第718話 野生の魔王が現れた!
「それでは、この『契約書』にサインと投資ポイントのご記載を」
「……まあ焦るなって。まずは契約内容を詰めるところから、」
「そう、焦るんじゃあないっ! その契約、この我が預かろうぞ!」
ハルとハーゲンが契約の合意を結ぼうとしたところに、突如として横から割って入る声が上がった。よく通る女性の声だ。
その声の主はおもむろにこちらの席へと、つかつか、と力強い足取りで歩み寄ると、その最中に顔に身に着けていた目元を隠すための仮面を脱ぎ捨てる。
どうやら、高身長のスタイルの良い女性キャラのようで、全体的にハルの操る『ローズ』よりも一回り大きい。主に胸とかお尻とか。
そんなセクシーな彼女だが、女性としての色気を感じる前にその態度からくる力強さが印象として先に立つ。
どうやら有名プレイヤーらしく、仮面だけではなく髪の毛も変装用の付け毛を装備していたようだった。それもおもむろに脱ぎ捨て、本来の髪色が露わになる。
ありふれた金髪の下から出てきたのは、燃えるような真っ赤な髪。
白い肌と、その上に羽織る漆黒のドレスにその赤が美しく映えていた。
「危ないところだったな、そこなか弱き少女よ! 危うく詐欺に騙されるところだったぞ。だがしかし、この我が来たからにはもう安心! その悪しき企みもここまでよ、フハハハハ!」
高笑いを部屋中に響かせながら、脱ぎ捨てたウィッグの代わりに角の付いたカチューシャを頭装備に添え、これで完全にお色直しが整ったようだ。
彼女は堂に入った決めポーズと共に、高らかに宣言する。
「我が名はケイオス! 魔王ケイオスだ! 世を騒がす国際詐欺集団を追って、ここに参上っ! ハハハハハ!」
《おお、魔王様じゃん》
《お騒がせの人気者》
《こっち来てたんだ!》
《なんで変装して来たん(笑)》
《えっ、誰?》
《有名人なの?》
《知らんのか》
《かなり有名なのに》
《お姉さまの放送しか見てない人も居る》
《突撃の魔王様》
《ローズ様とは別ベクトルで人気》
《公式放送とかではよく出てくるよ》
《あ、あっちもいつの間にか放送始まってる》
前ぶりもなく現れて、この場の話題を一気にかっさらっていった派手好きの魔王様は決めポーズのまましばしご満悦だ。
彼女の名は『魔王ケイオス』。サービス開始当初からたびたび耳にした名であり、かなりの人気プレイヤーだ。視聴者の覚えもいい。
どんな逆境にあっても決して引かず、数多の困難を気合だけで乗り切っていくその姿にはファンも多く、理詰めのハルとは別方向の人気がある。
魔王とは名乗っているが、その親しみやすさには定評があり、優しい正義の魔王様として評判。
そんな、ハルに迫る人気を持つ彼女と、思わぬ場での邂逅と相成った。
そのケイオスに対して、ハルはどう対応するのかと言えば。
「誰が『か弱い少女』か。取引の邪魔をするなこのマヌケが」
「あいたあっ! な、なにすん、我は……、ってホントやめてっ……!? いたい! 我めっちゃいたい! 魔王なのに!」
「ははっ、どちらがよりか弱いか、格付けは付いたようだね」
「不機嫌ですねーハルさんー。いや、これは逆にご機嫌なんでしょーかー」
唐突に現れて注目を一身に浴び悦に入る。そんなご機嫌な姿に無性に腹が立ってきたハルだ。つい<神聖魔法>をぶち込んでしまう。
いかに『魔王』などと名乗っていようと、あくまで自称。ステータスはハルの方が上だ。
そんな、いままでのどんな逆境をも超える強敵を目の前にしてか、彼女の態度から魔王の余裕が一気に消えた。
あたふたと狼狽える様はどうにも情けないが、そんな所も人気の一つであるらしい。どうやら何時ものことのようだ。
「まてまてまてまて! まっ、てっ! 落ち着けマジェスティック! 我は味方だ、争う気はないぞ!」
「……『マドモアゼル』?」
