第715話 成金の塔を下って
ハルたちは鍵となる新たなスキルの発想を求めるべく、シルヴァの家を出てカゲツの街へと向かうこととした。
彼女の家から足を踏み出したハルたちだが、とはいえ此処はまだシルヴァの所持する階層の範囲内であるらしい。
灯篭のようなオレンジの淡い光が照らす、薄暗がりの吹き抜けを降りながら、直々に案内してくれているシルヴァがそう説明してくれる。
「あの家周辺、上下三層ほどがワシの所有区画となっておっての。家を出てもしばらくは、縄張りのうちよ」
「へえ。この中だけでも、一つの街みたいだね」
「そうじゃろ、特にこの下は、外部の者でも自由に立ち入って、我が家の商品を買いに来れるのじゃ!」
「おお、にぎわってるー。下の店、全部シルばーちゃんの店なんだ」
「そうじゃぞユリ坊」
壁に沿うように下りて行く階段を行く道中から、下階の様子が吹き抜けを通じて見えてきた。
そこはこちらと違って煌煌と明るい照明に照らされた商店街で、人が少なく静かだったここまでとうって変わり大勢のお客さんで賑わっている。
シルヴァの仕入れた特別な品が直売店のようにここの店で売り出され、わざわざ下界に出店せずともすぐにこの階層で利益が上げられるという。
その賑わいは、なんとなくお祭りの縁日、その屋台の賑わいをハルに思い起こさせた。
「あっ、たべものの屋台もあるよハルちゃん! 本当にお祭りみたいだね!」
「皆さん、たのしそうなのです!」
「安易に買いに走っちゃダメよユキ? この人のことだもの、価格もきっとお祭り価格よ?」
「その通りなのじゃ! ここに来ると、みな財布の紐がゆるむ緩む。その場のノリで、ちょっと高くても買ってくれるのじゃ!」
「商売人ねぇ……」
そうした心理に誰よりも明るいルナが、感心したものか呆れたものか悩むような表情を見せている。
シルヴァはこの階層自体をある種のテーマパークとして改造することで、ただの自前の売店であるだけのはずなそれを、気前よく散財してもらう空間へと仕立て上げているようだった。
「ということでユキ? 美味しそうな物があっても、走っていっちゃダメよ?」
「よいのじゃ! お主らは我が家の客人ゆえの。飲み食いは全部タダにしてやろう!」
「おお、シルばーちゃん気前いいー! アイリちゃん、さっそくいこーぜぃ!」
「はい! いざ、かいぐい、なのです!」
「カカッ! 元気が良くて何よりなのじゃ!」
「実はあれでいてアイリは出来る妹だから、食品系に分類される素材は全部タダで買い占めてくるけど平気?」
「なんじゃと!?」
「『飲み食いはタダ』、なのでしょう? 飲める物も全てだから、薬品系もいけるわね?」
「なんじゃと!!?」
《酷いこじつけだ(笑)》
《ばーちゃん本気で焦ってる》
《ご老人をからかうのはやめるんだ!》
《見た目ただの悪ガキだからな》
《やりたくなる気持ちは分かる》
《しかし、凄い商店街だな》
《店売りしてないアイテムいっぱい》
《どうやったらここ入れるんだ?》
《やっぱVIPじゃなきゃ無理なのかな》
まあ、実際はアイリもそんな筋の通らない無茶な要求はしない。騙し討ちによる一時的な利益よりも、将来的な信頼の方が重要だとよくわかっている。
そんなアイリとユキの二人は、先ほどの『生命の果実』を使ったドリンクを手に乾杯しているようだ。小柄な二人なので、余計に微笑ましい。
強烈に甘いだけのそのジュースも、ゲーム特有のジャンクフードの中では比較的マシであるようでアイリも十分に楽しめているようだ。
そんな二人はジュースを飲み干すと、次なる屋台へと狙いを定める。
次はどうやら食べ物であるようで、そんな腹ペコ少女の視線に気付いた調理人は、先んじて提供の準備に入った。プロである。
