第709話 詐欺の噂
ミントの国の外交官、テレサを乗せたハルたちの飛空艇は次なる目的地をカゲツへと定める。
カゲツは商業の国として栄え、<商人>系のプレイヤーが多く所属する国だ。その関係上、他の五国とは少々国全体の特色というものが異なっていた。
雰囲気としては、一つ前に足を延ばしたガザニアの国と近い生産や販売に重きを置いた構成であるとも言えるが、そのガザニアとも明確に違う部分はダンジョンだろう。
職人の国であると同時に鉱山の国でもあるガザニアは、洞窟系、山岳系のダンジョンが各地に点在していた。
廃坑のように人の手の入ったダンジョンも散見されれど、それでも多くは自然のダンジョンだ。属性は『地属性』がメイン。
一方、『闇属性』を司るカゲツの国のダンジョンは、なんとその大多数が人工の施設であり、敵も人間型NPCが多数を占めているようだった。
「闇属性は病み属性、ということかしら? やっぱり、最も深い闇は人間の心ということね?」
「悲観的なことを言うものじゃあないよルナ。人類の未来は、いつだって明るいさ」
「また適当ねぇ、あなたは。つまらない物は色々と見てきたでしょうに、ハルも」
現代の貴族社会とも評される、お金持ち特有の世界にどっぷりと浸かって育ったルナである。その経験から、彼女の人間評は少しばかり厭世的。
ハルもまたまったく同じ物を見て育ってはいるが、ハルの方はその視点の関係でルナよりも見える物が多く、また見たくない物は半自動で遮断してしまえる為に彼女と比べて悲観は少ない。
それに、ジェードも成長し続ける経済を、『明日を夢見る人類の力』になぞらえていたことだ。ハルも、それにあやかってその夢に賭けてみたい気分になっていた。
「ところでー、入国しないんですかー? さっきから陸地に沿って、右往左往しているだけのようですがー」
「……いや、右往左往はしてないが。ちょっと待っててねカナリーちゃん。おやつあげるから」
「ここのおやつは味が良くないんですよねー」
「贅沢いわないの」
船は先ほどから、カゲツの国の海岸線から一定の距離を取り、それに沿うようにして航行している。
もう陸地に頭を向けて走りだせば、一瞬で上陸できてしまう距離にまで来ているというのに、一向にそこから詰めていかないのをカナリーは退屈がっているようだ。
「この間に、お空の旅を満喫するのです!」
「そうですねー。アイリちゃん、一緒に甲板にでも出ましょうかー」
「はい!」
《確かに風景見る良い機会》
《かっ飛んで来てそれどころじゃなかったし》
《超高速で雲が流れていくだけだった》
《それも迫力あったけどね》
《高みから見下ろす景色は気分が良い》
《成金やめて?》
《愚民どもめが……》
《地を這う虫けらめが》
《死亡フラグやめて?》
微妙にすることのない暇な時間になったので、アイリたちと視聴者は甲板から見える絶景に目を楽しませているようだ。
このゲームの風景描写はとても美しく、適当に放送画面の枠で切り取るだけでも壮大な風景映像になっている。
そこに、可愛い女の子たちのはしゃぐ姿が入り込むだけでも、無聊を慰める清涼剤となるだろう。視聴者の多くはそちらに移動してしまった。
「まあ、これでしばらく間は持つだろう。ここはアイリたちに繋いでおいてもらおう」
「それで? あなたは何をしているのかしら?」
「入国審査だね」
「ルナ様、このまま国土の上空へ突っ込んで侵入するのも“物理的には”不可能ではありませんが、高い確率で国際問題になるでしょう」
「一応、重武装戦艦だしね、こいつ」
「『一応』というレベルではないわね……」
アルベルトの解説に、ルナはアイリたちのはしゃいでいる甲板上に目をやると、女の子グループから少し離れた場所にある厳つい大砲へと目を向ける。
ハルたちにとっては頼れる武器でも、視点を変えると街を滅ぼしかねない怖ろしい兵器だ。
そんな兵装の塊が頭上を飛んでいては、他国の者にとっては気が気ではないだろう。というか普通に攻撃されかねない。
