第725話 祝杯を挙げよ
新年、あけましておめでとうございます。
今年も引き続き、エーテルの夢をよろしくお願いいたします。
大規模な詐欺集団クランを事実上壊滅させたハル。首謀者であろうソロモン本人はまだ無傷のまま健在だが、それでも大きな打撃を与えられたのは間違いないとハルは確信している。
何故ならば、七十人からなる巨大クランを一つの意思の下に運用するというのは、並大抵の労力ではないからだ。
集めるだけなら容易い。ユーザーコミュニティで呼びかけ、共に進んで行こうと道を示せばそれでいい。
勿論、語るにふさわしい実力やリーダシップは必要になるが、逆に言えばそれさえあれば人は集まる。
自ら組織を作ろうとする人は全体で見ればそれだけ少なく、実力者となれば更に少ないからだ。
だが、それを統率できるかとなると話は全く変わってくる。参加プレイヤーもまたそれぞれ、己の目的をもってゲームを進行しているからだ。
「例えば、僕のところでは原則行動自由にすることで逆に統率を保っている。僕と共に歩むも自由、一人で行動するも自由」
「だが、大半のクランメンバーはお前に同調しているではないか。自由といいつつ、配下に置いているに等しい」
「……それはまあ、メリットが大きいからね」
ハルと共に来るということは、ハルの引き起こす様々なイベントに同席できるということだ。
今なら特に、前代未聞の大きさの飛空艇へと乗船して各国を渡り歩くことも出来る。
もちろん自分で旅するように行き先を自由に指定はできないが、圧倒的なスピードと安全性、それにそれに豪華客船で行く旅のような優雅さがあった。
最近では、ハルの活躍を一般人視点から見る、といった放送も人気が出てきているようだ。つまり相乗りするだけで稼げもする。
「だけどそんな僕とはいえ、クランメンバーを自分の目的の為に完全に管理して統率することは出来ない」
「……本当に出来ないか? 言うほど」
「……統率することは出来ない」
《言い直した(笑)》
《出来そうだけどなぁ》
《事実、素材集めに手足のように》
《でも命令はしてないよ》
《無意識に動かされてるってこと!?》
《言い方が悪い(笑)》
《動きたくなるように環境を作ってる》
《確かに、違うと言えば違うね》
「一方ソロモンは、七十人からなるクランを完全に統率していた。それこそ、ログインするしないを含めて」
「確かにな。メンバーの詐欺師の中には、ログアウトしたきり姿をくらました奴もいる。我の部下もそれで足取りを追えなくなった」
「うん。基本、そこまでの命令を下すことは現実的じゃない。ログインできなければ、このゲームデメリットが大きすぎるからね。さて、つまりケイオス。どういうことか分かる?」
「金か。ゴールドではない、日本円だな」
「その通りだね。よくできました」
つまりは、ソロモンはゲーム内での『招集』ではなく、現実においての『雇用』でメンバーを集めたのだ。
それによってユーザーの意識の主体はゲームではなくリアルとなり、ゲーム中の有利不利など気に掛けることなく働いてくれる。
更には、成果の大きさによっては追加でボーナスも出ていたことがハーゲンの言葉から推測できた。
《以前、ハルが報酬を約束することで参加者をイベントからログアウトさせたこともあったよなぁ。あれを思い出したから答えられたわー》
《ああ、群青の国の戦艦イベントだね。ゲームプレイによって得られる物を約束する、という意味では、確かに同じかも知れないけど》
かつて、ログアウト維持からの突然の再ログインによって、イベント中に大規模な奇襲攻撃を仕掛けたことがあった。
それを計画、指揮したのはハルであり、ケイオスはそれを思い出して即答できたようだ。
とはいえ、あれは奇襲攻撃そのものがイベント展開として盛り上がった部分もあるので、細かく言えば同列には語れないのだが。
「まあ、そんな感じであのクランは、皆が思ってる以上の手間を掛けて結成されたってことさ」
「それを使い物にならなくしたとこは、ソロモンとやらに想像以上の痛手を与えているということだな。ハハハハハ!」
《痛手どころか吸収しちゃった》
《もう死ぬまで逃げられない》
《死んでも逃げられない》
《ログアウトしても逃げられない》
《命の掛け捨て生命保険》
《屍の積み立て生命保険》
《上手いこと言ったつもりか(笑)》
《儲かるのは保険屋》
《『保険屋』は味方だろ!》
《名前がややこしい(笑)》
今後、そんな高いお金を払って雇用したクランは事実上、運用不可能となった。
じきに全てのメンバーはハルによってステータスを下限に落とされ、しかもハルの好きな時に強制的に戦闘不能にできる状態だ。
