第726話 力で解決できぬもの
「ところで、ケイオスは何でこの国に来たんだっけ? 高等<商人>の資格まで取ってさ。まさか、詐欺グループを潰すのが主目的って訳でもないんだろう?」
「うむ。それはあくまでついでよ。そして一つ訂正しておく、我は<魔王>であり<商人>ではない。このVIPルームに入れるのは<商人>だからではなく、超越者として当然の権利よ」
「えっ、<魔王>って<役割>になってたの!?」
「そこからか! 少しは我の配信にも興味を持て! 大人気なのだぞ!」
ハルに認知してもらっていないことに、ちょっぴり悲しそうなケイオスだった。
「……まあ、よかろう。これから嫌でも思い知ることになる」
「へえ。楽しみだね」
「ならばもう少し楽しそうにするがいい。やる気のない小娘だな……」
「とはいっても僕の方が強いしね」
「今はステータスは圧倒的に我が上なのだが!? もう少し危機感を持った方がいいと思う!」
「ははっ、大丈夫だよ。心配性の魔王様だなあ」
《魔王様あそばれてる(笑)》
《舐められてるぞー(笑)》
《こーれ挑発されてます》
《ここまで煽られて何もしないの珍しい》
《確かに》
《魔王様、舐めた相手には容赦しないもんね》
《ローズ様のことは認めてるんじゃない?》
《でも今は弱くなってるよ》
《だからじゃないの?》
《弱体化したところに勝っても嬉しくないと》
「おっと、君たちこそ僕を舐めるなよ? 今の状態でケイオスと戦ったとて、負けてやる気は一切ないよ」
「……言ったな? お前、それはさすがに大言が過ぎないかハル? いかにお前とて、雑魚化した今、この我に毛ほどの傷すら付けられるとは思えぬぞ」
「ステータスの差が戦力の全てではないさ。キミもさっき見ただろう、僕が手を下さずして敵を葬ったのを」
「我に、毒など効くと思うな。それが切り札だとすれば、お前を少し買いかぶり過ぎていたかも知れん。失望したぞハル」
和やかに乾杯していた空気は一瞬で重く沈み込み、二人の間が緊迫した戦場の大気に置き換わる。
何らかの戦闘用スキルを起動したのか、実際にケイオスの身の回りには魔王に相応しい邪悪なオーラが漂いはじめ、その緊迫感をきっちりと視覚化していた。
もちろん、ハルもケイオスに対し先ほどのハーゲンのように毒薬が効くとは思っていない。
だが、『失望した』などと挑発されても、ならばどうするつもりなのかをハルが語ることはなかった。余裕の笑みで暗黒のオーラを受け流すだけだ。
ケイオスは、この機会に少しだけでもハルの手の内を探っておきたいと思っているのであろうから。
「……ふん。涼しい顔をしおって。やはり止めだ。今のお前を倒したところで、我が『雑魚狩り』の汚名を被るだけよ」
「いや、そんな姑息な考えで喧嘩売る訳ないだろ僕が。むしろ、僕もたまには『格上狩り』がしてみたいくてね」
「懲りないなハルゥお前ェ! 戦らんと言っているだろ! ……というか<魔王>の『宵闇の帳』浴びてなんともないの?」
「ああ、さっきのオーラ? 攻撃だったんだ、あれ」
「強者の余裕を吹かせていくぅ!?」
《魔王様あそばれてる(笑)》
《この流れさっきも見たな(笑)》
《でもよかったー》
《ひやひやしちゃった》
《ここで喧嘩するのかと》
《ローズ様にしては珍しいよね》
《確かに、何の狙いなんだろ》
《魔王様の能力を計ってるのかな?》
《それなら後で配信見ればよくね》
《確かに。イチゴちゃんも居るし》
確かに、ケイオスのスキルなども気になるところではあるが、ハルが計っていたのはそれとはまた別のところ。
ではそれは何かと言えば、彼女の今後の方針である。
ケイオスの目的それ自体は、この国にそびえ立つ俗称『成金の塔』の最上層の謎を探ることだと事前に聞いている。
重要なのは、どのようにしてそこに至りたいと考えているかだ。
明確な道程が見えているのか、それともまだ何の手がかりも無いのか。ハルが挑発したのは、ケイオスの反応からそこの方針を引き出すため。
