第707話 絆の操縦士たち
そして再びのログイン、再びの放送開始。ハルはガザニアの地に降り立つと、クランメンバーの集合を待っていた。
「さすがにこの人数になると、予定の合わない人も出てくるか」
《大変だよね》
《リアルがあるもん、仕方ない》
《精鋭廃人の集まりに見えたけど》
《いや急に何か起こる事くらいある》
《誰にだってあるな》
《でもどうするの? 出航できなくない》
《後で合流しかないんじゃない》
《うわー、きつそー》
《追いつけないよー》
《速度的にもレベル的にもきつい》
「そこは問題ない。既に対応してあるからね。君たち、ミナミが僕の領地に攻めて来た時のことを思い出すんだ」
彼が臨時に雇った傭兵たちは、公爵から貸し与えられた飛空艇を復活再開地点として登録し、そこから再出撃してきた。
ハルの船もそれと同様に、宿泊施設としての機能もしっかり有している。
本日運悪く参加できない者は、先に飛空艇の中でセーブしてあるので置いてきぼりになる心配はない。
そんなハルたちの新たな拠点にして移動手段は、その黄金の船体を朝日に輝かせながら港の一番端の桟橋にて、優雅にその身を波に揺蕩わせていた。
「うおー、でっかいねぇー。ハルちゃん、こいつ、つよいん?」
「強い、と思うよユキ。うん。たぶん。撃ったことないから分からないけど」
「撃ってみよう! 戦力の把握は大事だよ!」
「……分かってはいるけれど、ちょうどいい対象がいなくてねえ」
戦闘大好きなユキが目を釘付けにしているのは、甲板上に設置された、これまた巨大な大砲。
核の魔力をエンジン同様に送り込み、魔法の弾丸を発射できる優れものだ。そのため『残弾数』という概念が存在せず、事実上無限に砲撃を続けられる。
ガザニアの潜む『神核石』の魔力供給量がどこまで底なしかは分からないが、おそらく現実的には気にする必要はないだろう。
あの石のドロップ元はあの太陽。太陽を心臓部に積み込んでいるようなものだ。
残る懸念は再装填速度だろうか。いかに残弾が無限であっても、いかに威力が大きくても、再攻撃がのろのろしていたら価値はない。
大艦巨砲主義にロマンを感じるハルではあるが、実戦における効率を無視することはない。早めにどこかでテストし、場合によっては換装も視野に入れよう。
「それよりもハル? 操舵士の方は、手配がついたのかしら?」
「わたくしに、おまかせなのです!」
「……アイリちゃんは、私と一緒に座席で大人しくしていましょうね?」
「なんと! わかりました! “しーとべると”も、しっかり付けるのです!」
主砲を派手に発射することばかり夢見ているハルとユキに、ルナが目を半眼に細めて現実を突き付けてくる。
船は完成したが、操縦者の問題はまだ残ったままだ。
もちろんアイリには、危なっかしくて任せられない。
「私の出番ですね。運転手といえば、私です」
「アルベルト。……運転、手?」
「はっ! 高貴なお方には、それにお仕えする専属の運転手。これは、欠かせないでしょう。お任せください」
「いや、いつの時代の人間だお前……」
ぴっちりと折り目正しいスーツと礼節をもって、護衛のアルベルトが胸に手を当てつつ恭しく宣言する。
確かに、今のハルたちのような煌びやかなお嬢様には、そうした専属の運転手が付いているイメージはある。
それが護衛も兼ねていれば、最高だ。きっと格闘技と銃の名手だろう。
しかしながら。
「……お前、運転手なんてやったことないだろアルベルト」
「ぐっ……! た、確かにそうですが……」
現代において、運転手という概念はあらかた形骸化している。
自動車両はその名の通り自動運転であり、人間の操縦者を必要としない。
それに、そもそもの話、車を使い移動することが現代では少なくなっていた。
《アルベルトさん、昔のアニメとか好きなのかな》
《理想のSPに憧れてるんだ》
《かわいい》
《運転手って何するの》
《車の中でお嬢様の愚痴を聞く仕事》
《違うだろ(笑)》
《いや、的を射た答えだ……》
《深い……》
《深くない深くない》
目的地までの移動中、車内でお嬢様の本日のご予定を確認したり、お嬢様の溜まりに溜まった鬱憤をお聞きし受け止める崇高なお仕事なのだ。運転はついでである。
まあそれは冗談としても、そうした主人が素の自分を見せられる信頼度の高い部下の姿に、アルベルトは幻想を抱いているようだ。何を参考にしたやら。
「申し出はありがたいが、お前には他にも仕事があるだろう。特命ある時には『運転手』は同時にできまいに」
「くっ……! 我が身が複数無いのが口惜しいです……!」
「いや無いのが普通だから」
