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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部4章 カゲツ編

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第711話 生命保険

「おっと、申し遅れました。わたくし、生命保険の販売を行っております、『保険屋』と申します」

「ん? 保険屋さん?」

「はい。あっ、プレイヤーネームそのものが『保険屋』です。どうも」

「……いや、それも気にはなるけど。保険というのはゲーム内の話なのかい?」

「ええ、その通りです。あっ、もちろんリアルでも、保険の販売は行っております。よければそちらもいかがでしょうか」

「いや、リアル保険にはまったく興味はないよ」

「それは残念です」


 この世の中のありとあらゆる保険商品が意味を成さないハルである。まあ、それは今はいいとしよう。

 現実リアルの話はともかく、このゲーム内で保険とは面白いことを言うものだ。そこは、ハルも非常に興味のある内容だった。

 特に『生命保険』というからには、キャラクターの死亡時になにかしらの効果がある物なのであろうが、今のところ正確な予想はつけられない。


《保険だぁ?》

《なんだか怪しいな》

《こいつが例の詐欺師なんじゃ?》

《いや、見たことも聞いたこともないなぁ》

《ネタバレ禁止だよ!》

《お姉さま、危ない遊び好きね》

《騙されちゃったらやだよー》

《ローズ様が騙されるわけない!》


「ああ、そうだ。今、放送中だけど大丈夫かな?」

「はい。はいはい。構いませんとも。少し緊張しますね……、普段、配信などしないものですので……」

「秘密にしてる訳じゃないの?」

「一応、秘密ではありますが、この一世一代の機会を逃す訳にはいきませんから!」


 ゲーム内屈指の大富豪でもあるハルとの突然の邂逅かいこう、これを降って湧いた好機と見て、今まで伏せていた手札を放送に乗せることにしたのだろう。

 その判断は賞賛に値するが、とはいえ手放しで褒められはしない。

 何故かといえば、この世界においてもハルたちに保険は必要とされていないからであった。


「……とはいえ、『生命保険』は僕らには必要にならないかも知れないよ? もし買わなくても、恨まないで欲しいな」

「はい。それは勿論。お買い上げいただけませんでしたら、それは単に私の営業努力の不足ですので」

「へえ。自信あるんだ」

「はい。必ずしや、ご購入いただけるものと確信しております」


 そこまで自信をもって営業を掛けてくるとなると、俄然がぜん興味の出てくるハルだ。


 尋常じんじょうの状況では死ぬことがないので、また自身の周囲にも決して死者を出さぬよう振る舞うので、ある意味『生命保険』という備えを用意すること自体がハルの負けとなる。

 しかしその一方で、明らかにユニークスキルであろうその商品そのものに、純粋に興味を引かれてしまうハルだった。


「何はともあれ、見せてもらおうか、その『生命保険』とやらを」

「かしこまりました。こちら、商品となっております」


 保険屋が取り出したのは、常用サイズの厚手の用紙。一枚刷りのぴらりとしたもので、それ単体で完結しているようだ。

 材質や厚さこそファンタジー世界のものであるが、全体的な見た目は実際の契約書と似通って作られているように思えた。


「へえ、これが」

「はい。『生命保険』です。私のスキルによって作成した、アイテムとなります」

「手に取ってみても?」

「もちろん」


 そのアイテムをハルは受け取り、すかさず<解析>に掛ける。

 信頼にもとる行為だろうか? いや、商談の席で隙を見せるのが不用心であるのだ。


 なんだかもう、最近では息をするように、ごくごく自然に<解析>を使ってしまうようになっていた。


「……素材そのものは、どれもありがちなアイテムなんだね。ありふれた紙にインク。<執筆>で普通に作成できそうなものだけど」

「参りました。そんなことまで一瞬で分かるんですか!?」

「悪いね」


 まあ、悪いねと言いつつ止める気はないハルであるのだが、一応知ってしまったことは伝えておく。

 今のところ、彼と敵対するつもりはない。出来れば、友好的な関係を築きたいものだ。せっかくのユニークスキル発現者である。


「……もしや、効果の内容までも?」

「ああ、なんとなく理解した。とはいえ、良かったら君の口から、皆に説明してもらえないかい?」

「はい。それはもちろんですとも」


 特に気を悪くした感じもなく、保険屋はハルから受け取った『生命保険』を皆に見やすく提示する。

 そうして、彼の攻略の大きな転機となるであろう、大口顧客ハルたちに向けての説明会プレゼンが始まった。





「まず、大切な大前提からお伝えしておきます。この『生命保険』で保険を掛けておくのは、皆様の大切な『ステータスポイント』です」

「ポイント? お金じゃなくって?」

「はい。ポイントです、ユリさん。ゴールドが得られる設定にも出来るは出来るのですが、リアルとは異なり大した保証は得られません。皆様は、興味を持たれないでしょう。私も主力商品にする気はありません」

