出力、94%に低下」
「へえ、なかなかの威力じゃあないか」
数値の上では全く効いていないように見えるが、この飛空艇の防御力は恐ろしく高い。それを多少でも削るあの“工場からの”攻撃は、人間の身にはかなりの脅威となるだろう。
どうやら工場それ自体に、防衛システムのようなものが搭載されているらしい。
今のハルたちのように、正規ルートを無視した裏口入門を咎める為の『お仕置き』システムかも知れなかった。
「どうするケイオス? 生身で受けるにはキツイんじゃあないか? 引き返してもいいんだよ」
「《侮るなと何度も言わせるでない! 我にとってこの程度、ぎゃぎゃ逆境のうちにも入らぬぞ!?》」
「うん。割と逆境みたいだね」
《いつものこと》
《ここでも試される魔王様》
《もうそういう星の下に生まれてる》
《まおうさまがんばえーー!!》
《人物<特性>で<不幸>持ってそう》
《<幸運>ステは高いんだけどなー(笑)》
どうやら選ぶ道、選ぶ道、こうした逆境が襲ってくるのは日常茶飯事らしい。
そんな逆境を乗り越えて、今の力と人気を得てきたようだ。
「《見ていろハル! 砲火が激しく近寄れぬならば、それ以上の砲火でもって押し切ればいいだけのこと! 『魔王獄炎』!》」
ケイオスが意を決して甲板から飛び降りると、同時に前方に向けて魔法を発射し対空砲火を打ち消していく。
そうして外壁を焦がしながら強引に、ケイオスは中心部へと突入していった。
なお、ケイオスが着地に失敗し地面にたたきつけられたのは言うまでもない。
騎士隊が安全に空挺降下を成功させられたのは、その為のアイテムを全員が装備していたためだった。
締まらない魔王様である。
※ルビの追加を行いました。(2023/5/27)