もはや暗躍どころかまともなゲームプレイすらままならず、完全な『詰み』に嵌った状態といえる。
しかも、ゲームの設計上の責任ではなく、自分たちの<契約書>のせいであるため救済の可能性は非常に低い。
ハルとケイオスの(ケイオスは何もしていない気がするが)、完全勝利と言っていいだろう。
そんな二人の勝利を祝して、ハルとケイオスは『女帝』と評されたその威圧感を解き、ただの友人としてこのVIPルームの豪華な席で祝杯を挙げる。
頂くのはお酒、ではなく果実ジュースだ。どのみちゲーム内では味は期待が出来ない。
せっかくなので、ハルはシルヴァからもらった高級果実のジュースでケイオスと乾杯することにした。
ただ極端に甘いだけのはずなその味も、不思議とこの席ではコクのある深みを感じる気がするハルなのだった。
◇
「ところで、お前はその身体をどうするのだ? いずれ回収するとしても、今はずいぶんと貧相になってしまったではないか。ん? 我のこの身とは、比べようもないなぁ、ハハハ!」
「……何処を見て言っている。さすがは魔王などと自称する者、お里と品性が知れるというものだね」
「気取るなよ<貴族>めが。ただ生まれが良いだけでふんぞり返っている貴様らこそ、その性根が知れるというものよ。実力で成り上がってきた、我こそ真実の王者!」
「ああ、僕は後天的な<貴族>だから、その論でいくと僕はキミの上位互換ってことだね」
「しまったぁっ!!」
《ばちばちだ!》
《一触即発!?》
《魔王大戦はじまっちゃう!》
《いや、これじゃれ合ってるだけ(笑)》
《気が合うみたいだね本当に》
《お胸の大きさでマウント取る魔王様(笑)》
《確かに魔王級の迫力……》
《悪友同士の会話やね》
《共に巨悪を倒した友情》
《……あれ?》
《魔王様なんかしたっけ?》
《邪魔しただけやね(笑)》
互いに『魔王』と『お嬢様』を演じながらも、高級酒を傾けながら普段のような馬鹿な会話を繰り広げる二人。
珍しく攻略には一切関わらない、ただの友人同士の雑談だった。
とはいえ、それでもここはゲーム内であり、共通の話題はゲーム攻略。
話の内容は自然と、これからのお互いの攻略方針の話になっていくのであった。
「……確かに投資したステータスの回収には多少の時間が掛かる。ただ、一度回収しきってしまえば、あとは自動でポイントを生み出す装置の出来上がりだ」
「手動だろうが。コストも馬鹿にならないはずだ。回収しきった後も、そのクソ面倒な作業を続ける気かハル?」
「ああ、続けるよ? 頭の裏側で処理しておくだけだし、どうということはないさ。コストの方も、ステータスを金で買えると思えば安いもの」
「相変わらず意味不明なスペックのヤツめ……」
スキルの実行枠に囚われない、並列実行できる成長方法を常に探しているハルだ。今回の収穫は、その意味では非常に大きい。
ついに、他のプレイヤーを働かせてポイントを得る構造を構築するに至った。
リアルでいうと、社員を雇って生産効率を上げるようなもの。ソロモンもきっと、その発想で『レメゲトン』を結成したに違いない。
方法自体は褒められた物ではなかったが、発想自体は非常に優秀であると評価できた。
「まあ、僕の力自体は、もともと持て余しぎみだった。一時的に弱体化したとて、特に問題は起きるまいよ。前線に立つ立場でもないしね」
《……ん?》
《けっこう前線に立ってるね(笑)》
《しかも無双してるね》
《ローズ様の大暴れ見たいなー》
《はやく元に戻ってー》
《回収したらお胸も大きくなる?》
《今の大きさこそが至高》
《やめないか!》
胸の大きさはともかく、早めに回収することは急務だろう。
ハルが弱体化したここを好機と考えて、その命を狙って動く勢力が居ないとも限らない。いや、確実に出てくるだろう。
「キミも、今のうちに僕を倒してしまうかい、ケイオス? これだけ差が開いた今なら、もしかしたらいけるかもよ?」
「侮るなと言ったはずだ。我は、そんな姑息な勝利などに価値を見出さん。それより、お前こそ我に保護を求めたらどうだ? ハハハハハ!」
「冗談」
隣の魔王様もどう出るかと思ったが、どうやら敵対する気はないらしい。本当に、ストイックなプレイスタイルだ。
さて、一つの目的が完遂できたハルであるが、実際、これからどうしたところだろうか?
ここは、ケイオスのここからの方針が何なのか、それをまずは詳しく聞いて決めてもいいだろう。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)