危ないことを言うものではない。普段からハル以上に複数の分身体を操ることに長けたアルベルトである。単体での行動というものに違和感が大きいようだった。
「まあ、非常時にはもちろん頼らせてもらうが、今回の操舵士“たち”はもう任命を終えているからね。そちらに譲るように」
「承知しました。もしもの際は、華麗な逃走テクニックにて御身をお守りしましょう」
「いや逃げないが。だから、何に影響されているんだか……」
おおかたレースゲームでの爆走に快感を覚えてしまったアイリ同様に、前時代の何かに影響を受けてしまったのだと思うが。
お嬢様の身を狙う悪人から車で逃げるシーンでもあったのだろう。
そういえば、異世界にその身を投じるようになってからというもの、車に関わる機会などまるで無かったハルだ。ただし馬車は除く。
そもそもが、元から接点があったのはルナの母くらいのものか。
そんな現代の車事情に思いを巡らせつつ、ハルは出航のために飛空艇へと乗り込んでいくのであった。
*
集まった見物人たちを、海の水を二つに割り開くようにして左右に押し分けながらハルたちは進む。
特に何も言わずとも、ハルが一歩進むごとに自動的に道を開けていく人波は、あたかも一つの生き物のよう。
そんなある種心地良い見た目の自動開閉通路を通り、ハルのクラン一行は輝く黄金の船へと乗り込んで、出航の準備に入るのだった。
「機関始動。フロート展開」
ハルが艦橋の中央、司令のために用意された特別な席に座ると、それを合図として核の魔石からエネルギーが供給され始める。
静かにうなりを上げるような音は、船体をひたしている周囲の海水と浮遊機関が干渉しているものか。
「各機関、全て正常に稼働中です。してハル様。操舵の人員はいかに?」
「……しれっと副長のポジション取るねお前。まあいいけど」
「ハルちゃん、私は火器管制やりたい!」
「わたくしは、戦略マップを表示する人なのです!」
「……アイリちゃん? 戦略マップは、ハルが勝手に出すと思うわ?」
流れるようにハルの横に陣取ったアルベルトを始めとして、女の子たちがそれぞれ好きなポジションに着席していく。
そんな中で、艦橋に用意された操舵のための座席は十二。無駄に多すぎるようにも感じるこの外周部の座席の数で、彼女らは何となく察しが付いたようだった。
「メイド隊、席に」
「はっ!」「はっ!」
声を揃えて了解の意を唱えると、メイドさんたちがそれぞれ操縦席に座って行く。
そして目の前にメニューウィンドウを浮かび上がらせると、やや緊張の面持ちでそのパネルを操作し始めた。
「教えた通り、ゆっくりやっていいからね。なに、少し間違えた程度じゃ爆発しない」
「最善を、尽くします」「ご期待に応えてみせます、お嬢様」
「かたくなるなというに。他の十一人も居るから、一人が失敗した所でどうということはないよ」
操縦席に腰かけたのは、席にまるで似合わぬメイド服に身を包んだメイドさんたち。
色々と考えた末、ハルが導き出した飛空艇の操舵のためのメンバーは彼女らとなった。
《うわー、壮観だ》
《メイドさん部隊は映えるなー》
《全員で操縦するの!?》
《大規模すぎる!》
《どういう割り振りなんだろう》
《一人いちエンジンとか?》
《逆に難しくね!?》
《ローズ様、大丈夫なんですか》
「まったく問題ない。彼女らのチームワークは完璧だからね。一分の狂いなく、船体を安定させてくれるだろう」
「恐れ入ります、ご主人様」「訓練の成果を、お見せします」
もともと非常に高い連携の精度を誇っていたメイド部隊であるが、今はハルの力によりその能力を更に増している。
互いの精神の接続、更には異世界の人々の中において例外的にエーテルネットに接続してデータを共有可能になった彼女らは、一瞬のタイムラグすら無く瞬時に全員の行動を同調させられる。
その連携能力によって、軽すぎてバランスの取りづらいこの船の姿勢を完璧に水平に保ち、少しずつその高度を上げていった。
その瞬間、港からこちらを見上げている見物人たちから、巨大な歓声が巻き起こったのがこの船内にまで響き届いて来た。
外に居るプレイヤーの生放送画面をつけて見れば、船はぴったりと水平に、まるで揺れの一つも起こすことなく美しく浮上している。
メイドさんたちの絆の連携力は、やはり完璧なものだった。
「メインエンジン始動。高度を上げたのち、艦首をミント方面へ」
そんな彼女らの操縦によって、ハルたちの船の初飛行は開始したのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/1/14)
追加の修正を行いました。(2023/5/27)




