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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部4章 カゲツ編

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第717話 機関投資家

 歴戦の戦士風の<商人>、いや実際に<役割>それ自体<冒険者>の男が持ち込んだ取引について語りだす。

 それはまたしても『保険屋』と同じステータスポイントに直接作用する商売であり、『当たり』の手ごたえをハルに抱かせた。


 確かに、これは非常にユニークな香りの強い取引だ。


《おお、来た、ステータス》

《ルールへの干渉》

《これは期待できるんじゃない?》

《探し物が見つかった?》

《いや怪しいね、詐欺かも》

《でも保険屋さんは大丈夫だったでしょ》

《何でも詐欺を疑ったら進まない》

《いや、何でも疑ってかかるべき》


「……まあ、話を聞いてからだね。お金を払えば僕にレベルアップ分のステータスポイントを付与するとか、そういう単純な話だってある訳だし」

「それだとただの、ポイントのRMTですねー」


 カナリーの言うRMTとは、『リアルマネートレード』の略だ。現代ではゲームにもよるが、運営側によって認められている物も多い。

 ゲームシステム上で許可された手法であれば、日本円による取引も可能という訳だ。


 ただ、『ステータスポイントを現金で買いませんか?』という取引であるならば、それは何の面白みもないので請け合う気はハルにはなかった。


「いえ、もちろん、そんな単純な話ではありません」


 戦士風の大男ハーゲンは、その筋肉質な体に見合わぬ優雅な動作で、アイテム欄から一束ひとたばの書類を取り出した。

 それを、ハルの手に取れる位置へと丁寧に差し出してくる。

 その一連の動きは非常に手慣れたもので、彼もまた現実リアルでは何か実際に商売をやっている人なのかも知れない。


「そちら、『契約書』となります。どうぞご確認ください」

「へえ……、今度は契約書か……」


 ハルが書類の束を手に取ると、そのタイミングでハーゲンは内容の説明を開始する。

 それを耳に入れつつ、当然のように<解析>を発動する。ハルに渡せばこうなると、相手も承知の上だろう(と勝手に判断する)。


「その契約書は、ユニークスキルによって作り出された正式なゲーム内アイテムとなっております」

「の、ようだね」

「それにご署名いただく事により、任意のステータスポイントを我々に『投資』することが可能です。システム的に」

「投資、ねえ」


 ハルは、ぱらぱらっ、と上から下まで細かい文字の書き込まれた『契約書』の束を流し見る。

 一見、適当に文字の列を目に放り込んでいるだけに見えるだろうが、それだけでハルはだいたいの内容を認識し終わった。


 それを悟らせないように、書類を机の上に投げ出してハーゲンに話の続きを促した。

 ハルのその態度を見て、彼は営業マンとしての気合を入れなおしたようだ。こちらも、注意深く観察しないと気付きにくい程度の雰囲気の変化だ。


 内容を虱潰しらみつぶしに確認しない不用心な相手を、カモとして狙いを定めたのだろう。

 当然、それを誘ったハルの策である。


「ええ、『投資』です。この契約はまず、お客様のステータスを我々が借り受け、それを少しずつ利子を付けてお返しする。言ってしまえば、それだけの単純な取引となります」

「その割には、随分と細々と書いてあるようだけど?」

「決めねばならないことが多いのですよ。ある意味で裏技的に、ゲームシステムに干渉しているもので。お客様との取引に必要な部分は、ごく少数です」

「ふーん?」


 あくまで、『単純』であることを強調するハーゲン。それによって、この長々と書かれた『契約書』の詳細を確認させない手法だろう。

 実際、ハルが確認した中でも取引に際して本当に効力を発揮するであろう部分はごく僅かだったのは確かだ。

 他は難読化なんどくかの為に、わざと情報量を水増ししているフシもある。


 彼はハルが目星をつけたその部分をちょうど、分かりやすいように開いて指で指示してみせた。


「この部分ですね。我々は、お客様から預かった資産であるポイントを運用し、7%の上乗せをしながら分割返済します」

「7%」

「ええ、妥当な数字であると考えていますよ」

「ありがちですねー」

「だねカナリー(ルピナス)ちゃん」


 何が妥当なのか、ハルには分からない。もちろんカナリーにもだ。

