第712話 生命の果実
「まあ、商品に関しては特に問題はないから。今のところはそれでいいとしよう。今後のことは、その都度考えようか」
「どうぞ、今後とも『保険屋』を御贔屓に」
「……今後ともって、貴方、これからも私達との取引を続けるつもりなのかしら?」
「はい、ボタン様。ご迷惑でなければ、是非に」
相手の怪しさはともかく、アイテムはアイテムと割り切ったハルとは対照的に、ルナの目はまだ訝しげだ。
普段以上に露骨に、じとーっ、と細められた目が、疑念を多弁に物語っている。
「ハルもハルよ? そんな物をたくさん買って、何に使うつもりなのかしら? あなた、そもそも死なないでしょう?」
「ボタン様、そういった方でも万一に備えるのが、」
「お黙りなさいな? そういった営業トークは聞き飽きているの」
「これは失礼を」
《保険の勧誘多いよなー》
《ボタンママー!》
《どこも儲かってそうだよね》
《ボタン様に叱られたい》
《なんであんなのが儲かるの?》
《『安心』っていう最強の商品を扱ってるから》
《人は『安心』するために生きている……》
《本能的にリスクを嫌う。そこを突かれてる》
《でもゲームだとそうはならないよね?》
《自分を客観視できるからじゃない?》
《なんか、カゲツ入ってからコメ欄が変(笑)》
《大人はお金の話題に敏感》
《無意識に世代差でちゃってるよ~》
生活に直結する話題になると、とくにそれが自身と関係ある話題となれば、つい視聴者は多弁になるものだ。
ハルも極力そうした話題を持ち込まないように心がけ、楽しいゲームの話に集中できるように雰囲気づくりを行ってはいるが、このカゲツではどうしてもそうもいかない。
商売の国という特性上、どうしても大人の視聴者ほど敏感に反応しがちな空気感となりがちだった。
これも、詐欺だの保険だの、まるで現実を思い起こさせる内容が早々に出てきてしまったのが悪い。
まあ、嘆いていても仕方ないので、そこをいかにエンターテイメントに繋げていけるかがハルの腕の見せ所だろう。
「ルナお母さんに無駄遣いを怒られてしまったね。無駄にならないように、有効活用しなくっちゃ」
「茶化さないのハル。有効活用と言うけれど、どうするのかしら? 死なない限り無意味なアイテムなのよ?」
「まあ、悪用方法は追い追いね。ポイントに直接干渉するレア中のレアアイテムだ。必ず使い道はあるさ」
「悪用は確定なのね……」
《悪用(笑)》
《悪用しちゃだめー(笑)》
《運営の想定してない用途を悪用と言うから》
《法の抜け道》
《それって詐欺では!》
《詐欺は明確に違法》
《きっと予想もつかない使い方するんだろなー》
《今から期待》
《えぐいよー、えげつないよー、きっと》
「きっとご期待に応えてみせようとも」
死ななければ発動できないということは、逆に言えば死にさえすれば能動的に発動可能と言い換えることもできる。
その発想を前提に考えることで、何らかの使い道が、画期的なコンボが開発可能な気がしているハルであった。
「まあいいわ? 貴方、ハルの専属になりなさいな。うちのクランが販売の窓口になれば、どう転ぼうとも利益にはなるでしょう」
「願ってもない! では、どうぞこれから、よろしくお願いいたします」
「あれ、そんな簡単に決めちゃうんだ。君、契約内容とか精査しなくて平気?」
「いやはやお恥ずかしい話でして、販路と生産の補佐をしていただけるパートナーが見つからず困っていたのですよ」
もし仮にハルが悪用方法を思いつかずとも、彼の『生命保険』を直接売り出せば損はないとルナが半ば強引に自分たちとの契約を迫る。
これに、『保険屋』はなんともあっさりと同意を示した。ここも、何となく上手くいきすぎて怪しいところではある。
とはいえ、彼の言っていること自体は妙なことではない。
彼は非常にレアなユニークスキルを習得はしたが、一人ではそれを活かしきれない。保険のアイテムを生み出すにも、コストが必要だ。
その大量生産のための生産系スキルが合わさらなければ、大儲けは決して出来なだろう。
その業務提携相手として、ハルたちのクランは最適だ。有数の巨大生産クランである。