「こういう話を聞くと、やっぱりミナミの船にあった自動操縦は楽だよね。行っていい場所、駄目な場所、一目で分かる」
この飛空艇は手動でどこにでも飛んでいけるが、同時にその結果に対しての責任も全て自分で取らねばならない。
仮に『自由に』他国の領空侵犯してしまっては、そのツケをどう払わされるか分からない。
「自由にした結果の管理は大変だ」
「自由ってそういうものよ?」
《自由と責任は表裏一体》
《汝の欲することを成せ》
《ただし代償は支払ってもらう》
《実際に国際問題になった<商人>もいるとか》
「へえ。というか君たち、アイリの方見に行かないの? 退屈だろう」
《お姉さまを見てます!》
《風景よりもずっと美しい……》
《両方見ればよかろうなのだ》
《新展開を見逃す訳にはいかない》
《お二人の優雅なひと時は退屈じゃありません!》
「……なんだかな。まあ、君たちがいいならいいけど」
「もの好きねえ?」
ハルとルナが艦橋でただカゲツ側の対応を待っているだけの時間でも、楽しんでくれている視聴者はいるようだ。ありがたいことである。
そんな彼らとのんびり話しつつ、ハルは入国に際しての手続きを待った。
彼らの話していたとおり、ハルたちより先に自前の飛空艇を購入したプレイヤーの中には、『自由に領空侵犯を』してしまった挙句、多くの財産を失うことになった<商人>も居たらしい。
ハルの領地経営もそうだが、そういった手続き部分が非常に複雑なゲームである。
そんな手続きが、どうやら終わったようだ。連絡の相手はもちろんカゲツの重鎮シルヴァ老。
彼女の口添えにより、どうやら入国の許可が下りたようであった。
*
「あれ、港通り越しちゃったよハルちゃん。今回は、港町には降りないの?」
「うん。今回はねユキ、直接首都に乗り付ける許可が貰えたんだ」
「ほへー」
そもそも、港に海上船として乗り付けるだけなら事前の許可は要らないらしい。接岸後にその場で審査を兼ねるようだ。
ならば何故ハルが今回面倒な事前審査を経たのかといえば、カゲツの港はガザニア以上の『異常な』賑わいを見せているようだったからである。
「さすがに貿易の中心国の窓口に、この船で乗り付けるのは憚られるからね」
「“きゃっちせーるす”に、捕まってしまいますね!」
「そうね? あんな人混みの中を、アイリちゃんに歩かせる訳にはいかないわ? 良い判断だったわね、ハル」
「……別にキャッチセールスの回避が目的という訳じゃあないけど。そうだねルナ」
遠目から眺めただけのカゲツの港町ではあるが、それでも十分に察しが付くほどにその街並みは賑わいを見せていた。
人や物がひっきりなしに行き交い、歩く隙間が何処にあるのだろう? というくらいに道一杯に人の姿が見て取れた。
そんな中に、このお嬢様部隊とメイド隊、更には騎士隊といった豪華メンバーでくり出せば、一瞬で取り囲まれて進路を塞がれてしまうのは必至。
そうしたイベントは、ガザニアだけで十分である。
《どうみてもお金持ちだしなー》
《一目でカモだと分かる》
《カモは相手の方なんだがな》
《どう考えてもタダでは済まぬ》
《絶対に騙せる相手じゃない(笑)》
《でも、気を付けた方がいいですよお姉さま》
《何も知らないプレイヤーはカモられてます》
《初心者の登録減ってるらしい》
《噂が広まってるね》
《プレイヤー狩り》
「それは由々しき事態だね。法整備はどうなっているんだか」
「プレイヤーを狩るとは、どういうことなのかしら? PK、ではないのよね?」
「違うだろうね。PKだったらそれこそ無法地帯だ。いや、リコリスとかそんな感じらしいけど……」
ルナが視聴者の言葉を訝しむが、恐らくは商業の国らしく詐欺の話だろう。
プレイヤーキル、PKのような直接的な『狩り』ではなく、狩猟の対象は彼らの財布だ。何らかの法外な商品を売りつけて、財産を根こそぎにしているのだろう。
「許されることではないわね? ハル、乗り込んで、根絶やしにしてしまいましょう」
