第72話 彼女の初陣
開催を告げる鐘の音が鳴り響き、戦端が開かれる。
境界面のフィルターが解除され、国境の外の様子が明らかになる。開始前から国境ギリギリに陣取っていたプレイヤー達の姿が、ハルの目に確認できた。
電撃戦、先制攻撃を仕掛けるようだ。これはアリなのか、と思うところも無いではないが、敵もこちらが見えない以上、賭けになる。相手も同じことをやってきて、鉢合わせる可能性もあるのだ。
そういった心理戦を含めたゲームなのだろう。
「ハル長官、レーダーに敵影、複数です!」
突然ユキがいつにない深刻な口調で報告を始めた。
たまにある遊びだ。ハルもつい乗ってしまう。
「艦種と所属は?」
「ヒューマノイド型無人攻撃機、タイプ『ブルー』と推定!」
「《脅威レベル:極小。警戒の必要性が認められません》」
「わ、びっくりした! ハルくんのウィンドウからですか今の声?」
「いいねいいね黒曜ちゃん、すごくそれっぽいよ」
「何を遊んでいるの……」
ユキと司令部ごっこでふざけていると、ルナに怒られてしまった。
開戦後、自陣内のマップを索敵できるレーダーが起動可能になる。早速ユキがそれを使って、ハル達の陣地、『黄色』の魔力範囲内に進入してきた敵を捉えていた。
レーダーの光点は青色。セレステのチームの人間だった。
「セレちんの眷属?」
「きっとね。僕が神域荒らしたから、お礼参りじゃないの?」
「ならば、結構強い方々なのでしょうか?」
「大丈夫だよアイリちゃん! 私よりずっと弱いから!」
「だねー。特に見るとこ無いかなぁ」
対人戦においてトップの実力を持つユキとソフィーの二人から辛口の評価が入る。闘技場で戦った事があるのだろう。
あくまで、この二人の基準においては、だとハルはフォローしたくなった。敵なので、今は口に出さないが。
トップレベルの人間と比べると一段劣るが。上位の実力者達だったはずだ。
「私とソフィーちゃんで蹴散らす?」
「いや、国内の事は僕らで対処するよ」
「はいはーい」
「じゃあ、出稼ぎに行くね! ハル長官、何か指示はありますか!?」
「『青は攻めるな』、『国を全滅はさせるな』」
「了解ですっ!」
ソフィーはそう言うと、侵入者とは逆方向へと元気に駆けて行く。忍者走りだ。彼女は侍なのか、忍者なのか。
<加速魔法>でロケットのごとく推進力を増し、強引に姿勢を安定させている。格好いい走り方だが、停止と方向転換に難がありそうだ。
「国民は知らないけど、青はうちの属国だもんね」
「命令ひとつで国主が敵になるのね?」
「えげつないですー」
「大丈夫だよアイリ、やらないから」
それで試合に勝ったとしても、その後のゲームプレイに支障が出る。長期的に見てマイナスが大きすぎた。
本当に最後の手段だろう。
「ソフィーちゃんは南の方、『紫』に行ったのかな。じゃあ私は『緑』に、北東に行こうかな」
「あっちはその先に『橙』と『赤』もあるし、良いんじゃない?」
ハルの陣地、黄色を中心に見た場合、まず周囲を三国が囲んでいる。
北西を『青』、北東を『緑』と北側は二分されており、逆側に蓋をするように『紫』が塞いでいる。
更に西側へ進むと『藍』を経て海に至り、東は『橙』を通り『赤』へ通じる。
「赤は本当に有利ね。ハルの言う位置エネルギーが」
「藍色も、自分がターゲットにされなければ中々だよ。赤よりも獲物が多いと言える」
「確かに赤は取れる選択が少ないわね。橙に蓋をされているわ」
「そういう視点で見れば、わたくし達は獲物を選び放題なのですね」
「こちらが圧倒的に強い場合に限るけどね」
守りが堅い場所なのは良いことだが、それだけではゲームには勝てない。隅に押し込まれているだけだ。