「なら保険屋、君は僕らを先回りして、シルヴァの屋敷に潜入してたのかい?」
「いえ、私にそんな先見の明はありませんよ。別件です。実は、」
「そやつは、これが目当てだったようじゃの。あと、潜入言うでないわ。この家は、軽々しく潜入を許さぬのじゃ!」
ハルたちが保険屋と雑談交じりの商談を交わしていると、そこでこの家の主、シルヴァの支度が終わったようだ。
先ほどまでの動きやすさ重視の服から、威厳、いや豪華さをことさらアピールした和服へとクラスチェンジ。大変身である。
ただ、本人が非常に小さいので、着物を着ているというよりは、その十二単のような衣装の中に、すっぽりと“装填”されているような格好になっているが。
……自分では歩けないのかも知れない。椅子のような物に乗ったまま部下に運ばれてきている。
そんな家主もこの場に揃い、改めて彼らの話を詳しく聞いていくことになるのであった。
*
「さて、お待たせしたのう。さっそく商談中であったか? 続けい。水を差すのは好かんのじゃ!」
「物分かりのいいこと言って、良さそうな話なら自分も一枚噛みたいだけでしょシルヴァ」
「人聞きの悪いことを言うでない! 当然なのじゃ!」
「いやどっちさ……」
当然らしい。商魂たくましいことだ。
「とはいえ、その保険屋の話にはイマイチ乗り気はせん。『生命に保険を掛ける』というならば、黄泉還りでもしてみせよ」
「認識の違いですね。どう説明したものか、難儀しています」
いや、これはきっと、認識ではなく“在り方”の違いだ。
プレイヤーならば誰であれ、喉から手が出るほど欲しいだろうデスペナルティ軽減保険。しかし、NPCだとそうはいかない。
死んだら終わりの彼らには、プレイヤーのポイント消失ルールなど関係ない。
つまりは生命保険はまるきり無価値な商品であり、その価値観の差から交渉は平行線を辿っていたのだろう。
「購入していただかなくとも、販路と材料の提供だけで構わないとは交渉したのですが……」
「どうも怪しい。詐欺商品を売りさばかれて、家の信用が落ちてはかなわんのじゃ」
「怪しいよね。わかる」
「じゃろう!」
「ローズさんまで……」
怪しいものは怪しい。そもそも名前が怪しい。
《そりゃ、本名『保険屋』が来たらなぁ(笑)》
《保・険屋さん》
《誰だよ(笑)》
《ケンヤさん!》
《シルヴァちゃまの商会ってそんな有利なん?》
《そうでもないらしい》
《えっ意外。立場としては外務の責任者だろ》
《だからこそ》
《堅実で適正な商売しかできないから》
《どうして利幅が薄い》
「ええ、『怪しげな物を売りたいのなら、もっと下層の怪しい連中の所へ行け』、と一点張りでして」
「あれ、上層じゃないんだ? シルばーちゃんより稼いでるひとは、シルばーちゃんより悪い人なんじゃないん?」
「悪い人じゃ! ……と言いたいが、ここより上の連中は、単に元々大金を持ってる奴らなのじゃー。敵わぬのじゃー」
ユキが無邪気に不躾に問いかけるが、シルヴァは特に気を悪くした風もなくあっけらかんと答える。
今のユキはシルヴァ同様小さいので、そこに気を許しているのかもしれない。
資産の運用益は、その種となる額が多いほど高い効果をもたらす。
ジェードとも語ったその大原則は、この世界でも変わらず同じであるようだった。ある意味夢がない。
「じゃがこの家にも運が向いて来た! 今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いどころか、飛ぶ鳥に成る勢いのローズ侯爵閣下を、他の誰でもないこの家がお招きできたのじゃからの!」
「急に媚びるな……、可愛くおねだりしてもおやつはあげないよ……」
「いらぬわ! むふふっ、むしろワシからくれてやろう。そこな保険屋も欲しておった、高級果実じゃ、心して食えい?」
「彼が?」
振り返って保険屋の顔を確認すると、その通りであると彼は頷く。
どうやら、客人へのもてなしの品として運ばれて来たカラフルで大ぶりの果物が、保険屋がハルたちに先んじてシルヴァの屋敷へと訪れていた目的のアイテムのようだった。