「……さて、他の皆も好きに遊んでくるといい。しばらく自由行動だ」
「供を外すのか?」
「大げさに引き連れて行く必要はないだろう。あまり目立ちたくもないし」
「左様か。なら、屋敷の一個上が遊戯施設になっている。そこも好きに使うがよいのじゃ!」
「おおっ!」「やったぁ」「まじすか」「行きたい!」
「何でもあるな、アンタの家……」
カジノのような物があると聞いて、クランメンバーが一気に沸いた。皆、やはり好きなようである。
あまりのめり込まないでいただきたいが、ガザニアでは使い走りに奔走してもらった。ここカゲツでも、ハルたち主要メンバーの後ろに控えるだけの仕事で退屈だったろう。
多少、羽目を外してもらっても良いかも知れない。
そんな仲間たちをシルヴァの領地(?)に置いて、ハルは更に下層、個人所有エリアを出て、多くの者が利用できる空間へと降りて行くのだった。
*
「この昇降機は直通での。この塔の土台となる、いわゆる地上部まで一気に降りられる」
「なるほど。他人の家の敷地を徒歩で下りる訳にもいかないからね」
「何より面倒なのじゃ! 腰が痛くなるわ、そんなん。嫌じゃ嫌じゃ」
「『面倒』であって、『無理』ではないんですねー?」
ハルはいったん仲間と離れて、カナリーだけを供に連れカゲツの街に出るべく塔の下階へと踏み出した。
エレベータのような移動装置がシルヴァの所有エリアの下部に取り付けられており、二人はそれに乗り下層を目指す。
そこに、当然のような顔をして当のシルヴァ本人も同乗してきたのであった。
「おうちの方はいいんですかー? 当主が居なければ、始まらないのではー?」
「いらんいらん。というかじゃな、特に始めることもありゃせんじゃろ」
「まあ、僕の仲間たちを遊ばせるだけだしね」
「そうじゃ。使用人が良きに計らってくれよう。それよりも問題なのはお主じゃローズ! 普通逆じゃろ! 上層にはお主が残って、部下を下層に送らんか!」
「いやお恥ずかしい。僕のクラン、どうしても僕が自分で動かないといけないことが多くてね」
仲間が増え、やれることもまた増えたが、どうしてもクランを支える経済力を生み出しているのはハルのスキルだ。
ハルの異常な生産力がなければ全ては始まらず、重要な決定も必ずハルが自身で行わねばならない。
「いかんぞ、いかんのじゃ! 優秀な組織の、優秀なリーダーとは、寝てようが遊んでようが問題ない者なのじゃからの!」
「そうですねー。てきとーに方向性を決めてやるだけで、あとは現場が勝手に動いてくれるように仕込むべきですねー」
「その通りなのじゃ! 最上階層の連中なぞ何もしとらんぞ、いや比喩抜きにマジで」
「ハルさんは働きすぎですよー」
「いや、その方が効率いいし……」
言うなれば、資産そのものが自動で働いてくれる仕組み、『不労所得』を確立させることこそお金持ちの前提条件ということだろう。
そのあたりはルナが詳しい。いま隣にいるカナリーも、かつては一国を守護する神として、完全に国民を自動で働かせる不労所得の仕組みを構築していたと言ってもいい。
国家単位の大地主である。そう考えれば、凄い女の子だ。
「じゃあ、なおさら何でシルヴァが付いてきてくれたのか気になるね。目立っちゃわない?」
「目立つのじゃ、当然の。しかし、目立ち方の質が違う。お主らだけでは、『悪目立ち』じゃ」
「ガザニアの時を思い出しますねー。成金がいきなり現れたら、また囲まれちゃいますねー」
「ひゃはっ、聞いた聞いたぞ! 確かにそげなドレスや鎧で身を固めた連中が現れれば、あの技術馬鹿どもの格好のカモにされようぞ!」
「大変だった。得るものも多かったけどね」
「得すぎじゃろ。なんじゃあの船は」
