第719話 一人勝ちをもくろむ者は?
「なるほど、『ポンジスキーム』という奴ですね」
「……保険屋。詳しいのかい?」
「ええ、『保険屋』ですから。もちろん、私自身は手を染めてはおりませんよ?」
「君はもっと合法的に人を騙してるってことか」
「いえいえ。そんなそんな」
否定はしなかった。悪い男である。
まあ、それはこの際いいとして、隅で静かに話を聞いていた保険屋によれば、現実の詐欺でもよく使われる手口だということ。
むしろ大きな詐欺の大半は、古来よりこの手法であるという。嫌な伝統だった。
「しかし、だとするならば、ローズ様のご説明いただいた彼らの手口には穴があります」
「確かに! 我も気になっていたところよ! 真面目に出資者に返還をしていくことで信用を稼ぐのは分かったが、それをどうやって持ち逃げする?」
「えっ、なにケイオス。それも分からずに詐欺組織を追ってたの?」
「おうとも! なーに、芋づる式に見つけ出して、力でわからせてやるまでよ! ハハハハハ!」
「それでも多少は被害者の溜飲は下がるだろうけどね……」
だが、詐欺組織を武力で討伐するだけでは、奪われた被害者のポイントは戻ってこない。
支払ってしまったポイントは、『契約書』によって、皮肉にもゲームシステムそのものによって保護されているためだ。
現実でいえば法の範囲内。倫理には悖るが合法の詐欺、といったところであった。
「……ケイオスがどうして彼らのことを知ったかって部分も気になるけど、それは後にするか。今は、彼らの計画について解説しよう」
「わたくしも気になります! “ぽんじすきーむ”、面白い響きなのです!」
「また変な言葉を憶えるのはおやめアイリ……」
色々な感情をいったん置き去りにして、ハルは『契約書』を流し見て(ただしその間で完全に理解して)知った彼らの契約ついて皆に語っていった。
あのハーゲンを始めとする営業員は皆一つのクランに所属しており、その規模はなかなか巨大。
しかし、彼らのクラン『レメゲトン』の活動について知るプレイヤーはまるでおらず、その実体は不明瞭だ。
恐らく、所属者個々人が単独で冒険や営業を行っているのだろう。
「じゃーさー、何でクラン組んだん? 活動がバラバラなら、所属も隠しちゃった方がよさげなのに」
「ふふん! そこは、我が思うにだなぁ……」
「あ、アンタの意見はいいから。ハルちゃんが教えてくれるからねー」
「なんか我にアタリがきつくない!? 初対面だよね我ら? あと魔王だよ我!?」
「はいはい。自称ねー」
ケイオス、中のプレイヤー『顔☆素』と付き合いの長いユキが、意見の主張をしようとする彼女を適当にあしらう。
いや、本来の性別が女性の人物が、普段は男として振る舞っている『顔☆素』が、ここでは女性の『魔王ケイオス』として振る舞っているのだから、ここでは普通に女性扱いでいいのだろうか?
