第720話 魔王の道程
《あのー、もしかしてですけど、某ハルさんの関係者の方ですかぁ?》
《関係者もなにも、僕がハルだよ。他に誰が居るってのさカオス》
《ですよねー!! ある意味安心したわ、こんなぶっ飛んだお方が二人も居なくて!》
ハルがいざ計画を実行に移さんと、先ほどのハーゲンなるプレイヤーに連絡を入れているその間、ケイオスの方からも個別にメッセージが飛んできた。
どうやら、ようやくハルの、『ローズ』の中身に思い至ったようだ。
まあ、初対面であれだけハルとユキで馴れ馴れしくしていれば、『おや?』、と既視感に思い至ることもあるだろう。
《って、あれ? でもハルお前さ、ソフィーちゃんのジャーマネに付いてたんじゃなかったっけ? ずっと付きっ切りであの子のサポートに……》
《そうだよ。大抵の人は、そこで騙される。優秀なマインドブロックだよね》
《えっ、えっ? 騙されるもなにも、物理的におかしくないか? ありえねーってゆーか》
《でも僕はこうして此処に居るんだよねえ。それとも、この僕が別人かな?》
《いや、それはない。こんな意味不明なプレイが可能なのは、人類の中でハルだけだ》
《過分な評価どうも》
これでいてケイオスも、選りすぐりのトッププレイヤーの一人だ。
普段はハルやユキと馬鹿をやって遊んでいるが、いざ大会にでも出ようものなら当然のように上位争いに食い込んで来る。
そんなケイオスであるからこそ、実感として『無名の実力者などそうそういきなり出てこない』と知っているのだ。
無名の者が頭角を現していく過程において、必ず練習中に同席したユーザーの話題に上がる。
そうして知名度は徐々に上昇してゆくので、ある日いきなりトップ層に躍り出るということは中々にない。
このゲームはお金持ち有利の部分が大きいので他よりもあり得る話だが、それを差し引いても『ローズ』のプレイヤースキルはただの金持ちでは片付けられないとケイオスは感じていたようだ。
《まあ、僕もそうして『ハルではないか』と疑われることは想定していた。その為のソフィーさんのプロデュースだ》
《あっちに付き切りになることで、どんなに脳裏にチラつこうが、『ハルは不参加だ』と確定するからな。論理的に》
《そう、そこで可能性はバッサリ棄却される。『ハルが二つ同時に参加してるんじゃね?』、なんて言おうものなら頭の弱い人扱いだ》
だが現実はそれこそが正解であった。そうして誰もが『ありえない』と捨ててしまう可能性の盲点を突いて、ハルは『ローズ』の正体を隠している。
エーテルネットを使った意識を全没入するゲームは、一つのゲームにログインすると、通常別のゲームを遊べはしない。
その時点で意識の主体であった肉体はいわば『意識不明』状態となり、別のゲームにアクセスなど出来ないのだ。
しかし、思考自体を複数持つハルだけは、ゲームにフルダイブしながら本体も普通に活動できる。
極めて便利だ。主に授業中にゲームをするのに。
だがそれは常識として決してあり得ない。だからこそ、最初に『ハルはソフィーのプロデュースで不参加』として否定の先入観を植え付けていたのだ。
《まあそれは分かった。どんな魔法は知らんけど、どうせ意味不明なことやってんだろ!》
《君の潔い理解の放棄は、ときおり見ていて気分がいいね》
《そうかぁ? 馬鹿なだけだ。分からんこと考えてると、先に進めないからなー》
《立ち止まってしまうよりずっといいさ。出来る人は少ない》
「……ん、返事が来たね。どうやら、もう少し待たされるみたいだよ」
「もしかして、こちらが反撃を企んでいることがバレてしまったのでしょうか!」
「平気よアイリちゃん。もし気付かれたなら、その時は返事もせずに逃げるでしょうからね?」
「確かにそうです! 流石はルナさんなのです!」
「待たせるってことは、バックについてる親分にお伺いをたててるんだろねー。思うつぼだね!」
「だね、ユキ。『契約書』の更新を打診してるんだろう」
ケイオスと裏で話していると、ステータス投資についての交渉をしていたハーゲンからの返答が来た。