結果的に飢えた狼に囲まれつつも最上の結果を導けたのは、彼らが本質的には職人であったからだろう。
その成功を経て、今回もまた上手くいくだろう、とは言い切れない。
今回囲まれることになる相手は商人だ。
狙われるのは技術提携ではなくハルたちの資金。相互協力ではなく一方的な搾取となろう。
騎士隊を置いて、カナリーだけを連れ二人で来たのも、極力そうした目立つ展開を避ける為だった。
「まあ見ておれ。確かにワシは目立つが、一方でここでは誰もがワシの顔をしっておる。それ、着いたぞ」
「お任せしようかな」
「楽ちんですねー?」
その幼い胸を精一杯張って、可愛らしい顔には自信をこれでもかと貼り付けて、シルヴァは真っ先にエレベーターを降りて進む。
その小さな背に続くように、ハルとカナリーも到着した下層部へ進んで行く。
エレベータを降りた先は巨大なホール状の空間となっており、内部には縦横無尽に人が行きかっているのが見て取れる。
幸いハルたちの周囲には人は少ないようだが、中心へ行くほど人の密度は一気に濃さを増すようだ。
《うわぁ、人に酔いそう》
《ここは知ってる!》
《やっと知ってるとこ来たな》
《塔のエントランスだね》
《エレベーターホール》
《街からここに来て、ここから目的の階へ》
《ある意味ダンジョンの入り口》
《違いない》
《多階層ダンジョンのワープポータル》
《集まって戦闘準備とかする広場ね》
《『成金の塔、第一層』》
《ヤなダンジョンだ(笑)》
「どこ行くんですー?」
「どこも行かん。すぐに迎えが来るのじゃ」
そんな『成金の塔』のエントランスで、シルヴァはエレベータを降りたその場から動かず立ち止まる。
得意顔を自信たっぷりに貼り付けて降りたはいいが、何処へ行くでもない。その場で、しばし待機するのであった。
そんなシルヴァとハルたちの姿はすぐに行き交う人々の知る所になるが、彼らがガザニアの時のように押し寄せることはなかった。
目立つは目立っているのだが、皆こちらを遠巻きに見るにとどまり近づこうとする者は皆無である。
いや、中には近づこうとする者も居るようだが、周囲の訳知り顔の人間によって制止されているようだ。
「これはシルヴァ様。本日は、いかがいたしましたでしょうか」
「うむ、視察なのじゃ! こやつらは客人なのじゃ!」
「承知いたしました」
そんな三人に、臆さず近づいてくる者が現れる。勇気あるNPCでも、無謀なプレイヤーでもない。彼らはこのホールの、従業員であるようだった。
見渡せば同じ制服を着たNPC達が、そこかしこに配置されている。
「こちらへどうぞ」
「ゆくのじゃ!」
彼らに連れられて、ハルたちはこのエントランスの奥まった場所に通っている小さめの通路へと入って行く。
このシルヴァの領域からの直通エレベータ近くに設置されている通路だ。きっとこれもお金持ち専用エリアに続いているのだろう。
「なんぞ求める物があるようじゃが、まさかここに居る全員の中から一人一人面接して探る訳にもいくまい? ワシが“篩”にかけてやるのじゃ」
「いや、一人一人調べてもいいんだけどね」
「なんでお主はそうサラリと人外の提案をするかのう……」
「ハルさんですからー」
とはいえ、手間が少ないならそれに越したことはない。ここはシルヴァに甘えるとしよう。
恐らくは、ある程度の資金を持つ<商人>しか入れないエリアへと移動することで、低レベルの者をふるい落としてくれるのだろう。
確かにユニークスキル持ちとなれば、ある程度の熟練者の可能性は高い。
そんな篩の役割を担うVIPエリアで、ハルたちの『面接』が始まるようだ。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/27)