もともと読心に長ける上に、長い付き合いの間柄である。よくよく観察してみれば、その心のうちはなんとなく読めてしまうハルだった。
「つまりキミは、僕と敵対するよりも今は協力したいと思っている訳だ」
「都合の良いように解釈するでない。ハハハ、むしろ、協力が欲しいのはお前の方ではないかハル? 脆弱に堕ちたその身、我が魔王の庇護が必要なのだろう?」
「いや別に。僕には僕のクランがあるし。仲間と家族が守ってくれるさ」
「迷うことなく部下に丸投げしたぁ!?」
そもそも、ケイオスと違ってハルは総大将の立場だ。ステータスの多寡に関わらず、最も安全な位置に腰を落ち着けていることが求められている。
その為のクラン、その為の領地、その為の飛空艇である。
《ローズ様あんまいじわるしないで(笑)》
《協力してあげよ》
《でも、魔王様にも協力とか要る?》
《そんなに強い敵が相手なのかな?》
《考えられないなー》
《だとしたらお姉さまも危ないよ!》
《関わらない方がいいんんじゃ……》
「いやなに、恐らくは敵の戦闘力としての『強さ』はさほどではない。我が正面きって戦えば、どいつもこいつも敵ではない。我は無敵の魔王だからな、ハハハハハ!」
「でも、この国の敵は戦闘で解決できる『強さ』の相手じゃあないんだ?」
「ぐっ、ぐぐぐ……、わ、我は、姑息な搦め手など好かぬ故な……! 陰湿なこの国とは、合わぬのだ!」
要は、商業の国であり、戦闘が中心で回っていないこのカゲツの国に苦手意識を抱いているのだ。そこで、得意そうなハルに助けを求めている。
なんともいじらしい魔王様だった。まあ、ハルも大得意とは言えないので気持ちは分かる。
ハルの方も、早々に目的を達して時間が空いている。そして面白いコンボを成功させて気分も良い。
ここは、何らかの情報を持っているだろうケイオスの目的に、乗ってやるのも良さそうだった。
◇
「このカゲツにおいての強さとは金だ、すなわちゴールドだ。そこにおいて、多少のステータスの大小など意味を成さん」
「まあ、ね。この<契約書>みたいな特殊スキルに初見殺しされたら、いくら腕っぷしが強くても意味はないね」
「うむ。そんな国において、お前ならどう立ち回る? 許す、この我に、魔王ケイオスに語って見せるがいい!」
「君たち、聞いたかい? これが魔王語で、『教えてくださいお願いしますローズさん』の意だよ」
「風評被害は止めろハルゥ!」
《でも実際そうっぽい(笑)》
《魔王様かわいいなー》
《下手に出られないのも大変だ》
《脳筋魔王様!》
《けっこう頭は良いんだけどね》
《機転が効く》
《読みも凄いよ》
《でもさすがに経済には弱いか》
《助けてリアルお嬢様!》
とはいえハルも、そこまで経済に強い訳ではないのは以前ジェードに助けを求めたことからも分かる通りだ。
まあ、ルナという力強い味方も付いていることだ。分からなくなったら、今度はハルがルナやジェードに助けを乞えば良いだろう。
「それで、ハルならどうするというのだ」
「ああ。もっと、更にどうしようもないほどの武力を身に付ける」
「は?」
「その気になれば一人で国を更地に出来るだけの圧倒的な力を身につければ、お金をどう使おうがそんなもの無力さ」
「我以上の脳筋がここに居たーっ!?」
なんだか完全にツッコミ担当になってきている魔王様であった。
とはいえ、これは完全に冗談という訳ではない。事実、アイリの国においてはその圧倒的な力を背景に彼女と共に在ることの自由を勝ち取っていたハルだ。
戦う力を持つということは、それだけの価値を持つ。
「まず、『どうする』、なんて言われてもね? むしろどうすれば勝利条件を満たせるんだいケイオス? お金を稼げばいいというなら、僕も現時点でそれなりに持っているけど」
「我もそこそこ所持しておる。だが、どうやらゴールドをゴールドのまま大量に持っていたところで、それも大した力にはならないらしくてな」