他国同士を争わせ、漁夫の利を得る必要があるが、海を背にした上で、広く二国と接している方がこの場合は版図を広げやすく見えた。
「しかし侵入者、攻めてくる様子が無いねハル君」
「がっかりだよ」
「主君の仇討ちではなく、ただの侵略なのでしょうか?」
「大義名分を得た侵略かしら?」
「もしくは誘って、すぐに自陣へ引き返す気かな」
境界内へ入り込んだ青チームの部隊は、その場から動かず本拠地へ攻めてくる様子が見られなかった。
なんにせよ、このまま放置しては国土を削られてしまう。
「まずは顔見せだ。アイリ、行ける?」
「お任せください!」
「アイリちゃん。ハルに合わせて無理はしなくていいのよ?」
「いいえ。やっとお役に立てる機会、何の無理がありましょうか」
アイリはこれまでの間、ただハルを送り出すだけで自らは屋敷に篭りきりだった。
その事を歯がゆく思っており、ここでもお留守番は耐えられないようだ。その気持ちをハルは汲んでやりたい。
守られるだけのお姫様では、居られなさそうだった。
「王と王妃の出陣ね?」
「まあ」
「この場合の王ユニットはカナリーちゃんでしょ……」
「私ですかー?」
事あるごとに外堀を埋めようとしてくる。
この対抗戦にリーダーは居ない。ユーザーは全て等しく一般ユニットであり、本拠地に居る神が、事実上のリーダーだった。
「カナリーも戦うのかしら?」
「ここに来たらやっつけますよー」
「そう、頼もしいのね」
そんなカナリーとルナを残して、二人は連れ立って戦場へと向かう。
ハルはアイリを抱え上げると、<飛行>で飛び立つのだった。
*
「アイリ、着いたら戦いになるよ」
「はい、覚悟は出来ています」
空の上で、彼女に確認する。虚勢や強がりではなく、本当に覚悟を決めているのが見て取れた。
お遊びのような戦闘とはいえ、初の実戦でこの落ち着き様は尋常ではない。彼女は何処で、どんな覚悟を決めて生きてきたのだろうか。
「魔力を補充するね。体に不調が出たら言って」
「はい! あ、ふわぁああ、ハルさんが入ってきますぅ……」
「何か艶かしい……」
落ち着いているのは良い事だが、もう少し緊張感があった方がハルとしてはありがたかった。
今は試合のために全ての脳の領域を起動させている。それを使って努めて気にしないようにしつつ、ハルは<魔力操作>でアイリのMPを最大まで回復させていく。
自分でも<MP吸収>のように補充は可能なようだが、時間がかかる上に、最大値まではなかなか難しいようだ。
「んっ……、問題ありません。ありがとうございました」
「どういたしまして」
妙に艶っぽい声を出す腕の中の彼女に供給が終わる頃、侵入者の姿が見えてくる。
数は六人。敵もこちらに気づいたようだ。狙い撃ちにされないように警戒しつつ、声の届く近距離まで降りて行く。
わざわざ来たのは示威行為のためだ。安全な位置からではなく、直接圧倒し、その情報を持ち帰ってもらわねばならない。
「ハルだ……」
「マジで来ちまった」
「落ち着け、そりゃ来るっての」
「でもあんな余裕で<飛行>使って……」
「冷静に見ろ、レベルはたった18だぜ!」
「アイリちゃーん! お……がぼはぁっ!」
とりあえずアイリに色目を使った不届きものを爆殺する。当のアイリは澄ました顔で、ハルの手の中から下りると、すっ、と後ろに回っていった。
ここは既に国内、つまり、内部の魔力はハルが自由に爆破出来る。
一撃で消滅させられた仲間の姿を見て、残りの五人は絶句してしまっている。多少予定外だったが、インパクトのある登場が出来たようだ。
「さて、こんにちは。そして、大人しく引いてくれるなら追いはしない。そちらの国に侵攻もしない。だがその気が無いというなら、逆にそちらの領土を切り取らせてもらう」