ややこしい話である。ハルは少し混乱した。そして、後回しにして対応を放棄した。
「おいローズよ! お前の仲間が我を軽んじるのだが! ビシっと言ってやってくれ!」
「はいはい、後でね。ユキ、そのまま相手してやってて」
「えー、めんどいなー」
「軽っるぅ! そして酷っどぉ!」
というより、そろそろ気付いてもいいのではなかろうか? ハルとユキに揃って、普段と同じ雑な対応をされているのだ。少々鈍感が過ぎる。
「……まあいいや、続きいくよ」
「はい! 犯人たちがクランを組んだ、理由ですね!」
「うん。それなんだけどね、単純なことだ。クランを組むことが、『契約書』の発動条件に必要なことだからだね」
「クランを組まないと、『契約書』は使えないのですか?」
「いや、そうじゃあないよアイリ。契約対象をクランにすることで、詐欺が威力を発揮するんだ」
被害者のプレイヤーから預かったステータスポイントは、ハーゲンのような営業を飛び越えて、所属するクランに振り込まれる。
これが『契約書』の凄い所だ。プレイヤー個人でしか扱えないポイントを、『クラン・レメゲトン』という仮の人格に付与できている。
「そうしてクランに集めたポイントを、所属メンバーに振り直して、強くなったメンバーで冒険をして効率よくレベルを上げる」
「……という、建前なのね? 実際は貯め込んだポイントは運用せず、そのまま切り崩して返済が順調のように見せかけた、と」
ルナの語る通りだ。何十人もの営業によってクランに集められたポイントは再配布されることはなく、そのまま出資者へ返還されていった。
しかし、それが最後まで返し終わることはない。当然だ、100ポイント借りたとして、107ポイント返さねばならない。
その差額は借り入れが大きくなればなるほど膨らんでいき、もう到底、返済不可になっているだろう。
「我の部下が接触したとのは、『タロト』という奴だったかな。そいつは、もうゲームにログインすらしていないらしい。完全に追う手段が途絶えてしまったという訳だ」
「えっ、部下とか居たんだケイオス! にっあわなーいっ!」
「居るってーの! 我の大人気配信をみてないのかおまえー!」
「うん。ハルちゃんの放送の方が人気だし」
「ぐはぁっ!」
楽しそうに遊んでいるユキとケイオスは放置しつつ、重要な情報だけ抜き出そう。
ある日、定時で返済されるはずのステータスが返ってこない。それに気付いたケイオスの仲間プレイヤーが、『レメゲトン』のメンバーに連絡を取ろうと試みる。
しかし、連絡先は何時まで経っても『ログアウト』表示。その後も一切のログインはなく、そこでケイオスの仲間は逃げられたと気付き、リーダーである彼女に泣きついたということだ。
「……しかし妙ね? 変にクランメンバーが多いのは、そうして焦げ付いた人から離脱する為として。肝心の、騙し取ったポイントを実際に使う人はどうしているのかしら?」
「それは、最後に残ったクランリーダーじゃないのか? その為にポイントは、クラン管理としたのだろう! 我、聡明!」
「ばっかでー。クランにポイント残したままじゃ、それは返さなきゃならないじゃん。話聞いてたケイオス?」
「やっぱ我にアタリきついよねお前!?」
しかし、ユキの言う通りではある。それに、リーダーはクランに所属していないと説明したはず。きちんと聞いておいていただきたい。
「ここでやっと出てくるのが、あの『契約書』を作成したプレイヤーだね。当然、最終的にポイントを手にするのもその人物だ」
まあ、ケイオスが勘違いするのも無理はない。ハルとしても、どう説明したものか非常に悩ましいところだ。
そんな複雑怪奇な仕組みを作り上げたユニークスキルの所持者を恨みつつ、ハルはこの詐欺の終着地点を明らかにしていくのだった。
◇
「『契約書』の作成者、ユニークスキルの所持者は『ソロモン』というプレイヤーだ。書類の隅に、小さく書いてあった」
「……逆に分かりやすいわよね。注意事項を小さくするのは」
「まあね。ただ、やっぱり小さい物は見落としがちだ。ルナみたいに分かっている人ならともかく」
「『※個人の感想です』、ってやつですねー。『※実際の効果を保証するものではありません』、でもありますかー」
「カナリー様、お詳しいのです!」
自分のゲームについて広告を打つ立場のカナリーだ。むしろそうした注意書きを使う立場かも知れない。深くは追及しないでおこう。
