第722話 最上階の秘密とは
ハルはケイオスに向けて、そもそもこのゲームがルナの会社が手がけたものであること、そのため自身らは優勝する気はないこと、目的はゲームの活性化と様々な調査であることを説明していった。
ハルは優勝のライバルとなることはなく、その道が交わらない限り無視して構わない存在だと告げる。
「うーわ、めっちゃ不安。それって、『道が交わったら排除する』ってことかハルぅ!?」
「穿つなっての。今回みたいに接触すれば、状況に応じて『ローズ』として対応するってことさ。もちろん敵対すれば、容赦はしない」
「こ……、殺しはしないんじゃなかったの……?」
「ああ、残念。プレイヤーは人じゃないから、気兼ねなく殺せる」
「鬼畜発言っ!?」
とはいえ、別に表立って敵対しないかぎりハルも積極的に何かする気はない。
ミナミのように軍を率いて領地へと攻めてくるようなことは、このケイオスはしないだろう。
「いやまて、じゃあよ、お前、もしかして内部の開発データとか自由に見れる立場にいるんじゃないですかぁ!?」
「残念。開発は外注さ。そこは完全にブラックボックスでね、僕も困ってる」
「ずっこー!! ……いや、なんだその状況。ちょっと意味わからんぞ」
「だよね。色々あるんだ。ねえ?」
「《~~♪》」
「《攻略情報にかんしては、お答えしていねーんだわ! 残念っ!》」
ハルが責める調子で虚空に向けて問いかけると、白々しい口笛と定型文が返ってきた。
まあ、もとより答えは期待していない。
「まあ、僕の方はそんな感じさ。ケイオスは気にせず優勝を目指しなよ。いちおう応援してる」
「おう、さんきゅな。しかし譲ってもらって言うのもなんだが、お前は優勝賞金をアテにしなくて大丈夫なのかハル? 聞くとこによりゃ、かなり金使い荒いんだろ?」
「最近はそうでもない。というか、使う場面も減ってきたし。今は、使えば使うだけ増えるフェイズに入ってきた」
「おうおう、羨ましい限りで。オレは、収益が入れば入った分だけ攻略に使ってるぜ。なのでマイナスでもないが、プラスもゼロだ! ハハハ!」
「マイナスにする手持ちがないもんね」
「やかましーわ!」
しかし、生活資金が底を尽き、お金目当てに始めただらしない彼女にしては勇気ある選択だ。
そんな状況ならば、本当なら視聴者からの人気によって得た収入はその生活費として大切に保管しておきたいだろう。
だがケイオスはそれをせずに、入ってきたお金を全て攻略のための課金に使っているようだった。
これはゲーム攻略としてはハルも満点の採点をしたい。その分だけ優勝に近づくのはもちろん、お金は使えば使うだけまた収入も増える。
まあ、彼女の生活全体で見れば赤点だが。生活資金は確保すべきである。
優勝できなかった場合はどうするつもりなのだろうか? いささかギャンブルが過ぎると言わざるを得ない。
「しかし、お前そんなに金持ちだったんだなハル? 一般庶民みたいな顔してたくせにこの裏切り者が!」
「いや、これは僕のお金じゃないよ。お小遣い」
「あれがおこずかいって額かぁ!! あれか? 嫁の金か? ハルお前、ヒ、」
「ヒモではない。ユキみたいなこと言うな!」
「あっ、そういや、今はユキちゃんの家に住んでんだっけか?」
「……ヒモなのかも知れない」
「諦めるなよハルぅ!」
ちなみに異世界ではずっとアイリのお屋敷にお世話になっている。
……これはもう、本格的に貢がせ男なのかも知れなかった。
まあ、土台となる天空城はハルの力で建てたので、なんとかヒモではないということにしておこう。
「ちなみに奥様の、ルナのお母さんからの出資ね」
「嫁のママからお金とか、一層ダメな男感が……」
「やめろ、ネタを引っ張るな! 経営母体が奥様のとこだから、使えば結局は奥様の元に返って行くんだよ」
「規模がデカすぎて想像できねー。マジモンの天上人かよ」
実際、この今いるカゲツの国でいえば此処より更に上階に居を構える天上人たちと変わらぬ立場だ。
日本中に影響力を持つルナの家、その実体はもしかしたら、最上層の者達よりも更に格上の存在かもしれない。
ただお金を持っているだけ、に留まらない。常に使い続け、その影響力は今も拡大し続けている。
「そういえば、そんなカゲツにケイオスはどうして来たのさ? 詐欺クランを追うためだけに来た、ってのは、少し弱い気がするけど」
「おっ、よく聞いてくれたぜハル! 実はなー、今話に出たここの最上階、それに用があったのよ! まっ、子分の敵討ちに出張ってきたってのも事実だけどよ」
「親分が直接? 今はキミも領地持ちだろうに」
「お前に言ぃわれたくねぇんですけどぉ!?」
確かに、今はハルも領主自らが先頭に立って国々を飛び回っている。
しかし、基本的にハルは今までは奥の方で動けなかった身の上だ。最近ようやく、満を持して自由に諸国漫遊を楽しめている。