ハルは一方的に要点だけ語りながら、視界の端の黒いカード、ウィンドウを操作して撃破ポイントを『侵食力』につぎ込んでいく。
今のところ、目に見えた効果は無いようだ。地道に積んでいくしかないだろう。
「戻ってこの事を伝えてね。……あ、一分以内に退去しない場合は攻撃するので、だんまりは無しだよ」
「……素直に聞くと思うか? こっちはまだ五人居る」
「おい! さっきの見ただろ!」
「連発出来ないのかも知れん。出来るなら既に俺らは全滅してる」
「確かに……」
「別にそんな事無いんだけど。連発できるよ?」
チラチラとアイリの方に視線を送っていた不届きものをもう一人爆殺する。
『グワぁーッ!』とお手本のような断末魔を上げながら消滅していく仲間を見て、残りの四人の顔が引きつった。
さて、実のところ、このエーテル爆破を連発出来ない、と言うリーダー格の彼の読みは正しい。戦術的に連射が不可能なのではない。戦略的に資源不足で連発したくないのだ。
無尽蔵に魔力が使用出来る下界と違い、この対抗戦の会場では専用の魔力以外が使用禁止になっている。回復薬も使えない。
その場の魔力を爆発させて全て消費しつくすエーテルボムは、国土を削るに等しい。費用対効果がすこぶる悪かった。
威圧用には効果抜群だが、こればかり使っていては魔力切れになってしまうだろう。
「……うちの国に攻め込まないという保障は?」
「無いよ。でも引かないならば、確実に攻め込むと逆に保障しよう」
なかなかゲーム慣れしているようだ。駆け引きするように見せかけて時間稼ぎをしている。
目線を追うと、こちらから見えない角度にしたウィンドウへと頻繁に飛んでいる。侵略のカウントダウンが表示されているのだろう。
更にハルは表情を読む。焦りと安堵の割合が7:3ほどで焦り優勢だろうか。こちらの指定した一分では足りずに焦り、ハルが会話に乗ってその一分が過ぎたので、安堵が増えてきている。
侵略完了まで残り数分ほど、だと推測。
「じゃあ今、俺らのリーダーをチャットでここに呼ぶよ。彼女と話し合って決めてほしい」
「残念だけど、とっくに一分は過ぎたよ。アイリ」
「はい、ハルさん。お任せください」
アイリが一歩前に出ると、四人のプレイヤーに向けて手の平を突きつける。
アイリの手から、魔法の式が凄まじい勢いで放出されて行き、それが魔方陣を形作っていった。
「報復として採取ポイントを一つ頂く。リーダーとやらに、そう伝えてね」
「待っ!」
ハルの宣言が終わると、答えを待つことなくアイリの魔法が発動する。
四人の中心地点を基点に空間が歪んでゆき、周囲の空気ごと敵を吸い込んで行く。
球状に切り取られた空間の中で、彼らの姿はぐにゃりとねじれ、直後に中心点で爆発が起こり彼らを吹き飛ばしていった。
爆発は球状空間を埋め尽くし、十字に煌く閃光が収まると、プレイヤーの姿は何処にも残っていなかった。
「すごいねアイリ。空間がぐにゃぐにゃに歪んで見えた」
「そう見えるだけです。隔離空間の壁で光が屈折しているだけらしいですよ」
「爆炎を逃がさないのが主目的?」
「はい、自陣の中ですので」
周囲の環境に配慮した魔法のようだ。加えて、爆風を閉じ込める事で威力の向上も見込めるだろう。魔法の晴れた先には誰も残っていなかった。
「わたくしも張り切りすぎてしまいました。もっと節約しないといけませんね!」
「いいアピールになった。問題ないよ」
確実にオーバーキルだっただろう。お姫様の実力は圧倒的だった。
そして言うほど魔力も消費していない。ハルの使うエーテルボム、その数分の一であの威力だ。即効性以外は、完全に上である。