「さて、そんなソロモン氏の立場は書面の上では実に地味だ。『契約書』の作成手数料として、投資されたポイントの一部を受け取る権利を持つ」
「それは、当然の権利ではないのか? 貴重なユニークスキルだ。タダでは使わせまい。我でもそうするだろう」
「甘いですねケイオスさん。この三者間で、最も得しているのはその者ですよ。自分は何もしていないのに、ステータスが増えて行く」
「む、保険屋だったか。同じユニーク持ちだったな、お前も」
そう、一見無害な仲介業者のような顔をしているソロモンこそ、集めたポイントが最終的に流れ着く場所だ。
営業と運用を担う『レメゲトン』のメンバーが逃げ出しても、リアルになぞらえて言えば業者が破綻しても、吸い上げた資金はソロモンの元で確保されている。
レメゲトンの最後の一人が消えてなくなったところで、手数料により肥え太ったソロモンだけが残り、被害者からの追及は全てもう居ないレメゲトンが引き受けるという訳である。
「ほへー、大した魔法使いだねぇ。でもそんな派手に動いて、よく今まで話題にならなかったね。あ、なってたのか、『詐欺がある』って」
「しかり、然りよ。どうやらその契約書、連中について話題にできないことも契約に盛り込まれておったようだな。コミュニティに書き込むと、エラーが出るようだ!」
「うわー、『然り』って、似合わないなぁ」
「良くねそんくらい!? 魔王だぞ! 威厳のある言葉づかいするぞ!」
「うんうん。カッコいいカッコいい」
この状況を例えるならば、都会に出て気取っている姿を地元の友達に見られたような状況だろうか。
しかもその友達の方は正体を明かしていない。ケイオスにとっては散々であった。
まあ、それは別にいいとして、この詐欺組織を討伐するのであれば、その契約書を作り出したソロモン氏をどうにかせねばならない。
ケイオスの言ったようにレメゲトンのメンバーを各個撃破したところで、根本的な解決にはならないのだ。ただのトカゲの尻尾切りである。
いや、『討伐された』という事実が出来てしまうだけに、余計に事件は迷宮入りしてしまうことも考えられた。
「向こう見ずだよね、魔王様は。まあ、その猪突猛進ぶりが、視聴者には気持ちよく映っているんだろうけど」
「応ともよ。退却は死、停滞は死、常に挑戦し続ける! 我に出来るのは、それだけだからなっ!」
「お金無いもんねーケイオスはさー」
「やっかましいっての! その通りだよ! 投資して欲しいのは我の方だー!!」
格好良くキメればそこで、ユキによって叩き落される。みんなの人気者である魔王様にとって、地獄のような環境だった。
放送していなくてよかったと小声でつぶやく姿が哀愁を誘う。
「しかし、そうは言ってもどうするのだ、ローズよ? そのソロモンちゃんを探し出して、ぶっとばしてわからせるか?」
「いや、力で叩きのめしたところで、騙し取られたポイントは返ってこない。デスペナルティに追い込んで、努力を無にしてやることは出来るけどね」
「それはいいな!」
「いや良くないっての……」
「そこで無くなるのは、元はといえば投資したプレイヤーもポイントですものね?」
「だねルナ。それをゼロにして、めでたしめでたしとはいかない」
「……とはいえ、一度資金管理会社に渡った資金を返還させる方法などあって? この世界には消費者保護の法律もないのよ?」
そう、全ての処理はソロモンのスキルによる『契約書』で合法となっている。
正当な手数料として得た彼の(もしくは彼女の)ポイントを返せと迫ったところで、その者は決して応じはしないだろう。
それは、現状ではハルにも不可能だ。このまま契約すれば、ハルもまたカモにされるだけである。
「だから、今度は僕が彼らを騙させてもらう。自分自身の契約書で、今度は破滅してもらおう」
「おお、そういえば言っていたなお前。確か前提がどうのとか!」
「……そこで邪魔したのはケイオスだけどね。しかしその通り。彼ら自身の手で、あの契約書に条件を追記してもらうんだよ」
「ほー。で、それはどんな?」
「期待しておいていいよ。形は違えど、デスペナルティには陥ってもらうから」
ハルはそう言うと、アイテム欄から『生命保険』を取り出して見せた。
悪い笑みを浮かべるハルの計画を、果たしてケイオスは察することが出来ただろうか?
その計画を実行に移すため、ハルは改めて先ほど会った男、ハーゲンへと連絡を取るのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/27)




