第708話 戦艦であり空母でもある
歓声を上げる群衆の声を置き去りにして、ハルたちを乗せた飛空艇は征く。
ここからいざ空の旅へ! といきたいところなのだが、旅をするにはあまりに速すぎて、もう目的地が近づいてきてしまった。
「お嬢様、目的地まで約三分です」「ミントの国港への、入港ルートを提示します」「ご確認ください」
「陸地が目視できたら、なるべく速度を落とすように。この速度は普通に警戒される」
ゲーム世界ということもあって、国と国との間は地球のように、あるいはアイリたちの世界のように広くはない。
その気になれば、国の端から端であろうと徒歩でも移動出来る程度の広さとなっている。空の移動は一瞬だ。
「少し、寂しいですね!」
「いえいえー、すぐにこっちの方が良いと思うようになりますよーアイリちゃんー。国境越えるたびにリアルに一時間とかかかってたら、二回目以降はしんどいですからねー」
「確かに! カナリー様のおっしゃる通りなのです!」
《むしろワープでいい》
《むしろマップ無しでいい》
《全部コマンドメニューで完結や!》
《それはそれで味気なさすぎ》
《バランスが難しいね》
《開発者は大変だ》
《どのくらいの時間が適切なんだろう》
《移動の頻度によるだろうな》
《このゲーム、そこまで国境越えはしないな》
頻繁に世界の端から端まで移動を繰り返すゲームならば、移動に時間が掛かるとそれはストレスになる。
つまり逆に、ほとんど大陸間移動のないタイプのゲームであるならば、その時の移動時間は壮大な演出と共に長時間かけても割と許されるということだ。
「マップの西端の街と東端の街で、貿易品を売り買いして稼ぐゲームがあったわね?」
「メインの要素じゃないけどね。いかに効率よく運ぶか、ルナが腐心してたね」
以前ルナと二人で、そういった貿易要素のあるゲームを遊んだことのあるハルだ。
ゲーム自体はルナの好きなアイテム生産系のRPGだったのだが、脇道的な要素として店舗間の売買価格の差による貿易要素があった。
店Aで買ったアイテムが100ゴールドだとすると、もし店Bで120ゴールドで売れたら差額の分だけ儲けが出る。
そうした地域間の需要の差によって、店を往復しているだけでお金が増える『錬金術』だ。その効率たるや本家<錬金>スキルも顔負けである。
余談であった。実際は、生産アイテムを何処で売るかによって収入に差が出るといった戦略性をメインにしたかったのだろう。
なお、このゲームの買い物は主に個々人のメニュー内で完結してしまうため、そうした貿易要素を活かす機会は少ないだろう。
「特産品自体はあるんだよね、このゲームも。各地の店舗を飛空艇で回る商売でも始めるか」
「駄目よ。あんな『作業』、配信に乗せてお見せできるものではないわ? 少しのゴールドを得るために、失う信用が多すぎるもの」
「確かに、ルナの言う通りだね」
ただ店と店の間を往復し続けるだけの日々を思い返し、ハルも苦笑する。確かにあれを生放送で流し続けたら、視聴者は飽きて今のこの人気も失ってしまうだろう。
あれは、ルナとふたりでプレイしたからこそ楽しかったのだ。
《でも、カゲツの<商人>は結構やってる》
《奴ら配信してないからな》
《どんだけ暇な作業をしても許される》
《まあ、貿易は<商人>の仕事だし》
《『貿易』メニューは<貴族>の仕事だけどな!》
《ややこしい……》
《商品よりも人を運ぶのがメインらしいぞ》
《人身売買、ってこと!?》
《運送業だろうが(笑)》
いかに世界が狭いとはいえ、軽々と世界一周できる程の狭さではない。
あくまで現実と比較しての話であり、ゲームとしては広い方だ。かつ長距離移動の手段は少なく、『足』の提供はそれだけで商売となる。
ハルもその移動手段をテレサに提供すべく、こうしてミントの国に向かっている。
そろそろ、そんな彼女の一面森に包まれた国が、この船の上からも見えてきたのだった。
*