「アイリが戦うのを見るのは初めてだけど、凄く強かったんだね」
「はい! もっとほめてください!」
澄まし顔、冷徹な顔から、一転して満面の笑み。そんな彼女の頭をひとしきり撫で回す。
王子を相手にした、神の代理戦の時にアイリが出られなかったのが良く分かった。もし出たら、王子は初手消し炭だ。セレステも断るはずだった。
そんな予想以上の実力だったうちのお姫様の手を引いて、ハルは宣言通りに敵陣の切り取りに移っていった。
*
「彼らの言う、リーダーは存在したのでしょうか?」
「シルフィードの事じゃないかな? リーダシップは取ってると思うけど、彼らは単独行動だよ。はったりだろうね」
青の領地内の採取ポイントに陣取りながらアイリと話すハル。宣言通り、領地を少し頂く事にした。
来れば迎え撃ち、領土を切り取る。来なければ何もしない。という事を有言実行することで、わずらわしい侵攻を防ぐ。
手を出さなければハルの所は安全だ、と思い込ませるのだ。
「問題があるとすれば、全ての国が一丸になって攻めて来ると手が足りない事かな」
「逆侵攻には、わたくし達がこうして出て来ないといけませんものね」
「うん。反撃の手が足りないんだから、攻め続けてればいい」
「何か策はおありなのですか?」
「掲示板で撹乱はするよ。それに今は開始直後だ。様子見で散発的にしか来ないさ」
全くの同時に来られたら対応に窮するが、今はどこもまだ様子見のようだ。
開幕直後に攻め込んでくる、彼らのような蛮勇はなかなか居ないらしい。ハルとしては助かることだった。
敵陣の切り取りは、その場で一定時間じっとしている事で完了する。ハルの場合は十五分と表示された。
なので、領土に侵入するものがあっても、じっとしている者以外は無視している。ソフィーのような、遭遇戦待ちのプレイヤーだろうからだ。
「下界で収穫した素材が、使えれば良かったのですが」
「普段から溜め込んでる人が有利になっちゃうからね。一応、競技という形だから」
「わたくし達のような者ですね!」
「そうだね」
小さな森のようになった採取ポイントの石を拾い集めながら、アイリは言う。
建築のための素材は、ここで新しく集めた物以外は使えない。ここは神界で、物の組成はハルにも読み取れず、コピーも出来なかった。
「国ごとに取れる素材に偏りがあるみたいだね。掲示板を見てると」
「そうなのですね……、つまり採取ポイントを巡っての争いが起きると」
「戦わせ方を分かってるね」
石の建築をすれば防御力が高くなるとする。だが自陣には石があまり無い。隣の国には豊富にあるらしい。
するとどうなるか、当然、隣から取ってこようという事になるだろう。
それが侵略目当てでなくても、回復待ちをして居座ったり、採取部隊同士が顔を合わせたりすれば戦いが起こる。
「さて、書き換えが終わったみたいだね」
「これで此処はわたくし達の領地ですね!」
「そうだね。本拠地に戻ろうか」
「取り返しに来るのではないでしょうか?」
「来たらまた追い払おう」
既にここの採取ポイントは、レーダーの範囲内になった。取り返しにプレイヤーが入ってくれば、マップに表示される。
そうしたら、その時はまた対処すればいい。
「今度はこれを置いておくしね」
「ハルさんの目ですね!」
「……その通りだね」
銀の装飾が施されたハルの目、そのコピーを物陰に忍ばせる。
既に自陣の採取ポイントには、全てこの目が配置してあった。これを使って、今も遠隔で採取を行っている。
そうして安全に、そして高効率に、ハルのチームは建築用の素材を回収していくのだった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/16)