「珍しく熱いねルナ。けど落ち着くんだ。ロールプレイの一環として、詐欺師ロールも許されているんだしね」
「そうだったわね。迂闊だったわ……」
現実では出来ない自分としての、『詐欺師』や『悪徳商人』としてのロールプレイングもここでは許可されている。<盗賊>という<役割>もあるくらいだ。
もっとも、彼らはきっと自らの行いが悪だとは認めないであろうが。
ともかく世界のルールで守られている以上、自らの身は自らで守らねばならない。法は、世界は、一方の<役割>を優遇しない。
正義も悪も等しく世界を構成する<役割>だ。
「むしろ興味があるよね。どんな詐欺なんだろ。一度会ってみたいな」
「驚くほどデータが無いんすよねえ。きっちり放送には乗らないように、徹底されてます。まあ、それでも人の口に戸は立てられぬっす! 外部にきっちり、手口のリークは出てるみたいっすけど。へっへっへ、読み上げましょうか、ハル様あ?」
「小悪党じみた笑い方はよせエメ。それと、ネタバレは無しで頼むよ。まずは、自分の目で見てみたい」
「はーい」
全ての放送をチェックするエメを警戒してか、はたまた元から警戒心が高いのか、そうしたプレイヤーは放送に映らないことを徹底している。
カゲツ全体の風潮として、放送を行わずに商売するという気風があるのも、隠れ蓑にひと役買っているようだ。
「しかし変ね? 外部にリークが出るのは当然として、普通は、内部のコミュニティでも注意喚起は行われるはずでしょう?」
「まあねー。ふつーはそうなるよねルナちゃ。『ロールプレイだから仕方ない』、『ルールで許されてるから仕方ない』、なんて聞き分けのいいプレイヤーばっか、ってのもあり得ないし」
「納得はしていないのよね?」
「してないっす! みなさん怒り心頭っすよお」
ルール上問題ないとはいえ、騙されて良い気のする者は多くない。ルールとして良くとも、マナーとしてどうなのか、と文句が書き込まれるのは間違いない。
それが無いというのは、いささか不気味だ。ざっとゲーム内コミュニティをチェックするハルだが、注意喚起はあれど具体的な対策はほとんどなかった。
むしろその商人たちを賞賛する発言の方が多かったりで、この状況を見れば騙されるのは仕方ないと思える。
「ただし、ゲームの外では罵詈雑言の嵐。それを見てカゲツに登録して始める新規が減っている。さて?」
「まったく分かりません! ハルお姉さま、これは、いったいどういう事なのですか?」
「まあ、恐らくは守秘義務を守らせるようなスキルでもあるんだろうね」
「なんと! こわいですー……」
ゲーム内だけはぱったりと情報が途絶えているということは、思いつくのはそれだけだ。
きっと、騙されたことを書き込むことの出来ないスキルが存在するのだろう。ゲーム外にはその効力は及ばないので、外部でのみ騒ぎになっているという訳だ。
「……大丈夫かな。ユーザーの行動制限は、行きすぎるとリアル法律に触れるけど」
「縛りが死ぬほど多いんですよねーあれってー。世のゲーム製作者は、一人残らずルール作りに頭を抱えてるに違いありませんー」
他人の精神を預かってゲームプレイをさせている以上、その安全性については非常に厳しい基準がある。
中でも、行動阻害については特に厳しい。下手にキャラクターの肉体を動かせなくしてしまって、現実の肉体的または精神的に不調をきたしてしまったら、という懸念からだ。
下手をすると、電脳誘拐の罪に問われるとしてゲーム運営はいつだってこの部分の対応には病的に気を遣っている。
図らずもそんな新たな調査項目が出てきてしまったハルたち。
果たして、その噂の詐欺とやらはどういった内容なのか、頭が痛いと同時に興味も高まって来る。
そんな経済的魔境のカゲツの首都がそろそろこの空からも見えて来た。
ハルはメイドさん達に、シルヴァ老から指示された着陸地点を伝えると、その商業の中心地へとゆっくり降下していくのであった。