見渡す限りの両面の青。海と大空とに挟まれた絶景の道行きは早くも終わり、ミントの国の港へとハルたちは再び訪れた。
輝きを放つ巨大な船に対するざわめきが入港前からもう届いてきており、この飛空艇がいかに規格外かを伝えてくる。
しばらくは、何処へ行ってもこの反応が続くのだろう。
「慣れるしかないね。目立ってしまうのは」
「いいじゃないですかー。気分がいいでしょー? 下々が皆、ハルさんのことを讃えていますよー」
「『下々』言うなカナリーちゃん……」
この豪華絢爛さを一目見ようと、港の人々が集まって来る。
国で生産された商品を輸出するためのガザニアの港と比べれば賑わいは少ないが、それでも移動に困る程度の人垣が出来ている。
「どーすんハルちゃん? テレさんを船に乗せるんに、邪魔じゃね? この中に暗殺者が紛れてたとしたら、あぶないよ」
「うん。ユキの言う通りだ。なので僕らは、出迎えには降りない。ミントの地は踏まずに、このままカゲツへ旅立つ」
「??」
テレサを迎えに来たのに、何を言っているのかという表情でユキが首をかしげる。
ユキの懸念は正しく、ハルやユキのような『慣れた』者の発想であればテレサの命をこの場で狙うだろう。
この群衆に紛れて、さりげなく標的に接近するのだ。
よって、テレサを通常の方法で乗船はさせない。
そもそも、それを言うならば彼女をこの港まで移動させるのにも危険は伴う。<隠密>のリンクで透明化するにしても、先にあったように首都から歩いて縦断する距離ではない。
《じゃあどうやって乗るんだろ?》
《大ジャンプで飛び乗るんじゃない》
《そんな、ローズ様じゃあるまいし……》
《箱入り議員さんはそんなはしたない事しない》
《ローズ様がはしたないとでも言うのかぁ!》
《おてんばではある》
《お転婆で済ませていいのかなぁ……》
《おてんば(山一つ消し去る)》
「確かに! ハル様はもっとスカートの裾に気を払った方がいいっすね! おぱんつ見えちゃうっすよ、あんな大ジャンプしたら普通。にひふっ。あっ、もしかして他のゲームでは、わざと大ジャンプして自分の下にカメラ回してたっすかあ……、ぎゃんっ……!」
「エメ、安心しなね? 仮に死んでも、この船の中で復活できるから」
「ひんっ、マジで死んじゃうっすよおハル様あ……、わたしが死んだら、ハル様の損害にもなるんすよお……?」
「安心して欲しい。その時はエメのお給料に対して損害賠償分を天引きするから」
「ひえーん!」
……まあ、ハルも中身は男の子である。確かに女性キャラクターを操作する時、わざと下着が見えるようなプレイをしたりしないことも、なくはない。いや、いつもではない。たまにだ。
などと、誰に対しての言い訳なのか自分でも分からない弁解を脳内で繰り広げていると、ルナが徐々にその変化の乏しい表情をにやにやと歪め始めていた。
この辺で考えるのを止めたほうが良さそうである。ログアウトした後が怖い。
「このゲームでは、絶対に見えないから多少の無茶もしているだけさ」
「まーそれでも、<貴族>の威厳というものもありますからねー。もう少し、気に掛けてもいいかもですねー?」
「カナリーちゃんまでそう言うってことは、相当かな。これは注意した方がいいのかね」
「わたしの時とまるで反応が違う!?」
「お前は言い方に問題があり過ぎるんだ……」
どうしても、男らしい行動が端々にでてしまうのは避けられないハルだった。まあ、そこが視聴者にウケている面もあるので怪我の功名な部分もあるのだが。
誰からも姿が見えなくなった途端に開放的になった、国では立場の高いテレサの例もある。それも加えて『偉い人はそういうものか』という空気感が出来たのも追い風だろう。
そんな、童心に帰りはしゃぐ姿が全国放送(日本国にであるが)されてしまったテレサから、もうじきこの場に到着すると連絡が入ったようだ。
エメが騒いで間を持たせてくれたこともあって、待ち時間が暇になることなく自然に放送の進行が完了できた。