 だがハーゲンは自信満々であり、見る者に『本当に妥当なのかも知れない』と思わせる説得力がある。

 このあたりよく考えられていると感心するのが、現実で資産運用している者の感覚に訴え掛ける数字であろう所だった。


《まあ、そんなもんじゃない?》

《優良な業者は5%くらいだもんな》

《むしろ10%超えると怪しい》

《良心的なとこだとそれくらいくよ!》

《いいよリアルの話とか》

《まあまあ。今回は妥当か否かだから》

《7%なら、それっぽさあるね》

《20%とか言い出したら詐欺だけど》


 この話を聞いていた視聴者たちの空気感も、『なんとなく妥当っぽい……』、という感じでコメント欄の意見が傾いているようだ。


「……今更だけど、放送中だけど平気? 君も普段は、顔出ししてないみたいだけどさ」

「ええ。普段は本当に信頼できるプレイヤーの方だけに、こっそりとお取引をお願いしております」

「なんでこっそりなのさ……」

「投資を募るならー、大々的にやればいいですのにねー」

「ごもっともな意見です。しかしそれはですね、あまり集まり過ぎても、我々が返済できなくなってしまうのですよ」


 まあ、それはそうだろう。多くの個人から資金を集めて運用する、いわゆる『ファンド』は、更にその先の運用対象が必要だ。

 沢山のお金を集めて、株式などを買う資金を作る。お金を集めればそれが勝手に増える訳ではない。


 一方このハーゲンの『契約』は、ポイントを集めたところで運用する先がない。もちろん集めたポイントも、勝手に増えない。

 何らかの方法でもって、最低7%増やさなければならないのだ。


「そこが最も重要なところだね。君は、いや君達か。どんな魔法でステータスを増やしてくれるんだい?」

「ええ、では、これからその部分についてお話いたしましょう」


 だんだんと身振りが大きくなり、話し方にも熱が入ってきた。

 そんなハーゲンの解説を、ハルは少し冷めた目で、しかし狙いを定めるように、じっくりと観察していくのであった。





「といっても、我々の『運用』方法は実に単純なものです」

「ふむ?」


 ここで、いったん彼は熱を落ち着けて、何かを恥ずかしがるように肩を落とす。

 演出だ。ハルは『演技はいいからさっさと話せ』と言いたい気持ちを飲み込みつつ、ハーゲンの話を待つ。


「ローズ<侯爵>は、ステータスポイントを増やす条件をご存じですか?」

「もったいぶってないでさっさと話せ」


 言ってしまった。こらえ性のないハルである。


「そうじゃの。お主、ちと演技過剰じゃ。身のない話ばかりしとらんで、さっさと本筋を語れ。さっぱり分からぬのじゃ!」

「これは大変な失礼を……」


 ハルの隣に座るシルヴァからもダメ出しを食らってしまった。大人しいと思ったら、内容が理解できていなかったようである。

 仕方あるまい。彼女はNPCであり、プレイヤーのステータスのことは認知の範囲外だろう。どう会話を理解しているか気になるところ。


「では回答になりますが、視聴者に増やしてもらうか、もしくは自分で増やす。基本これだけです。我々は、自分で増やします」

「生放送はしてないもんね君達。消去法でそれしか手はない」

「仰る通り。仮に配信したとて、人気は得られないでしょうしね……」

「非効率は切り捨てたわけだ」


 ステータスポイントの『投資』などと言っても、なんのことはない。普通に頑張ってレベルアップする、というだけだ。

 彼らのスキルがユニークなのは、あくまで貸し借りの部分のみ。運用し増やすところは、ゲームのルールにのっとってやって行かねばならない。


「我々がステータスをお借りするのは、攻略の為の強さを得る為。その力を用いて最前線を攻略し、その効率により得られた利益の一部をお返しします」

「一部? ケチ臭いこと言っとらんで、全部返すのじゃ!」

「お言葉ですがシルヴァ老、それでは、我々にメリットが無くなってしまいます……」

「それでも取り過ぎなのではないかえ? 『原資の7%(ななぱー)』ではなく、『利益の50%(ごじっぱー)』ならローズは受けるのじゃ!」

「いい考え方ですねー」

「勝手に決めるな君たち……」


 とはいえハルも好きな考え方だ。このゲームその物も、その契約内容によって運用されている。

 ゲームにより増えた魔力の半分を、出資者であるハルたちが頂戴ちょうだいする。盛り上がれば盛り上がるほど、ハルたちの利益幅は巨大に膨れあがっていくのだ。


 シルヴァのセリフも、そうしたこの世界全体の法則が無意識に反映されて出たものなのだろうか?


