第710話 天空の伏魔殿
「よう来たのう。ゆるりとしてまいれ。なんじゃ、ミントの。お主も一緒か」
「はあ。申し訳ありません。お邪魔でしたら、私は船に戻りますけれど?」
「カカッ、腐るな腐るな! ここはワシの奢りじゃ、存分に羽を伸ばしてゆけい」
「シルヴァ様の奢りと聞いて、羽を伸ばせるほど私は大物ではありませんよ……」
飛空艇はカゲツの首都の中央部、シルヴァの居住地へと降り立った。
居住地、とは言ってもその敷地は莫大であり、巨大なハルの船であろうと難なく停泊することが出来る。
まさに、お金持ちの家、という豪華さだ。駐車場ならぬ駐艇場完備。
カゲツの首都は中央に行くにつれ高く高層に連なって行く階層構造の都市になっており、シルヴァの家も当然のようにかなりの高層階に存在する。
ハルたちは空から直接その『家』に乗り入れるように、彼女の家の庭先に飛空艇を突っ込ませる形で停泊させた。
この場には他にも船が大小いくつか存在し、常日頃から飛空艇の行き来があることが一目でハルにも理解できた。
「やあ、シルヴァ、お邪魔するよ。大丈夫かな、この図体で庭先を塞いじゃって」
「聞きしに勝るデカさじゃの。ま、構わんわい。発着が制限される損失よりも、お主らを招き入れる得の方が大きそうなのじゃ!」
「……あからさまに『損失がある』と言ってくるねえ」
見た目は完全に幼い女の子であるのに反し、その言動はいちいち棘が見え隠れする。
ハルたちの飛空艇の大きさで発着場の大半を塞いでしまっていることを、臆することなく『デメリットである』と言い放つ。
その損失に見合うメリットを、ハルたちから提示するのが筋であると言外に示しているようだった。
「半ば冗談じゃがの。この金ぴかをワシの家で独占しているだけで、優位性は図り知れん。他の家よりも、ずうっとリードじゃ!」
「デメリットの方は?」
「そっちは単純なのじゃ。発着できる面積がこれだけ減れば、商売の効率ダウンじゃ。進路の邪魔になるしのう」
「これは失礼」
高度を落とさずに直接乗り込めるこの高層階の利点を生かして、この『家』で様々な取引を行っているらしい。
そんな、ミントの国とはまた違う高層建築が天を衝くカゲツの都。
異常に背の高い木々を軸として、細長いビルの立ち並んでいたのがミントだが、この街はうって変わって、街全体が一本の大木と化しているようだ。
中央に行くごとに天高く積み上がった街は、まるで積み木細工のように、ごてごてとアンバランス。
以前、ハルたちがヴァーミリオンの郊外に作った、ピラミッド型の防衛都市と多少似通っている部分もあるといえる。
とはいえあそこまで直線的な高度の上昇ではなく、ここ中央部以外は、高度上昇の幅は比較的緩やかだった。指数分布のグラフにも似ている
「これ、高さはそのまま富の分布を表しているのかな?」
「そうじゃのう。ワシら豪商が、街全体の富の大多数を保有しているのは事実じゃな」
「相変わらずアンバランスですね、この国は」
「テレサよ、他人事のように言いよるが、お主の国もたいがいじゃろ。お前が貴族さながらな生活をする一方、自給自足の民がどれだけおる?」
「この国ほど露骨ではありませんわ?」
「それは然り」
《認めちゃうんだ(笑)》
《ミントとカゲツは仲悪いのかー》
《ミントは光側だしね》
《カゲツは闇》
《でもローズ様は仲いいでしょ》
《そりゃ個人的にじゃねーの》
《単純にシルヴァちゃまに気に入られてる》
《お金持ちだからな(笑)》
《やはり金》
《金は全てを解決する》
表だって相争ってはいない六つの国々ではあるが、それでも各国の間には相性がある。
相性というよりも好き嫌いの感情値といった方が近く、互いに互いの国の文化、在り方を否定しケチを付けているらしい。醜い争いだ。
この相性は、属性相性とある程度の相関を示しており、例えば『火属性』のリコリスと、『水属性』のコスモスは犬猿の仲だったりする。
まあ、そうは言ってもそこまで絶対のものではなく、『光属性』のアイリスに所属するハルも、相性の悪いはずの国々ほど今は交流があったりするのだが。
「ふむん、立ち話もなんじゃ! ついて参れお主ら、屋敷まで案内してしんぜようぞ」
「あれ、ここは屋敷じゃないの?」
「ここは言うなれば『店』なのじゃ。こんなゴミゴミしたところに、生活拠点を置くわけなかろ」
「そんなゴミゴミしたとこに、僕の大事な船を置かせるんだ?」
「ああ言えばこう言うのじゃ……、遠慮のない客人なのじゃ……」