「ん、そろそろ着くみたいだね。メイド隊、お客様を迎える準備を」
「はい」「はい、お嬢様」「失礼いたします」
メイドさん達がぞろぞろと出ていくのを、ユキが不思議そうに見送っていく。
流れるように足元に集合する群衆のチェックを始める彼女だが、そこにテレサの姿が発見できず更に不思議がる。
「ねぇねぇ、テレさん、どこに来てるんハルちゃん? ハルちゃんが透明じゃないってことは姿出して来てるんだよね」
「そうなるね」
テレサが<隠密>で潜伏するには、彼女に渡した使い魔を通じてハルと、ひいては白銀たち<隠密>三人衆と繋がる必要がある。
自然とハルもその時は透明となり、ハルが姿を出しているということは逆説的にテレサも透明ではない、その推察は正しい。
「じゃあどうやって……、むむ……? ハルちゃん、敵襲だよ敵襲! でかいドラゴンだ! これは主砲撃つチャンスだよ主砲!」
「落ち着けユキ。見覚えあるでしょ、あれ」
「あっ、あれ私らも乗ったやつだ。なーんだ、つまらん」
「つまらん、ではないが……」
こちらに接近する巨大なモンスター、いや<召喚魔法>により呼び出された召喚獣の姿に、艦砲を撃つチャンスしか見えていないユキだ。
当然それは敵ではなく、以前ハルたちもこの国の首都への移動の際にお世話になった、一軒家の如き客車を掴んで飛ぶ巨大ドラゴンの到着なのだった。
*
「やあ、いらっしゃいテレサ。しばらく窮屈だとは思うけど、自由に使っていいからね」
「お世話になります、ローズさん。とんでもない謙遜ですよ。まさか、こんなに豪華で巨大な船だなんて……」
甲板上に直接乗り付けるようにして、この国の秘伝の儀式でしか呼び出せぬドラゴン便はテレサを無事に運び終えた。
……改めて考えると、そんな伝説の召喚獣をただの輸送手段に使っていいのだろうか? まあ、国が平和な証なのだろう。
一切地上ルートを介さないことにより、テレサは透明化することなくハルの保護下に入った。
以降は、このクランの誇る武力によって直接彼女を護衛できる。そうそう、手を出すことはまかりなるまい。
「部屋は自由に使って、と言っても、分からないよね。シルフィー、案内してあげて」
「はい、クラマス」
騎士隊のまとめ役でもあるシルフィードに、テレサの案内を任せる。
もともと真面目な女の子ではあるが、例の秘密の共有から、ハルへの信頼度もいっそう高まったようだ。二つ返事で引き受けてくれた。
「どうぞ、テレサ様。お部屋までご案内いたします」
「恐れ入ります、シルフィード様。よろしくお願いいたします」
「一介の騎士に、『様』は不要ですよテレサ様。どうか、シルフィードと」
「それを言うならこちらこそ。私の国では、議員といえど一介の国民ですので」
「……なんか雰囲気やたら似てるね君たち」
真面目でしっかり者のお嬢さん二人が並んで譲り合っている様は、なんとも妙なむずがゆさをハルに感じさせる。
まあ、性質の似た二人であるならば上手くやっていけるだろう。たぶん。
ハルは賓客であり警護対象でもある彼女の対応はひとまず任せ、慌ただしくこの場を去るための指示を出していく。
長居は不要。ここからは、スピードがものを言うだろう。
「システム緊急起動。浮上スタンバイ。見物人に海水を掛けても構わない、何か余計な事件が起こる前に、この国を離れる!」
ハルの号令に合わせて、メイドさんたちがテキパキと出航準備に入る。
テレサが何の危険もなく乗船してしまったことに、例の組織の人間も気付いただろう。彼らが動き出すよりも前に、さっさと港を離れてしまうに限る。
そうして、多くの者にとっては『何しに来たんだ?』といった慌ただしさで、船はミントを離れ、一路カゲツへと航路をとるのであった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。(2023/1/14)