「死に金ってことだね。預金が大量にあったところで、使い道を知らなければただの数字の羅列だ」
要は、ゲーム内通貨をいくら稼いでもカゲツではそれだけで頂点には立てないということだ。
勿論、無いよりは有った方が有利なのは間違いないだろうが、それだけでは決定打にならない。
ならばどうすればいいのかという所だが、これもまた情報がほとんど出回っていない。
カゲツの<商人>達は秘密主義であり、核心に関わるだろう情報は一切放送には映さずに秘匿しているのだった。
「なんだ、つまり情報は無いに等しいということか、使えん魔王め」
「使えんとか言うでないわ! お前こそ、一切の情報を持っておらんではないか!」
「残念。僕はシルヴァというこの国の外交の第一人者と太いパイプがある」
「わ、我も情報ゼロではないぞ!? どうやら、土地や建物をどれだけ所有しているかが重要らしいと掴んでおるのだぞ!」
「何も掴んでないに等しいじゃないか……」
「お前こそ、自分の力ではなくコネ頼りではないかー!」
《ご覧ください、この幼稚な言い合いを》
《これがゲーム内二大トップの姿です》
《いつもは圧倒的な力で無双してるのに(笑)》
《そう考えるといいバランスだな》
《戦闘だけがゲームじゃない!》
《この二人、リコリス行けば良かったのに(笑)》
《止めて! 戦士の国が滅んじゃう!》
《支配されちゃうー!》
《実際どうするんだろ、力で支配するのかな?》
《難しそう》
《システム上できなくなってるかもね》
そう、問題はそこだ。いくら『更に圧倒的な力で』、などと吠えたところで、ゲームシステムによって保護されていればどうしようもない。
単純な話、アイリスの城にあったような破壊不能の構造物で守られていたら、それだけで手の出しようがないのだ。
やはりここは、カゲツではカゲツの戦い方で攻略するしかないのかも知れないのだった。
◇
「……んー、土地や建物ねえ。そういえば、ダンジョンの経営権がどうとか言ってた人も居たっけ」
「ハーゲンの前にお前に取引を持ち掛けて来ていた奴だな。そ奴に再び連絡を取ってみるか?」
「いや。あの時断った人の取引を改めて飲む気はないよ。詐欺とまでは言わないが、明らかに僕らにとって利の薄い取引ばかりだ」
例えば今話しに出た『経営権』についても、言わばフランチャイズ契約のようなものであり、『所有権』自体は変わらず提案者が持ったままのような形態だった。
別にそれは詐欺ではないし、上手くことを運べばハルもきちんと得をするが、それでも最も利益を得られるのは相手側である。
期限の限られたゲーム内で、そんなことをしている暇はない。
「ただ、ダンジョンに目を付けるという方向性自体は良いのかもね」
「ほう、それはどういう事だ。説明を許そう」
「キミねえ……、まあいいけど……」
どうしても『教えてください』と素直に言わないつもりのケイオスだった。
「簡単な話さ、ダンジョンなら、僕らの『力』がそのまま『力』として機能する」
「確かにな。戦闘を介するのであれば、我らを阻める物はなし。いや、今はお前は大した力はないのだったな。ハハハハハ!」
「茶化すな。それに加えて、この国のプレイヤーは戦闘が得意じゃないってこともあるよ」
「……なるほど。得意の商売で解決できる対象ではないために、未だ手付かずの鉱脈として放置されているということだな!」
「その通りだね」
《確かに、<商人>はステ低いもんね!》
《武力で金には勝てないが》
《逆に金でも武力に勝てない》
《それならいけるかも!》
《お姉さま、ダンジョンですよ、ダンジョン!》
《あんまり経験ないもんね(笑)》
《それこそ特殊すぎる(笑)》
《ある意味、生粋の<商人>》
なんとなく、方針が定まってきた。ハルとケイオスは、この国のダンジョン、しかも手付かずの高難度ダンジョンを攻略していくことを、ひとまずの目標に設定していくのだった。