失礼極まりないハルの態度にもめげず、その小さな胸を偉そうに反らしてシルヴァは奥へとハルたちを案内して行く。
闇を司る国だからと関係はないだろうが、奥へ進むにつれ陽光がすぐに届かなくなる。例えるなら、高層ビルの中央部。
外部と接する窓が一切なくなり、怪しく揺らめくランプだけがハルたちを照らす。
和風のふすまのような扉の並ぶ通路に、影絵のように自らの姿が踊る様はいかにも不気味だ。
「なんだかこわいですー……」
「大丈夫だよアイリ。幽霊が出たりはしないさ」
「ふーむ、どうかのう? この地は様々な陰謀と怨念にまみれた欲望の塔。報われぬ魂の叫びが、怨霊となって化けて出ても不思議ではないのじゃ!」
「やっぱり、お化けがでるのです!」
「……シルヴァ。アイリを無意味に脅かすのは止めろ」
「おおっと。妹君を溺愛しているのは真実であったか」
「さっきから、どこの情報なんだか……」
ハルの飛空艇についても『聞きしに勝る』と語ったり、アイリを溺愛していることも知っていたり、どうやら商人ならではの情報網を持っているらしい。
特に、これらの事情は国を越えて噂が飛び交うには期間が短すぎる。確実に、情報提供者はプレイヤーだと思われた。
そんな、不気味な和風建築の通路を奥へ奥へと進んで行く。
なんとも、怪物の腹に飲み込まれた心地の隠し切れないハルたちであった。
*
「ここじゃ。存分に羽を伸ばすがよいぞ。くつろいでいくのじゃ!」
「おや、さっきの不気味さはどこへやら。ここは随分と明るいんだね」
「当然じゃろ? 廊下なんぞ無駄に照らしてなんとする?」
「いや、全体的にケチなのかと」
「私もそう思ってました」
「失礼な外人どもめが! まあ、ケチは事実なのじゃが!」
認めてしまうらしい。ミントの外交官であるテレサも、この幼き老人には普段からひたすら値切られているようだ。心中お察しする。
「ひとまずここで待っとれい。ワシは準備があるのじゃ、お色直ししてくるでの、期待しておるがいいぞ?」
「はいはい。おばあ様、若者の流行を読み違えてはいけませんよ。滑りますから」
「むっきー! 見ておれよー、生意気なミントの小娘がー!」
ハルが何か言う前に、捨て台詞を残してシルヴァは走り去ってしまった。仲が良いのか悪いのか、テレサとは本当に反発してばかりだ。
「君たちいつもこうなの?」
「そうですね、割とこうなってしまいます。どうもお恥ずかしいところを……」
「いや、見ごたえあっていいけどね」
こうしたNPC同士の因縁というか関係性が見れることも、それなりに放送として盛り上がる。求めている視聴者は結構居た。
年の功でシルヴァ有利かと思えば、実際はそんなこともなくどちらかといえば若いテレサが攻めている場面が多いように感じるハルだ。
なんとなく、外交官として長い付き合いなのだろうと感じさせる彼女らの会話の数々。その背景を、想像して楽しむのもまた一興ではあるだろう。
「……しかし、あの人の年齢って実際のとこどうなってるんだ? テレサはその辺知ってるの?」
「……いえ。私が初めてお会いした時から、もうあのお姿でしたので。少なくとも、“実は本当に童女”、ということはないかと」
「成長してないんだ」
「はい……」
幼女の見た目で、老人のような喋り方をするシルヴァ。いわゆる、ロリババアという奴である。
そうした『キャラ付け』と片付けてしまえばそこまでだが、どうにも気になってしまうハルだった。テレサも会うたびに気になって仕方ないようである。
このゲームのことだ、無意味な演出などではなく、何かそれ自体が特別なイベントの入口になっている可能性も考えられた。
とはいえ考えたところで答えの出ない問題に頭を捻るハルたちのもとに、一人のプレイヤーが近づき声を掛けてきた。
こちらと同様に客人としてシルヴァの世話になっている人間だろう。この広い客間に、最初から存在したようだ。
「噂によれば、金に任せて若返りの霊薬を買いあさっているとか、不老不死の秘薬を手に入れたとか、色々言われていますね」
「へえ。まあそれは眉唾物としても、何か秘密はあるんだろうね」
「ええ。イベントの匂いがします。ただ、取引を切られたくはないので、まだまだ突っ込んで聞いたりは出来ないんですけど」
恐らくは<商人>であろうそのプレイヤー。ここに居る以上、それなりの実力者なのであろうことが感じられる。
さて、この者への対応はどうするべきか。慎重に頭を回転させるハルだった。
※誤字修正を行いました。