ハルが『契約書の内容を一部変更して欲しい』と投資するための条件として依頼していたところ、『<契約書>スキルの持ち主に連絡するので時間をくれ』との回答だった。
これは、ルナの言うように手ごたえありと見ていい。
ハルの提示した契約内容はハーゲンの中では問題なしとして、話が黒幕であるソロモンへと上がったからだ。
あとは、実際の契約の際に変な条件が盛り込まれていないかを見落とさないよう注意するだけである。
「……よし、また少し時間が空くね。ケイオス、少し付き合いなよ。屋上」
「我に指図するか、ローズよ! フンッ、誰に口をきいているか分かっていないようだな? 我は魔王、魔王ケイオスなり! 地方貴族ごときが軽々しく……」
「いいから来なよ。ほらさっさと」
「はいっ! お供させていただきまっす!」
序列の決まる音がした。実は『魔王ケイオス』としては珍しいらしい。
彼女はどんな勢力にも、いかなる理不尽な状況にも屈せず膝を折らず、常に絶対者として君臨している。
それは、ケイオスがまだレベル1の時から、己が力の大小にかかわらず変わることがない。
今のように、力を付けたからこその態度ではない、芯からのロールプレイだ。
そんなケイオスがどのようにこの世界を歩んで来たのか、良い機会なので少し話を聞いてみたい。
ハルは彼女を誘って、二人で気兼ねなく話せるエリアまで移動させてもらうことにした。
「この家は塔の中腹なのじゃ。屋上はないぞ?」
「ものの例えだよシルヴァ。ちょっとどこか個室貸してね」
「うむ。好きに使うといいのじゃ!」
そんなシルヴァの天然の疑問に苦笑しつつ、ハルとケイオスは仲間の元を離れ、巨大クランのリーダー同士の党首討論の場へと移動する。
ちなみに、『屋上』というのは『屋上まで顔貸せ』の意であり、(主に学生同士の)喧嘩の合図を意味する隠語なのだった。
*
そうして移動した屋上、もとい窓の広く見晴らしのいいプライベートエリアの窓際へと、ハルとケイオスの二人の女傑が腰を下ろす。
この部屋は宿屋のようなセーブポイントとして機能する部屋であり、基本的に安全な中立地点だ。
開放的に広々と開かれた窓からは、この場が高い塔の中腹であるということを証明する雄大な景色が一望でき、眼下に広がるカゲツの街や、その先に広がる国土が地平の彼方まで見渡せるのだった。
「ハハハハハ! 愉快愉快。まさに絶景だ、これぞ、魔王に相応しい居城といえよう。いずれこの地も、我が手中に収めてくれようぞ!」
「えっ、世界征服が目的だったの? というかせっかく人払いしたんだし、魔王ロールやめない? 喋りにくい」
「……んー、でもさ、一応ゲーム続行中なんだし、『なりきり不足』って判定されたりしねーの? 不安よ、魔王様は」
「真面目だな……」
どうやらゲーム中は常に、魔王の役に成り切ることを徹底しているようだ。
イベント時以外は割と素を出してしまっているハルも見習った方が良いのかも知れない。
「どうなのアイリス? ミントでもいいけど。こうした日常会話でもそうした判定って厳しくチェックしてるの?」
「《攻略情報に関してはお答えしておりまっせーぬっ。でも、ま、いんじゃねー? そんなん逐一チェックしてたら、頭パンクしちゃうんさ》」
「《あたしは全部NPCに任せちゃってるよ! あ、やっば、今の聞かなかったってことでー!》」
「……今の誰!? 二人きりじゃなかったの!?」
「運営。さすがにこいつらは排除できない」
「運営ッ!?」
何でもないいつもの調子で、アイリスとミントがロールプレイについて答えてくれた。
まあ、『喋れた』ということはそこまで秘密にしなければいけない事柄ではないのだろう。それでも、一ユーザーにおいそれと運営が喋ることではないかも知れないが。
「まあ、こいつらのことは気にせずに。ロールプレイ切っても平気だってさケイオス」
「お、おう……」
腹を括ったのか、いつもの『顔☆素』の時の調子で、しかし見た目は赤い髪と豊かな胸をたたえた女性の外見で、魔王ケイオスは椅子に背を預けて力を抜いた。
そうして楽にしているだけでも、確かに魔王としての力強さは半減したようにハルも感じる。
常々から軽んじられないように気を張っているのは、やはり大変そうだ。