ハル(ローズ)ちゃんにとってお金なんて命を掛けるに値しないもんね」

「死んでまで儲ける価値のあるものにはなりませんねー。稼ぐだけなら、いくらでもハル(ローズ)さん稼げちゃいますしー」

「そこです、ルピナスさん。死んで終わりではないからこそ、そこに価値は生まれないんでしょうね」


《命に値段なんか付けるな!》

《不謹慎だよなー》

《あくまで経済的価値だよ》

《そう深く考えるな》

《稼いでる人ほど、一気に無くなったら大変》

《残された家計の為だね》

《この話は外でやってくれ》

《そうそう、ここでやる話じゃない》

《『保険屋』なんて名前なのが悪い(笑)》


 まあ、普通プレイヤーとしての名前に付けるものではないだろう。よほど思い入れがあるのか、それとも最初からこのスキル展開を見越して名前を決めたのか。

 後者だとしたら、大したものである。並の戦略眼ではない。


「……なんだか急に身内な気がしてきた」


 狙ってやるとしたら、中身が神様でも驚かない。このゲームは彼らも普通に参加可能だ。

 まあ、今はそれはいいとしよう。ハルは引き続き、彼の話に耳を傾けていった。


「参考までに、ゴールドで払い戻しする場合はその『命の値段』はどうなるんだい?」

「はい。ここの算出方法は、リアルとはまるで異なります。その方の経済価値は一切無視して、失ったポイントのみが評価されます」

「……なるほど。ポイントを換金しているようなものか」

「はい。そのため、私からは決してオススメしません。デスペナポイント軽減の保険を、是非にオススメしています」


 このゲームでは死亡すると、ペナルティとしてせっかく集めたステータスポイントを一部失ってしまう。

 これは捨て身での無茶な攻略の繰り返しにより、無理矢理に進行を進めてしまう攻略法スタイルへの抑制。そしてミナミのやったように、大量の仲間を集めて死亡を前提に突撃する戦術の成立を難しくする狙いがあると思われる。


 要はガンガン進むが死のリスクが大きいタイプか、進みは遅いがポイントを堅実に増やしていくタイプか、プレイヤーごとに選択させる余地を生んでいるのだ。

 ちなみにハルは、ガンガン進みながらも決して死なない異端者いたんしゃである。最強である。


《確かに、ポイントの代わりにゴールドはなぁ》

《ゲーム内通貨もらってもね》

《日本円なら考える》

《優勝諦めてはした金かぁ》

《まあ、ありじゃね?》

《優勝できないし、どうせ》

《それでも無いなぁ》

《コンテンツを殺してまでやることか?》

《ゲームやらずに働いた方がいいね》

《ペットと遊んで貰えるお金の方が多そう》


 変な言い方になるが、『死ぬだけでお金がもらえる』、と聞くと、ゲームであれば楽に実行できると感じる者は居るだろう。

 ただ、このゲームにおいてはそうした画期的な『錬金術』は難しそうだ。失ってしまうステータスポイントの価値が大きすぎる。


 そんな、プレイヤーにとってれっきとした資産であるステータスポイント。主に視聴者からの応援によって増え、自身の人気の証ともいえるそれを守ってくれる保険。

 そう聞くと、その重要性、希少性は非常に高く感じられるのは確か。

 ゴールドのリターンなど不要、いやむしろ大枚をはたいてでもポイントへの保険を手に入れたいというプレイヤーはいくらでも居るだろう。特に攻略に力を入れているタイプは。


「しかし、せないのは、何故僕に営業を掛けて来たんだい? 確かに買わせてもらうけどさ」

「お買い上げ、ありがとうございます」


 ハルは彼の販売する生命保険アイテムを、その場で迷うことなく購入した。力の限り。次から次へと。迷うことなく。


 その異常なまでの上客っぷりには、保険屋もニコニコ笑顔が隠せない。

 ハルをお客様として見込んだ自身の判断に、狂いはなかったと確信していることだろう。


 しかしそれを差し引いても、ハルを相手にすることは必ずしも正解ではないのではないか。そうハルは保険屋に問いただす。

 確かに売れはしたが、ハル自身がこの保険の世話になることはないだろう。レアアイテムとして衝動買いしただけである。

 現実リアルと異なり一生に一度のものではなく、どちらかといえば消費財。消耗品として繰り返し使ってもらうことで、利益を出すアイテムだろう。


「……例えば、もっと大規模に攻略をメインコンテンツにしているクランとか。そういった所のお抱えになる方が、利益は最大化できたんじゃないかな」

「いえいえ。大人気のローズさんの放送に乗って紹介されたからこそ、一気に販路が広がったとも言えますね」

詭弁きべんだなあ。それなら、初めから自分の放送で流せばいいじゃないか」


《確かに!》

《そうすれば大人気だよね》

《人気になればリアルマネーも!》

《がっぽがっぽよ》

《なんでそれをしなかった?》

《やっぱり怪しい……》

《詐欺か?》

《詐欺かも!》


 カゲツに広まる詐欺の噂から、視聴者たちが疑心暗鬼ぎしんあんきになっている。

 別に、そこまで深く考えていないだけということも十分あるので、ハルの質問は少し意地悪だったのかも知れない。


 ただ、気になるものは気になる。何故ハルを選んだのか。もっと突っ込むと、そもそも何故この場に居たのか。

 ステータスポイントという、このゲームにおける根幹のリソースを操るそのスキル。重要度は皆が考える以上に高い。


 ここは、慎重に慎重を期して取引を進めていった方が良さそうだった。

 ……まあ、口ではそう言いつつ手元では、今用意できる『生命保険』をあるだけ買い占めているハルなのだが。

※誤字修正を行いました。(2023/5/27)

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