「それかも!」
「まあ、僕も大人げなかったね。急に湧いて出たんで、驚いちゃって」
「驚いたからって攻撃魔法ぶっぱなすかーフツー!?」
《先制攻撃で威厳を見せつける》
《ローズ様にはよくあること》
《威厳(物理)》
《でも今日のローズ様たしかにお茶目》
《機嫌悪いのかな?》
《そりゃそうだろ、商談に横槍だし》
《攻略のライバルだからじゃ?》
《お姉さまはそんな細かいこと気にしない》
《むしろ楽しそうに見えるけど》
《普段と何か違うのは確かだね》
そう、いかにハルとて、例え突然出てきて決まりかけの商談をぶち壊されたとしてもこうした態度はとりはしない。
ある種、子供っぽい態度を取ってしまった原因は、この『魔王ケイオス』が見知った相手だということが大きかった。
彼は、いや彼女は『ケイオス』、普段は『顔☆素』というプレイヤネームでプレイしている、お調子者の友人である。
今は互いに男性から女性にキャラを変え、互いに一風変わった再開となっていた。
「……なるほど、エメの奴気付いてたな。『ネタバレ禁止』なんて言わなければよかった」
「ハルさんより先に、詐欺の情報を追ってたみたいですからねー。エメなら、近くに居ることも知ってたでしょうねー」
放送の盛り上がりの為に、詐欺事件の詳細について先にバラしてしまうことをエメに禁じていたハルだ。
確かに視聴者たちは盛り上がってはいるが、この展開は予想外であった。情報遮断のバランスは難しい。
そんな、前触れもなく顔を合わせることになってしまった友人に対し、どう接していけばいいのか、頭の痛くなる思いのハルであった。
*
結局、横から殴り込みを受けて粉砕されてしまった商談は一度流して、ハーゲンとは後日改めて取引をすることになった。
ハルにとってもハーゲンにとっても事故でしかないが、ハル側としては実は都合が良かったともいえる。
実際のところ、彼らの提示した条件そのままでは契約は飲めない。契約書に、条件をいくつか書き加えて貰う必要があるのだ。
きっとハーゲンはその手間を惜しみ、あの場での即時契約を望むだろう。
その説得の手間が省けたと思えば、このケイオス登場のハプニングも使いようだ。
「とはいえ、僕は予定通りに事が運ばないのを嫌う質でね。この代償、高くつくよ?」
「小さいことを言うな、娘。我はお前を救ってやったのだ。あのままサインしていたら、取り返しのつかない詐欺に騙されるところだったぞ、感謝せよ! フハハハ!」
「いや、だから詐欺だって元々分かってるんだってば……」
「そうだったのか!?」
今はVIPルームを出て、再び塔の上層にあるシルヴァの居住エリアへと戻って来ているハルたち。
そこには新たに魔王ケイオスの姿もあり、新たな客人の一人として歓迎されていた。実際シルヴァが好きそうなタイプである。
今は一時放送を切って、全員が視聴者に秘密の形で会話をしている。
せっかくの人気プレイヤー同士の邂逅、見たがる視聴者も多かったが、これは仕方ない。この先の会話、詐欺師相手にはお届けできないのだ。
「それで、ハルお姉さま? 結局どんな詐欺だったのでしょう。わたくし、ずっと見ておりましたが、いまいち理解が出来ずに……」
「まあ、それは仕方ないねアイリ。この辺は単に慣れの問題だから」
「ああ! 我も最初は騙されそうになった! だが幸運にも、同じ詐欺にあった被害者が我に教えてくれたのだ!」
「いやお前は引っかかるなよ……、まさか、リアルでも変な投資詐欺に引っかかって文無しなんじゃあるまいな……」
「なぜ我のリアルのお財布事情をーーッ! い、いや、いやいや、我はリアルでもめっちゃ王族の身分だし? 大金持ちだし?」
「無理すんな無課金魔王さま」
「めっちゃ王族! 気になるのです!」
そもそもこのゲームをケイオスが始めた理由が、莫大な優勝賞金に釣られてのことだ。