「……申し訳ありませんが、多くの方からステータスをお預かりし、しかも分散して運用しています。どの利益が、誰の出資によって導き出されたか。それを計算するのは不可能です」

「だろうね。この子らの言うことは気にしなくていいよ」

「ご理解いただき、恐縮です」

「これ、ローズよ! 子供扱いするでない! 年長者なんじゃぞ、偉いんじゃぞ!?」


 まるで年長者の威厳を感じさせないシルヴァの言葉は聞き流すハルだ。

 更にそれを言うなら、ハルとて条件は同じである。見た目に反して、それなりの実年齢なハルである。ついでに隣で暇そうにしているカナリーも同じく。


 それに、利益の折半という契約は、前提条件によりはするがお互いに得のある契約だ。

 ハルは今回の取引、既に一方的な搾取さくしゅで終わらせる気が満々であった。


 この内容、聞けば聞くほど詐欺である。明らかな敵対行為だ。ハルは敵には一切容赦する気はない。

 そんな内心を知ることなく、ハーゲンは商談に手ごたえを感じているのか気分良さげに会話を進行していった。


「分散すると言ったね。君らはけっこう大規模に活動しているのかな?」

「ええ。なかなかのクランだと自負しています。70に及ぶ共同運営者と、それぞれの協力者による大きな組織です」

「へえ、もしかすると僕のとこより規模が大きいかもね」


 少なく見積もっても百人規模の集団だ。どのようにそれだけの規模のプレイヤーを集めたのか、気になるところではある。

 もしかすると、現実リアルの方で何らかの『契約』を結んで集めたのかも知れない。


「そのクラン、君が代表?」

「いえ、違います。一応の代表者はおりますが、組織の内部に序列はありませんよ。皆で平等に切磋琢磨せっさたくましつつ、頑張っております」


 嘘である。いや、事実として彼のクランは横並びなのかも知れない。

 しかしこの組織運営は、確実に一人のプレイヤーを頂点として構成されている。その人物が、ハーゲンと同じクランに所属しているかは別として。


 何故ならば、何人でポイントを運用していようと、核となるこの『契約書』は確実に一人のプレイヤーのスキルによって生み出されたアイテムなのだから。


「ローズ様は、正直ご自身の力を持て余しておいででしょう。それだけのステータス、過剰ではありませんか?」

「まあね。正直、今の僕に敵はいないだろう。かといって、立場上、僕は動きにくい。この力を振るう機会が存在していないとも言える」

「そこで、我々が役に立ちます。遊んでいるステータスの一部を、我らがクランにお預けくだされば、自動でポイント自体が稼いできてくれるでしょう!」

「……んー? 要するに、ただの外部委託ってことなのじゃ?」

「まあー、そんなに複雑に考える必要はないのは確かですねー」

「その通りです。是非お気軽に、我らがクランをご利用ください!」


 説明の締めくくりとして、ハーゲンは周囲で耳をそばだてていたプレイヤー達にも聞こえるように声のトーンを張り上げる。

 高レベルのプレイヤーが集まるこの機に乗じて、ハル以外の契約者もつのっていこうという腹積もりだろう。


 そこは、ハルは関知する気はない。自己判断で行えばいい。詐欺だが。


 彼の語ったように、今回持ち掛けてきた『契約』は単純なものだ。

 大勢のプレイヤーから集めた力をクランメンバーで分散し、その力を使って攻略を進める。


 攻略を進めればレベルアップし、レベルポイントによりクランは更なる成長を進めてゆく。

 そうして増えたポイントを、借金ならぬ借ポイントの返済に充てて、出資者は利子の分強化される。双方にとって旨味のある契約だ。

 ただし、本当に返せれば、の話だが。


 これでも最上位プレイヤーであり、明らかにゲーム内最強レベルのハルである。レベルアップで、どれだけのステータスポイントが得られるかは肌で知っている。誰よりもだ。

 そのハルだからこそ分かる。例え数パーセントだとしても、元本を含めて返済できるだけのポイントを冒険で稼げるのか? 確実に否であった。


 結局、このゲームでステータスを上げようと思ったら、放送をして人気を得なければならない。それが大前提なのだ。


「ふむ。まあ、いくつか条件はあるけど、『契約』を考えてみようかね?」

「おお、本当ですか!」


 だが、それを知りつつハルは契約する。あえて敵の策に乗ることにより、この面白そうなユニークスキルに是非とも絡んでみたいのだった。

※誤字修正を行いました。

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