「ほれ、食え食え。たんと食え。って品定めし始めるでないわぁ! まったく……、お主もやはり商人じゃのう……」
「いや、むしろ僕は研究者としての視点だね。これは、確かに使えそうだ」
「でしょう!」
保険屋が満足げに同意するのを横目に、ハルは供された果物にまた<解析>を掛ける。
申し訳ないが、このゲームでの飲食に味はさほど期待できないのだ。そんなことよりも効果が先。
その結果判明したアイテム名は、『生命の果実』、『魔法の果実』、『幸運の果実』。
何と、キャラクターのステータスポイントを直接上昇させるという、なんとも夢のようなアイテムなのだった。
◇
《えっヤバっ……》
《バランス崩壊じゃん!》
《ゲームバランス終了のお知らせ》
《言うほど終わったのって今かな?》
《良く考えたら元々終わってたかも》
《主にローズ様が終わらせた》
《なんだ、じゃあ問題ないな》
《お姉さまがまた強くなるだけか》
《よし、解散》
「……そうもいかないようだね。試しにこれを頂いてみるけどね」
「食え食えい。たんと食うがいいのじゃ!」
「うん。甘いね、とっても」
「うまいじゃろ!」
……美味い、とはお世辞には言えないハルだ。最近は特に舌が肥えている。『他よりも甘みが強いね』、程度が正直な気持ち。
ゲーム内食料の独特の味を、『故郷の味』、と評するユキはこれもやはり美味しそうに食べるので、そんな様子もまたシルヴァのお気に入りになったようだ。
シルヴァの対応は、ユキに任せよう。
「……うん。やっぱり。僕のステは上がらないようだね」
「そうなんですか。残念ですねぇ……」
「だから言ったじゃろ? こんな物を食うだけで強くなれれば、誰も苦労せんわい。そんな物に大金を積もうとするところも、お主を信用おけんとこなのじゃ!」
要は、『正しい目利きの出来ない<商人>は二流』、『二流の保険屋とは取引したくない』、とシルヴァは言っているのだろう。
確かに、この『生命の果実』たちを最初に発見したならば、何をおいても自分がそれを扱う<商人>となりたいと飛びつくのは仕方ない。
そこは保険屋を責められはすまい。ハルだって、同じ立場ならばどう行動したか分からない。
しかし、ハルが<解析>したアイテム効果によれば、この夢の果物が効果を発揮するのは本当に最初のうちだけ。
基礎ステータスの上に10ポイントも追加されれば、もう効力は発揮されないとのことだった。世の中甘くない。
その<解析>結果を説明すると、コメント欄の熱気も一気に引いて行くのだった。いわゆるお通夜ムードというやつだ。
《本当に解散案件だった》
《これこそどう使うの?》
《新規にプレゼントする》
《聖人か?》
《売るにしても、新規じゃなぁ……》
《お金持ってないもん》
《ダメさ》
《あかん。マジ使い道ない》
「美味いのは確かなのじゃ。だが生産性の悪さから、無駄に高価での? こうして、金持ちの道楽で食すのが一般的じゃ。いや、それは一般ではないのかの、くふふふ」
「ねーねー。いっつもこのフルーツ食べてるから、シルばーちゃんってばそんな若いん?」
「違うぞユリ坊。毎日きちんと体操をして、牛乳を飲んでいるからなのじゃ!」
「あははっ、背が伸びそう」
「一向に伸びないのう……」
「あ、それじゃあ牛乳に秘密があるんだ!」
「牛乳は普通じゃ!」
なんだかとてもユキと仲良くなっている。微笑ましい。
シルヴァの不老の理由も気になるところだが、そちらは今はいいとしよう。どうせ分からない。
その盛り上がりはユキたちに任せて、ハルはといえば、しばし思考に沈んでいく。
保険屋が目を付けたこの果実、これは確実に使える。何としても、提供をしてもらいたい。いや独占したい。
確かに、ハルのように成長したキャラクターに使用してもステータスに変化はない。
しかし、他人から与えられることでしか増加しないとい原則を覆すアイテムが、価値を生まない訳はない。
生命保険アイテムと同様に、『悪用』どころをなんとしても発明したい。
ハルは輝くような艶のある美しい果実を手の中で弄びながら、高速で並列思考を走らせていくのだった。