生活が困窮して、あちらのゲームを続けていられなくなったとか。
今では人気プレイヤーとして結構な収入が得られているようだが、優勝を目指すという当初の方針は変わっていないようだった。
そこは好感が持てるが、お金が無くなった理由が変な投資に手を出したとかであったら評価はマイナスだ。
「さて、詐欺の内容だったね」
「はい! 教えてください、お姉さま!」
「よかろう、語るがいい! お前の理解度、この魔王が判定してやろうぞ!」
「……腹立つなこいつ。まあいい。彼らがどんな詐欺をしているかだけど、実は簡単な話だよ。“彼らは何もしていない”」
「何もしていないのに、詐欺なのですか?」
「そうだよアイリ。不思議かな」
「はい! いったい、どういったことなのでしょう……」
ここでハルが一旦会話を区切ると、アイリは、『むむむむー』、と唸りながら必至にかわいらしく考える。
詐欺とは言葉巧みに相手を騙し、投資内容を複雑化して追及の目をごまかす。そんな印象があるだろう。
そんな先入観の中に、『何もしていない』と言われても、普通はピンと来ないのが当たり前だ。
「あ、分かりました! “じてんしゃそうぎょー”なのです! 配当は原資を切り崩しながら出していって、最後にわざと破綻させて上澄みをかすめ取るのです!」
「うん、その通り。なんだけど、それがすんなり理解できてしまうことと、『自転車操業』なんて言葉をアイリが学んでいるのが何だか嫌だな……」
「ルナさんに教わりました!」
ルナによるアイリの英才教育は順調のようだ。
そして、アイリがすんなりと内容を理解できた背景には、かつての彼女の出自があるのだろう。
王族として、税金を始めとした大きなお金の流れに触れる機会が多かったアイリ。
その中には、詐欺まがいの横領や、架空経費による横流しもあったに違いない。異世界とて、人間のやることは同じのようだ。
「まあ、つまりはそういうことだね。『7%の利子付き返済』なんて言っても、別に一括で返済する訳じゃない。何度にも分けて出資者に戻すことになる」
「そこで、最初の方はきちんと利益を出してやる訳だな! まあこれは当然だ、何もしてないんだから、損もしてない。7%くらいならきちんと返せる」
「まずはそうして、安全な取引だと思わせるための撒き餌だね」
「らしいな! 我もそのあたり、理解するのに時間が掛かった!」
「いやお前は理解しときなよ。ゲーム暦長いんだから……」
「我のゲーム暦が何故バレているのだっ!?」
ずいぶんと長く一緒に遊んでいるからである。単純な話だ。
それはともかく、話としては単純なことだ。
例えばあるプレイヤーに100ポイントほど投資を受けたとしよう。それをハーゲンたちは、最初は真面目に返す。7%の利子を付けて。
最初は少額であろうから、それは対して難しくない。11ポイントずつ、のような感じで、淡々と返済していく。十回も繰り返せば元本も含めて完済だ。
そのマトモな取引内容を見た他のプレイヤーや、もしくは本人が、『これならば安心』と追加でポイントを大量に預けていくようになる。
真面目に返って来るのだから、出資者にとっても美味しい話だ。寝ていても7%だけ強くなる。
しかし、ポイントが最後まで返済されることはない。
ある程度ポイントが集まったら、その詐欺師はログイン自体しなくなるのだ。
「マトモに返済されるのは当然だよね。預かったポイントを、何もせずにそのまま返しているだけなんだから」
「そうして信頼を得て、沢山の人からポイントを得ているのですね!」
だが投資者が増えれば増えるほど、一回の返済も厳しくなっていく。終いには、返済が回らない時が来る。
そこで、初めて真面目な業者は、詐欺師へとその姿を変化させるのだった。
※一部説明を追加しました(2023/5/27)