「しかしビビったわ。まさか、あのハルが女の子やってるとはなぁ~。いやコレ見れただけでも参加してよかったっつーか、はははっ!」
「お互い様だろカオス。というか、お前が言うな、その見た目で。どうした? 美少女好きが高じて自らが美少女になっちゃった?」
「美少女ではない、美女だ! ……んー、まあ、それはなんつーの、ロールプレイの一環ってことで」
「便利な言葉だ」
普段は男として気楽に遊んでいる二人が、ドレス姿の美女として向かい合う。
なんとも、フルダイブゲームならではの光景だ。
別に珍しいことではない。ないのだが、互いによく知った相手であるために、なんとなく気まずさを感じずにはいられない二人だった。
ハルは男として、ケイオスは、普段隠している本来の性別でハルの前に立つことに。居心地の悪さを感じてしまう。
そこについては、今は触れないでおこう。恐らくは『ネット上でくらいは何の気兼ねもなく遊びたい』という感情があるはずだ。彼女のその気持ちを壊してはならない。
「……男で人気を得る方法が、思い浮かばなかった」
「……言うのかよ。しかも滅茶苦茶切実そう」
「だって無理だろ!? オレに人気出るイケメンキャラとか! 美少女NPC見かけるたびに、『ぐへへへー、可愛い子だなぁーあの子』、とか言ってたら引かれるだろ!?」
「言わなきゃいいだろ! ……まあ、良いんじゃないそれでも? たぶん、男からは人気出るよ、代弁者として」
「やーだー! 野郎からの人気なんか欲しくなーいー!」
「これはひどい……」
魔王様ファンの方々には決してお見せできない。お見せ出来ない幻滅必至の姿である。
ロールプレイを解かせたことを少し後悔するハルだった。
「まあ、それで女性になったのは分かったよ。しかし、それならちょっと変態な女の子で良かったじゃないか。何で魔王様?」
「ヘンタイ言うな。いや結局、人気になる為には平凡じゃ無理だろ? 元々活動者として下地のある奴はともかくよ」
「ミナミとかね。いや……、アレは平凡じゃないか……」
「だから、何かしら尖ってないとな」
それで、選んだのが『魔王』だということだ。確かに尖っている。トゲトゲだ。角も生えている。
人気を得るために目立つ、目立つために奇抜なキャラ造形、というのは理にかなったやり方で、実際にケイオス以外にもそうした選択をする者は多い。
そのためこの世界には、自称魔王や自称勇者、自称伝説の大魔法使いや自称英雄の末裔がそこかしこに存在していた。
混沌である。どんな世界だ。
しかし、そうした目立つための選択をした者であっても、実際に目立てるかどうかはまた別だ。
自身の身の丈に合わぬ無理なロールプレイは実情との齟齬を引き起こし、いわゆる『痛い』だけで終わっている者も多数いるようだった。
「……これ、言うのちーっと恥ずいんだけどなぁー。オレが『魔王』選んだのって、お前の影響なんよ」
「僕の?」
「そう、ハルの。前のトコでよ、『魔王ハル』って言われてたろ? 全プレイヤー相手に大立ち回りして、『魔王ハル討伐戦』ー、とかよ。憧れた、正直」
「……懐かしい話だ」
つい一年前の、いやまだそこまで時間の経っていない話である。
そんな、誰よりも目立ち誰よりも強かったハルの姿に憧れ、参考にして、ケイオスは今のキャラクターを形作ったようだった。
……本人としては、なんともこそばゆい話だ。聞いている方としても、恥ずかしくなってくる。
「んでだな! お前と違って凡人でしかないオレとしては、分の悪い賭けに勝ち続けるしかないわけだ! 運のいいことに、今んとこ転ばずに乗り切れてる」
「……確かに、なかなか無茶してるみたいだね」
逃げない、引かない。全ての障害を乗り越える。
その姿に視聴者たちは憧れ、ケイオスを応援している。
それは、もうハルの写しではありえない。ハルであれば、決して取らない選択。そんな輝かしい魔王道、逆にハルがその道行きに憧れるくらいだ。
いったいどんな冒険を繰り広げてきたのか、じっくり聞き出してみるとしよう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/27)