今まではダンジョン攻略ひとつままならない立場であった。
それに比べてケイオスは、最初から今に至るまで一貫して常に自分が最前線に立っている。
彼女の(国の許可なく勝手に)建国した『魔王領』も本人が腰を落ち着けることは稀で、常に次なるリスクを求めて各地を飛び回ってはトラブルに首を突っ込んでいるようだ。
そんな彼女が狙いを定めたのだ。このカゲツの地にも、何か色々と面白いイベントが眠っていそうであった。
◇
「この国所属のプレイヤー連中、何でなかなか放送しやがらねーかは知ってっかハル?」
「知らないねえ。でも商売の為だろ? <商人>として有利な取引を他に知られないように。生放送すると、筒抜けになっちゃうから」
「まあ、それはそれで正しいんだけどな。でも、なんかそこ違和感ねーか? お金持ちのご実家を持つハルさんよ」
「そうだね。取引相手を大きく広げられない商売は、結局のところ大して儲けられない。放送した方が対象が増えて得だ」
「だな。配信しなきゃステータスも増えやしない」
確かに、せっかく見つけた商売ネタを一瞬で他人に真似されるのは出来れば避けたいだろう。<商人>達が放送を嫌うのも分からなくはない。
しかし、それは同時に自身の商売を一切宣伝できないという事にも繋がる。それは、商業上あまり効率のいいこととは言えない。
このゲームだって、ルナの母により広く広告が打たれたことでここまで大規模なイベントとなったのだ。
「現にハルは、いつ見ても開けっぴろげに大公開しているにも関わらず大儲けだしな」
「開けっぴろげ言うな。僕のはまあ、知ったところで真似しようがないからね。僕の生産スキル、現状これを行使できるのは僕だけだ」
「基礎ステがまず違う。きっと永遠に追いつけんだろうよ」
「<二重魔法>もあるしね」
同様に、他のプレイヤーに真似できぬ何かを見つけたならば、それを売りにして放送を始めればいいのだとケイオスは語る。
しかし実情は、未だほとんどの者が放送を閉ざし、ひっそりとプレイを続けている。
放送していなくとも他のプレイヤーとは交流できるが、放送して当たり前のこのゲームにおいてそれは、何となく感覚的に『ソロプレイ』に近いものがある。
ファンが付かねばステータスも上がらず、それは従来のゲームにおいて、パーティを組んでいない以上のデメリットをもたらすのだった。
「だがきっと何かある。最初は流れに反抗するように、常に配信しまくってたカゲツのプレイヤーも、ある時を境にぱったり止めちゃうんだぜ?」
「それは、何かありそうだね。あとでエメに調べさせてみるか」
「エメだれ?」
「エメ」
「あー、後輩ちゃんか」
どうやらハルたちの正体について囁かれている噂によれば、カナリーは家庭教師のお姉さんで、エメは後輩らしい。愉快なキャラ付けだ。
ちなみにユキはアイリの同級生で、ルナはハル様の同級生らしい。最後だけ合っていた。
「この国は進めていくと、他人を出し抜いて手に入れたくなる何かに行き当たるってこと?」
「そーそー。んでそれはきっとこの『成金の塔』の最上階にあって、それを手に入れる為に必要なのは巨額のゴールド」
「……なるほど。金でカタがつくから、放送でステータスを増やす必要はない、ってことか」
「そゆことぉ」
そして、いざその秘密を手にした者から、満を持して放送を始めるということなのだろう。
周回遅れのステータスも、圧倒的な話題性をもって巻き返せるだけの何か、それがこの国の深部には潜んでいる。ケイオスはそう予測している。
「んでんで、そんな中に颯爽と現れやがったのがハル、お前なんだよなぁ! みんな大パニックよ? まあオレもだが。現状、世界一の金持ちはお前だローズ<侯爵>」
「いや興味ない。こともない、かな?」
「持たないで持たないで。興味もたないで!」
「まあ、僕の目的はあくまでガザニアの鉱山にちょっかい掛けてる奴で、他はその準備が整うまでの遊びだ。安心しなよ」
「ほっ……、としたのも束の間ぁ? 前言を翻すようで悪いが、どうよハル。オレとお前で、目指してみねー? 最上階さ?」
「ふむ?」
ハルが敵に回らないと分かった直後の、この共闘のお誘いだ。強かな男である、いや女である。ややこしい。
ハルとしても、実際、興味はあった。このまま生放送をする者が増えなければ、このカゲツの国だけ興行的に盛り上がらない。
それは現実側の運営を預かるルナの会社としてもマイナスであり、また神様の側も何を考えているのかイマイチ読めなかった。
神様たちの目的にも、ゲームにアクセスする日本人の絶対数は多ければ多いほどいいはずだからだ。
ハルはケイオスからの提案を検討のうちに加えつつ。まずは目の前のこと、詐欺クランへの鉄槌を下すことを第一目標とすることは忘れず慎重に計画を立てていくのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/27)




